勇者パーティーを追い出された死霊魔術師はリッチになって魔王軍で大好きな研究ライフを送る
127話 ぐちゃぐちゃ回
もはや指揮系統もなにもなく軍勢は『とにかく前へ』という様子で進んでいく。
行軍ペースというものもその軍勢にはなく、ただ、全員が体力の尽きるまでひたすら東へ東へと駆け抜けていくだけの、隊列もなにもない集団でしかなかった。
実際、体力のない者からは脱落者が出ているし、軍勢は前後に伸びきっていて、横腹を突かれれば簡単に瓦解するように見えた。
未だ夕刻も遠い昼日中だというのにその日の行軍スケジュールを踏破しきった軍勢はなおも止まらず、本来であれば行軍二日目から三日目に到達予定だった『前線』と呼ばれる地域へとたどり着いてしまった。
長いあいだ続いた魔王軍と人類軍の戦いは『土地の取り合い』ではなく『定まった地域で行われる殺し合い』でしかなく、そういうことを繰り返すうちに戦闘地域のことを『前線』と呼称するようになっていた。
北、中央、南にそれぞれドラゴン、巨人、アンデッドが布陣し、人類軍が日中これらにあたり、日が暮れたら戦闘終了、そのまま帰る、というのがこの大陸における『戦争』である。
なので戦争はお互いにある程度準備して『前線』まで歩み寄ってから始まるのが通例であり、どのような兵士も将校も、前線の東側に足を踏み入れたことはなかった。
その『前線』を、今、越えた。
戦争というものが開始してから人類の軍勢が未踏だった地域に、ついに人類は到達したのだ。
布陣しているかと思われた魔王軍はいなかった。
人類の大軍勢が急に行軍計画を投げ捨てて全力ダッシュを始めたせいで、布陣が追いつかなかったのだ。
「この光景はリッチでもちょっと感動だなあ」
もう誰がどこにいるかもわからないほど隊列が乱れているので、リッチはこの感動を分かち合うために適当な相手を探して近付く必要があった。
そうしたらもっとも簡単に発見できたのが、中央軍を率いているロザリーであった。
この紫髪の聖女を発見できた理由はしごく単純で、この大侵攻に参加している誰よりも足が速かったので、一番先頭にいたからだ。
リッチは霊体サーフィンをしながらロザリーの横に並び、興奮した様子で語る。
「長いあいだ、本当に長いあいだ、人類と魔王の軍勢は『前線』でにらみあってたわけじゃないか。そのあいだにやってきたことといえばなんだい? そう、『不毛な殺し合い』なんだよ。リッチは昔からなんでこんな意味のないリソースの浪費をするのか疑問だったんだ。まあ、それは魔王の陰謀というか、謀略というか、趣味のせいだというのは事前に得た情報の通りなのだけれど、それにしたって誰か軍の指揮権を持つ者が一人ぐらい『前線の向こうに行ってやろう』と画策したってよかったと思うんだ。だというのに、人類の軍勢がこの前線を越えることはなかった。これはね、予測だけれど、魔王による裏工作だと思うよ。それを振り切って軍を動かす指導者と、それに賛同する兵士たちが集って、そうしてリッチたちは今、こうして魔王領へと一路向かっている。これはね、快挙だよ。このリッチさえもが感動を覚えてしまうぐらいの、大快挙だ」
ちなみに長い話をされたロザリーはこの話を『攻撃』と判断してリッチに殴りかかったり蹴りかかったりしてはいるものの、全力ダッシュの最中であるのと、リッチが感動を分かち合いたい気持ちが強いので回避するので、話を止められなかった。
「君だって思うところがあるんじゃないのかい?」
「……感動、ということですか?」
しょうがないので話に付き合うロザリーではあったが、彼女は今も全力ダッシュしている最中だし、彼女の後ろにいる軍勢はどんどん引き離されている。
ロザリーの指揮する中央軍のあたりには筋肉信仰の集団がいるはずなのだが、その連中をしてさえロザリーのペースについて行き続けることはできないのだ。
リッチは自走していないので息切れもない(そもそも息がない)けれど、ロザリーの声や呼吸がまったく乱れていないのは、なんらかの奇跡に違いなかった。
ロザリーはそのへんで立ち話をしている時と全然変わらない感じで、美しいフォームでダッシュをしながら、ぽつりとつぶやく。
「……たしかに、言われてみれば、湧き上がる気持ちはありますね。わたくしはとにかく目の前の異教徒を滅することこそ己が使命と思い、それを達成する日々でしたが……」
「……」
リッチがロザリーを見る視線には、かつて視線をそろえて戦った仲間を見る懐かしさもあったし、『お前、長い話理解できてるじゃん』という不満もあった。
「……なるほど。これはたしかに、感動なのかもしれません。戦争とはそもそも足を止めての殴り合いを指す言葉ではありますが……相手の居住区が近付いてきていると思えば、感動と興奮があります。今にして思えば、なぜもっと早くに敵領地に侵入して居住区をめちゃくちゃに破壊しなかったのか、疑問なぐらいです」
「……しまったな」
ヤバいやつにヤバい発想を与えてしまった気がする。
これからロザリーと敵対する時には、ロザリーが単独で破壊工作を試みる可能性を警戒せねばならなくなってしまった。
「そうと気付いてしまうと、早く改宗を求めなければいけないという気持ちがわたくしの背を押すような心地です」
それはつまり『早く魔王領にいる連中を殴ってまわりてぇよ! 待ちきれねぇぜ!』ということだ。ロザリーは異教徒をとりあえずぶん殴るので。
「……ちなみにだけど、ロザリーは事前に話した計画を覚えてるよね?」
「走って行って、魔王をぶん殴る」
「違う。ほら、ジルベルダとかいうのを次の国家元首にするために手柄をゆずるっていう……」
「神は人一倍の苦しみを背負う者に恩寵を与えるでしょう」
ようするに『計画通りしたいならジルベルダが努力すればいいだけの話で、自分がゆずるつもりはない』ということであった。
だんだんロザリー語がわかってきている自分に愕然としながら、リッチは考え込み、
「……まあ、それもそうだね。言われてみたら、そもそもこの大侵攻のきっかけは、リッチが魔王をぶっ殺したいという気持ちだった気もするし……うん、まあ、色々なことは、あとから考えてもどうにかなるか」
「すべては聖典に記されています」
「……はははは」
リッチは自然と笑いをこぼしていた。
なぜなら━━
「悩み抜いて、調べ尽くして、常に考えて生きてきたつもりだったのに━━この大事な局面で、最後に『よさそう』と思ったのが『行き当たりばったり』だなんてね。……ああ、でも、たしかに、リッチは人生を変える行動をする時、いつでも思いつきに任せていたな……」
もちろん後付けで、その『思いつき』の根底に流れる思考をトレースしてみることはしていた。
けれど、家にこもって研究ばかりしていた自分が勇者の誘いに乗ったのも、リッチ化をしようと思ったのも、魔王軍に所属したのも、全部全部、思いつきなのだ。
「なるほど、俺はどうにも、今の状況をなんだかんだ気に入っているらしい。……好き放題生きるっていうのは、こういう感覚だったんだな」
「突然どうしました?」
「気付いたんだよ! 勇者パーティー、バカしかいなかったって!」
「なにを今さら」
「本当に今さらだ。……本当に、今さらだ。最初からわかっていたら、きっと色々なことが今とは違っていたのだろう。まあ、後悔はしていないけれど、少しばかり申し訳なさはわいてきたよ。当時は『脳筋聖女』とか小馬鹿にしててごめんよ」
「短くまとめると?」
「俺も君も同じようなものだった」
「心外ですね」
「言ってて俺もそう思う」
リッチはなんだか笑いをこらえきれなかったし、ロザリーも普段浮かべている微笑とはまた少し違った笑みを浮かべているようだった。
それで会話は終わって、二人は魔王領へとそろって進んでいく。
後ろに続く軍勢はどんどん引き剥がされていく。
実は事前に『アンデッド軍に他の兵を止めさせてリッチだけさっさと魔王のところに行って……』みたいな計画もあったのだけれど、もう、そんなものもどうでもよくなってきていた。
魔王領が目前まで迫っている。
空には黒い雲が広がり、乾いた大地に影を落とし始めていた。
行軍ペースというものもその軍勢にはなく、ただ、全員が体力の尽きるまでひたすら東へ東へと駆け抜けていくだけの、隊列もなにもない集団でしかなかった。
実際、体力のない者からは脱落者が出ているし、軍勢は前後に伸びきっていて、横腹を突かれれば簡単に瓦解するように見えた。
未だ夕刻も遠い昼日中だというのにその日の行軍スケジュールを踏破しきった軍勢はなおも止まらず、本来であれば行軍二日目から三日目に到達予定だった『前線』と呼ばれる地域へとたどり着いてしまった。
長いあいだ続いた魔王軍と人類軍の戦いは『土地の取り合い』ではなく『定まった地域で行われる殺し合い』でしかなく、そういうことを繰り返すうちに戦闘地域のことを『前線』と呼称するようになっていた。
北、中央、南にそれぞれドラゴン、巨人、アンデッドが布陣し、人類軍が日中これらにあたり、日が暮れたら戦闘終了、そのまま帰る、というのがこの大陸における『戦争』である。
なので戦争はお互いにある程度準備して『前線』まで歩み寄ってから始まるのが通例であり、どのような兵士も将校も、前線の東側に足を踏み入れたことはなかった。
その『前線』を、今、越えた。
戦争というものが開始してから人類の軍勢が未踏だった地域に、ついに人類は到達したのだ。
布陣しているかと思われた魔王軍はいなかった。
人類の大軍勢が急に行軍計画を投げ捨てて全力ダッシュを始めたせいで、布陣が追いつかなかったのだ。
「この光景はリッチでもちょっと感動だなあ」
もう誰がどこにいるかもわからないほど隊列が乱れているので、リッチはこの感動を分かち合うために適当な相手を探して近付く必要があった。
そうしたらもっとも簡単に発見できたのが、中央軍を率いているロザリーであった。
この紫髪の聖女を発見できた理由はしごく単純で、この大侵攻に参加している誰よりも足が速かったので、一番先頭にいたからだ。
リッチは霊体サーフィンをしながらロザリーの横に並び、興奮した様子で語る。
「長いあいだ、本当に長いあいだ、人類と魔王の軍勢は『前線』でにらみあってたわけじゃないか。そのあいだにやってきたことといえばなんだい? そう、『不毛な殺し合い』なんだよ。リッチは昔からなんでこんな意味のないリソースの浪費をするのか疑問だったんだ。まあ、それは魔王の陰謀というか、謀略というか、趣味のせいだというのは事前に得た情報の通りなのだけれど、それにしたって誰か軍の指揮権を持つ者が一人ぐらい『前線の向こうに行ってやろう』と画策したってよかったと思うんだ。だというのに、人類の軍勢がこの前線を越えることはなかった。これはね、予測だけれど、魔王による裏工作だと思うよ。それを振り切って軍を動かす指導者と、それに賛同する兵士たちが集って、そうしてリッチたちは今、こうして魔王領へと一路向かっている。これはね、快挙だよ。このリッチさえもが感動を覚えてしまうぐらいの、大快挙だ」
ちなみに長い話をされたロザリーはこの話を『攻撃』と判断してリッチに殴りかかったり蹴りかかったりしてはいるものの、全力ダッシュの最中であるのと、リッチが感動を分かち合いたい気持ちが強いので回避するので、話を止められなかった。
「君だって思うところがあるんじゃないのかい?」
「……感動、ということですか?」
しょうがないので話に付き合うロザリーではあったが、彼女は今も全力ダッシュしている最中だし、彼女の後ろにいる軍勢はどんどん引き離されている。
ロザリーの指揮する中央軍のあたりには筋肉信仰の集団がいるはずなのだが、その連中をしてさえロザリーのペースについて行き続けることはできないのだ。
リッチは自走していないので息切れもない(そもそも息がない)けれど、ロザリーの声や呼吸がまったく乱れていないのは、なんらかの奇跡に違いなかった。
ロザリーはそのへんで立ち話をしている時と全然変わらない感じで、美しいフォームでダッシュをしながら、ぽつりとつぶやく。
「……たしかに、言われてみれば、湧き上がる気持ちはありますね。わたくしはとにかく目の前の異教徒を滅することこそ己が使命と思い、それを達成する日々でしたが……」
「……」
リッチがロザリーを見る視線には、かつて視線をそろえて戦った仲間を見る懐かしさもあったし、『お前、長い話理解できてるじゃん』という不満もあった。
「……なるほど。これはたしかに、感動なのかもしれません。戦争とはそもそも足を止めての殴り合いを指す言葉ではありますが……相手の居住区が近付いてきていると思えば、感動と興奮があります。今にして思えば、なぜもっと早くに敵領地に侵入して居住区をめちゃくちゃに破壊しなかったのか、疑問なぐらいです」
「……しまったな」
ヤバいやつにヤバい発想を与えてしまった気がする。
これからロザリーと敵対する時には、ロザリーが単独で破壊工作を試みる可能性を警戒せねばならなくなってしまった。
「そうと気付いてしまうと、早く改宗を求めなければいけないという気持ちがわたくしの背を押すような心地です」
それはつまり『早く魔王領にいる連中を殴ってまわりてぇよ! 待ちきれねぇぜ!』ということだ。ロザリーは異教徒をとりあえずぶん殴るので。
「……ちなみにだけど、ロザリーは事前に話した計画を覚えてるよね?」
「走って行って、魔王をぶん殴る」
「違う。ほら、ジルベルダとかいうのを次の国家元首にするために手柄をゆずるっていう……」
「神は人一倍の苦しみを背負う者に恩寵を与えるでしょう」
ようするに『計画通りしたいならジルベルダが努力すればいいだけの話で、自分がゆずるつもりはない』ということであった。
だんだんロザリー語がわかってきている自分に愕然としながら、リッチは考え込み、
「……まあ、それもそうだね。言われてみたら、そもそもこの大侵攻のきっかけは、リッチが魔王をぶっ殺したいという気持ちだった気もするし……うん、まあ、色々なことは、あとから考えてもどうにかなるか」
「すべては聖典に記されています」
「……はははは」
リッチは自然と笑いをこぼしていた。
なぜなら━━
「悩み抜いて、調べ尽くして、常に考えて生きてきたつもりだったのに━━この大事な局面で、最後に『よさそう』と思ったのが『行き当たりばったり』だなんてね。……ああ、でも、たしかに、リッチは人生を変える行動をする時、いつでも思いつきに任せていたな……」
もちろん後付けで、その『思いつき』の根底に流れる思考をトレースしてみることはしていた。
けれど、家にこもって研究ばかりしていた自分が勇者の誘いに乗ったのも、リッチ化をしようと思ったのも、魔王軍に所属したのも、全部全部、思いつきなのだ。
「なるほど、俺はどうにも、今の状況をなんだかんだ気に入っているらしい。……好き放題生きるっていうのは、こういう感覚だったんだな」
「突然どうしました?」
「気付いたんだよ! 勇者パーティー、バカしかいなかったって!」
「なにを今さら」
「本当に今さらだ。……本当に、今さらだ。最初からわかっていたら、きっと色々なことが今とは違っていたのだろう。まあ、後悔はしていないけれど、少しばかり申し訳なさはわいてきたよ。当時は『脳筋聖女』とか小馬鹿にしててごめんよ」
「短くまとめると?」
「俺も君も同じようなものだった」
「心外ですね」
「言ってて俺もそう思う」
リッチはなんだか笑いをこらえきれなかったし、ロザリーも普段浮かべている微笑とはまた少し違った笑みを浮かべているようだった。
それで会話は終わって、二人は魔王領へとそろって進んでいく。
後ろに続く軍勢はどんどん引き剥がされていく。
実は事前に『アンデッド軍に他の兵を止めさせてリッチだけさっさと魔王のところに行って……』みたいな計画もあったのだけれど、もう、そんなものもどうでもよくなってきていた。
魔王領が目前まで迫っている。
空には黒い雲が広がり、乾いた大地に影を落とし始めていた。
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