勇者パーティーを追い出された死霊魔術師はリッチになって魔王軍で大好きな研究ライフを送る

稲荷竜

139話 生命讃歌回

「こうまでたくさん人が死んでると、なんだか楽しくなってくるわね!」

 死屍累々の『前線』中央部━━

 あまたの死体の中心で、金髪碧眼の少女が踊るようにくるくる回っていた。

 ほっそりした両腕を左右に伸ばし、長い金髪をたなびかせながら、真夜中の荒野でくるくる、くるくると楽しげに回っている。

 青い瞳には童女めいた無垢な感情が浮かんでいた。
 言動に思考の形跡は見られなかった。『この後』のことにいつも頭を悩ませている彼女は、もうどこにもいない。

 その様子は本当に『なにもかもから、解放された』という様子で……

 ランツァのこれまでの苦悩・苦労を間近で見てきた(※見てただけ)のリッチからすれば、長く長く求め続けた、ストレスのない日々をようやく手に入れた喜びに満ちているのだなと思えた。

 しかし……

「ランツァ……大丈夫かい?」

 彼女のこれまでの苦悩を間近で見ていた(※マジで見てただけ)からこそ、リッチは、今のランツァが常ならぬ様子であるように思えてならないのだ。
 ありていに言えば、正気を失っているように見えた。

「ん〜なにが? わたしは大丈夫よ、リッチ♪」

「嘘だ! ランツァは言葉の最後に『♪』なんかつけない!」

 ヤベェ。

 人の感情の機微にうといリッチをしてさえ、ランツァの様子ははっきりおかしいとわかる。
 肉体だけランツァで、中には別な人の魂でも入っているんじゃないか……そう疑ってしまうほどの様子だ。
 しかしそばにいたリッチだからこそわかる。これは肉体も魂もランツァのままなのだと……

「ねぇリッチ……ここにある死体を見て思ったのだけれど……このままで、よくない?」

「いや、腐るよ」

「もう、腐るに任せましょう」

「いや、その……いいかいランツァ、人は、一人では生きていけないんだ。こんなに多くを死なせるだなんて、許されることじゃない」

 ここで言う『死なせる』は死霊術的な意味です。

 降霊術というものを開発したので『一両日中』という蘇生制限もなくなりはした気がするのだが、まだ未検証だし、それとは別に、肉体の方はどうしても腐る。

 冷やしたり、あるいは魂を入れて活動させたりして腐るのを延ばすことはできるけれど、完全にハンドフリーで腐らないよう保持する技術については、未だ開発されていなかった。

 なので未だに『死霊術的な意味での死』は『肉体から魂が抜けてしばらく放置され、魂がソラへとのぼって視界内からいなくなってしまった時』になっている。

 定義が更新されていない旨は当然ながらランツァも知っているはずなのだけれど……

「必要な時に、必要な人だけ蘇らせたらいいんじゃないかしら……なんかもう数万っていう単位の死体を見ると、こっちの方がいい状態な気がするのよね……」

「しかしだね……」

「ねぇ、リッチ━━人のこと、好き?」

 綺麗な……
 それはそれは、綺麗な微笑みだった。

 真夜中に中天に浮かぶのは『夜の輝き』とされる天体である。
 それはとても地上を見通すには足りない淡い光しかもたらさないものではあったけれど、今、ランツァを背後から照らし、銀の燐光をまとわせる『夜の輝き』はあまりにまばゆく……

 夜の中で死体に囲まれて微笑む少女は、あまりにも美しかった。

 美的感覚、特に人の美醜に疎いリッチでさえ、今のランツァは、見惚れるほど美しく思えたのだ。

 だから、かもしれない。……言葉に詰まってしまった。

 ランツァが青い瞳を細めて、妖しく語りかけてくる。

「死体しかない荒野を見て、はっきりわかったわ。わたしは、人が嫌い」

「……しかしだね、好きとか、嫌いとか、そういうのは……」

「『そういうのは、人の生き死にを決める理由にならない』」

「人の生き死にを決め…………そうだよ。わかってるじゃないか」

「ねぇリッチ、リッチの提唱する倫理観も、価値観も、判断基準も、全部わかっているのよ。わかったうえで、問いかけるわ。……どうして、人を殺しちゃいけないの?」

「……」

「死霊術が学問であることも、人がいないと文明がなく、文明がないと研究ができないことも、強い力を持つ学問だからこそ個人の意思を強い力で制御しなきゃいけないというのもわかるわ。わかるけど、なぜ、わたしたちは、そんなふうに人に気を遣って生きなきゃならないのかしら」

 リッチの答えうることを全部先回りされていて、言葉が出てこない。

 あと、そもそも、人と魔の死体が見渡す限り積み上がり続けるこの荒野だが……
 ここがこうなった原因は、リッチなのだ。
 あまりにも話が通じない上に、こちらを加害してこようとしたので、片っ端から殺してしまった(※死霊術的な意味ではない)が……

 そもそもリッチボディは無敵だし、リッチ移動法は軍馬より速い。逃げることは可能だった。
 でも、殺した。

 そこを突かれるとなにも言えないし、ランツァは『そこ』を突く用意などとっくにしているだろう。

(まずいな……今、目の前にいるのは……勇者だ。あの、口八丁で人族の社会で成り上がり、レイラやロザリーさえ御してみせた、あの勇者も同じ存在だ……)

 リッチは半歩あとずさる。

 そう、リッチは━━勇者との言い合いレスバには勝てない。

 勇者級の言葉を操る力を持つランツァにも、当然、勝てない。

 このままだと言いまかされて、なんとなく納得させられ、ここにいる死体を放置したまま生きていくことになる……
 臭そう……

(どうにかランツァに『人を殺してはいけない』と納得させないと、人口が減ってしまう……けれどそれは、死霊術的論理でも、人道的倫理でも、いけない。ランツァの感情に理解させる言葉を告げないといけない……)

 リッチは知らず、拳を握りしめていた。
 口で勝てないからぶん殴ろうということではない。リッチはリッチだ。ロザリーではない。

 だが……

(どうしよう……リッチも、人、嫌いだ……)

 感情でうったえかけようとしても、根本的に、リッチはランツァに超同意なのだった。
 人……嫌いだし。

 逆に、人という総体を見た時に、好きになる理由とか、ある?
『人が嫌い』という主張に説明はいらないが、『人が好き』と言われると『なんで!?』となる。リッチはそういう感性の持ち主だ。

(まずい……まずいぞ……まだなにも言い合ってないのに負けそうだ……人、人、人……人を殺しちゃいけない理由……思い浮かばない……)

 むしろリッチは死霊術をやっていたからこそ、人命をリソースとして尊重できた。
 もしもリッチが死霊術をせずに今と同じような力を持っていたら、即日で人類は滅びていた可能性さえある。

「これは……これは難しい問題だ……」

 人、生きるべきか?
 死霊術で必要でないなら即刻滅ぶべきだと思う。

 しかし、それではいけないという想いがあるのだった。

 人を生かす感情的な理由はさっぱり思い浮かばないのだが、それでも『ダメだ』と心が警鐘を鳴らしている。
 それはたぶん死霊術的な意味合いでの警鐘なので、やっぱり人命そのものに価値は見出していないのだけれど、今、そうやって考えてしまうとランツァを説得できなくなるので、なにか感情的に人に生きててほしいと仮定することにします。

 感情……リッチはこれまでにあったことを思い出した。人と接してよかったこと探し。しかし思いつかない。え、嘘? ほんとに? ほんとにこんないい思い出見つからないもの? そんなことないでしょさすがに。
 リッチは一生懸命考えた。そして……

「でも、リッチは……ランツァや研究室のみんなには生きててほしいよ」

「わたしもそうだから、そこは生かしましょう」

「はい」

 解決。

 いや、解決しちゃダメでしょ。
 考えろ。なんかモブ的な人ら……人総体が生きてるべき理由……なるべくエモなやつ……
 ここで個々人を指名して『この人には生きててほしい』としても、『じゃあその人は生かしましょう』と返ってくるだけなのだ。

 なるべく人総体が生きてないといけないやつ……クソ! ないな! 人に生きる価値!

「ランツァ」

「次はなにを言うのかしら」

「……人は、死んでた方がいい。生きてる人は、たいてい、ストレスだ」

「そうね」

「でも……ストレスはね、必要なんだよ、研究に」

「……」

「リッチがここまで来れたのも……リッチボディを手にできたのも、超長距離憑依術を開発できたのも、降霊術をかたちにできたのさえ、すべて、ストレスのおかげなんだ。……研究はね、『ストレスを解決したい』という想いから生じるんだよ」

 この世界にストレスなかりせば、リッチはリッチになっていない。
 それどころか、そもそも死霊術を続けていたかも怪しい。
 常に死霊術を見下し蔑み排斥し取り上げようとする勢力の存在があったからこそ、リッチはここまで意固地に死霊術研究を続けたのだろう。

「ストレスはない方がいい。人として生きていくなら、そうだろう。けれど、リッチは、『ただ、人であるだけの人生』なんて、嫌だな。次々にテーマを見つけたいし、研究したい。成果が出るようにあれこれ考えていたい。それこそが、『生きる』ということなんじゃないかな」

「……」

「だからランツァ……生かそう、ストレス

「でも……殺したくなってしまうかもしれないわ」

「殺したらいいじゃないか。もはや死霊術にとって、少なくとも人の魂だけなら、不死なんだ。降霊術が編み出された今、人は『死』から解放されたんだよ。だから……いくら、殺したっていい。でもさ」

「……?」

「人、生きてないと━━殺せないよ」

 そう、生きてない人は、殺せない。
 衝撃的な、真実なのだった。『生きてない人は、殺せない』。口にすればこれほどまでにしっくりくる、納得感のあることなのに、口にしてみないとうっかり見過ごしてしまうような、隠された真実なのだった。

 生きてない人は、殺せない。

 口に出して言いたい言葉だ。

「人、生きてないと、殺せない……」ランツァは噛み締めるように、ぽつりとつぶやいた。「……人は……そうね。人は、生きてないと、殺せないわ……たしかに……」

「そうだろう? だから、殺すためにもさ、生かしておこうよ。人はいいものだよ。その命はリソースになるし、生きてるだけで発するストレスは研究の糧となる……人は確かに、好きになれない。リッチは基本的に人を名乗る知的生命全部を嫌っているけれど……嫌いなものでも、なくなると、案外寂しいもので……嫌いなものさえも、自分をかたち作る重要な因子なんだよ」

 なにが好きかで自分を語るのは重要だが、なにが嫌いかでしか語れない『自分』もある。
 だから声高に嫌い、蔑み、見下し、憎悪し、怒ろう。
 その不合理的思考に祝福を。その短絡的行動を言祝ことほごう。

「『人、死ね』と言うには、人の生が必要なんだ」

 リッチもランツァも悲しいぐらい『人』なのだから、恨む誰かも嫌う誰かも必要だ。
 マイナスの感情とか、負の感情とか、そんなふうに表現される感情は、しばしば『ない方がいい』というふうに語られるけれど……
 ない方がいいものは、あるのが当然なものなのだ。それがなくなった時、自分がどうなるかわからないほど、骨髄にまで染み付いた、不可欠なものなのだ。

「リッチは、すべての生命を祝福したい。いずれ死ぬすべてを」

「……」

「ランツァもどうか、祝福してほしい。今、死んでいるすべてと、これから死ぬすべてを……」

 だんだん……
 だんだんと、自分でもなにを言っているのか、わからなくなってきた。

 しかしリッチにしては珍しく、感情に任せるまま放たれた言葉は、たしかにランツァのハートに届いたらしい。

 ランツァは胸をおさえて、深く目を閉じる。

「わかりました。……生かしましょう、人。祝福します。そのうち死ぬすべてを……」

「ランツァ……」

 もう自分たちがどういう立ち位置から語っているかもわからないが……

 とにかく、人は生きることになった。

 リッチ存命中に発生する『人類絶滅の危機』の一つが、こうして終わったのであった。

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