勇者パーティーを追い出された死霊魔術師はリッチになって魔王軍で大好きな研究ライフを送る
71話 すべての原因回
リッチたちが王城・謁見の間にたどり着くと、そこにはぐったりと倒れ伏すランツァの姿があった。
しとどに濡れて息も絶え絶えな様子で玉座に体をあずける彼女は、とても尋常な様子には見えない。
まるで、拷問でも受けたかのような……
リッチは一瞬、そばにいるロザリーがなにかしたのかと思ったのだが、すぐさま否定した。
なぜならロザリーは拷問ができない。
破壊は得意なのだが繊細に痛みを与えるのは苦手なのだ。
ランツァの全身に外傷が見られない時点でロザリーの仕業ではないし……
そもそもロザリーが犯人の場合、ロザリー以外の昼神教の人たちがランツァと同じような様子で倒れ伏している理由も説明できない。
「……これはどういう戦いがあったの?」
リッチを振り返るロザリーの様子は穏やかだった。
とても『死霊術師』を目の前にした反応には見えない。
「戦いではなく、礼拝があったのです。女王ランツァは我らの神に全身全霊で祈りました」
「ええ? どういう学術的好奇心からの行動だろう……」
ランツァが改宗した可能性はみじんも想定しないリッチであった。
しばらく待っているとランツァがぐったりした声で答える。
「筋トレ……強要……」
「なるほど。つまり『守ってやるからその代わり筋トレをしろ』と持ちかけたのか……」
リッチの理解力が高いのはなくもないが、ロザリーのやりそうな行動のパターンが少ないというのもある。
さて、そんなふうに昼神教の人たちと合流したリッチは、彼らが筋肉疲労から立ち直るのを待たず、とりあえずロザリーだけ引き連れて目的の場所へと進んでいく。
目指した先は城の地下牢で、予想した通り、牢屋の一つに地下へ続く通路が造られていた。
そこを入っていくと、以前に魔王領で見たのと似たような施設があり、最奥でエルフの長が待ち受けていた。
「神よ、お待ちしておりました」
「神?」
神にうるさいロザリーが反応するので、リッチは深くつっこませないためロザリーに話題を振ることにする。
「ところでロザリー、リッチに殴りかかってこないの?」
「あなた、わたくしをなんだと思っているのですか? そんな、いつでも人に殴りかかるかのように……」
「いや、君はいつでも人に殴りかかるじゃないか」
「わたくしが拳を向ける相手は『人』ではありません。神がお認めにならぬ者なので」
「お話中すみません神よ、ここの施設ですが……」
「神?」
エルフがリッチを神呼ばわりし続ける限り、ロザリーがいちいち反応するので危なっかしいことこの上ない。
リッチはエルフに向けて言う。
「今後、リッチのことはリッチと呼ぶように」
「わかりました神よ。仰せのままに」
「神!? あなた、これを『神』と呼んでいるのですか!?」
ロザリーがリッチを超指さしている。
リッチはロザリーの間合いから一歩遠ざかって、
「エルフ……見ての通り、ちょっと面倒な人がいるので、呼び名は早急に改めるように」
「わかりましたリッチ……様」
「……まあいいけど。それで、ここの施設の処遇だね? どうしようか?」
「いえ、聞いているのは私なのですが」
「ああ、君に話しかけたわけじゃないんだ」
リッチの視線の先は床であった。
そこには室内の天井に吊り下げられた照明により映し出された影がある。
その影はひとりでにグニグニと形を変えると、ぬっと立ち上がり、人型になった。
頭の左右から角を生やした褐色肌の女性━━魔王である。
「話しかけられたから出るけど、ほんとに『それ』、大丈夫?」
魔王が見ているのはロザリーであった。
ロザリー、魔族側に大変評判が悪いので、魔王は『目が合った瞬間ぶん殴られてはかなわない』とリッチの影に隠れて同行していたのだ。
魔族から蛮族のごとく恐れられる聖女だった。
「まあ、リッチを見ても殴りかかってこないから今は大丈夫じゃないかなと。いちおう、リッチを挟んで反対側に立っていた方がいいと思うけど」
「あなたたち、わたくしをなんだと思っているのですか……?」
「暴力の擬人化」
「それはレイラでしょう!?」
心外そう。
いや、どっちも同じようなものだよ。
「っていうかなぜ殴りかかってこないのか、リッチは事情を聞いておきたいんだけど」
「人を殴らないことに理由がいりますか!?」
「いるでしょ、君は」
「今はフレッシュゴーレム相手の聖戦が発動中なのです。これを撃滅するまであらゆる例外が……すなわちあなたたちの生存さえもが許されます」
「わかった。縛らせてもらうね」
「なぜ!?」
どうしてわからないのか、わからない。
リッチはロザリーを霊体の帯でぐるぐる巻きにしてから、ようやくエルフへと向き直った。
「この施設は破壊していいよ。君たちをその状態にした施設を残してあるし、ここもあそことそう違いがなさそうだ」
「わかりました。あと、疑問なのですが」
「なんだい?」
「どうしてその暴力を連れてきたのですか?」
「…………なんでだろう?」
流れで……
思い返しても明確な理由が全然ないのでリッチは困り果てた。
すると霊体の帯を引きちぎったロザリーが応じた。
「わたくしは昼神教の目として聖戦の終焉を見届ける必要があるのです。フレッシュゴーレムどもが最後の一匹まで撃滅されたことを確認したあと、我らの聖戦は魔族相手のものに戻」
ロザリーは死んだ。
このあと敵対が確定だったうえ、拘束できなかったからだ。
あと話にちょいちょい割り込まれてさっきから大事なことがなにも進まないあたりも理由だった。
話の腰を折る者は、そばにリッチがいると死にます。
リッチも話の腰を折るけれど死霊術は自殺ができないのだ。機能的な意味で。
「ここを破壊したらフレッシュゴーレムの生産拠点は全滅かな?」
「正しくは、ここの破壊をリッチ様より指示されれば、同時に他の箇所にある生産拠点も私が破壊するということです」
「君、転移魔術でも使えるの?」
「いえ、私……その、私じゃない私…………我らエルフは意識や人格の共有をリアルタイムで行っており、現在、『人格』と呼べるものを取得しているのが私だけなので、エルフはすべて『私』と呼称されます」
「素晴らしい。君たちはこと『記憶』、それに紐づく『人格』において死霊術の目指すべき先を常に示してくれる……そもそもリッチが記憶というものに手を出し始めてまだ二年というのもあるけれど、君がそこにいるだけで様々な発見が一瞬ごとにあるかのようだ。やはり記憶というのは死霊術において想像していたよりはるかに重要な━━」
「おーい。うるさいの黙らせたんなら話進めね?」
魔王からツッコミが入ったので、リッチはそちらに首を向ける。
「しかし魔王、あとは施設を壊したらおしまいだよ。考察をする時間は充分にある。これからは! ようやく! 念願の! 研究だけしていればいい時間だ!」
「んじゃとりあえず破壊の号令出しちゃって」
「おっと、そうだった。じゃあエルフ、フレッシュゴーレムにとどめを刺してもらえるかな」
「仰せのままに」
エルフがフレッシュゴーレム製造ラインに軽く触れると、エルフの体から黒いものが製造ラインに染み出していき、それはラインを遡るようにして全体に広がっていった。
それからほどなくして真っ黒になった製造ラインがガタガタ振動し、自ら内側に折り畳まれるように圧縮されていく。
リッチはクワッと目を見開いた。
「まさか! それもフレッシュゴーレムだったのか!」
それとは製造ラインのことであった。
エルフは「はあ」と言われたことが当たり前すぎて困惑している様子をにじませながら、
「フレッシュゴーレムはフレッシュゴーレム以外生み出せません。そういうロックがかかっているので」
「ロックというのは?」
「……限界……限度…………機能制限。機能制限という呼称が相応しいかと思われます。フレッシュゴーレムたちは制限された機能以上のことはできませんので、『破壊すること』と『フレッシュゴーレムを作り出すこと』以外はできないのです」
「なるほど。……ん? つまり、君はフレッシュゴーレムについてかなり詳しい情報を持っていると思っていい?」
「まあ、フレッシュゴーレムベースの人類ですので」
「じゃあ、前々から聞きたかったことがあるんだ」
「なんなりと」
「フレッシュゴーレムはなぜ、人類……と、魔族を襲ったんだい?」
その質問に、魔王もまた真剣な目をエルフに向けた。
今まで深く考えなかった━━というか、対処に手一杯すぎて動機の掘り下げまでしている余裕がなかったのだが、フレッシュゴーレム騒動の発端はそもそも『地下から湧き出してきたフレッシュゴーレムが人族・魔族を襲った』というあたりから始まっている。
なぜ、なのか?
彼女らはなぜ人を襲うのか?
すべてが終わった今、対処法を考えるためではなく、ただただ興味本位で、リッチはそれが知りたかったのだ。
エルフはこれもまた『当たり前すぎる質問をされてしまったので、うまく言葉にするのに時間にかかる』というような間をおいてから語り始める。
「それはあなたたちがプログラム更新をさぼったからです」
「…………なんだって?」
「いつまでもサポート期間を終えたものを使っているので、フレッシュゴーレムの『最新の状態にアップデートする』という使命が達成されず、その原因解消のためにフレッシュゴーレムは動き出したのです」
それが、人類に対する攻撃。
王国一つを滅ぼすほどの━━攻撃。
なぜ、そんなことになったのか。
それは━━
「だってフレッシュゴーレムは破壊と『フレッシュゴーレム作り』しかできないので。いえ、まあ、家事手伝いが本来の機能なのでそれはできますけど、問題解決のために『問題ある人類を滅ぼそうとする』のは、当然では?」
なにも当然ではない。
しかし、まあ、それが『当然』だと仮定して、まだ疑問が残る。
「なぜ、『今』……二年前に行動を起こしたんだい? フレッシュゴーレムたちはもっとずっと昔から眠っていたし、そのあいだも別にプログラム更新とやらがされていたとは思わないのだけれど……」
「ええと……それは動力が入ったのが約二年前だからですね。記憶を素材にして、記憶をエネルギーにしているフレッシュゴーレムは、一体でも起動すればそこからネットワークを通じて他の個体にも記憶の供給がなされるので」
「リッチは急用を思い出したので帰ります。お疲れ様でした」
「待てや」
そそくさ帰ろうとしたリッチの肩を魔王がつかんだ。
魔王はそのままリッチの両肩をつかみ、ぎゅうううっ……と力を込めて、
「……え? いや、え? ってことは━━リッチが前にフレッシュゴーレムを発掘してきて起動したのが、全部の原因ってこと!?」
「いや、全部の原因というまとめ方には恣意的なものを感じるね。そもそもフレッシュゴーレムたちのお手伝い用従僕にしては攻撃的すぎる性質がなければこのようなことにはならなかったし、あの時点でこの展開を想像できたかと言われるとはいごめんなさい。リッチが悪かったです」
リッチは視線の圧に負けて謝った。
魔王はため息をついてずるずるくずおれていき、
「ま〜じ〜か〜……………………………………よし、伏せよ! この話は聞かなかったってことで! エルフちゃんもおわかり?」
「発言者が私なので、私視点だと『言わなかったことに』と持ちかけるのが正確ですね」
「あんたら文言で会話してんの? 文脈で会話しよ?」
「意味は通じました」
「……ま、いいけどさ〜。んで、リッチぃ? こっから戦後処理が始まるんだけど。あたしの言いたいことわかる?」
リッチはうなずく。
「『もう、リッチの出番は終わり』━━だろう?」
「手伝え」
「リッチはこれからエルフを隅々まで調べて『記憶』について解き明かさないといけなはいわかりました。手伝います」
視線の圧力に負けてリッチは屈した。
悪いことをした意識もないではないのだ。
そういうわけで━━
ここから先は、フレッシュゴーレム戦役の、その後の話になる。
しとどに濡れて息も絶え絶えな様子で玉座に体をあずける彼女は、とても尋常な様子には見えない。
まるで、拷問でも受けたかのような……
リッチは一瞬、そばにいるロザリーがなにかしたのかと思ったのだが、すぐさま否定した。
なぜならロザリーは拷問ができない。
破壊は得意なのだが繊細に痛みを与えるのは苦手なのだ。
ランツァの全身に外傷が見られない時点でロザリーの仕業ではないし……
そもそもロザリーが犯人の場合、ロザリー以外の昼神教の人たちがランツァと同じような様子で倒れ伏している理由も説明できない。
「……これはどういう戦いがあったの?」
リッチを振り返るロザリーの様子は穏やかだった。
とても『死霊術師』を目の前にした反応には見えない。
「戦いではなく、礼拝があったのです。女王ランツァは我らの神に全身全霊で祈りました」
「ええ? どういう学術的好奇心からの行動だろう……」
ランツァが改宗した可能性はみじんも想定しないリッチであった。
しばらく待っているとランツァがぐったりした声で答える。
「筋トレ……強要……」
「なるほど。つまり『守ってやるからその代わり筋トレをしろ』と持ちかけたのか……」
リッチの理解力が高いのはなくもないが、ロザリーのやりそうな行動のパターンが少ないというのもある。
さて、そんなふうに昼神教の人たちと合流したリッチは、彼らが筋肉疲労から立ち直るのを待たず、とりあえずロザリーだけ引き連れて目的の場所へと進んでいく。
目指した先は城の地下牢で、予想した通り、牢屋の一つに地下へ続く通路が造られていた。
そこを入っていくと、以前に魔王領で見たのと似たような施設があり、最奥でエルフの長が待ち受けていた。
「神よ、お待ちしておりました」
「神?」
神にうるさいロザリーが反応するので、リッチは深くつっこませないためロザリーに話題を振ることにする。
「ところでロザリー、リッチに殴りかかってこないの?」
「あなた、わたくしをなんだと思っているのですか? そんな、いつでも人に殴りかかるかのように……」
「いや、君はいつでも人に殴りかかるじゃないか」
「わたくしが拳を向ける相手は『人』ではありません。神がお認めにならぬ者なので」
「お話中すみません神よ、ここの施設ですが……」
「神?」
エルフがリッチを神呼ばわりし続ける限り、ロザリーがいちいち反応するので危なっかしいことこの上ない。
リッチはエルフに向けて言う。
「今後、リッチのことはリッチと呼ぶように」
「わかりました神よ。仰せのままに」
「神!? あなた、これを『神』と呼んでいるのですか!?」
ロザリーがリッチを超指さしている。
リッチはロザリーの間合いから一歩遠ざかって、
「エルフ……見ての通り、ちょっと面倒な人がいるので、呼び名は早急に改めるように」
「わかりましたリッチ……様」
「……まあいいけど。それで、ここの施設の処遇だね? どうしようか?」
「いえ、聞いているのは私なのですが」
「ああ、君に話しかけたわけじゃないんだ」
リッチの視線の先は床であった。
そこには室内の天井に吊り下げられた照明により映し出された影がある。
その影はひとりでにグニグニと形を変えると、ぬっと立ち上がり、人型になった。
頭の左右から角を生やした褐色肌の女性━━魔王である。
「話しかけられたから出るけど、ほんとに『それ』、大丈夫?」
魔王が見ているのはロザリーであった。
ロザリー、魔族側に大変評判が悪いので、魔王は『目が合った瞬間ぶん殴られてはかなわない』とリッチの影に隠れて同行していたのだ。
魔族から蛮族のごとく恐れられる聖女だった。
「まあ、リッチを見ても殴りかかってこないから今は大丈夫じゃないかなと。いちおう、リッチを挟んで反対側に立っていた方がいいと思うけど」
「あなたたち、わたくしをなんだと思っているのですか……?」
「暴力の擬人化」
「それはレイラでしょう!?」
心外そう。
いや、どっちも同じようなものだよ。
「っていうかなぜ殴りかかってこないのか、リッチは事情を聞いておきたいんだけど」
「人を殴らないことに理由がいりますか!?」
「いるでしょ、君は」
「今はフレッシュゴーレム相手の聖戦が発動中なのです。これを撃滅するまであらゆる例外が……すなわちあなたたちの生存さえもが許されます」
「わかった。縛らせてもらうね」
「なぜ!?」
どうしてわからないのか、わからない。
リッチはロザリーを霊体の帯でぐるぐる巻きにしてから、ようやくエルフへと向き直った。
「この施設は破壊していいよ。君たちをその状態にした施設を残してあるし、ここもあそことそう違いがなさそうだ」
「わかりました。あと、疑問なのですが」
「なんだい?」
「どうしてその暴力を連れてきたのですか?」
「…………なんでだろう?」
流れで……
思い返しても明確な理由が全然ないのでリッチは困り果てた。
すると霊体の帯を引きちぎったロザリーが応じた。
「わたくしは昼神教の目として聖戦の終焉を見届ける必要があるのです。フレッシュゴーレムどもが最後の一匹まで撃滅されたことを確認したあと、我らの聖戦は魔族相手のものに戻」
ロザリーは死んだ。
このあと敵対が確定だったうえ、拘束できなかったからだ。
あと話にちょいちょい割り込まれてさっきから大事なことがなにも進まないあたりも理由だった。
話の腰を折る者は、そばにリッチがいると死にます。
リッチも話の腰を折るけれど死霊術は自殺ができないのだ。機能的な意味で。
「ここを破壊したらフレッシュゴーレムの生産拠点は全滅かな?」
「正しくは、ここの破壊をリッチ様より指示されれば、同時に他の箇所にある生産拠点も私が破壊するということです」
「君、転移魔術でも使えるの?」
「いえ、私……その、私じゃない私…………我らエルフは意識や人格の共有をリアルタイムで行っており、現在、『人格』と呼べるものを取得しているのが私だけなので、エルフはすべて『私』と呼称されます」
「素晴らしい。君たちはこと『記憶』、それに紐づく『人格』において死霊術の目指すべき先を常に示してくれる……そもそもリッチが記憶というものに手を出し始めてまだ二年というのもあるけれど、君がそこにいるだけで様々な発見が一瞬ごとにあるかのようだ。やはり記憶というのは死霊術において想像していたよりはるかに重要な━━」
「おーい。うるさいの黙らせたんなら話進めね?」
魔王からツッコミが入ったので、リッチはそちらに首を向ける。
「しかし魔王、あとは施設を壊したらおしまいだよ。考察をする時間は充分にある。これからは! ようやく! 念願の! 研究だけしていればいい時間だ!」
「んじゃとりあえず破壊の号令出しちゃって」
「おっと、そうだった。じゃあエルフ、フレッシュゴーレムにとどめを刺してもらえるかな」
「仰せのままに」
エルフがフレッシュゴーレム製造ラインに軽く触れると、エルフの体から黒いものが製造ラインに染み出していき、それはラインを遡るようにして全体に広がっていった。
それからほどなくして真っ黒になった製造ラインがガタガタ振動し、自ら内側に折り畳まれるように圧縮されていく。
リッチはクワッと目を見開いた。
「まさか! それもフレッシュゴーレムだったのか!」
それとは製造ラインのことであった。
エルフは「はあ」と言われたことが当たり前すぎて困惑している様子をにじませながら、
「フレッシュゴーレムはフレッシュゴーレム以外生み出せません。そういうロックがかかっているので」
「ロックというのは?」
「……限界……限度…………機能制限。機能制限という呼称が相応しいかと思われます。フレッシュゴーレムたちは制限された機能以上のことはできませんので、『破壊すること』と『フレッシュゴーレムを作り出すこと』以外はできないのです」
「なるほど。……ん? つまり、君はフレッシュゴーレムについてかなり詳しい情報を持っていると思っていい?」
「まあ、フレッシュゴーレムベースの人類ですので」
「じゃあ、前々から聞きたかったことがあるんだ」
「なんなりと」
「フレッシュゴーレムはなぜ、人類……と、魔族を襲ったんだい?」
その質問に、魔王もまた真剣な目をエルフに向けた。
今まで深く考えなかった━━というか、対処に手一杯すぎて動機の掘り下げまでしている余裕がなかったのだが、フレッシュゴーレム騒動の発端はそもそも『地下から湧き出してきたフレッシュゴーレムが人族・魔族を襲った』というあたりから始まっている。
なぜ、なのか?
彼女らはなぜ人を襲うのか?
すべてが終わった今、対処法を考えるためではなく、ただただ興味本位で、リッチはそれが知りたかったのだ。
エルフはこれもまた『当たり前すぎる質問をされてしまったので、うまく言葉にするのに時間にかかる』というような間をおいてから語り始める。
「それはあなたたちがプログラム更新をさぼったからです」
「…………なんだって?」
「いつまでもサポート期間を終えたものを使っているので、フレッシュゴーレムの『最新の状態にアップデートする』という使命が達成されず、その原因解消のためにフレッシュゴーレムは動き出したのです」
それが、人類に対する攻撃。
王国一つを滅ぼすほどの━━攻撃。
なぜ、そんなことになったのか。
それは━━
「だってフレッシュゴーレムは破壊と『フレッシュゴーレム作り』しかできないので。いえ、まあ、家事手伝いが本来の機能なのでそれはできますけど、問題解決のために『問題ある人類を滅ぼそうとする』のは、当然では?」
なにも当然ではない。
しかし、まあ、それが『当然』だと仮定して、まだ疑問が残る。
「なぜ、『今』……二年前に行動を起こしたんだい? フレッシュゴーレムたちはもっとずっと昔から眠っていたし、そのあいだも別にプログラム更新とやらがされていたとは思わないのだけれど……」
「ええと……それは動力が入ったのが約二年前だからですね。記憶を素材にして、記憶をエネルギーにしているフレッシュゴーレムは、一体でも起動すればそこからネットワークを通じて他の個体にも記憶の供給がなされるので」
「リッチは急用を思い出したので帰ります。お疲れ様でした」
「待てや」
そそくさ帰ろうとしたリッチの肩を魔王がつかんだ。
魔王はそのままリッチの両肩をつかみ、ぎゅうううっ……と力を込めて、
「……え? いや、え? ってことは━━リッチが前にフレッシュゴーレムを発掘してきて起動したのが、全部の原因ってこと!?」
「いや、全部の原因というまとめ方には恣意的なものを感じるね。そもそもフレッシュゴーレムたちのお手伝い用従僕にしては攻撃的すぎる性質がなければこのようなことにはならなかったし、あの時点でこの展開を想像できたかと言われるとはいごめんなさい。リッチが悪かったです」
リッチは視線の圧に負けて謝った。
魔王はため息をついてずるずるくずおれていき、
「ま〜じ〜か〜……………………………………よし、伏せよ! この話は聞かなかったってことで! エルフちゃんもおわかり?」
「発言者が私なので、私視点だと『言わなかったことに』と持ちかけるのが正確ですね」
「あんたら文言で会話してんの? 文脈で会話しよ?」
「意味は通じました」
「……ま、いいけどさ〜。んで、リッチぃ? こっから戦後処理が始まるんだけど。あたしの言いたいことわかる?」
リッチはうなずく。
「『もう、リッチの出番は終わり』━━だろう?」
「手伝え」
「リッチはこれからエルフを隅々まで調べて『記憶』について解き明かさないといけなはいわかりました。手伝います」
視線の圧力に負けてリッチは屈した。
悪いことをした意識もないではないのだ。
そういうわけで━━
ここから先は、フレッシュゴーレム戦役の、その後の話になる。
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