勇者パーティーを追い出された死霊魔術師はリッチになって魔王軍で大好きな研究ライフを送る

稲荷竜

128話 人それぞれにゆずれないものがあるよね回

 リッチとロザリーが黒雲に閉ざされた魔王領にたどり着いた時、そこにいた魔族たちは普通に生活していた。

 というのも魔族や人族に『防衛線』という概念はないのだ。

 この大陸において戦争は『定まった場所でやる殺し合い』であり、その定まった場所……『前線』こそが防衛線で、そこを突破されたらすぐに居住区となるのが普通だった。

 侵略と土地の奪取を目的としない戦争が長く続きすぎたため、『勢いあまってうっかり前線を突破し、その先にある居住区にまで攻め込んでしまう』という例外を除けば、前線より後方にある地域はまず敵軍に脅かされることがないからである。

 ちなみにアンデッドなどはわりといいペースで『うっかり攻め込んでしまう』をやっちまうので、危険が危ない人族側領土の南方面前線そばなどは『懲罰領地』であり、古くは犯罪者などがそこに送られたような土地であった(レイラやクリムゾンの故郷あたり。獣人が多い)。

 ともあれ、そういった例外を除いて居住区に敵が来ることはなかったため、魔族たちは『敵軍侵入』に不慣れで、ロザリーに気付いた魔族の多くは『なんだろう?』みたいな顔で魔族領において見慣れない種族をながめていた。

「ロザリー、提案がある」

 魔族たちの様子に気付いたリッチが言えば、拳を固めて魔族たちに殴りかかる直前だったロザリーが「なんですか」と『話が長いならちょっと殴ってくる』という様子で応じた。

「このまま、魔族を殴らずに魔王のところまで行きたい」

「なぜ」

「せっかく電撃的に侵入したんだ。騒ぎになると魔王に気付かれるし、魔族たちが抵抗して魔王城にたどり着くまでに時間を食われる。そうすると逃亡される危険性もある」

 もしもランツァがこのリッチの口ぶりを聞いていたら『どうしたの!?』とおどろくだろう。

 リッチには軍事がわからぬ。しかし命というリソースを失わせたくない気持ちは人一倍であった。

 ロザリーにぶん殴られた者は蘇生不可能なレベルで粉々にされるので、このへんの魔族を好き放題ロザリーに殴らせると魔族がいなくなってしまう。

 リッチの最終目標であった『太古の死者との対話』はほぼ叶い、もうリッチの死霊術研究は終着点にたどり着いたとも言えるが……
 それはそれとして『他の目標を見つけることができるかもしれないし、そのどれもに命というリソースは大事』という認識がある。
 よってリッチはむやみやたらと命を失わせることを好まないのであった(『命を失う』とは『蘇生不可能になる』という意味です)。

 なのでリッチはロザリーに好き放題暴力を振るわせないために、真意を隠し、ロザリーも納得できそうな理屈で提言したのである。

 勇者パーティー時代のリッチであれば『いいかい、命というものは重要なリソースであって……』からの真意を隠さない長い話に入り、途中でロザリーが飽きて魔族たちに襲いかかっていただろう。

 それゆえに、これはまぎれもない成長なのであった。

 実際、ロザリーはちょっと考えるそぶりを見せる。
 これは誰も気付かないが、ロザリーのこの『ちょっと検討してみる』という態度もまた、勇者パーティー時代の彼女からは考えられないものだ。

 考えるという行為いっさいをぶん投げて『聖典にあるか否か』で瞬間的に判断していた彼女は、聖典解釈が自分の中でも分かれる場合、とりあえず短絡的で思考のいらない選択をする傾向があった。だって考えるの面倒くさいので。

 今回もまた『魔族どもを殺す』ことは聖典的にすべきであるが……
 同時に『魔王』という存在は聖戦を発動してでも倒さねばならない脅威として認定している。

 であれば『目の前の魔族を殺す』のも『さっさと魔王を倒す』のも神のおっしゃるままの『正しい行為』であり、こういった場合、『目についた魔族を殺しながら全速力で魔王のもとへ向かう』という行動を、昔のロザリーはとった。

 だが、リッチの言い分に理を認め検討している。

 ロザリーにも━━考えることができるようになったのだ。

「……理解しました」

「理解? 君が?」

 リッチは頭骨にある眼窩を見開いておどろいた。

 ロザリーは紫色の瞳で鋭くリッチをにらみ、

「しかし、わたくしは人間です。魔族の領地で普通に歩いていても、今のように注目を浴びるのでは?」

「……本当に理解しているのか。しかし、それについては問題ない。『自分、アンデッドです』みたいな顔をして歩いてくれれば魔族はあんがい騙されるから」

 なぜアンデッドをおすすめしたのかと言うと、ぶっちゃけとっさに思いついた種族がアンデッドだったからなのだが……

 これには理もあって、ロザリー程度、つまり人間族程度のサイズで、翼もしっぽも角もない魔族というのが、魔王領にはアンデッドぐらいしかいないからだった。

 足はあるが自信満々に『自分、ゴーストですが?』みたいに歩いていたら魔族は気付かない。アホなので。

 しかし、ロザリーはビシリと固まった。

 魔王領にはオールタイムオールシーズン身を切るようなそら恐ろしい冷たい風が吹いているのだが、ロザリーの紫色の髪さえも固まり、風を受けても揺れもしないという、奇跡みたいな硬直であった。

「ロザリー?」

 リッチは首をかしげる。

 集まり始めた魔族たちも成り行きを見守って、リッチと同じように首をかしげた。

 ロザリーはしばらくしてからようやく復帰し、

「わ、わたくしに……神の敵のふりをしろと……そうおっしゃいましたか……?」

「……なるほど。昼神教の解釈からすれば、たしかに『神の敵のふり』だね」

「なんたる屈辱……!」

 いついかなる時も微笑んでいるように見える顔が屈辱でゆがみ、白い肌が怒りなのか羞恥なのかわからないもので紅潮した。

 ロザリーのこういった反応は初めてであり、リッチは物珍しさに困惑するより先に恐怖した。
 なぜってこの聖女、ある程度思考すると面倒になって『たたかう』のコマンドを選択するからだ。彼女は日常会話の最中も常に選択肢の一番上に『たたかう』があるタイプである。嫌すぎる。

「しかしロザリー、考えてみよう。今の君には脳があるからね。このまま魔王のもとまで大過なくたどり着く必要性が我らにはあって、そのためには隠密行動は必須だ。そうだろう?」

 リッチが問いかけると、周囲に集まっていた魔族の中から「たしかになあ」という声があがる。発言者は巨人族であった。

 ロザリーは歯を噛み締めて巨人をにらんでから、

「けれどリッチ、わたくしにもゆずれないものというのはあるのです」

「君にゆずれないものがたくさんあるのは知ってるよ」

 なのでいつ殴りかかられるかわからない緊張感が常につきまとう。

「だ、だいたい……『ふり』とはいえ神の敵を装うのを、神はお許しになられないのでは!?」

「まあ『神』は君の思い描く通りの反応をするとは思うけど」

 実在しないので。

 昼神・夜神という二柱がこの大陸の創世にかかわるとされる神であり、夜神の方は実在した人物くさいのだが、どうにも昼神は完全に創作の気配がある。

 なので昼神の人格やらなにやらは後世の者の妄想の産物でしかなく、『昼神は思い描く者の思い描いたように反応する』としか言えないのだった。

「ですよね!」

 しかしロザリーは昼神信仰のない者がどう考えるかを想定しないタイプなので、リッチも昼神の実在を信じているものとして応答する。

 つまり今のやりとりは『許されないでしょう!?』『まあ君の言う通り許されないかもね』という会話として解釈された。

「ありえません、そんな……! わ、わたくしがアンデッドに!? いけません、そういうものは! 破廉恥です!」

「えぇ……? どういうこと……? まあ、なんだかわからないけれど、君は聖戦を発動したし、聖戦は『なにもかもが許される』んだろう? なら、アンデッドぶるのも許されるのでは? ねえ」

 そのへんにいたゴーストに問いかけると、子供みたいな甲高い声で「いいと思います!」と返事がきた。
 ゴーストはリッチのことを『アンデッドのすごいやつ』と認識しているので、話の内容はわからなくてもとにかく肯定する。全肯定ゴーストだ。

 しかしロザリーはまだ葛藤があるようだった。

「……ぐうう……! つ、つまり……アンデッドのふりをする恥辱に耐えるのも、神の敵を滅ぼすために必要なことだと、あなたはそう言うのですか……!?」

「うん」

 なんだかわからないがうなずいた。
 こういう勢いで食ってかかってくるロザリーが『対話』を求めていないことを、長くなってしまった付き合いから察することができたのだ。
 今の彼女は相槌を打つ壁を求めており、リッチは表情筋がないからか人に壁にされやすい。壁慣れしている。

「ひ、昼神に仕え続けたこのわたくしが! よりにもよって夜神の使徒のふりを!? ゆ、許されません、許されませんよこれは!」

「うん」

「しかし、この屈辱、恥辱に耐えることが神のためになると……あなたはそう言うのですね……?」

「うん」

『うん』しか言わないリッチである。うんチだ。

「……わかりました」

 ロザリーの全身からは殺気みたいなものがみなぎっており、固く握られた拳がギチギチ音を鳴らしていた。
 紫色の髪が下から風でも吹いているみたいにざわめき、紫色の瞳には怒りなのか殺意なのかわからんものが浮かんでいる。

 大人びた美しい顔は歯を食いしばって真っ赤になり、聞き分けのない子供が癇癪を起こして泣き喚いた直後みたいな、奇妙な幼さと迫力があった。

「わたくしは……ゴーストのふりをします!」

 叫ぶと、周囲の魔族たちから拍手が上がった。

 なにせ魔族はアホなので話を理解しているわけではなかったが、ロザリーの雰囲気からなにかとてつもない覚悟と決断があったことを察して、なんか拍手したのであった。

「じゃ、魔王のところまで行こう。ゴーストはいきなり魔族に殴りかかったりしないからね。黙ってリッチのあとをついておいで」

「ぐううう……! なんたること……なんたることでしょう……!」

 全身にいっぱい力を込めて屈辱にうち震えるロザリーを引き連れ、リッチは魔王の居城へと向かうことにした。
 そのあとを魔族たちがぞろぞろ続く。事態は理解していないけれど、なんだか面白そうなので続いたのだ。

 もう、魔王の居城は目の前だ。

 リッチとロザリーはゆっくりと、倒すべき敵のそばに迫っていく……

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