勇者パーティーを追い出された死霊魔術師はリッチになって魔王軍で大好きな研究ライフを送る

稲荷竜

104話 筋肉「あの、自分、そこまですごいやつじゃないっすよ」回

 そこは王都近くにある小高い場所の村であり、主な産業と言えるものは特にない。
 強いて言うならロープをより合わせたり、縫い物の外注を引き受けたりという地味で根気のいる作業の労働力が『産業』と言えた。

 木造の家屋がまばらに立ち並ぶそこにたった一つだけ石造りの建造物がある。

 それは王都のものと比べてしまうとあまりにもささやかではあるけれど、それでも村で唯一、『もしも、魔物が侵攻して来た時に避難できる場所』として確保された神殿なのだった。

 神殿にはそういう『避難所』としての用途を含めさまざまな使い道があり、そのうち一つが『孤児の受け入れ場所』というものがある。

 これは戦争が日常化したこの世界においてなくてはならない機能だった。

 とはいえ最近の孤児は、かつてのように『魔族との戦争で親が亡くなった者』は減っており、先ごろあったフレッシュゴーレム戦役において親を失った者が多い。

 あの戦役は王国全土が戦地となったので、多くの非戦闘員が巻き込まれたのだ。

 聖女ロザリーによる支援がなければ神殿勢力は孤児の受け入れができずにパンクしていたことだろう。

 その『聖女ロザリー』が村に訪れたのだから、人々は膝を曲げ伸ばしして聖女の来訪を歓迎した。

 これは昼神教筋肉派の礼拝しぐさであり、ようするにスクワットだ。

 スクワットをする老若男女に囲まれた道を歩きながら軽く手を振ったりフォームを指導したりしつつ、神殿まで歩いて行く。

「……異様な光景だ……」

 聖女ロザリーに伴っている漆黒肌の従者……
 エルフボディにおさまったリッチは、当たり前のようにスクワットする村人たちを見てそんな声を漏らした。

 異常な風習を持つ閉鎖的な村の謎の宗教の礼拝に行きあってしまったかのような気分だった。
 しかしこれが人族の覇権宗教なのである。
 人、一回滅びるべきかもしれない。

 ちなみにリッチ本体は王城に置いてある。
 あのボディで活動すると混乱を招きそうだとランツァに言われたからだ。なるほどね。

 そうして時間をかけて村を進み、神殿にたどり着く。

 木製の扉はすでに開かれており、入口では袖の大きな神官服をまとった妙齢の女性が腕立て伏せをしながらロザリー一行を出迎えた。

「ようこそ……ふんっ……お越しくださいました……ふんっ……神の家は健やかに……ふんっ……あなたたちを……ふんっ……ふんっ……」

「神はあなたの礼拝を充分にご覧になられたでしょう」

「……ありがとうございます」

 妙齢の女性は腕立てをやめて立ち上がった。

 そのまま神官しぐさとして両手を胸の前でこまねこうとするのだが、腕立ての負担のせいで胸筋がいうことをきかないらしく、うまく手を合わせられないでいる。

「異常な光景だ……」

 エルフッチは再びつぶやいた。

 ……ともあれ、事前に連絡はしてある。

 しばらく神官的なやりとりをしたあと、妙齢の女性は道を空けるように半歩引き、

「それでは、改めて、ようこそ神の家へ。未だ恩寵を知らぬ子たちが、もっとも礼拝なさっているあなたをお待ちです」

 招き入れられる。

 ……この中に、記憶を失ったレイラが、いるのだ。



 少し時間をさかのぼる。

 まず、レイラが孤児として王都近くの村の神殿にいるらしいということで、その処遇をどうしようかという話し合いがあったのだ。

 これについては三つの意見が出た。

 リッチは、こう述べた。

「確保はしておくべきだろうけれど、居場所と動向がわかってればいいかなという気持ちだね」

 ランツァは、こう述べた。

「けれど戦力としてレイラは無視できないわ。本気で魔王退治を考えるなら、記憶をどうにか取り戻してもらって、魔王退治に挑んでもらいたいところね」

 パーティーメンバーであり、神殿関係者ということで話し合いの場に招かれたロザリーは、こう言った。

「……神は未だ信仰を知らぬ者に寛容です。レイラの神への不敬は目に余るところがありましたが……記憶を失っているのであれば、これから神の恩寵を賜ることもできるのではないでしょうか?」

「つまり?」

「今のレイラになら、信仰を体に叩き込んで、魔王討伐という聖戦に力を尽くさせることも可能かと」

 ロザリーの言ってることが一番ひどいので、ロザリーの意見が採用された。
 レイラはやっぱり無視できない戦力だし、あれの暴力を制御する『なにか』は必要だったからだ。

 その『なにか』が信仰というのは不安要素でもあったが……
 完全に自由なレイラはマジで自由すぎて手に負えないので、信仰でもいいから『信念』の一つも実装されてほしいと、みんなが思っていたのだ。

「では、レイラのもとを訪問し、神の教えを叩き込みます。それでよろしいですね?」

 かくしてレイラの記憶を失わせたまま、神の尖兵にする計画が発動した。

 レイラ人格補完計画である。



 ……かくして、話は神殿訪問の時に戻る。

 神殿内にはたった一人、昼神の抽象像を前に礼拝をする少女がいた。

 年齢的にはもうとっくに成人しているはずなのだが、もとが小柄なだけあって、後ろから見たその少女はたしかに子供にも見えた。

 ゆったりとして丈の長い神官服の尻あたりには穴があって、そこから出た黄金のしっぽが礼拝動作に合わせて揺れ、しっぽの先についた鈴がちりんちりんと涼やかなリズムを刻んでいた。

「レイさん」

 妙齢の女性神官が呼びかけると、レイが礼拝スクワットをやめて、ゆっくりと振り返る。

 黄金の髪に、猫の耳を持つその少女は、神官を見て一瞬表情を親しげに輝かせたが、神官の背後にロザリーたちがいるのを視界におさめると、怯えたような顔になった。

 そして、

「あ、あの、ようこそ、神の家へ……。クローネ様、そちらの方々は……?」

 不安そうに妙齢神官に問いかけるレイラ。
 その姿は急な来訪者に怯える内気な少女そのものであり……

「……すさまじい違和感だ……」

 エルフッチはついついそんなことをつぶやいてしまった。

 そのつぶやきはレイラの鋭敏な耳にとどいてしまったらしい。
 エルフッチを戸惑いの強い瞳で見て、それからサッと視線を逸らす。

 妙齢の神官はそんなレイラに優しく告げる。

「レイさん、この方々は、あなたの失われた記憶について心当たりがあるらしいのです」

「え……?」

「それに、あなたもご存知でしょう? 聖女ロザリーが、あなたのためにお越しくださったのですよ」

「聖女様が!?」

 そこで初めてレイラの視線がロザリーに向く。

 ロザリーはその無垢な驚きの視線を受けて、

「…………非常に気色悪い…………」

「……え?」

「……いえ。失礼。わたくしが、ただいまご紹介にあずかりましたロザリーです。あなたは……『レイ』さんですね?」

「え、ええ……『レイレイ』というのが、わたしの覚えていた名前で……」

「レイレイ……」

 ロザリーが『心当たりはないか?』という目でエルフッチを見るもので、エルフッチは顔を逸らした。

 やはりどうにも、今日こんにちのレイラの記憶喪失の遠因は、リッチが行った記憶実験にあるようなのだった。

 レイレイというのは、レイラとドラゴン族の少女の記憶とを混ぜてみた時に名前になったやつである。いや、そうだったかな。どうかな。リッチももうその時のことはよく思い出せない。都合の悪いことは忘れて生きていきたいというのは、誰だってそうだろう?

 ともあれメッセージ性の高い『顔を逸らす』という動作からなにを読み取ったのか、ロザリーはリッチへ視線で問いかけるのをやめ、レイラへと戻した。

「……ともあれ、あなたは忘れているようですが、わたくしたちは、かつて、な、なか、なか、なか、なか……」

「聖女様?」

「……なかなか大変な間柄だったのです」

『仲間』と言いたくなかったらしい。
 たしかにケンカばかりしていた二人だったのだ。しかも仲の良さいっさいなし、混じりっ気なしの険悪なケンカであった。
 基本的に勇者パーティーは人間関係が終わっていたのだ。

 ロザリーはわざとらしく咳払いをして、

「ですから、わたくしが、きっとあなたの記憶を戻して差し上げます」

「本当ですか!? でも、どうやって……?」

「もちろん礼拝筋トレで」

「…………どうやって?」

「よろしいですかレイレイさん。記憶は肉体の中にある……これはわかりますね」

「はあ」

「であれば、記憶は筋肉で操作できます」

「そうなの!?」

「できます」

 根拠を言わないで圧力で納得させることができるあたりが宗教の強さなのだった。
 それはリッチのように理屈を解くより何倍も強く人に『そうかも』と思わせる効果がある。

 レイラ改めレイレイは聖女のあまりに自信たっぷりな様子に『そうかな……そうかも……』と納得しそうになっている。

 ロザリーはたたみかける。

「これよりはわたくしが責任を持って、あなたの記憶を取り戻せるよう、協力しましょう」

「で、でも、礼拝なら今もがんばっていますけど……」

「足らないのです。強度が」

「……」

「これより、多くの『もっと己を追い込みたい』という信者たちを募り、久方ぶりにアレを開催します。あなたもそこに参加なさい」

「『アレ』というのは?」

「━━大礼拝大会ブートキャンプ

「……」

「信仰が陰りつつあるこの時代に、信仰を取り戻すのです。ついでにあなたの記憶も戻るでしょう。見事優秀な成績をおさめ……脂肪邪念の一切を削ぎ落としましょう。さあ、筋肉の祭典の始まりです」

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