勇者パーティーを追い出された死霊魔術師はリッチになって魔王軍で大好きな研究ライフを送る

稲荷竜

95話 人はパンのみによって生きるにあらず回

「そういえば━━」

 魔王とこれ以上話していると、ちょっと冷静でいられなさそうだった。

 だから部屋を辞するつもりで最後に、リッチは問いかける。

「━━ランツァの計画通り、リッチが人族の『王』……まあ、表向きだけれど、『それ』になってしまうのは、いいのかな? 魔王の『適度に人族を追い詰め、適度に戦争状態を維持する』という望みから外れた状態になるように思われるのだけれど」

 これに対し、魔王はにこやかなまま、こう答えた。

「大嵐が来た時に、大嵐に『進路を変えてください』とは頼まないっしょ」

 リッチは『環境』『災害』であり、その行動に意見しようとは思わない。それは無為であり無駄であり━━

「あたしは対策をするだけ。それで案外、どうにかなるし」

 ━━人は災害そのものに殴りかかったり、説得したりという手段では勝利できないが、『災害が来る』とわかっていれば対応ができる。

 魔王の述べたのは、そんなような意味のことだと、リッチにも理解できた。

 だから、

「そう。……まあなんだろう。君の話の中に出てきた過去リッチが、君をなんとしても否定してやりたいと言った気持ちはわかるよ。君は敵対的ではないし、協力的でさえある。でも、君は見ている場所がどうしようもなくリッチとずれている。そこが気持ち悪くて、ストレスなんだ」

 出資者パトロンに向けるにはあまりにも苛烈な意見だった。

 リッチは基本的に研究以外の場所でストレスを抱えたくないタイプなので、このように軋轢あつれきを生みかねない発言は可能な限り呑み込む。

 だが、言わずにはいられなかった。

 レイラ軍に所属して、自称・死霊術推進派たちの意見を日々聞き続けて思ったことだが……

 もっとも精神をおびやかすのは、わかりあえない敵対者ではなく、わかったふりをして味方面をしてくる『違うもの』だ。

 リッチにとって自称・死霊術推進派たちと魔王は、『それ』であるように感じられた。

 だから、文句を言わずにはいられなかった。
 これで嫌われて援助を打ち切られるならそれでもいいやというほどの気持ちさえあった。

 けれど、魔王は嬉しそうに笑みを深めて、

「リッチはそうだよねぇ」

 そう述べて、リッチを見送った。



 死霊軍の集合には五日ほどの時間がかかった。

 魔王に対する信頼を失っていたリッチは、自分でも超長距離憑依術を用いてランツァと計画のすり合わせなどを行った。

 しかし魔王からもたらされる情報と、ランツァと実際に話して得られる情報には差異がなかった。

 魔王は味方なのだ。
 こちらを騙そうとか、はめようとか、そういうことはまったくしていない。

 援助もしてくれる。場所も設備も提供してくれる。
 生活力のないリッチにないすべてを与えてくれるし、そこにはきっと、裏とか、損得とか、そういうものはないのだ。

 魔王はリッチという対象に奉仕することを喜びと感じている。
 戦争を続けるのだって、リッチ・・・との約束通りに『強くあろう』としているだけだ。

 だから『リッチ軍進撃』の前日、でかい、黒い近衛兵長ボディに入ったリッチは、ランツァにこんな相談をしてしまった。

「もしかしたら、リッチは性格が悪いのかもしれない……」

「え、まあ、その……」

 エルフにまとめさせた資料を閲覧していた絶賛デスマーチ中のランツァは、手を止めて口ごもった。

 疲れのせいでくすんだ青い瞳には『そんな、いまさら?』とでも言いたげな困惑が揺れていた。

 近衛兵長ボディのリッチ……近衛ッチが顔を覆う手をどけてチラリと見てきたもので、ランツァは取り繕うように慌てて言う。

「い、いえでも、教育者、研究者としては丁寧で熱心よ!」

「なるほど。それは━━『フォロー』だね?」

 リッチは最近、人心の機微きびについて研鑽がものすごいので、フォローされたら『フォローされてるな』と気付くことができるのだ。

 ただしまだ発展途上なので、フォローされた時に『それはフォローだね』と言わなくていいことを言ってしまうところもあった。

 ランツァはしばし言葉に詰まっていたが……

 どうやら片手間で対応はできないと思ったのか、明日に迫った『死霊術師貴族化計画』の最終確認の手を止めて、テーブルに両肘をついてリッチをじっと見る。

 ランツァがほつれて片目にかかった金髪の向こうに見るのは、空気椅子に着く、大柄な漆黒の全身鎧であった。

 その漆黒鎧は金属のような質感の兜を身につけていて、そこには当然『表情』というものは浮かばない。
 しかし、ランツァの目に、今の漆黒鎧は、奇妙に哀愁のある、情けない顔をしているようにも見えた。

「ねぇ、リッチ……魔王のあれこれは人類 (※一人称)も聞いたけれど……なにかがリッチの琴線に触れたのよね? きっとリッチの悩みはそのことなんでしょう?」

「どうだろう、わからないんだ。……魔王はすごくいい人ではある……リッチに好き放題研究できる環境をくれる出資者パトロンで、こんな好条件で研究をさせてくれる資金源なんかどこにもいなかったし、未来永劫いないと思う。けど……」

「けど?」

「すごく気に入らないんだ」

 人を見る時には、発言より行動でその為人ひととなりを見るべきだと、リッチは考えている。

 その理屈で魔王を見た場合、魔王はちょっとありえないぐらいに条件のいい出資者なのだ。

 無茶な要求も……まあたまに戦争に駆り出されたりはするけれど……さほどない。
 研究の成果を急かさない。
 出資の際にいちいち見積もりを出させない。
 その研究がどのように社会 (社会とは、出資者の一人称だ)の役に立つか、などと聞かない。
 しかも制限なくお金を出してくれるとくれば、こんなにいい出資者など、おそらくリッチの生涯において二人と現れないだろう。

 まあ、もともと過去リッチ……たぶん『肉体』について重点的に研究していたリッチだ……の遺した技術、その特許による収入なのだという話ではあるが……

 そのリッチは、今のリッチではない。
 ようするに魔王の厚意によって、魔王の蔵を開いてもらっていることに変わりはないのだ。

 でも……

「めちゃ、気に入らないんだ……」

「めちゃ……」

「学術の発展を志す限りにおいて、あの魔王はこの上なく有用だ。わかる。わかるよ。でも……魔王の出資で行っていると思うと、不思議と研究に熱も入らない、実験中に余計なことばかり思い浮かぶ。しかも……しかも! 『この研究に成果が出なければいいのに』とさえ、思ってしまうほどで……!」

 リッチは苦悩していた。

 こんなにいい出資者のもとで、自由に研究できている。
 だというのに、あの出資者の資金で研究しているかと思うと、成果なんか出なければいいとさえ思ってしまう。
 あの出資者が『私がお金を出しました』みたいにドヤるのが、すごく、やだ……!

「リッチは出資者に対しても、研究そのものに対しても、そして研究を手伝ってくれている君たちに対しても、不誠実だ! もう、研究者としてのリッチはここで終わりかもしれない……死のう……」

「慌てないで」

 ランツァの口調は親が子をたしなめるような響きがあった。

 リッチは拳を握りしめてわなわな震わせ、

「けれど、研究者たりえないリッチに生きている意味はないんだよ」

「そんなことないわよ」

「君たちにとってそんなことあろうがなかろうが、リッチがリッチを認めないんだよ」

「じゃあもう、魔王を倒しましょう」

「ええ……蛮族レイラじゃん……」

 レイラとは、世界三大『すぐ暴力で解決しようとする生き物』の一角を成す生物だ。

 そして『ロザリーを殴らせろ!』と大騒ぎして、死霊術推進派を糾合きゅうごうして世界を混乱に陥れたあと、どこかに行ってしまって見つからない、迷惑の化身でもある。

 レイラのせいで死んでしまった(※手をくだしたのはリッチ)レイラ軍のみなさんおよびロザリーたちは、現在、エルフがせっせと作り上げた『人体』に残らず収納されているので生きてはいるが……

 レイラの大騒ぎによって死亡した(※生物学上の話)数は、もはや百や千ではきかない数になっている(※五分の四はリッチによって殺された)。

「というかレイラはどこにいるんだ? あいつ、ロザリーを殴りに行くとか言って飛び出したっきり、全然見つかってないんだろう?」

「そうね……もう、なんか、レイラについては……考えたくないわ……」

 最近わりと激動の時代なので、国家元首ランツァはただでさえキャパシティーオーバー気味であり、レイラについて話すと暗い顔で目を伏せるのだった。

 リッチはため息をついて、

「とにかく……気に入らないからって暴力に訴えるのは、よくないよ。それは、自分がレイラと同レベルだと認めることになりかねない行為だ」

 最近の大騒ぎの中心にいた二つの軍勢を余さず絶命させた実行犯であるリッチは、冷静に述べた。

 ランツァは「そうね」と疲れた顔に笑みを浮かべてから、

「でも……最終的には、暴力がすべてを解決するのよ」

「どうしたんだい? もしかして疲れているのかな?」

「まあそうね……疲れは……この上なく……」

 リッチが魔王領でのんびりしているあいだに、案の定起こった革命などの処理もしていたため、ランツァはこの上なく疲れ果てていた。
 十四歳だったか十五歳だったか、あるいは十六歳になるのかもしれない少女であるランツァは、最近めっきり老けこんでしまっている。

 ランツァはいつ淹れられたのかも思い出せない冷め切ったお茶を飲み、

「疲れついでにぶっちゃけてしまうけど……現状、人類についてよくない状況ではあるのよね。ああ、その……一人称でもあり、『人々』という意味でもあるのだけれど」

「ふぅん?」

「だって、いくらやってもすべてが魔王の手のひらの上という状況じゃない? 食糧も医療も、兵器の流通さえも握られているんだから……しかも、魔王の目的は、はっきり言って、わけがわからないわ」

「そうだね」

「そんなものに人類……人々すべての命運を握られているというのは、よろしくないのよね……」

「たしかに。……うーん、じゃあ、倒すかあ……」

「……いいのかしら」

「まあ、政治的な理由があるんだろう? だったら、いいかな……」

「……いいんだ……」

「そもそも、は魔王討伐のための『勇者パーティー』だったわけだし。いや、別にそこまで熱心ではなかったけどさ。……うん、言い繕うのはやめにしよう。リッチは、魔王を倒すのに、わりと乗り気だよ」

「そうなの?」

「だって、わかりあえないから」

 わかりあえないなら、殺し合うしかない。

 まったくかかわりあいのない関係でいられるならお互いに無視もできるだろうけれど、魔王とリッチの関係は根深い。
 根っこの部分から癒着しきったこの関係を剥離させるには、どちらかを殺すしかないだろう。

 とはいえ━━

「リッチの気持ちは、魔王を殺してそれでスッキリするものではないんだ。過去リッチの述べたように、魔王の『転生説』の否定の上で決着をつけたい━━というのかな。端的に述べると、否定してやりたいんだ」

「他者に対してリッチがそんなに攻撃的なのは、ちょっと珍しいわね」

「まあ、魔王、けっきょく、やってることが『研究成果を横取りする出資者』だからね……」

「どういうこと?」

「魔王は、リッチが、『過去のリッチの魂を持つから、その魂の性質に従って死霊術を研究し、新たな人類を生み出すという成果まで挙げた』というように認識しているだろう?」

「そうね」

「ところが、研究を志したのも、ひらめいたのも、実行したのも、なんだよ。『リッチ』という魂じゃない。この、自分だ」

「……」

「その努力と熱意を剽窃ひょうせつされることが、どうにも我慢ならない。……だが、研究者として、なるほど、転生説は否定しきれないところもある。魂の性質━━面白い着眼点だ。研究テーマとしてはね」

「つまり?」

「俺は、この俺が、俺であることを証明したい」

 それは長いあいだ、リッチ自身が存在を認めていなかった、自身の『』だった。

 研究のためなら死さえも厭わない━━研究こそが本体であり肉体も魂もそこに絡みついた余分なものだと思っていた。

 ところが研究を『我』から取り上げられそうになってみると、思いもよらない激しい反抗心と、生命を脅かされた時特有の、本能的とも言える攻撃性がわいて出てきた。

「転生を否定できるならば、この研究への熱意は、魂に刻まれたものなんかじゃなく、俺の人生の中で育まれたものであると証明もできるだろう。そうして証明してから、魔王と雌雄を決したいと思っている」

「……なるほど今すぐどうこうという話じゃないのね」

 そう述べるランツァはどこかホッとしていた。

 なにせさんざん準備してきた計画の終着点が明日に迫っているのだ。
 今さら大目標の変更・追加に伴う計画修正は、もはや徹夜した程度ではどうにもならない。

「というか君もしばらくゆっくり休んだ方がいい。魔王の手は人族社会に根深く浸透しているんだろう? 一気に引っこ抜いたら大変なことになるのでは」

 リッチがそのあたりを理解していることに、ランツァはおどろいた。

 おどろいて、笑った。

「リッチ……気遣ってくれたのね」

「いやまあ……さすがにね……君、死にそうだし……」

 だったらこんなタイミングでお悩み相談をするなという話ではあるのだが、そこはそれ、リッチの気遣い力は未だ発展途上であった。

 ランツァは息を吐くように口角を上げ、

「……とにかく、明日からよろしく。進行速度を考えると、王城まで攻め寄せるのは五日後ぐらいになるのかしら?」

「わからないけどなるべく急ぐよ。君、一回死んだ方がよさそうだし……」

 基本的に疲労は肉体依存のものなので、死ぬとわりかしリフレッシュするのだ。

『言い方……』とランツァは思ったが、リッチの気遣いは感じ取れたので、疲れ切った顔で微笑むだけで終わった。

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