勇者パーティーを追い出された死霊魔術師はリッチになって魔王軍で大好きな研究ライフを送る

稲荷竜

コミック1巻発売記念ifストーリー 勇者パーティーを追い出されなかったリッチ1

「死霊術師は俺たちの大事な仲間だ! 放っておけるはずがないだろう!」

 ━━これは、勇者からリッチへの好感度がちょっと高かった『もしも』の世界の話。

 戦場で死亡した死霊術師はその場に捨てられることなく、国葬を行うために人族の領土に連れ帰られることになった。

 そうして、連れ帰られる途中で、リッチ化が始まる。

 すると、この現象に気付いた聖女ロザリーが昼神教的にアウトな行為の気配を察してリッチ化途中のリッチをぶん殴ろうとしたのでリッチは死んでしまうのだが……
 その顛末はコミック1巻の巻末でやっているので、ここではロザリーからリッチへの好感度もちょっと高かったこととします。

 あと特に関係ないけどレイラからリッチへの好感度もちょっと高かったこととする。
 この世界線のリッチは少なくとも会ったあとにあいさつするぐらいの社交性は最初からあったのだ。

 つまりほぼ別人である。この世界のリッチは人から好かれていた。

 さて、リッチ化し、人骨の化け物となったリッチではあったが、人から好かれていたので、まずは勇者パーティーの仲間認定を受けた。

 そうなると勇者パーティーを英雄視している人々も『姿は変わっても仲間』であるリッチのことをおおっぴらには悪く言わない。
 もちろんその姿は骨剥き出しだし、魔王軍にはスケルトンという骨剥き出しのやつもいるので、印象は悪い。けれど『英雄たちが言うならまあ……』という消極的黙認だ。

 民の反対もなく、勇者パーティーたちも仲間認定しているとなると、貴族たちもリッチ追放を言い出せない。
 ここで勇者パーティーの機嫌を損ねても貴族たちにいいことが一つもないからだ。

 勇者のコミュ力にやられて彼を広告塔にしてしまった貴族たちは、最初こそ『まあ、死んだりイメージを落としたら切り捨てて別な広告塔を用意するかあ』ぐらいの感じだった(※この当時の貴族たちはめちゃめちゃ腐敗しています)。

 しかし勇者の立ち回りがうますぎて、もはや『勇者の支援を打ち切った』というだけで批判が集まるレベルになってしまっている。
 この時期には『ただの広告塔である勇者』は『不支持を表明したとたんに突き上げを喰らう、顔の皮に癒着したなにか』にまでなっていたのだった。

 そういう理由で貴族がリッチを受け入れると、ほぼ同時に軍部もリッチを受け入れることになる。

 この時代の軍部は貴族とズブズブのズブの癒着関係だった。賄賂が横行し、将軍位は金で買えた。
 箔をつけるために貴族の長男などが軍部の要職に就くのは当たり前で、積んだ金の額では商人の子女などが軍部要職から貴族位叙勲などの流れも当然のようにあった。

 偉い人たちは魔王との戦争が終わらないことを察していた。

 もちろん相手が定期的に仕掛けてくるので戦いをしないわけにもいかないのだが、なにせ『前線』は勝敗に関係なく一定の地域で停滞しており、領地を削り取られるわけでもないというのが『戦争』なのだ。

 名を上げたい平民〜貧民層は前線に飛び込んでいくものの、そういった者たちが手柄を上げても、普通は上官である貴族に手柄を横取りされる。

 勇者のこのへんの立ち回りがめちゃくちゃうまく、直属の上官にゴマをすって戦果を献上しつつ、現場レベルではしっかりと自分たちの実力と功績を示し、上官が『勇者パーティーなしでは達成できない任務』をまわしてきたあたりで上官のさらに上と顔をつなぎたいと申し出て、『まあいいか。紹介してやろう』という言質を引き出してしまう。

 そうしてどんどん『上』の直属独立遊軍みたいになり、王都に屋敷を構える貴族の信用を得ると、王都では民衆レベルで『なんかめっちゃ活躍してるのがいるらしい』という噂を流した。

 名前が上がってきたタイミングで将軍級軍人の凱旋パレード(この時代、権威と功績を示すために頻繁に行われており、国の財政を圧迫していた)への同行を要求し、それを呑ませてしまう。

 パレードで列に加わって堂々と民衆に顔を売れるようになるともう『勝ち』だった。
 勇者の顔と名前と功績は認知され、将軍も下手に手柄の横取りをすることができなくなり、勇者パーティーの名はどんどん広まり、そうして正式に王宮に招かれるにいたった……というわけだった。

 貴族的にはどう考えても生かしておいちゃいけない人材であるが、どう考えても生かしておいちゃいけないだけあって、不自然に死ぬと『貴族がやったな』と思われる。殺してもいけない。

『厄介な新興勢力』であるはずの勇者は貴族界隈で敵対的感情を集めに集めていたのだが、貴族の一人が『どれ、平民に恥でもかかせてやろう』と社交パーティーに招いたのが終わりの始まりで、勇者と実際に会話をすると勇者のことを好きになってしまうハイパーコミュ力が炸裂し、気付けば『勇者パーティー』は不動の地位を手に入れていた。

 そういうわけで勇者パーティーが認める『リッチ』を追い出すことができず、この時代の女王ランツァはただの傀儡なので、女王公認でリッチは仲間だと認められた。人族は色々おしまいです。

 仲間だと認められたリッチはこれまでと同様に戦場に立つことになる。

 リッチは主に北部の前線で勇者とともに戦っていた。

 リッチ化したリッチの戦闘能力は段違いに上がっており、北部のドラゴンは簡単に絶滅した。
 生命は数に限りのあるリソースではあるのだが、この当時のリッチの認識だと『リソース』として見ているのは基本的に『人族の生命』であった。
 もちろん魔族の方も命には違いないのだけれど、資金集めのために軍に参加している以上、軍の意向は無視しない。リッチはあんがいパトロンの意向を大事にするのだ。

 目につくドラゴン族はだいたい死体にしてしまって、戦闘を終えたあと……

 リッチはいつもそうであるように、思いついた疑問を勇者に投げかけた。

「不思議なのだけれど、なぜ俺たちは敵を倒したあと、日暮れを待って陣地に戻るんだい?」

「どういう意味だ?」

「いや、ここをずっと東に行った先には魔王領があるじゃないか。そして、魔王領までの道をふさいでいたドラゴンたちは、俺が殺しただろう? ということはだよ、俺たちは魔王領に攻め込むことができる。なぜ、それをしないのかが不思議なんだ」

「……それは……でも、戦争っていうのは、こういうものだろう? 俺たちは明るくなってから戦いを始めて、暗くなる前に陣地に帰る。それが戦争だし、食糧なんかもそういうふうに戦う想定で用意されてるし……」

「ちょっと行ってきていい?」

「……どこに?」

「魔王領。今の俺ならたいていの攻撃は効かないし、食糧も睡眠もいらない。魔王っていうのは魔族ではあっても生物なのだろう? 俺なら殺せる。魔王を殺して戦争が終わるなら、生命の余計な浪費も終わる。そうしないか?」

 周囲にいた兵士たちは動揺し、混乱し、リッチに『こいつはなにを言っているんだ?』という目を向けた。

 勇者は、端正な顔をうつむけて、なにか長いこと考え込んでいるようだったが……

「いや、余計なことはしない方がいい。俺たちはきちんと『戦争』をすべきだ。そういう大きな計画は、きちんと上の方々に相談しないと」

 そこには打算がめちゃくちゃあった。

 というのも、勇者がとんとん拍子で出世し、ついに女王の婚約者とまでされている現状は、『戦争で活躍しているから』なのだ。

 常に戦争をし続けるという状況あってこその勇者人気であり、勇者人気あっての地位であるから、ここで戦争になくなられると、勇者のこれまでしてきた根回しがすべて無駄になる。
 貴族たちが手を焼いているのは『人気があり、実力もある勇者パーティーのリーダー』であって、人気と実力発揮の機会がなくなると、勇者は『ただの口がうまいだけの小僧』に成り下がる。

 勇者は出世欲が強いので、まだこのタイミングで力を失うわけにはいかなかった。

 リッチにそのへんの打算はわからないが……

「……まあ、君がそう言うなら、尊重するよ」

 そう述べて、引き下がる。

 この世界線のリッチは社交力が比較的高くはあるけれど、それとは関係なく、どの世界でも勇者の決定には従順なのだ。だって方針決定とか面倒くさいから。

 しかし……

 どのような状況で、どのような社交力でも、リッチの根幹にあるものは『探究心』なのだった。

 疑問の解消を至上命題にあげ、それは一応『過去の魂との対話』という最終目標に向けられてはいるけれど……

 気になったら確かめずにいられない。
 だから、しょっちゅう思考が横道に逸れる。
 そういう性質を持っている。

 ……夕暮れ時になり、その日の戦争行為が終了する。

「おおーい、帰るぞ!」

 勇者が呼びかける声に「ああ、うん」と生返事をするリッチの眼窩は━━

 魔王の領地へと、向いていた。


つづく

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