勇者パーティーを追い出された死霊魔術師はリッチになって魔王軍で大好きな研究ライフを送る

稲荷竜

65話 理解できないものを理解できない理由を人の説明不足に求めないようにしよう回

 旧・『中央の戦線』━━

 穴ぼこだらけの広大な平原には巨人たちが展開しており、それらを率いる将軍たるレイラの姿もそこにあった。

 身の丈の十倍はあろうかという新作の剣を振り回し雲霞のごときフレッシュゴーレムどもの軍勢を薙ぎ払う様子は、人類基準でも小柄な彼女を十倍にも二十倍にも見せていた。

 彼女が動くたびしっぽの先につけた鈴がチリンチリン鳴り、それが高速で戦場をあちこち移動するものだから、味方の巨人たちは音が足元で聞こえるたび音源からワッと離れる。

 というのもレイラ、特に『味方を巻き込まない』という気遣いがないからだ。

 身の丈の十倍はある巨大剣は振りかぶるだけで背後にいる者を傷つけ、横薙ぎにしようものなら勢い余って後ろまで薙ぎ払う。

 しかも勢いを殺さず回転などするものだから巨人たちも巻き込まれないようにレイラを遠巻きにせざるを得ない。

 しかし遠巻きにしたからといって安全というわけではないのだ。

 この小柄で細い、子供のような金色の獣人女性は、マジで味方になんにも気遣わないので、自分の周囲のフレッシュゴーレムを蹴散らし尽くすと、またフレッシュゴーレムが束になっているところまで移動する。

 その移動がとんでもなく素早いので味方の巨人たちは常にレイラを警戒しなければならなかった。

「……っていうか、敵、多くない!?」

 六時間も戦ったころにレイラがようやくそう言うもので、巨人軍次席であるインゲは、そろそろ落ち始めた日差しに花崗岩のような体表をきらきらさせつつ、レイラに近づいて行く。

「なんか敵の生産拠点が増えてるらしいですよ」

「つまりなに!?」

「敵、多い!!!!!!」

「なるほど!!!!!!!!!!」

 会話の内容がゼロ未満なのだが、そのようなことを気にする者はこの戦場に一人たりとも存在しないのだ。

 レイラは巨大剣をひょいっと肩にかついで、改めて戦場を見渡した。

 レイラが休憩に入ったことでようやく安全に戦えるようになった巨人たちが、フレッシュゴーレムたちを踏み潰したり叩き潰したりしながら、ひたすら大声で叫び続けている。

 レイラはかすかに眉根を寄せると、

「この戦場、うっさくない?」

 インゲは困ったようにゴリゴリと岩の質感の頬を掻く。

「巨人軍ですので……」

「巨人だからなんなのよ。あたしにわかるように言いなさい。あたしにわからないことばっかり言うと、あんたを暴力で解決するわよ」

「そもそも巨人というのは━━」

「待ちなさい」

「……なんでしょうか」

「『そもそも』っていう入り方はよくないわ。その入り方は確実に話が長くなるやつだから。あたしは長い話が嫌いよ」

「……じゃあどうしたらいいんでしょう」

「あんた、あたしより頭いいでしょ。あたしにわかるようにどう言えばいいかは、あんたが考えるのよ」

 インゲは困り果てた。

 というのも巨人は基本的に頭いい扱いされることのない種族であり、まさかその巨人である自分に対して、人類であるはずのレイラが『あたしより頭いいでしょ』という角度から殴ってくるとは思わなかったのだ。

 しかしインゲはできる副官である。
 巨人将軍レイラの補助こそが自分の役割であると最近の彼女(※インゲは女性です)は考えていて、そう考えて二年ほど活動しているうちに、なんだか自分は頭のいいポジションにいる頭のいい存在なのではないかという気分になってきているところであった。

 なのでレイラの命令が『わかるように短く言え』なら、ちょっと考えてみるか、という気持ちになってのである。

 余談だが『あなたは私より頭がいいんだから私にわかりやすく説明できるはずだ』という論法を用いる『自称・頭の悪い人』は『足し算も引き算もできないし覚える気は全然ないが微分積分をわかりやすく教えろ。お前ならできるだろう? 頭いいんだからなあ?』みたいなことを平気で言っている場合が多く、これにまじめに対応しようと思うと病む。

 インゲはまじめに対応を考えた結果、こう述べた。

「巨人ですから!!!!!!!!!!」

「なるほどね!!!!!!!!!!」

 巨人は声の大きさで誠意とかそういう感じのものを表現する種族だ。
 なのでレイラの『わかりやすく』という要求には、誠心誠意声をデカくして応じるのである。

 そんなふうにいかにも巨人らしい一幕(※レイラは獣人です)が展開されている夕暮れの平原。
 フレッシュゴーレムどもはまったく減る気配もなく、暴力に飢えたレイラはそろそろお腹が空いてきたので帰ろうかなという気分になっていた、そのころ━━

 東。

 巨人軍の後方にあたる方向から、なにか、地響きが近付いてくるのに気付いた。

 レイラがチリンとしっぽの鈴を鳴らしながら振り返ると、ちょうど巨人たちが前へ前へ出ていたおかげで、後方が確認しやすかった。

 レイラの黄金の瞳に映った、『震源』の正体。それは……

「…………いや、なにアレ」

 レイラの語彙では表現できないものだった。



 同じことは各戦線でほぼ同時に観測されており、中にはこの現象を表現する語彙力を持った者もいた。

 旧・南の戦線において対フレッシュゴーレム戦闘を指揮していた魔王は、自領から迫り来る地響きと、その源を視界に収めて、こんなふうにそれを表現した。

「うわぁ……なんか……『黒い津波』? いや、違うっぽくね? ああ、アレ━━」

 遠巻きにすると黒い津波にしか見えないが、近づくにつれ、それが真っ黒いヒトガタが大量に連なったものであることがわかる。

 そのヒトガタのおぞましさ、この世のものならざるあの感じに、『リッチ』と付き合いの長い魔王は感づいた。

「━━『霊体で作ったヒトガタ』じゃんね」

 それがざっと見た感じ十万体ぐらい足並みを揃えて全力ダッシュしてくる。

「……え? いや、あれ……え? 敵? 味方?」

 魔王は困惑するしかなかった。

 だって、あの挙動、サイズ感、雰囲気。

 それらがどう見ても、今まさに戦っている相手である、フレッシュゴーレムのものと酷似していたからだった。

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