勇者パーティーを追い出された死霊魔術師はリッチになって魔王軍で大好きな研究ライフを送る
78話 なにか色々動いてるみたいだけどいち研究者には関係ないよね回
「たぶんだけれど、『死霊術師』が死んだ時、勇者はおおいに慌てたんじゃないかしら」
彼の計画には『遊び』がないもの━━
執務の終わった執務室で、女王ランツァは言う。
長机のあるその部屋にはもはや他の首脳はおらず、女王ランツァと、大柄な黒い鎧の人物がいるのみであった。
黒い鎧の人物は『近衛兵長』と呼ばれているが、その中身はリッチだ。
『記憶』を素材として組み上げた人体━━に、様々な機能を追加して『リッチ本体と遜色ない体を作ろう』計画。その試作品四号機がこの黒い大型鎧なのであった。
……とはいえ、まだまだその性能は『物理無効』には程遠く、死霊術の使いやすさもリッチの体とは比べるのもおこがましいレベルだ。
ただ『ほぼ無機物の腐らない肉体』を『ある程度量産できる』という点が素晴らしい。
これを大陸の各所に置いておけたら、『超長距離憑依術』による疑似的な転移術式が成立する。
「勇者の計画は、四人そろわないとどうにもならないものだったんだと思うわ」
リッチの『勇者パーティー時代』についての話をだいたい聞き終えたランツァは、そのように感想をこぼした。
リッチはランツァの斜め前で立ったまま(この体は重量がありすぎて並の椅子には座れない)首をかしげる。
「リッチの死亡直後の様子から推察するに、かなり余裕って感じだったけど」
「そりゃあ、その場にはロザリーとレイラもいたのでしょう? 慌てふためくわけにはいかないわよ。『頼れるリーダー』としてね」
「ははあ。つまり、虚勢だったのか」
「少なくとも勇者はそうね。だって、戦場が三つあるのに、そのうち一つを担当するあなたが死んでしまって……しかも、あなたが担当していた北の戦場では、あなたじゃなく、勇者が勇者の力でドラゴンを倒してたことになっていたんでしょう? パーティーの中で一番いなくなって困るのが、あなただったに決まっているでしょう」
「ということは、リッチがいなくなったせいで勇者は無理をせざるを得ず、死んでしまったのか。もったいないことをしてしまったな……」
「そうね。わたしは勇者の『人格』について、好ましいとまでは思っていなかった……というかまあ、同じ空間にいてもほとんど話さなかった……というかわたしが話しかけてもぼんやりされてた…………まあ、一言で語りにくい色々があったけれど。『存在』にかんしては素直に惜しいと思うわ」
「しかし、君は勇者なみのことができてるじゃないか。つくづく不思議なのだけれど、どうやってロザリーを御しているんだ? というか、あいつはなんで君に従っているの?」
ロザリーは昼神教筋肉派(最大宗派)のトップであり、死者蘇生絶対だめ過激派だ。
そして一時期その魂はランツァの中にあった━━つまり、ランツァが昼神教的に言えば『禁忌』を犯していることを、誰より知っている。
それが今、ほとんどランツァの手足のようになっているのは、リッチからすればだいぶ解せない。
ところがこれにはランツァも困惑しているようだった。
「わたしも殺されるかと思ったんだけれど、毎日の礼拝を条件に破門を解かれたわ」
「え、毎日トレーニングしてるの?」
「まあ……無理のない範囲で……適度な礼拝は健康にもいいし」
「たしかに適度なら健康にもいいとは思うけれど。あいつの宗教観、わりとゆるふわなのでは?」
「うーん、というかね、ロザリーの宗教観は、なんていうか……第三者目線だとかなりこう、アレなのだけれど……問われれば本人なりの哲学をすらすら答えるから、別に曖昧ということでもなさそうなのよね。なんていうのかしら……センス? センスで宗教やってるみたい」
「ええ……」
センスで宗教やってる人、センスに反することをしてる相手はぶっ殺す勢いで殴りかかってくる。
「それはもうなんか……ダメでしょ」
「ダメだけれど、勇者パーティーの人たち、だいたいみんなそんな感じでしょ」
「……………………否定はできないね」
「そういうわけで、レイラの鎮圧はロザリーに任せちゃっていいと思うの。ただ、気になる情報も入っているから、そっちへの対応にリッチの力が必要かも」
気になる情報がどうやって入っているかというと、それはエルフたちの手によってだった。
エルフたちは基本的に『人型』というフレームさえ守ればその形状は自由自在なので、顔や体格を自由に変えることができる。
基本的に色味を変更できないという欠点はあるが、形状変化にメイク技術を合わせればその可能性は無限大で━━
━━諜報に、非常に役立つのだ。
もちろんこれらはリッチの直属部隊的な扱いではあるのだが、リッチがこれの運用をしたがらないため、ランツァが指揮官のようになっている。
そのエルフどもを使ってランツァは各所からの情報をリアルタイムで集めているのだった(エルフたちは記憶の共有ができるため、エルフZが遠方で得た情報がすぐに王宮にいるエルフAに入る)。
「レイラ軍━━と仮に呼称してしまうけど、レイラ軍はまず、魔族領で蜂起して、まっすぐに人類領に来た。エルフがこの軍勢を察知できなかった理由がそれね」
エルフたちは今、すべて人類領土でのあずかりになっている。
これを魔族領に潜入させるのは政治的にかなり軋轢を生む可能性が高く、さらに言えば、エルフはあくまでも『人型』以外の形態はとれないため、魔族への変化は苦手なのだ。
ドラゴン族あたりなら人族に近い容姿の者もいるが、翼やしっぽはどうしても再現が困難だ。
もしアクセサリーを身につけて偽装しても、飛んだりしっぽを振ったりといったことまではできず、バレる可能性が高い。
魔王と密かに協調し、しかも魔王側圧倒的有利の政治力関係である都合上、バレた時のリスクが高すぎて、表向き敵対している隣国に対し諜報員を送り込めないという状況ができあがっている。
なので、今回のレイラのように、魔王の領地で蜂起してすぐ人類領に移動されると対応が難しい。
「そして、レイラ軍はわけのわからないままの巨人をなんとなく引き連れて侵攻してきて……主に戦場近くの村々をまわって、そこらの村民たちを吸収し、勢力を膨れ上がらせた……」
「……巨人がわけもわからず勢いだけで武装蜂起する光景は、目に浮かぶようだ」
あいつら絶対、大声で『行くぞ!』って言われたら目的地も目的も確認せず『行く!』って応じそうだから。
それでも、これまでの巨人将軍は魔王をトップ扱いしていたので魔王の指示にないことはしなかったが……
レイラは色々な意味で自由なやつだ。
自由なやつに権力を握らせてはいけない。
「そして吸収された人族たちはね……『反昼神教』……ようするに『蘇生推進派』なのよ」
かつて、『聖女』と呼ばれた幼女がいた。
その幼女は説法などをして死者蘇生の素晴らしさを説き、人々に死者蘇生を受け入れさせる下地を作り上げた。
だが……
人々がこの『死者蘇生』というものを理解せず、けれど無制限に恩恵にあずかろうとし続けたため、国家は死者蘇生を禁じざるを得なかった。
そのために台頭したのが昼神教のロザリー派閥……
ようするに『旧聖女派閥』であり……
ひっそりと自然消滅させられたのが、死霊術を扱う幼女を旗頭にした『新聖女派閥』なのだった。
だが、新聖女派閥は死んでいなかった。
旗頭は戦乱の中で失われたが、その煌めきに心を囚われていた新聖女派閥の人たちは機会をうかがっていたのだ。
そこに現れたのが『今から一緒に、これから一緒に、ロザリーを殴りに行こうか』と叫びながら現れたレイラと巨人たちだった。
新聖女派閥は旧聖女たるロザリーをぶん殴る動きに同調し……
レイラ軍の勢力はふくれあがっている、らしい。
ちなみに。
「まあ、新聖女アナベルは生きているのだけれど」
王都決戦のあとに発見された死体のうち一つにアナベルがあった。
蘇生は間に合ったので、生きている。
ただ、死霊術禁止の流れの中で死んだことになった方が都合がよかったので、今は新しい名前と身分を与えられ、両親ともども王都で暮らしていた。
「……アナベルを連中の前に出して死霊術を否定させても、連中は止まらなさそうよね」
「そうだね」
「いちおう、『聖女様の意志を継ぐ』みたいな鼓舞もしてるみたいだけれど」
「まあ、君が効果があると見込むなら、連中の目の前に新聖女を突き出してひと芝居打ってもいいとは思うけれど。リッチはそこまで人のことを信じられないな」
まず、目的がある。
その目的に便利だから、旗頭を利用する。
旗頭が目的にそぐわないことを言い始めたら、『乱心した』『無理矢理言わされている』とか言い出す。
リッチの想定する『人』はそんな感じだ。
ランツァもおおむねそんな解釈らしく、うなずく。
「だから━━ねえ、リッチ、大事な確認をするのだけれど、いいかしら」
二人しかいない、盗み聞きの心配もほとんどない部屋の中だというのに、ランツァは声をひそめる。
リッチは首をかしげ、ランツァに近づき、耳を寄せた(顔の横を近づけただけで、実はそこで音を捉えているわけではない。気分の問題だ)。
「リッチは、魔王軍に所属し続けることについて、どう考えているの?」
「どうって言われてもなあ。今のところは便利だと思っているよ」
「じゃあ、わたしが魔王軍に負けない研究環境を用意したら、魔王軍を裏切ってもいいと思ってる?」
「リッチに忠誠心と帰属意識を問うているのかな? そんなものはないよ。まあ、本体が向こうにあるので戻れなくなるのはちょっと困るなあとは思っているけれど」
「……『困るなあ』で済むの?」
「リッチがフレッシュゴーレムへの対処のため本体を離れる時、リッチという肉体について、一つ以上テーマを見つけて検証するようにという課題を出したね。君たちのレポートはすべて興味深く査読したよ。中でもクリムゾンの着眼点は面白かった」
「なんの話?」
「『リッチの肉体の量産も可能なのではなかろうか』」
「…………」
「なるほど、リッチ化は死霊術師が死ぬことで成る。その時に使っていた肉体を『リッチ』のものに作り替えながら━━ね」
「……」
「お、理解した顔だね? すなわち━━リッチが誰かの人体に入って、リッチ化の準備をして死んで、蘇生すれば……その時に入っていた人体がリッチ体になるのではないか? という仮説だ」
「……だから、向こうに置いてきた本体は惜しくない、と」
「まだまだ仮説だ。けれど、リッチはこれに検証の必要性を感じた。それも、早急に、全力を挙げて検証するほどの必要性だ。この説は実に面白い。もしも成功したならば、たった一人の優れた死霊術師がおり、全人類が死霊術を修める初期の段階で必要になる憑依術を覚えれば━━全人類を物理無効の不老不死にできる」
「……」
「さらに理解したようだね。今、リッチが入っているこの体は、その準備のためのものなんだよ。術式失敗で完全に滅びてもいい体━━量産できる、人工品の、人体。それが、この姿なんだ」
「全人類を不老不死にして、どうするの?」
「いや、そこは『できる可能性がある』というだけで、目指しているところじゃないよ。ただ、面白いとは思わないかい? ……ともあれだ。リッチはこの仮説に実現可能なだけの強度を見出した。『本体でなくてリッチ化は適うのか?』などの検証すべき問題もあるが━━今、リッチは、あのリッチ体を失っても、さして惜しいとは思わない。昔ほどには、というぐらいだけれど」
「……それじゃあ、あの体は人質としての価値が……」
「いや、まあ、『ない』とまで断言はしないけれどね。『唯一無二かどうか』というのは、だいぶ怪しいところだ」
「……もしも、本体を失うようなことになって、魂の方に影響が出たら?」
「そのデータは活かして欲しいね。で、リッチに帰属意識を問うた君は、なにが言いたかったのかな?」
ランツァはいつの間にか止まっていた呼吸を再開し、自分の話の途中だったことを思い出した。
いっぱいに息を吸い、吐き、また吸い━━
「リッチには、レイラ軍に協力してほしいの」
「軍事的・政治的に難しい動きはできないよ」
「かまわないわ。いつもの通りに動いてくれれば」
「ふぅん。……君の目的は?」
ランツァはそこで微笑んで、こう答えた。
「……死霊術をもっと大々的に広めて、なおかつこの学問にすがりつくだけの人々をうまく御して、この学問を学問として発展させるための下地作り……『大・学問時代の形成』こそが、わたしの目的よ」
彼の計画には『遊び』がないもの━━
執務の終わった執務室で、女王ランツァは言う。
長机のあるその部屋にはもはや他の首脳はおらず、女王ランツァと、大柄な黒い鎧の人物がいるのみであった。
黒い鎧の人物は『近衛兵長』と呼ばれているが、その中身はリッチだ。
『記憶』を素材として組み上げた人体━━に、様々な機能を追加して『リッチ本体と遜色ない体を作ろう』計画。その試作品四号機がこの黒い大型鎧なのであった。
……とはいえ、まだまだその性能は『物理無効』には程遠く、死霊術の使いやすさもリッチの体とは比べるのもおこがましいレベルだ。
ただ『ほぼ無機物の腐らない肉体』を『ある程度量産できる』という点が素晴らしい。
これを大陸の各所に置いておけたら、『超長距離憑依術』による疑似的な転移術式が成立する。
「勇者の計画は、四人そろわないとどうにもならないものだったんだと思うわ」
リッチの『勇者パーティー時代』についての話をだいたい聞き終えたランツァは、そのように感想をこぼした。
リッチはランツァの斜め前で立ったまま(この体は重量がありすぎて並の椅子には座れない)首をかしげる。
「リッチの死亡直後の様子から推察するに、かなり余裕って感じだったけど」
「そりゃあ、その場にはロザリーとレイラもいたのでしょう? 慌てふためくわけにはいかないわよ。『頼れるリーダー』としてね」
「ははあ。つまり、虚勢だったのか」
「少なくとも勇者はそうね。だって、戦場が三つあるのに、そのうち一つを担当するあなたが死んでしまって……しかも、あなたが担当していた北の戦場では、あなたじゃなく、勇者が勇者の力でドラゴンを倒してたことになっていたんでしょう? パーティーの中で一番いなくなって困るのが、あなただったに決まっているでしょう」
「ということは、リッチがいなくなったせいで勇者は無理をせざるを得ず、死んでしまったのか。もったいないことをしてしまったな……」
「そうね。わたしは勇者の『人格』について、好ましいとまでは思っていなかった……というかまあ、同じ空間にいてもほとんど話さなかった……というかわたしが話しかけてもぼんやりされてた…………まあ、一言で語りにくい色々があったけれど。『存在』にかんしては素直に惜しいと思うわ」
「しかし、君は勇者なみのことができてるじゃないか。つくづく不思議なのだけれど、どうやってロザリーを御しているんだ? というか、あいつはなんで君に従っているの?」
ロザリーは昼神教筋肉派(最大宗派)のトップであり、死者蘇生絶対だめ過激派だ。
そして一時期その魂はランツァの中にあった━━つまり、ランツァが昼神教的に言えば『禁忌』を犯していることを、誰より知っている。
それが今、ほとんどランツァの手足のようになっているのは、リッチからすればだいぶ解せない。
ところがこれにはランツァも困惑しているようだった。
「わたしも殺されるかと思ったんだけれど、毎日の礼拝を条件に破門を解かれたわ」
「え、毎日トレーニングしてるの?」
「まあ……無理のない範囲で……適度な礼拝は健康にもいいし」
「たしかに適度なら健康にもいいとは思うけれど。あいつの宗教観、わりとゆるふわなのでは?」
「うーん、というかね、ロザリーの宗教観は、なんていうか……第三者目線だとかなりこう、アレなのだけれど……問われれば本人なりの哲学をすらすら答えるから、別に曖昧ということでもなさそうなのよね。なんていうのかしら……センス? センスで宗教やってるみたい」
「ええ……」
センスで宗教やってる人、センスに反することをしてる相手はぶっ殺す勢いで殴りかかってくる。
「それはもうなんか……ダメでしょ」
「ダメだけれど、勇者パーティーの人たち、だいたいみんなそんな感じでしょ」
「……………………否定はできないね」
「そういうわけで、レイラの鎮圧はロザリーに任せちゃっていいと思うの。ただ、気になる情報も入っているから、そっちへの対応にリッチの力が必要かも」
気になる情報がどうやって入っているかというと、それはエルフたちの手によってだった。
エルフたちは基本的に『人型』というフレームさえ守ればその形状は自由自在なので、顔や体格を自由に変えることができる。
基本的に色味を変更できないという欠点はあるが、形状変化にメイク技術を合わせればその可能性は無限大で━━
━━諜報に、非常に役立つのだ。
もちろんこれらはリッチの直属部隊的な扱いではあるのだが、リッチがこれの運用をしたがらないため、ランツァが指揮官のようになっている。
そのエルフどもを使ってランツァは各所からの情報をリアルタイムで集めているのだった(エルフたちは記憶の共有ができるため、エルフZが遠方で得た情報がすぐに王宮にいるエルフAに入る)。
「レイラ軍━━と仮に呼称してしまうけど、レイラ軍はまず、魔族領で蜂起して、まっすぐに人類領に来た。エルフがこの軍勢を察知できなかった理由がそれね」
エルフたちは今、すべて人類領土でのあずかりになっている。
これを魔族領に潜入させるのは政治的にかなり軋轢を生む可能性が高く、さらに言えば、エルフはあくまでも『人型』以外の形態はとれないため、魔族への変化は苦手なのだ。
ドラゴン族あたりなら人族に近い容姿の者もいるが、翼やしっぽはどうしても再現が困難だ。
もしアクセサリーを身につけて偽装しても、飛んだりしっぽを振ったりといったことまではできず、バレる可能性が高い。
魔王と密かに協調し、しかも魔王側圧倒的有利の政治力関係である都合上、バレた時のリスクが高すぎて、表向き敵対している隣国に対し諜報員を送り込めないという状況ができあがっている。
なので、今回のレイラのように、魔王の領地で蜂起してすぐ人類領に移動されると対応が難しい。
「そして、レイラ軍はわけのわからないままの巨人をなんとなく引き連れて侵攻してきて……主に戦場近くの村々をまわって、そこらの村民たちを吸収し、勢力を膨れ上がらせた……」
「……巨人がわけもわからず勢いだけで武装蜂起する光景は、目に浮かぶようだ」
あいつら絶対、大声で『行くぞ!』って言われたら目的地も目的も確認せず『行く!』って応じそうだから。
それでも、これまでの巨人将軍は魔王をトップ扱いしていたので魔王の指示にないことはしなかったが……
レイラは色々な意味で自由なやつだ。
自由なやつに権力を握らせてはいけない。
「そして吸収された人族たちはね……『反昼神教』……ようするに『蘇生推進派』なのよ」
かつて、『聖女』と呼ばれた幼女がいた。
その幼女は説法などをして死者蘇生の素晴らしさを説き、人々に死者蘇生を受け入れさせる下地を作り上げた。
だが……
人々がこの『死者蘇生』というものを理解せず、けれど無制限に恩恵にあずかろうとし続けたため、国家は死者蘇生を禁じざるを得なかった。
そのために台頭したのが昼神教のロザリー派閥……
ようするに『旧聖女派閥』であり……
ひっそりと自然消滅させられたのが、死霊術を扱う幼女を旗頭にした『新聖女派閥』なのだった。
だが、新聖女派閥は死んでいなかった。
旗頭は戦乱の中で失われたが、その煌めきに心を囚われていた新聖女派閥の人たちは機会をうかがっていたのだ。
そこに現れたのが『今から一緒に、これから一緒に、ロザリーを殴りに行こうか』と叫びながら現れたレイラと巨人たちだった。
新聖女派閥は旧聖女たるロザリーをぶん殴る動きに同調し……
レイラ軍の勢力はふくれあがっている、らしい。
ちなみに。
「まあ、新聖女アナベルは生きているのだけれど」
王都決戦のあとに発見された死体のうち一つにアナベルがあった。
蘇生は間に合ったので、生きている。
ただ、死霊術禁止の流れの中で死んだことになった方が都合がよかったので、今は新しい名前と身分を与えられ、両親ともども王都で暮らしていた。
「……アナベルを連中の前に出して死霊術を否定させても、連中は止まらなさそうよね」
「そうだね」
「いちおう、『聖女様の意志を継ぐ』みたいな鼓舞もしてるみたいだけれど」
「まあ、君が効果があると見込むなら、連中の目の前に新聖女を突き出してひと芝居打ってもいいとは思うけれど。リッチはそこまで人のことを信じられないな」
まず、目的がある。
その目的に便利だから、旗頭を利用する。
旗頭が目的にそぐわないことを言い始めたら、『乱心した』『無理矢理言わされている』とか言い出す。
リッチの想定する『人』はそんな感じだ。
ランツァもおおむねそんな解釈らしく、うなずく。
「だから━━ねえ、リッチ、大事な確認をするのだけれど、いいかしら」
二人しかいない、盗み聞きの心配もほとんどない部屋の中だというのに、ランツァは声をひそめる。
リッチは首をかしげ、ランツァに近づき、耳を寄せた(顔の横を近づけただけで、実はそこで音を捉えているわけではない。気分の問題だ)。
「リッチは、魔王軍に所属し続けることについて、どう考えているの?」
「どうって言われてもなあ。今のところは便利だと思っているよ」
「じゃあ、わたしが魔王軍に負けない研究環境を用意したら、魔王軍を裏切ってもいいと思ってる?」
「リッチに忠誠心と帰属意識を問うているのかな? そんなものはないよ。まあ、本体が向こうにあるので戻れなくなるのはちょっと困るなあとは思っているけれど」
「……『困るなあ』で済むの?」
「リッチがフレッシュゴーレムへの対処のため本体を離れる時、リッチという肉体について、一つ以上テーマを見つけて検証するようにという課題を出したね。君たちのレポートはすべて興味深く査読したよ。中でもクリムゾンの着眼点は面白かった」
「なんの話?」
「『リッチの肉体の量産も可能なのではなかろうか』」
「…………」
「なるほど、リッチ化は死霊術師が死ぬことで成る。その時に使っていた肉体を『リッチ』のものに作り替えながら━━ね」
「……」
「お、理解した顔だね? すなわち━━リッチが誰かの人体に入って、リッチ化の準備をして死んで、蘇生すれば……その時に入っていた人体がリッチ体になるのではないか? という仮説だ」
「……だから、向こうに置いてきた本体は惜しくない、と」
「まだまだ仮説だ。けれど、リッチはこれに検証の必要性を感じた。それも、早急に、全力を挙げて検証するほどの必要性だ。この説は実に面白い。もしも成功したならば、たった一人の優れた死霊術師がおり、全人類が死霊術を修める初期の段階で必要になる憑依術を覚えれば━━全人類を物理無効の不老不死にできる」
「……」
「さらに理解したようだね。今、リッチが入っているこの体は、その準備のためのものなんだよ。術式失敗で完全に滅びてもいい体━━量産できる、人工品の、人体。それが、この姿なんだ」
「全人類を不老不死にして、どうするの?」
「いや、そこは『できる可能性がある』というだけで、目指しているところじゃないよ。ただ、面白いとは思わないかい? ……ともあれだ。リッチはこの仮説に実現可能なだけの強度を見出した。『本体でなくてリッチ化は適うのか?』などの検証すべき問題もあるが━━今、リッチは、あのリッチ体を失っても、さして惜しいとは思わない。昔ほどには、というぐらいだけれど」
「……それじゃあ、あの体は人質としての価値が……」
「いや、まあ、『ない』とまで断言はしないけれどね。『唯一無二かどうか』というのは、だいぶ怪しいところだ」
「……もしも、本体を失うようなことになって、魂の方に影響が出たら?」
「そのデータは活かして欲しいね。で、リッチに帰属意識を問うた君は、なにが言いたかったのかな?」
ランツァはいつの間にか止まっていた呼吸を再開し、自分の話の途中だったことを思い出した。
いっぱいに息を吸い、吐き、また吸い━━
「リッチには、レイラ軍に協力してほしいの」
「軍事的・政治的に難しい動きはできないよ」
「かまわないわ。いつもの通りに動いてくれれば」
「ふぅん。……君の目的は?」
ランツァはそこで微笑んで、こう答えた。
「……死霊術をもっと大々的に広めて、なおかつこの学問にすがりつくだけの人々をうまく御して、この学問を学問として発展させるための下地作り……『大・学問時代の形成』こそが、わたしの目的よ」
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