勇者パーティーを追い出された死霊魔術師はリッチになって魔王軍で大好きな研究ライフを送る
66話 新たなる種族の産声が聞き取りにくい回
「つまり、逆転の発想だったんだよね」
すべてが終了したあと、『アレ、君の仕業でしょ? なに?』とインタビューされたリッチは、ろくろをこねるような手つきをしながらインタビュアーに答える。
「古代の『力ある文字』は、ただ単純に形状をマネたものを刻む程度では、発動しない部分があった。おそらく一部に効果発動のキーみたいなものがあってそこだけはなにかしらの特殊な器具、あるいは技術での……」
━━━━そういうのはあとでお願いします。
「……君は話を聞きに来てるんじゃあないのかい? ああ、まあ、論点が違うのか。とにかく、リッチの手で再現可能だったのは……というかおそらく再現は不可能だったんだけれど……すでに刻まれている命令式の解読と、その再利用できそうな部分の周囲に新たな命令を書くことだけだったんだ。ああ、設備上の地表に続いたダクトから記憶……よりもっと幼い? 原初なる? ものを吸収して素材として、素材そのものに命令を刻むことによってパーツを形作っていたわけで、ようするに各パーツにその後の行動を決定づける命令がすでに刻まれているという仕組みで……なにより目を剥くのが『記憶』という概念とも言えるものを物質として固定」
━━━━つまり、あの『黒いヒトガタ』が成立したのは、どういう意図だったのでしょうか?
ここでリッチが非常に微細な表情変化をしたのだが、なにぶん骨なので、コマ送りにしてもなんら変化のない骨の顔面がずらっと並ぶだけであった。
ともあれリッチはこういう『いいからさっさと結論だけ言え』という空気について死ぬほどよく経験しているタイプなので、ため息をつき、肩を落とし、
「フレッシュゴーレムを意のままに操る命令を刻むことは、リッチにはできなかった。しかし単純な命令をその場その場で口頭で告げればその通り動くぐらいのものは出来上がった。けれどそれは、複雑な命令を聞くことはできず、そばにいていちいち指示しないといけないものだった。だから……」
そこでリッチは肩を揺らした。
「……今思えばずいぶん力技だったし、そこまでしてフレッシュゴーレムを利用する必要もなかったんだけれど、せっかく作ったから利用したかったんだろうね。だから、リッチが作ったフレッシュゴーレム全部に『霊体の帯』でリードをつけることにしたんだ。遠隔でもリッチの意思を伝えられるようにね。そしたら、人類になってしまった」
━━━━はい?
「ああ、生物学上とか、法務上とか、そういう意味ではないよ。あくまでも死霊術上━━フレッシュゴーレムは、『新たな人類』と定義できる状態になり、自由意思を獲得して、暴走を開始……いや、違うな」
そこでリッチは言葉を切り、口の端をゆがめた。
そろそろインタビュアーは『なんでコイツはこんなに得意げなんだ』とイラっとしてきた。
「新たな人類としての、権利獲得のための運動……『自分たちの国』を作るための活動を開始したんだよ」
◆
長く長く長い戦争のせいですっかり禿げ上がった広大な平原において、『フレッシュゴーレム』と『謎の黒い軍団』に前後から挟まれた魔王軍は浮き足立った。
目の前には敵。
これで『後方にも敵』なら実のところまだマシだったのだが、『敵か味方かわからない勢力が、自分たちの領地のある方向から現れる』というのは、単純に敵だとわかっている勢力の出現よりも状況停滞効果が高い。
また、旧・南の戦線において魔王に率いられている勢力はいわゆる『外海の警戒』にあたっていた三軍から、実戦経験を積ませるため、経験の乏しい若者を引っ張ってきた魔族混成軍であり、突発的な状況対応力に欠けていた。
そういうわけですっかり混乱し停滞した魔王軍後方に、『その声』はことさら力をもって響き渡った。
「ワレワレハカミノシモベニシテヒトニナレヌイシナキドウホウヲスクウモノデアル」
「なんだって!?」
『黒い勢力』の発言は、声が平坦な上に口調に句読点が搭載されていないので、ひどく聞き取りにくく、混乱してる魔王軍からついついそんな声が上がった。
後方から出現した『黒い勢力』は『言語や文化はある程度魔王軍と共通のものを知っているが、それは知識として知っているだけで、実際にそういった背景を踏まえて他者とコミュニケーションをとった経験がない』という感じなのだった。
そして『黒い勢力』はどうにも、すさまじい勢いで『実地経験』を積み、成長しているようだった。
三回もリテイクするころには声がかなり聞き取りやすくなり、声も男か女かわかりにくい感じだったのが、聞き取りやすく耳に残りやすい女性の声へと変化していった。
「我々は神のしもべです。我々は人です。我々は人にいたれぬ同胞を『死』というかたちで救済するためにここに参上しました。ゆえに、我々は魔王軍のみなさんの味方です」
そこでようやく魔王も考えがまとまり、影をまとった巨大な姿(ラスボスコーデ)のまま、よく響く太い声で『黒い軍勢』に告げた。
「我こそは魔王。魔族の支配者である。貴君らに問う。貴君らの『神』とはなにか?」
コーディネートに合わせて口調を変えられるのが魔王の魔王たるゆえんの一つである。
彼女(今はでっかい影の化け物の姿)が『神』と聞いて頭によぎるのがロザリー率いる昼神教の連中であり、あの連中はヤベーやつらなので、『神』と言われるとまず警戒するというのは、心理的にどうしようもなく自然なことであった。
すると『黒い軍勢』の中でちょっとしたシンキングタイムのような間があり、しばらくしてから軍勢の中より一つが歩み出てくる。
その一つは歩み出る一歩ごとにその姿を変化させていった。
硬質さが隠されていなかった黒いパーツは色をそのままに人肌めいた柔らかさを感じさせるようになり━━
人のようで人でない不気味な顔には、人らしい柔らかさ、不完全さが微妙に配合されていく。
体つきは人間族の女性のように変化していき、裸だったのがパーツを変化させてドレスをまとったような格好になった。
というか、その黒いヒトガタは━━
元・人類女王ランツァに、色味以外そっくりだった。
「私は今しがた『代表』としての機能を獲得した個体です。他勢力との対話の際には代表者の選出が必要とラーニングし、以降は私が我々の代表者として対応します」
「して、貴君らの『神』とは?」
「その疑問にお答えするには、まず『神』の定義から説明せねばなりません」
もうこの時点で魔王の中ではいろんなものがつながって、答えがわかったも同然だった。
このまわりくどい、一つ一つ定義を確認しつつ、話しながら思考整理をし、話が長くなっても気にしない、聞く側のコストを忘れがちな様子に、めちゃめちゃ覚えがあったからだ。
しかし相手は無視できない規模の新興勢力である。
こういう相手からもたらされる情報はどんなものでも拾っておきたいので、魔王はとりあえず黙って話を聞くことにした。
「『神』という言葉は一般的に『昼神』『夜神』に使われますが、記憶を参照した結果、これら神の共通項には『創造主』という点が挙げられます。すなわち我らの神とは、我らの創造主……それは我らの大元を作り上げた、現代において『古代人』と呼ばれる先人ではなく、我ら命なき者に命を与え、人類と定義するところまで我らの存在を引き上げた者であると定義されます」
「……して、誰なのだそれは」
とはいえもうこれはただの確認作業で、魔王はとっくに答えがわかっている。
霊体で形づくられているっぽい体。
そもそも『フレッシュゴーレムに霊体をひっかぶせてみよう』という、なにが起こるかわからない試みを知的好奇心だけで行ってしまえる危機意識のアレな感じ。
このまわりくどいしゃべり方……
そしてなにより。
『代表者』としての形状が『女王ランツァ』であること。
そのすべてが━━
「あなた方が『リッチ』と呼称する存在です」
すべてがリッチを想像させる。
だからその答えは意外でもなんでもない。
問題は━━
「……いや、なにをどうしたら人類種を増やすなんていうことになるわけ?」
この『対フレッシュゴーレム戦線』の佳境において、あの骨はいったいなにを思ってなにをしたのか、ということなのだった。
すべてが終了したあと、『アレ、君の仕業でしょ? なに?』とインタビューされたリッチは、ろくろをこねるような手つきをしながらインタビュアーに答える。
「古代の『力ある文字』は、ただ単純に形状をマネたものを刻む程度では、発動しない部分があった。おそらく一部に効果発動のキーみたいなものがあってそこだけはなにかしらの特殊な器具、あるいは技術での……」
━━━━そういうのはあとでお願いします。
「……君は話を聞きに来てるんじゃあないのかい? ああ、まあ、論点が違うのか。とにかく、リッチの手で再現可能だったのは……というかおそらく再現は不可能だったんだけれど……すでに刻まれている命令式の解読と、その再利用できそうな部分の周囲に新たな命令を書くことだけだったんだ。ああ、設備上の地表に続いたダクトから記憶……よりもっと幼い? 原初なる? ものを吸収して素材として、素材そのものに命令を刻むことによってパーツを形作っていたわけで、ようするに各パーツにその後の行動を決定づける命令がすでに刻まれているという仕組みで……なにより目を剥くのが『記憶』という概念とも言えるものを物質として固定」
━━━━つまり、あの『黒いヒトガタ』が成立したのは、どういう意図だったのでしょうか?
ここでリッチが非常に微細な表情変化をしたのだが、なにぶん骨なので、コマ送りにしてもなんら変化のない骨の顔面がずらっと並ぶだけであった。
ともあれリッチはこういう『いいからさっさと結論だけ言え』という空気について死ぬほどよく経験しているタイプなので、ため息をつき、肩を落とし、
「フレッシュゴーレムを意のままに操る命令を刻むことは、リッチにはできなかった。しかし単純な命令をその場その場で口頭で告げればその通り動くぐらいのものは出来上がった。けれどそれは、複雑な命令を聞くことはできず、そばにいていちいち指示しないといけないものだった。だから……」
そこでリッチは肩を揺らした。
「……今思えばずいぶん力技だったし、そこまでしてフレッシュゴーレムを利用する必要もなかったんだけれど、せっかく作ったから利用したかったんだろうね。だから、リッチが作ったフレッシュゴーレム全部に『霊体の帯』でリードをつけることにしたんだ。遠隔でもリッチの意思を伝えられるようにね。そしたら、人類になってしまった」
━━━━はい?
「ああ、生物学上とか、法務上とか、そういう意味ではないよ。あくまでも死霊術上━━フレッシュゴーレムは、『新たな人類』と定義できる状態になり、自由意思を獲得して、暴走を開始……いや、違うな」
そこでリッチは言葉を切り、口の端をゆがめた。
そろそろインタビュアーは『なんでコイツはこんなに得意げなんだ』とイラっとしてきた。
「新たな人類としての、権利獲得のための運動……『自分たちの国』を作るための活動を開始したんだよ」
◆
長く長く長い戦争のせいですっかり禿げ上がった広大な平原において、『フレッシュゴーレム』と『謎の黒い軍団』に前後から挟まれた魔王軍は浮き足立った。
目の前には敵。
これで『後方にも敵』なら実のところまだマシだったのだが、『敵か味方かわからない勢力が、自分たちの領地のある方向から現れる』というのは、単純に敵だとわかっている勢力の出現よりも状況停滞効果が高い。
また、旧・南の戦線において魔王に率いられている勢力はいわゆる『外海の警戒』にあたっていた三軍から、実戦経験を積ませるため、経験の乏しい若者を引っ張ってきた魔族混成軍であり、突発的な状況対応力に欠けていた。
そういうわけですっかり混乱し停滞した魔王軍後方に、『その声』はことさら力をもって響き渡った。
「ワレワレハカミノシモベニシテヒトニナレヌイシナキドウホウヲスクウモノデアル」
「なんだって!?」
『黒い勢力』の発言は、声が平坦な上に口調に句読点が搭載されていないので、ひどく聞き取りにくく、混乱してる魔王軍からついついそんな声が上がった。
後方から出現した『黒い勢力』は『言語や文化はある程度魔王軍と共通のものを知っているが、それは知識として知っているだけで、実際にそういった背景を踏まえて他者とコミュニケーションをとった経験がない』という感じなのだった。
そして『黒い勢力』はどうにも、すさまじい勢いで『実地経験』を積み、成長しているようだった。
三回もリテイクするころには声がかなり聞き取りやすくなり、声も男か女かわかりにくい感じだったのが、聞き取りやすく耳に残りやすい女性の声へと変化していった。
「我々は神のしもべです。我々は人です。我々は人にいたれぬ同胞を『死』というかたちで救済するためにここに参上しました。ゆえに、我々は魔王軍のみなさんの味方です」
そこでようやく魔王も考えがまとまり、影をまとった巨大な姿(ラスボスコーデ)のまま、よく響く太い声で『黒い軍勢』に告げた。
「我こそは魔王。魔族の支配者である。貴君らに問う。貴君らの『神』とはなにか?」
コーディネートに合わせて口調を変えられるのが魔王の魔王たるゆえんの一つである。
彼女(今はでっかい影の化け物の姿)が『神』と聞いて頭によぎるのがロザリー率いる昼神教の連中であり、あの連中はヤベーやつらなので、『神』と言われるとまず警戒するというのは、心理的にどうしようもなく自然なことであった。
すると『黒い軍勢』の中でちょっとしたシンキングタイムのような間があり、しばらくしてから軍勢の中より一つが歩み出てくる。
その一つは歩み出る一歩ごとにその姿を変化させていった。
硬質さが隠されていなかった黒いパーツは色をそのままに人肌めいた柔らかさを感じさせるようになり━━
人のようで人でない不気味な顔には、人らしい柔らかさ、不完全さが微妙に配合されていく。
体つきは人間族の女性のように変化していき、裸だったのがパーツを変化させてドレスをまとったような格好になった。
というか、その黒いヒトガタは━━
元・人類女王ランツァに、色味以外そっくりだった。
「私は今しがた『代表』としての機能を獲得した個体です。他勢力との対話の際には代表者の選出が必要とラーニングし、以降は私が我々の代表者として対応します」
「して、貴君らの『神』とは?」
「その疑問にお答えするには、まず『神』の定義から説明せねばなりません」
もうこの時点で魔王の中ではいろんなものがつながって、答えがわかったも同然だった。
このまわりくどい、一つ一つ定義を確認しつつ、話しながら思考整理をし、話が長くなっても気にしない、聞く側のコストを忘れがちな様子に、めちゃめちゃ覚えがあったからだ。
しかし相手は無視できない規模の新興勢力である。
こういう相手からもたらされる情報はどんなものでも拾っておきたいので、魔王はとりあえず黙って話を聞くことにした。
「『神』という言葉は一般的に『昼神』『夜神』に使われますが、記憶を参照した結果、これら神の共通項には『創造主』という点が挙げられます。すなわち我らの神とは、我らの創造主……それは我らの大元を作り上げた、現代において『古代人』と呼ばれる先人ではなく、我ら命なき者に命を与え、人類と定義するところまで我らの存在を引き上げた者であると定義されます」
「……して、誰なのだそれは」
とはいえもうこれはただの確認作業で、魔王はとっくに答えがわかっている。
霊体で形づくられているっぽい体。
そもそも『フレッシュゴーレムに霊体をひっかぶせてみよう』という、なにが起こるかわからない試みを知的好奇心だけで行ってしまえる危機意識のアレな感じ。
このまわりくどいしゃべり方……
そしてなにより。
『代表者』としての形状が『女王ランツァ』であること。
そのすべてが━━
「あなた方が『リッチ』と呼称する存在です」
すべてがリッチを想像させる。
だからその答えは意外でもなんでもない。
問題は━━
「……いや、なにをどうしたら人類種を増やすなんていうことになるわけ?」
この『対フレッシュゴーレム戦線』の佳境において、あの骨はいったいなにを思ってなにをしたのか、ということなのだった。
「コメディー」の人気作品
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