勇者パーティーを追い出された死霊魔術師はリッチになって魔王軍で大好きな研究ライフを送る
70話 絶滅の理由回
リッチが人類王都に戻った時にはもう明け方近くであった。
王都内には未だフレッシュゴーレムがひしめいており、これを蹴散らして王城内にいるランツァと昼神教信者たちを助け出さないといけないと思うと、もう帰りたいような気持ちになる。
「本当に君たちが協力してくれるなら助かるよ」
リッチは王都東門前に布陣し、登り始めた陽光を背負うその人物を見た。
それはリッチによって人類となった『黒いやつら』であった。
五百体の彼女らはフレッシュゴーレムに触れた瞬間フレッシュゴーレムを仲間にしてしまうので、こういう逃げ場のない密集地形でフレッシュゴーレムを相手取る際には百万の軍にも匹敵する戦力である。
「しかし、本当にいいのかな? 君たちがいくら増えようとも、リッチは君たちを五百体より多くは残せないよ。なにせ場所を貸してくれる魔王が五百体までって言うから」
名前のない命は、自分を人類たらしめたリッチに向けてうなずく。
「我々は神の慈悲により生かされています。そのお役に立ちたいと思うのは当然かと」
「ふぅん。リッチには理解できないや。まあ、やってくれるというならありがたく」
裏切りの可能性なども考慮されたが、それについて、リッチはこの作戦が魔王公認であるので、なにか対策か『裏切らない確信』があってのことだろうと判断した。
軍事家ではないし政治家でもないリッチは、自分が『専門外なのに専門家の判断に口を出してくるやつ』が大嫌いなこともあり、軍事・政治方面の専門家の意見に逆らわないことにしていたのだった。
そして、リッチ個人としては、もちろん問題ない。
なにせ『黒いやつら』には即死が入るのだ。
仮にランツァを人質にとられたとしても、意味がない。
なぜなら人質を蘇生不可能な状態にする前に全員殺せるから。
だからリッチの心配は今、ランツァがロザリー蘇生後にまだ生きているかどうかと、生きていたとして、復活したロザリーがどう行動しているかである。
まあ生きているとは思っている。
リッチはランツァの判断を信じたのだ。それに別れた時間から計算して、最低限死体だけでもあれば、まだ蘇生が間に合うし。
というような考えがあったりなかったりしつつ、リッチは『黒いやつら』だけ引き連れて王都東門に近寄っていく。
相変わらずフレッシュゴーレムたちが人のようで人でない顔をして、人のように歩行して、順繰り門から外に出て来ている。
ある程度接近すれば索敵範囲に入ったようで、フレッシュゴーレムたちはリッチらに飛びかかってくる。
「神よ」
黒いランツァがフレッシュゴーレムの方を見たまま述べる。
それが自分への呼びかけだと一瞬あってから思い出して、リッチは「なにかな」と黒いランツァの方を見た。
「この戦いが終わったあかつきには、我らに名前をつけていただきたい」
「リッチにネーミングセンスはないです。君の名前が『ランツァ・セカンド』とかになるよ」
「個人名ではなく、種族名を。その方がおそらく、神の研究の際に便利かと思われます」
「ふむ、一理ある。そのコンセプトということは、研究に使うための識別名ぐらいのものでいいのかな」
「ええ。その質実さこそ、我らにふさわしい」
「なるほど。しかしあとでと言うと忘れるので、今、決めてしまおう。そうだなあ、君たちの存在は実のところ、人間種に近いんだ。もちろん死霊術的にね。しかし人にあるべき魂の揺らぎが極めて少ない。人のようで人ではない。だが人より劣っているわけではなし、そもそも━━」
「あの、神よ、ちょっと長い話を始めるにはタイミングが悪いです。敵が来ているので」
「対応しなよ?」
「この流れ、名前を決めてもらってから対応しないと格好がつかなくないですか?」
「……まあ、君がそう思うなら配慮しよう。行っておいで『エルフ』の諸君」
「……『エルフ』?」
「なんだい、説明を聞くのか……まあ、『潔白』とかそういう意味だよ。フレッシュゴーレムも含め、君たちが死ぬのは、君たちが悪だからではない。善悪など生存には無関係なんだ。君たちの潔白はこのリッチが保証しよう」
「……」
「そしていつか君たちがどれかの民族を殺す時に、その殺される民族に罪があるから死ぬのではないと、自分たちの名に刻むといい」
「……神よ、あなたは」
「すべての命は等しく素晴らしいものだ。貴重にして重要なリソースなんだよ。……さあ、行っておいで。君たちに殺されるものが目の前にいる」
骨のみの指が前をさし、黒いランツァ━━『エルフ』の長は、自分が神の方を向いていたことに遅ればせながら気付いた。
手を伸ばして触れる。
するとフレッシュゴーレムの体が触れた箇所から真っ黒に侵蝕され、一瞬のうちに真っ黒に染まる。
そうして一瞬だけ停止したあと、新たなる使命に基づいて反転。先ほどまで同胞だったフレッシュゴーレムに襲いかかり……その相手も、『仲間』にしていく。
それは王都への出入りを管理する東西南北すべての門で同時に起こった。
上空から俯瞰すれば、白っぽかったフレッシュゴーレムの群が、門側からざあああっとすごい速度で黒く染まっていく光景が見えただろう。
エルフたちは反転して生産拠点たる王城へと向かっていく。
破壊するためだ。
その背中をリッチが見送っていると、背後から声をかけられた。
「今はわざとか?」
影の巨人姿の魔王であった。
リッチは振り返り、
「質問の意図が不明瞭すぎて答えられないよ」
「……エルフどもの裏切りを察して、裏切らぬように釘を刺したのか?」
「……裏切らぬよう釘を刺す? そう思われるようなことがなにかあったかな……まあしかし、彼女らが裏切るとしたらそれは必然だとは思っているよ。すべての生命が生存するために間引きは必要だと思うけれど、間引かれた側がそれを受け入れるかどうかは、理屈ではないからね」
「……人の心情について、わかるのか」
「リッチをなんだと思っているんだ……あのね、『一定数以上の集団の中で迫害・いじめが発生するのは仕方ないことです』は理屈だよね。けれどもその理屈を理解しているから『では、理解して耐えてください』と言われたらそれはまた違うだろう? そのぐらい理解できるよ」
「ああ、うん。そういう」
「リッチをなんだと思っているんだ」
「……なんだろう?」
「……とにかく、エルフは潜在的な脅威だよ。なにせフレッシュゴーレムのできることは連中にもできるんだ。その気になれば生産拠点を作り出して一気に数を増やすこともできる。まあ、死霊術師一人いれば無駄になるので、リッチやランツァが生きている限りは反抗は不可能だろうけれど」
「…………今、我が妄想したことを語ろう」
「なんだい」
「リッチは死霊術の地位向上と死霊術師の立場のためにエルフを生かしたという妄想だ」
「ああ、そういう政治利用もできたね……なるほど」
「そんなことだと思ったけども」
「いや、だってさあ! 『記憶』の物質化だよ!? これほど素晴らしい可能性を秘めた生きた資料だよ!? 保護するでしょう、普通!」
「うん、まあ、はい」
「この価値がわからないのかい!?」
「わかるけど、たぶんリッチほどはわかってないっていうか」
「魔王もやろうよ死霊術!」
「あー……おそらく、我にはできん」
「なんでさ」
「その技術は『昼神の子』にしか修得できないと考えている」
「ほう。興味深い。なぜ?」
「……まあ、すべてが終わったら腰を据えて話そう。今はそれよりも、元女王ランツァの救出が先ではないのか? というか」
「?」
「……いや、いい。我らも進もう。この事態の終焉だ。我も同行する」
「そうだね。まあ、あとで議論を交わそうか。今は━━」
二年と少しのあいだ、世界を騒がせたフレッシュゴーレム騒動。
人類と魔族の趨勢をすっかり変えてしまったその存在との戦いが、いよいよ終わろうとしている。
「━━一つの種族の終わりを見に行こう」
リッチは言った。
その口調には気負いはなかったけれど、素晴らしい研究対象に出会った時のような、喜色もなかった。
王都内には未だフレッシュゴーレムがひしめいており、これを蹴散らして王城内にいるランツァと昼神教信者たちを助け出さないといけないと思うと、もう帰りたいような気持ちになる。
「本当に君たちが協力してくれるなら助かるよ」
リッチは王都東門前に布陣し、登り始めた陽光を背負うその人物を見た。
それはリッチによって人類となった『黒いやつら』であった。
五百体の彼女らはフレッシュゴーレムに触れた瞬間フレッシュゴーレムを仲間にしてしまうので、こういう逃げ場のない密集地形でフレッシュゴーレムを相手取る際には百万の軍にも匹敵する戦力である。
「しかし、本当にいいのかな? 君たちがいくら増えようとも、リッチは君たちを五百体より多くは残せないよ。なにせ場所を貸してくれる魔王が五百体までって言うから」
名前のない命は、自分を人類たらしめたリッチに向けてうなずく。
「我々は神の慈悲により生かされています。そのお役に立ちたいと思うのは当然かと」
「ふぅん。リッチには理解できないや。まあ、やってくれるというならありがたく」
裏切りの可能性なども考慮されたが、それについて、リッチはこの作戦が魔王公認であるので、なにか対策か『裏切らない確信』があってのことだろうと判断した。
軍事家ではないし政治家でもないリッチは、自分が『専門外なのに専門家の判断に口を出してくるやつ』が大嫌いなこともあり、軍事・政治方面の専門家の意見に逆らわないことにしていたのだった。
そして、リッチ個人としては、もちろん問題ない。
なにせ『黒いやつら』には即死が入るのだ。
仮にランツァを人質にとられたとしても、意味がない。
なぜなら人質を蘇生不可能な状態にする前に全員殺せるから。
だからリッチの心配は今、ランツァがロザリー蘇生後にまだ生きているかどうかと、生きていたとして、復活したロザリーがどう行動しているかである。
まあ生きているとは思っている。
リッチはランツァの判断を信じたのだ。それに別れた時間から計算して、最低限死体だけでもあれば、まだ蘇生が間に合うし。
というような考えがあったりなかったりしつつ、リッチは『黒いやつら』だけ引き連れて王都東門に近寄っていく。
相変わらずフレッシュゴーレムたちが人のようで人でない顔をして、人のように歩行して、順繰り門から外に出て来ている。
ある程度接近すれば索敵範囲に入ったようで、フレッシュゴーレムたちはリッチらに飛びかかってくる。
「神よ」
黒いランツァがフレッシュゴーレムの方を見たまま述べる。
それが自分への呼びかけだと一瞬あってから思い出して、リッチは「なにかな」と黒いランツァの方を見た。
「この戦いが終わったあかつきには、我らに名前をつけていただきたい」
「リッチにネーミングセンスはないです。君の名前が『ランツァ・セカンド』とかになるよ」
「個人名ではなく、種族名を。その方がおそらく、神の研究の際に便利かと思われます」
「ふむ、一理ある。そのコンセプトということは、研究に使うための識別名ぐらいのものでいいのかな」
「ええ。その質実さこそ、我らにふさわしい」
「なるほど。しかしあとでと言うと忘れるので、今、決めてしまおう。そうだなあ、君たちの存在は実のところ、人間種に近いんだ。もちろん死霊術的にね。しかし人にあるべき魂の揺らぎが極めて少ない。人のようで人ではない。だが人より劣っているわけではなし、そもそも━━」
「あの、神よ、ちょっと長い話を始めるにはタイミングが悪いです。敵が来ているので」
「対応しなよ?」
「この流れ、名前を決めてもらってから対応しないと格好がつかなくないですか?」
「……まあ、君がそう思うなら配慮しよう。行っておいで『エルフ』の諸君」
「……『エルフ』?」
「なんだい、説明を聞くのか……まあ、『潔白』とかそういう意味だよ。フレッシュゴーレムも含め、君たちが死ぬのは、君たちが悪だからではない。善悪など生存には無関係なんだ。君たちの潔白はこのリッチが保証しよう」
「……」
「そしていつか君たちがどれかの民族を殺す時に、その殺される民族に罪があるから死ぬのではないと、自分たちの名に刻むといい」
「……神よ、あなたは」
「すべての命は等しく素晴らしいものだ。貴重にして重要なリソースなんだよ。……さあ、行っておいで。君たちに殺されるものが目の前にいる」
骨のみの指が前をさし、黒いランツァ━━『エルフ』の長は、自分が神の方を向いていたことに遅ればせながら気付いた。
手を伸ばして触れる。
するとフレッシュゴーレムの体が触れた箇所から真っ黒に侵蝕され、一瞬のうちに真っ黒に染まる。
そうして一瞬だけ停止したあと、新たなる使命に基づいて反転。先ほどまで同胞だったフレッシュゴーレムに襲いかかり……その相手も、『仲間』にしていく。
それは王都への出入りを管理する東西南北すべての門で同時に起こった。
上空から俯瞰すれば、白っぽかったフレッシュゴーレムの群が、門側からざあああっとすごい速度で黒く染まっていく光景が見えただろう。
エルフたちは反転して生産拠点たる王城へと向かっていく。
破壊するためだ。
その背中をリッチが見送っていると、背後から声をかけられた。
「今はわざとか?」
影の巨人姿の魔王であった。
リッチは振り返り、
「質問の意図が不明瞭すぎて答えられないよ」
「……エルフどもの裏切りを察して、裏切らぬように釘を刺したのか?」
「……裏切らぬよう釘を刺す? そう思われるようなことがなにかあったかな……まあしかし、彼女らが裏切るとしたらそれは必然だとは思っているよ。すべての生命が生存するために間引きは必要だと思うけれど、間引かれた側がそれを受け入れるかどうかは、理屈ではないからね」
「……人の心情について、わかるのか」
「リッチをなんだと思っているんだ……あのね、『一定数以上の集団の中で迫害・いじめが発生するのは仕方ないことです』は理屈だよね。けれどもその理屈を理解しているから『では、理解して耐えてください』と言われたらそれはまた違うだろう? そのぐらい理解できるよ」
「ああ、うん。そういう」
「リッチをなんだと思っているんだ」
「……なんだろう?」
「……とにかく、エルフは潜在的な脅威だよ。なにせフレッシュゴーレムのできることは連中にもできるんだ。その気になれば生産拠点を作り出して一気に数を増やすこともできる。まあ、死霊術師一人いれば無駄になるので、リッチやランツァが生きている限りは反抗は不可能だろうけれど」
「…………今、我が妄想したことを語ろう」
「なんだい」
「リッチは死霊術の地位向上と死霊術師の立場のためにエルフを生かしたという妄想だ」
「ああ、そういう政治利用もできたね……なるほど」
「そんなことだと思ったけども」
「いや、だってさあ! 『記憶』の物質化だよ!? これほど素晴らしい可能性を秘めた生きた資料だよ!? 保護するでしょう、普通!」
「うん、まあ、はい」
「この価値がわからないのかい!?」
「わかるけど、たぶんリッチほどはわかってないっていうか」
「魔王もやろうよ死霊術!」
「あー……おそらく、我にはできん」
「なんでさ」
「その技術は『昼神の子』にしか修得できないと考えている」
「ほう。興味深い。なぜ?」
「……まあ、すべてが終わったら腰を据えて話そう。今はそれよりも、元女王ランツァの救出が先ではないのか? というか」
「?」
「……いや、いい。我らも進もう。この事態の終焉だ。我も同行する」
「そうだね。まあ、あとで議論を交わそうか。今は━━」
二年と少しのあいだ、世界を騒がせたフレッシュゴーレム騒動。
人類と魔族の趨勢をすっかり変えてしまったその存在との戦いが、いよいよ終わろうとしている。
「━━一つの種族の終わりを見に行こう」
リッチは言った。
その口調には気負いはなかったけれど、素晴らしい研究対象に出会った時のような、喜色もなかった。
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