勇者パーティーを追い出された死霊魔術師はリッチになって魔王軍で大好きな研究ライフを送る

稲荷竜

120話 かかわる人が多く準備期間が長い計画ほど着地点がズレるよね回

「『切り札その一』を使おうか」

 ロザリーとにらみあいながら、リッチはボロのローブの内側に片手をつっこむ。

 杖がない(※ロザリーの拳を払ったらチリにされた)のでちょっと格好つかないけれど、もう片方の手はロザリーに向けて突き出す。

 その構えを見て、ロザリーもまた両拳を打ちつけた。

 大礼拝大会ブートキャンプ……ようするに『命のやりとりではない、練習試合』の途中なので金属製のガントレットはつけていないのだが、まるで鋼と鋼を打ち合わせたような『ガィィィン!』という音があたりに響いた。

「あいつの拳、素材はなんなんだ」

 思わずつぶやくリッチ。

 ロザリーはこう応じる。

「もちろん、筋肉です」

「いや、拳なら骨でしょ」

「これは筋肉と骨の戦い━━ということですね?」

「なに言ってんの?」

 リッチは素で聞き返したのだが、ニヤリと笑うロザリーは『うまいこと言った』みたいな雰囲気で、それ以上の問答はなかった。

 昼にさしかかろうとしている時刻、広大な草原の中央で二者にらみあう。

 リッチの横には黒色の性別不詳人類エルフがいるけれど、あくまでもこれは二者の勝負なのだ。
 ロザリーはまだ大礼拝大会の途中のつもりでいるし、リッチ陣営も、この二人の戦いに割り込んでいけるほどの力量がエルフにはない。

 さて、今までの戦いはたいてい『ロザリーが戦いの準備をする前にリッチが殺す』か『ロザリーから殴りかかってリッチが対応する』だったが……

 今日は、リッチが『死のささやき』ではない行動で先制した。

 ボロのローブの内側に突っ込んだ手を出し、なにかを投げる。

 投擲とうてき攻撃と言うにはあまりにもゆったりした速度で飛んできたなにかを、ロザリーはまったく気に留めない。

 払ったり打ち落としたり回避したりといった動作をとって、その隙を突かれることを嫌ったのだ。

 実際、投げられた『黒い球体』はロザリーの肩あたりに『ぽん』と軽い音でぶつかっただけで、ダメージも特殊効果も発揮しない。

 だが、ぶつかった瞬間に事態は動いた。

 リッチは死をささやく。
 ロザリーは死ぬ。

 しかし死んだはずのロザリーの肉体はひとりでに動き、抜けていく自分の魂をつかもうとし━━

 その前に、ロザリーの魂は、『黒い球体』に吸い込まれた。

 ロザリーは死んだのだ。

「ロザリー、ゲットだぜ」

 リッチはつぶやいた。なぜかそう言わないといけないような気がしたからだ。

 あとには自分の魂をつかもうと腕を伸ばした状態で息絶えたロザリーの肉体と、その足元に転がる『黒い球体』……『人体』が残された。

「うまくいったけど、この手段はもう使えないだろうな……」

 仕掛けとしては、ロザリーが自力で蘇生する前にロザリーの魂を本体ではない『人体』に入れてしまっただけなのだが、効果があってよかった。

 ただしもう通じないだろう。

「というか、なんで死体が動くんだ。そしてなぜ当たり前のように肉体で魂をつかめるんだ。あいつなんなんだ本当に……」

 リッチは基本的に『未知』を歓迎するし、その意味でロザリーのことは希少かつ貴重な存在だと考えているが……

 そろそろ『ロザリーのやってることは考察するだけ無駄』感があって、あれは死霊術で解き明かせないものなんじゃないかなという気持ちになってきている。

 もうこのまま本体に戻さずにいるべきかなという誘惑もあるのだが……

「……でもなあ。対魔王を考えるとロザリーはだいぶ重要な立ち位置なんだよな……」

 魔王へと攻撃する際には、おそらく魔王軍が立ち塞がるものと考えているのだが……

 北、中央、南、それぞれの戦線で暴れてくれる人が必要なのだ。

 ロザリーにはその一軍を担ってもらう必要がある。

 もしかしたら普通に行って普通に魔王を殺せるかもしれないが、そうでない場合に備えることは必要だし……
 いくらリッチを優遇している魔王でも、『殺しに行くね』『待ってる』とはならんでしょ。

 あと、魔王を殺すには『すべての魔王』を倒し尽くす必要があるので、やはり人手は必要だし、ロザリークラスの強者は絶対にいた方がいい。

 けっきょくのところ、ロザリーはまた本体に蘇生し直す必要があるだろう。

「ああ、どうして『いっぱい予備の肉体があって、全部を殺さないと殺したことにならない』とかいうことになってるんだ……ずるいでしょ」

「すいません」

 いっぱい予備の肉体があって全部を殺さないと殺したことにならない勢のエルフが謝った。

 ちなみにリッチもいっぱい予備の肉体がある勢ではあるのだが、本体があるので『全部を殺さないと殺したことにならない勢』かどうかは微妙だ。検証したくはある。

 その『本体』は現在入っている物理無効のガイコツになります。

「というか神、ロザリーはけっきょく殺してゲットしちゃいましたね。昼神教との関係どうするんです?」

「リッチは『殺す』以外の人とのかかわりかたに疎いからな……人間関係わからない。殺すしかない……コミュニケーション能力がなくてね」

「人付き合いに『殺す』しか選択肢がないの、かなりどうかと思います」

「ああ、ここで言う『殺す』は……」

「わかってます。一般的な意味なんですよね。しかし一般的な意味で『殺す』を実行してしまうと、一般的には殺したことになるんですよ」

「けれどリッチは死霊術師だからな……」

「神、世間体の問題です」

「『世間』というのがリッチに味方してくれたことがないからな。いや、最近はそうでもないのか……」

『世間』は風聞とか権力とかなので、ランツァが味方の現状、だいぶ『世間』はリッチの味方だ。

 最近のリッチはちょっと殺しすぎなので、世間が敵ならとっくに詰んでる。

「とにかくランツァの指示を仰ごう。ランツァはなんて?」

「『もう計画を立てても立ててもズレるので、さっさと魔王討伐を開始することにする』そうです」

「まあ遠大な計画ほどイレギュラーによる微修正でズレていくものだからね」

「どうしてイレギュラーが発生するんでしょうね……」

「それはリッチに言われてもな……」

 エルフの目には『お前こそがイレギュラーだ』というメッセージが浮かんでいたのだが、エルフはこれでもリッチを崇めているのでそんなことは口に出さないし、口に出さないとリッチには通じない(人の心がわからないので)。

 エルフはこれ見よがしなため息をついて、

「まだ少し準備が整い切っていないところがあるようですが、いよいよ討伐計画を始めていくようです。神、『降霊術』の方は大丈夫なのですか? 最適化が必要とうかがっていますが」

「仮説はあるよ。なにぶん第一回降霊術からすぐに大礼拝大会ブートキャンプに戻って謎の筋トレをして、今にいたるものだから、実験はしていないのだけれど……」

「では七日でやってほしいそうです」

「急だなあ」

「これ以上計画にズレられると修正ができなくなりそうだということなので」

「ふぅん」

「……………………」

「なんだい、なにか言いたいならハッキリ口に出しておくれよ。じっと見られてもリッチには心情を読み取れないんだ」

「いえ」

 言っても無駄感があるのでエルフは口をつぐんだ。

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