勇者パーティーを追い出された死霊魔術師はリッチになって魔王軍で大好きな研究ライフを送る

稲荷竜

124話 自分のことを『ふつう』といちいち思うのってそれ『そう』じゃないって意味だよね回

 ジルベルダはなんの変哲もない村で生まれ育ったふつうの十五歳女子だ。
 でも神の声が聞こえたりやたら直感が鋭かったり、腕力が村の男たち全員合わせたより強かったり、家は古流武術を継承していたりする。ふつう。

 一回ジルベルダの村でヤバい草を栽培している疑いがかかって神殿の調査が入ったことがある。
 ジルベルダはふつうの少女なものだから、その時に見た神官たちを『かっこいい〜』と思った。
 なにせ村では生成りのワンピースやシャツなどを身につけたものがほとんどだったのに、神官たちの服はきちんと染められ、ちゃんとデザインまでされていたのだ。そりゃあ格好いい。ふつうの感性を持っているので。

 そういうわけでいつしかジルベルダは昼神教に傾倒していき、村の神殿に毎日礼拝におとずれ、掃除もし、その過程で腕力を鍛え上げるにいたった(昼神教にかかわると筋肉が育つ時代であった)。

 ジルベルダの村がマジでヤバい草を栽培していたので焼かれたあと、彼女だけは信仰心があついと見なされて助かり、そのまま昼神教の神官として取り立てられることになった。

 村人たちは昼神教に焼かれてしまったが、ジルベルダはふつうの少女なのでどうすることもできない。
 一緒に育った幼馴染も、厳しいけれど優しかった両親も、親切なおじいさんやおばあさんも、みんなみんな焼けてしまった。
 引き換えに昼神教ヤバい草栽培村鎮圧部隊は八割殲滅されたりもした。そう、ジルベルダの育った村はみんな戦闘能力が高かったのだ。古流武術が継承されているふつうの村なのでそれはそう。

 故郷を失ったふつうの少女はまる一日悲しんだあと、故郷のことをすっぱり忘れた。
 ふつうの少女が生きていくには切り替えが大事な時代であった。幼馴染も両親ももう思い出せない。っていうかいなかった気がする……最初から昼神教で生まれて昼神教で育ったのだ。記憶の書き換えもできる。ふつうの少女なので。

 そこからまた時代が流れてフレッシュゴーレムに同輩たちがやられたり、聖女ロザリーが姿を消したりしていく中で、ジルベルダはなんかよくわからない流れの中で右往左往した。

 ふつうの少女なのだ。
 自主性はない。

 なにか行動を起こそうと考えることはなく、ふつうの少女らしくたまに夢で聞こえる神の声に従うだけで、それでどうにか生き延びた。
 ジルベルダには幼少期からずっと飲んでいる漢方薬があって、これを飲んで眠ると神の声が聞こえるのだ。
 原料になる、村で栽培していた草がもうないので常飲はできないが、自分がどう行動すべきか迷った時には飲んで寝ることにしており、その行動は必ずジルベルダに神の声を届けて、彼女を救った。

 さて自主性のないちょっと引っ込み思案な、地味で普通の古流武術継承漢方薬飲んでる系少女のジルベルダは、時代の中で新しく憧れるものに出会った。

 それは勇者パーティーと呼ばれる一党にいたらしい、レイラという少女である。

『ロザリーをぶん殴るわ』

 痺れた。

 ジルベルダは常々ロザリーという存在が聖女などと祭り上げられていることに疑問を覚えていたのだ。
 だって世間がフレッシュゴーレムで大変な時とか姿を消していたし、それ以前にも、なんだか言動がふわふわして一貫しない、よくわからない人だったからだ。

 しかしロザリーは超強い。
 ふつうの女の子であるジルベルダでは勝てるわけがない。

 それを堂々と『殴る』宣言した、レイラ。

 ジルベルダは彼女についていくと決めた。神官服を脱ぎ捨ててレイラ風の蛮族ファッションに着替えた。
 急に露出度が増えたのはふつうの少女なので恥ずかしかったが、ジルベルダはふつうの少女だけに影響されやすく、憧れる相手を見つけると少しでもその人に近くなろうとする、ふつうの少女らしい一途さがあった。

 だが……またしても彼女は人生の目標を見失ってしまう。

 ジルベルダが死んでいるあいだに、レイラが行方不明になってしまったのだ。

 いつのまにか『ロザリー殴り隊』も解散しているし、ジルベルダは振り上げた拳の振り下ろしどころを失って呆然とした。

 呆然としたので村特産の漢方を飲んで寝た。

 すると夢の中に神様が現れて、次なるお告げをくれた。

『ロザリーもレイラもあてにならない。なら、あなたが、あなたの心のままに行動すべきなのです』

 そう言われても困る。

 ジルベルダには自主性というものがない。強い意思なんかないのだ。ふつうの女の子なので……

 だが神のお告げはいつでも道を示してくれた。

 ジルベルダが困り果てている時には運命を感じる『なにか』が起こる。

 そうして、『それ』は今回も起こった。

「あなただけに、耳寄りなお話があるのですが」

 話しかけてきたのは、顔を隠したいかにも怪しい風体の女性であった。
 ふつうであれば警戒するだろう。
 しかしジルベルダはふつうの少女なので、常識よりも神のお告げの方を優先して考える。
 神のお告げが降ったすぐ翌日にこうして『耳寄りな話』を持ちかけてくる女性が現れた……これはもう、運命だろう。ジルベルダはふつうの女の子なので、運命とかいうものにとても弱い。

「アンデッドとなりリッチに支配された哀れな女王ランツァを、解放してあげたいとは思いませんか?」

 たしかに……とジルベルダは思った。
 ジルベルダは現場を見ていないが、『死の戴冠式』とか『血の戴冠式』とかいうイベントが最近発生して、その時に女王ランツァは民衆の前で殺され、アンデッドとしてよみがえったのだという。

 そのランツァを傀儡にしてリッチが独裁を布いているのが現在の国家の情勢らしい。

 ジルベルダは政治がわからぬ。
 しかし正義感は人の一倍であった(人の一倍、つまり人並み、ゆえにふつうという意味)。

「あなたのような正義感にあふれる強者が立ち上がれば、きっと他にも多くの賛同者が現れるでしょう」

 怪しい女の人がめちゃくちゃ持ち上げてくるので、ジルベルダは気持ちよくなってきた。なにせふつうの女の子だ。ふつうの女の子は褒められると嬉しい。

「作戦はお任せください。あなたは時期が来たら立ち上がればいいのです。あなたこそ……民衆を導くべき、乙女なのです」

 そういうわけで、ジルベルダは哀れな女王を解放ぶっ殺してあげるべく立ち上がることとなる。

 自分で目標を手に入れられない『ふつうの少女』は、こうして持て余していたエネルギーを向ける先を手に入れたのだ。



「うーん、ロザリー殴り隊残党の代表者、ヤバいわね」

 王都、王城、謁見の間……

 ロザリーとクリムゾンがあまりにも役に立たないので返したあと、玉座に座ったリッチの対面に机を運んで、ランツァが書類をチェックしている。

 次の国家元首選考会だ。

「ヤバい草でできた幻覚作用・覚醒作用のある丸薬を常飲して、神が見えるとか言ってる、腕力はレイラなみ、精神性はロザリーなみの、古流武術を使うっぽい自称『ふつうの女の子』らしいわ」

「そいつはヤバいね」

 リッチはヒマなので同意した。
 玉座に腰掛ける人骨剥き出し、ボロのローブをまとったのみの化け物ではあるが、政治的な話は門外漢であり、専門ではないことに口を出す気もなく、なぜ自分がこの場に残されているかもわかっていないリッチは、ただ同意するしかできない。

「派閥そのものの過激さはそうでもないんだけどトップのヤバさが圧倒的なのよね……どうしようかしら? もうこれでいいかな?」

「リッチもそう思います」

「そうね。まあ、一回激ヤバ女をトップに置いてみて、これまでの治世がどれだけまともだったのか思い知るといいわ」

 人は忙しくなるとマイナスの感情しかわかなくなり、自分を忙しくした原因を激しく憎悪するようになるらしい。
 今のランツァがまさにその状態であり、自分を忙殺するのを狙っているかのように余計な仕事ばっかり増やす民衆を憎悪している時期にあった。

 たぶん三日ぐらいゆっくり休めば治る。

 しかし魔王を倒すまで休んでいる余裕がなく、この状態のランツァに理性的な意見を述べてもキレさせるだけだし、あとリッチは国家運営に関心がないので、

「リッチもそう思います」

「じゃあ、このジルベルダって女を次期国家元首にする流れでやっていきましょう」

「リッチもそう思います」

 そういうことになった。

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