勇者パーティーを追い出された死霊魔術師はリッチになって魔王軍で大好きな研究ライフを送る
73話 まともかどうかはコミュニティ内での相対評価だよね回
「これは神聖昼神神国をゆるがす大事件ですよ」
『まず、そこの国はどこなのだろう』とランツァは思った。
いや、文脈から判断はできる。
それはランツァが国家元首に返り咲いた人類の王国であり、正式名称は以前のものをそのまま使っていたはずなのだ。
しかしロザリーにとってこの国は『神の教えのもと新しく生まれ変わった国家』であり、国家の根幹は神であり、そして……
いやまあ、きっと、そこまで色々考えてはいないのだろうけれど。
ようするに神聖昼神神国なのだった。
ともかく、議題は元勇者パーティーの獣人戦士レイラから、ロザリーに対して行われた宣戦布告にある。
あらゆる執務を後回しにして確保された夕刻のひととき。
国家首脳とも呼べるメンバーが一堂に会して、長いテーブルを挟んで話し合っていた。
もちろん全員分の椅子を用意してあるのだが、一人だけ空気を椅子にしてる女がいて、そいつが今回の事件に深くかかわる二人のうち一人であり、元勇者パーティーの僧侶担当のロザリーであった。
「情報によれば、レイラは巨人を率いて攻めてきたようではありませんか。あれはもはや、『魔族の侵攻』です。であれば、聖戦の本則にのっとり、我らはこれを撃滅する以外にありません」
言うことはもっともなのだが、ロザリー本人が『死者蘇生禁止』の宗教を掲げているのに二回ほど蘇生されていて、宗教を理由にした意見の説得力が最近薄れている。
彼女に限って保身ということもなく、それらはロザリーなりに教義に沿った例外扱いのようではあった。
けれどそこまで昼神教に造詣が深くない多くの人にとっては『神の尖兵みたいなこと言ってるけど自分の生命管理ゆるふわじゃん……』という印象で、宗教内での支持率も一時期に比べると下がっている。
それでも、ロザリーの意見力は低くはない。
『筋トレするだけで神がお前を救う』という経典解釈がとにかく強い。
これのせいでロザリーを支持しない者はうかつにトレーニングもできないというひどい事故が起こっているのだ(※トレーニングをするとロザリー支持者とみなされる)。
そして人と魔の戦争は両陣営のトップが談合しているとはいえ、世間的にはまだ続いており……
『実際に戦うし、戦果を挙げる』ロザリーたち『昼神教筋トレ派』の民衆人気は高い。
もちろん対抗派閥も頑張ってはいるのだが、トレーニングなしで活躍できるほど戦争は甘くないのだった。
武力とそれによる人気のせいで、ロザリーの経典解釈的に矛盾とも思える『死者蘇生経験』は、少なくとも戦争が終わるまでは誰も深く突っ込まないものと思われたし、現状、戦争を終える予定がないのでロザリーの支持率はバグっている。
「レイラを殴ってくることに、わたくしとしては異論はないのですが……ただ二点、この戦いに素直に赴けない理由があります」
空気椅子に座るとにかく顔のいい女が物憂げな表情をするもので、場に集った者たちはなにかたいそうな理由が述べられるものとついつい姿勢を正してしまった。
ロザリーのずるいところ経典解釈以外にはその見た目もで、紫髪に紫の瞳を持つすらりと背の高いこの女がまじめな顔になると、中身が筋肉だとわかっていても、その場にいる者の背筋を伸ばす力があった。
「まず一点、わたくしはリッチを殺した覚えがないのです」
まあ実際に死んでないので。
レイラは案の定勘違いしているのだが、これは『ロザリー快進撃により魔族を退けた』と『敵の主力であった死霊術師を捕らえた』という二つの情報操作が、『都合の悪い部分を覚えておけない』という特性を持つ人族の中で化学反応を起こした結果生まれた情報なのであった。
ロザリー快進撃とリッチ捕獲はそれぞれ別な情報として流されたが……
これは『ロザリーが快進撃の結果、リッチを捕らえた』と思われ……
ロザリーの苛烈さを知る者から『あの聖女様が敵の捕獲なんていう生ぬるいことをなさるはずがない』と一定の説得力を持つ意見が出始め……
その結果、『ロザリー様が敵の死霊術師を殺した』となったのだった。
神聖昼神神国が国家として死者蘇生を禁止したことも、この話に信憑性を与えている。
『リッチを殺したロザリー様が、死者蘇生をしてるとお前もこうなるぞと女王を脅したのだ』と解釈されているのだ。
たしかにロザリーは超やりそうだが、直前にあった『ロザリーが敵に容赦するわけがない』というのが『相手が女王だから許したのだろう』という感じにされているあたり、『人族くんさぁ……』って感じだ。
ともあれロザリーの『殺した覚えがない』発言はそりゃあ殺していないのだから覚えがあるはずもないのだけれど……
これには、会議場にいた鎧姿の騎士……女王近衛兵長とされる男の口から、こんな意見があった。
「ロザリー様は覚えてないだけなんじゃないかなって近衛兵長は思うよ」
「ふむ」ロザリーの視線が鎧の男を捉える。「しかし、リッチは強敵でした。いくらなんでも殺したとすれば覚えているはず……頭で覚えていなくとも、拳が覚えているはずなのです」
「なるほど、肉体の記憶というのはたしかに馬鹿にできないね。近衛兵長も最近は記憶について研究を進めているのだけれど、これが非常に厄介な性質を持つもので、非常にあやふやで安定しないんだ。解剖学の側面から言えば人は確かに頭でものを記憶したり考えたりしているはずなのだけれど、この記憶というのがどういったかたちで蓄積されているかというのはかなりブラックボックス的な部分があって━━」
「その長話は攻撃ですか?」
「━━とにかく、無意識のうちにやってしまったのかもしれない」
「……ふむ。あなたは……大柄ですね」
「? まあ、たしかに諸事情あって縦も横も大きめになってしまったけれど」
「その重厚な立ち姿……まるで存在そのものが金属のような……人の身でどうして届くのかわからないほどの、肉体の硬さを感じます」
「……まあ、密度は上げたけれど」
「であれば、あなたの意見には重く見るだけの価値がある」
「なぜ」
「あなたは筋肉を鍛えているから」
人は嘘をつくだろう。
だが━━筋肉の密度と大きさだけは、嘘をつかない。
なぜならトレーニングを重ねなければ大きく強い筋肉は身に付かず、大きく強い筋肉が身に付いているということは礼拝を欠かしていないということだからだ。
ロザリーほどになると、たとえフルプレイトメイルで全身を覆っていようが、立っている姿を見ただけでその肉体の強度が見える。
そのロザリー視点で見る限り、女王ランツァの背後に控えた黒い鎧の騎士は、まるで鎧そのもののような、金属としか思えない質感の、非常に巨大な筋肉の持ち主のように思われた。
ロザリーは人の話は聞かないけれど、筋肉の話は聞くのだ。
「つらく苦しい礼拝を日夜しないことには、その肉体は練り上げられません。苦労し肉体を作り上げ、鋼のような質感を得るにいたったあなたは、それだけ熱心な礼拝をしているということ。ならば、あなたの意見には耳を傾ける価値があると、そういうことです」
「まあ、近衛兵長はたしかに、かなり苦労してこの体を編み出したけれど」
「ならば、きっと、わたくしは無意識にリッチを殴り殺したのでしょう。そう言われればそうかもという気がしてきます」
「えぇ……いや、納得してくれるなら面倒がなくていいんだけれども。リッ……近衛兵長は君のそういうところ、いつもどうかと思っているよ」
「真昼の輝きがあらんことを」
ロザリーが敬虔に手をこまねいてそう述べるので、それは『そろそろしゃべるのも疲れた』のサインなのだという学習が全員になされている。
もっとも上座に座るランツァは、ため息をついて、
「……じゃあ、ロザリーがリッチを殺したということで、レイラの『リッチを殺したロザリーを倒したい』という主張には一応の筋が通っているものとします。これをロザリーに鎮圧してもらう方針でいいかしら」
「そういえばもう一つ、疑問があるのです」
「それはあなたが用意された椅子をわざわざどかして空気椅子に座っている以上に気になること?」
「レイラの主張でどうしても一つ、どう考えてもわからないことがあるのです。……あの、なぜ、あいつが負けたら、勝った方があいつの食事を世話しなければならないんですか? おかしいでしょう?」
「解答可能な質問は他にはないようね。では、会議を終了します」
「いや、おかしいでしょう!? あいつ、負けてご飯をたかろうとしてるんですよ!? 聖戦なので撃滅しますけれど! 条件を提示しておいて勝者にメリットがないっていうの、ものすごく納得いかないのですが!」
近衛兵長はシャンデリアのぶら下げられた天井をながめ、昔日を思い返していた。
そう、この感じ……
もう、ずっとずっと昔のことのように思えるほどの過去。
勇者パーティーにいたころのことを、近衛兵長は思い出す。
あの、騒がしくも懐かしい、まだ勇者がマジですごいやつだと思えていなかったころのことを━━
『まず、そこの国はどこなのだろう』とランツァは思った。
いや、文脈から判断はできる。
それはランツァが国家元首に返り咲いた人類の王国であり、正式名称は以前のものをそのまま使っていたはずなのだ。
しかしロザリーにとってこの国は『神の教えのもと新しく生まれ変わった国家』であり、国家の根幹は神であり、そして……
いやまあ、きっと、そこまで色々考えてはいないのだろうけれど。
ようするに神聖昼神神国なのだった。
ともかく、議題は元勇者パーティーの獣人戦士レイラから、ロザリーに対して行われた宣戦布告にある。
あらゆる執務を後回しにして確保された夕刻のひととき。
国家首脳とも呼べるメンバーが一堂に会して、長いテーブルを挟んで話し合っていた。
もちろん全員分の椅子を用意してあるのだが、一人だけ空気を椅子にしてる女がいて、そいつが今回の事件に深くかかわる二人のうち一人であり、元勇者パーティーの僧侶担当のロザリーであった。
「情報によれば、レイラは巨人を率いて攻めてきたようではありませんか。あれはもはや、『魔族の侵攻』です。であれば、聖戦の本則にのっとり、我らはこれを撃滅する以外にありません」
言うことはもっともなのだが、ロザリー本人が『死者蘇生禁止』の宗教を掲げているのに二回ほど蘇生されていて、宗教を理由にした意見の説得力が最近薄れている。
彼女に限って保身ということもなく、それらはロザリーなりに教義に沿った例外扱いのようではあった。
けれどそこまで昼神教に造詣が深くない多くの人にとっては『神の尖兵みたいなこと言ってるけど自分の生命管理ゆるふわじゃん……』という印象で、宗教内での支持率も一時期に比べると下がっている。
それでも、ロザリーの意見力は低くはない。
『筋トレするだけで神がお前を救う』という経典解釈がとにかく強い。
これのせいでロザリーを支持しない者はうかつにトレーニングもできないというひどい事故が起こっているのだ(※トレーニングをするとロザリー支持者とみなされる)。
そして人と魔の戦争は両陣営のトップが談合しているとはいえ、世間的にはまだ続いており……
『実際に戦うし、戦果を挙げる』ロザリーたち『昼神教筋トレ派』の民衆人気は高い。
もちろん対抗派閥も頑張ってはいるのだが、トレーニングなしで活躍できるほど戦争は甘くないのだった。
武力とそれによる人気のせいで、ロザリーの経典解釈的に矛盾とも思える『死者蘇生経験』は、少なくとも戦争が終わるまでは誰も深く突っ込まないものと思われたし、現状、戦争を終える予定がないのでロザリーの支持率はバグっている。
「レイラを殴ってくることに、わたくしとしては異論はないのですが……ただ二点、この戦いに素直に赴けない理由があります」
空気椅子に座るとにかく顔のいい女が物憂げな表情をするもので、場に集った者たちはなにかたいそうな理由が述べられるものとついつい姿勢を正してしまった。
ロザリーのずるいところ経典解釈以外にはその見た目もで、紫髪に紫の瞳を持つすらりと背の高いこの女がまじめな顔になると、中身が筋肉だとわかっていても、その場にいる者の背筋を伸ばす力があった。
「まず一点、わたくしはリッチを殺した覚えがないのです」
まあ実際に死んでないので。
レイラは案の定勘違いしているのだが、これは『ロザリー快進撃により魔族を退けた』と『敵の主力であった死霊術師を捕らえた』という二つの情報操作が、『都合の悪い部分を覚えておけない』という特性を持つ人族の中で化学反応を起こした結果生まれた情報なのであった。
ロザリー快進撃とリッチ捕獲はそれぞれ別な情報として流されたが……
これは『ロザリーが快進撃の結果、リッチを捕らえた』と思われ……
ロザリーの苛烈さを知る者から『あの聖女様が敵の捕獲なんていう生ぬるいことをなさるはずがない』と一定の説得力を持つ意見が出始め……
その結果、『ロザリー様が敵の死霊術師を殺した』となったのだった。
神聖昼神神国が国家として死者蘇生を禁止したことも、この話に信憑性を与えている。
『リッチを殺したロザリー様が、死者蘇生をしてるとお前もこうなるぞと女王を脅したのだ』と解釈されているのだ。
たしかにロザリーは超やりそうだが、直前にあった『ロザリーが敵に容赦するわけがない』というのが『相手が女王だから許したのだろう』という感じにされているあたり、『人族くんさぁ……』って感じだ。
ともあれロザリーの『殺した覚えがない』発言はそりゃあ殺していないのだから覚えがあるはずもないのだけれど……
これには、会議場にいた鎧姿の騎士……女王近衛兵長とされる男の口から、こんな意見があった。
「ロザリー様は覚えてないだけなんじゃないかなって近衛兵長は思うよ」
「ふむ」ロザリーの視線が鎧の男を捉える。「しかし、リッチは強敵でした。いくらなんでも殺したとすれば覚えているはず……頭で覚えていなくとも、拳が覚えているはずなのです」
「なるほど、肉体の記憶というのはたしかに馬鹿にできないね。近衛兵長も最近は記憶について研究を進めているのだけれど、これが非常に厄介な性質を持つもので、非常にあやふやで安定しないんだ。解剖学の側面から言えば人は確かに頭でものを記憶したり考えたりしているはずなのだけれど、この記憶というのがどういったかたちで蓄積されているかというのはかなりブラックボックス的な部分があって━━」
「その長話は攻撃ですか?」
「━━とにかく、無意識のうちにやってしまったのかもしれない」
「……ふむ。あなたは……大柄ですね」
「? まあ、たしかに諸事情あって縦も横も大きめになってしまったけれど」
「その重厚な立ち姿……まるで存在そのものが金属のような……人の身でどうして届くのかわからないほどの、肉体の硬さを感じます」
「……まあ、密度は上げたけれど」
「であれば、あなたの意見には重く見るだけの価値がある」
「なぜ」
「あなたは筋肉を鍛えているから」
人は嘘をつくだろう。
だが━━筋肉の密度と大きさだけは、嘘をつかない。
なぜならトレーニングを重ねなければ大きく強い筋肉は身に付かず、大きく強い筋肉が身に付いているということは礼拝を欠かしていないということだからだ。
ロザリーほどになると、たとえフルプレイトメイルで全身を覆っていようが、立っている姿を見ただけでその肉体の強度が見える。
そのロザリー視点で見る限り、女王ランツァの背後に控えた黒い鎧の騎士は、まるで鎧そのもののような、金属としか思えない質感の、非常に巨大な筋肉の持ち主のように思われた。
ロザリーは人の話は聞かないけれど、筋肉の話は聞くのだ。
「つらく苦しい礼拝を日夜しないことには、その肉体は練り上げられません。苦労し肉体を作り上げ、鋼のような質感を得るにいたったあなたは、それだけ熱心な礼拝をしているということ。ならば、あなたの意見には耳を傾ける価値があると、そういうことです」
「まあ、近衛兵長はたしかに、かなり苦労してこの体を編み出したけれど」
「ならば、きっと、わたくしは無意識にリッチを殴り殺したのでしょう。そう言われればそうかもという気がしてきます」
「えぇ……いや、納得してくれるなら面倒がなくていいんだけれども。リッ……近衛兵長は君のそういうところ、いつもどうかと思っているよ」
「真昼の輝きがあらんことを」
ロザリーが敬虔に手をこまねいてそう述べるので、それは『そろそろしゃべるのも疲れた』のサインなのだという学習が全員になされている。
もっとも上座に座るランツァは、ため息をついて、
「……じゃあ、ロザリーがリッチを殺したということで、レイラの『リッチを殺したロザリーを倒したい』という主張には一応の筋が通っているものとします。これをロザリーに鎮圧してもらう方針でいいかしら」
「そういえばもう一つ、疑問があるのです」
「それはあなたが用意された椅子をわざわざどかして空気椅子に座っている以上に気になること?」
「レイラの主張でどうしても一つ、どう考えてもわからないことがあるのです。……あの、なぜ、あいつが負けたら、勝った方があいつの食事を世話しなければならないんですか? おかしいでしょう?」
「解答可能な質問は他にはないようね。では、会議を終了します」
「いや、おかしいでしょう!? あいつ、負けてご飯をたかろうとしてるんですよ!? 聖戦なので撃滅しますけれど! 条件を提示しておいて勝者にメリットがないっていうの、ものすごく納得いかないのですが!」
近衛兵長はシャンデリアのぶら下げられた天井をながめ、昔日を思い返していた。
そう、この感じ……
もう、ずっとずっと昔のことのように思えるほどの過去。
勇者パーティーにいたころのことを、近衛兵長は思い出す。
あの、騒がしくも懐かしい、まだ勇者がマジですごいやつだと思えていなかったころのことを━━
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