勇者パーティーを追い出された死霊魔術師はリッチになって魔王軍で大好きな研究ライフを送る
59話 有効性ゆえに何度も使われている戦術にはすでに対策が開発されていると考えるべき回
「まず落ち着いて考察すべきなのは……」
ロザリッチは慌てるランツァにそのように前置きをした。
周囲からはいっそう激しくなった戦闘音が絶え間なく聞こえ続けている。
こちらの人数こそ増えたが戦力についてはコメントを控えたいありさまだ。
もともと半分素人だった神官たち(いちおう格闘訓練は受けるが戦場に出るのはまれである)に、完全に素人の義勇兵が加わっただけという情報が、戦力を端的に示すであろう。
反対に生まれつき人殺しの技能を備えて生まれるフレッシュゴーレムは、数が増えれば増えるほど強くなる。
自軍を囲むフレッシュゴーレムたちは精強で、なおかつその囲いはあまりにも厚かった。
集まったリッチ軍は秒間三人は死ぬありさまで、リッチが蘇生し続けていなかったらとっくに崩壊している。
しかしリッチが無許可蘇生を繰り返しているため戦線はどうにか保たれている。
戦っている人たちからは『いっそ殺してくれ』と大不評だが、そこはまあ、きっと冷静になれば『生きててよかった』と思うようになることだろう。生命は尊いので。
そんなふうに毎秒死んで生き返っている軍団に確保させた空白地帯で、リッチはランツァに冷静さを取り戻させるべく語りかける。
「フレッシュゴーレムたちが『誘拐』なんていう手段をとった理由について」
ここで『理由なんかどうだっていい! 取り戻さなきゃ!』と叫ぶレベルにまで恐慌していた場合、リッチは冷静さの喚起をあきらめる。
しかしさすがはランツァ、混乱し、金髪を振り乱し、青い瞳には動揺が色濃かったけれど、それでもどうにか思考することを思い出したようだった。
「……誘き出された? で、でも、フレッシュゴーレムたちがそこまで……『人間心理』まで考慮してこちらを滅ぼそうとしたことなんか、今までなかったわ」
「今までなかったものが、これからもないとは限らないよ」
「…………そうね。つまり、わたしたちは、まんまと敵の包囲の真ん中に誘い込まれたってこと?」
「現状を見るにその可能性は高そうに思える。だいたい、君たちがフレッシュゴーレムの壁を突っ切ってここまで来ることができたのは、相手側が誘い込む意図を持っていたと考えるのが自然だよ。だって君たちは……まあ君は別として、義勇兵は弱いんだから」
五人で囲めばフレッシュゴーレム一体を倒せるというレベルだ。
しかもそれは、
・開けた土地で
・互いに冷静に連携し
・周囲に他のフレッシュゴーレムがおらず、相手側に救援が来ない
という状況でのみ達成される。
とてもではないが戦力に数えられるものではない。
リッチならまばたきする間に全員殺せる━━まあ、リッチの場合、まばたきするあいだに殺せるor全然殺せないという感じなので、そのへんはなんの指標にもならないのだが……
「そして、フレッシュゴーレムが人間心理を学習し、人間を観察し、効果的に精神に訴えかける作戦を立案・実行できる知性があると仮定しよう。リッチは、そんな連中が『死霊術』への対策を立てていないとは考えない」
考えにくいかどうかで言えば、考えにくい方に入るだろう。
ただ、考えにくいからといって思考を除外するほど、リッチは考察という行為を嫌っていない。
まず、死霊術による『死』の回避。
これについて『通じやすい・通じにくいという個人差がある』以上の考察をリッチはまだできていないが……
フレッシュゴーレムはこれを克服しているのだ。ならばリッチの持っていない情報を持って、対策を講じるところまではいっていると考えるべきだろう。
ただしそれは『ささやき』による死の回避までであり、たとえば他者の蘇生を妨害したりなどということは、おそらくできない。
なぜって、今、秒間三人ペースで死んだり蘇生したりしているから。
蘇生妨害が可能ならば、さっさとすべきだ。
そしてこの場におけるフレッシュゴーレムどもの勝利条件は『皆殺し』であろう。
ならば学習した彼女らはどうするか?
「フレッシュゴーレムたちは、死霊術による蘇生の、唯一絶対の弱点を突いてくる可能性が考えられる」
「……そんなもの、あったかしら」
「君はまだ冷静になっていないようだね。考えてごらん。今のリッチの姿を見て、なにか思い出さないかい?」
「今の、リッチ……」
ランツァが青い瞳を向けた先にいるのは、ロザリッチなのであった。
紫の髪に同じ色の瞳を持つ、手足のすらりと長い、腰の位置の高い、美女……
しなやかな四肢から繰り出される打撃はありえない威力をもって、ありえない現象を発生させた。
すなわち━━
「……死体損壊」
「そう。ロザリーは死体損壊の常習犯だ」
「やばい人だわ……」
「そうだね。粒子レベルにまで死体をぶち壊すことで、物理的に蘇生不可にするという力技をやってのける。そして、フレッシュゴーレムたちのある習慣について、君はアンデッドを率いて進軍した際に目撃しなかったかな?」
「……! フレッシュゴーレムは、死体を燃やす!」
「そう。ロザリーとフレッシュゴーレムの共通点は、死体損壊であり……これはともに、死霊術対策である可能性が高い。で、あれば、『人間』をこの場に集めた彼女らがなにを狙っているのか、だんだん想像できてこないか?」
「想像できたから言うけれど、現状、講義形式で質疑応答してる場合ではなかったと思うわ」
それはそう。
しかしリッチ、よくも悪くも慌てるということをしない性格の持ち主なのだ。
それより大事なことは、
「冷静さを取り戻せたようだね」
「……そうね」
「じゃあ言うけど、たぶんすでに、新生聖女は死んでると思うよ」
「今言わなくてもいいじゃない……」
「いや、いつ言おうかと思ってリッチなりに気はつかったんだけど……まあだから、今さら慌ててもしょうがない。それよりも現状を抜け出す方が先だ。たぶんそろそろ来ると思う」
なにが? とは問われなかった。
ランツァはリッチの言葉が終わる前には周囲を見回し、なにかを探していたからだ。
そして━━
「リッチ! 城の尖塔の上!」
発見したのは、ここからでは豆粒ぐらいの大きさにしか見えない、フレッシュゴーレムの一団。
火矢をつがえ、こちらに狙いを定めるそいつらと━━
「聖女様! 連中、奇妙な行動を!」
「見えてる」
ユングの叫びの理由━━
それは、唐突に囲いを広げ、バケツリレーで運ばれてきたなにかを頭からかぶるフレッシュゴーレム。
そのなにかとは……
「連中、ロザリーたちを焼き殺す気だね」
油、なのだった。
ロザリッチは慌てるランツァにそのように前置きをした。
周囲からはいっそう激しくなった戦闘音が絶え間なく聞こえ続けている。
こちらの人数こそ増えたが戦力についてはコメントを控えたいありさまだ。
もともと半分素人だった神官たち(いちおう格闘訓練は受けるが戦場に出るのはまれである)に、完全に素人の義勇兵が加わっただけという情報が、戦力を端的に示すであろう。
反対に生まれつき人殺しの技能を備えて生まれるフレッシュゴーレムは、数が増えれば増えるほど強くなる。
自軍を囲むフレッシュゴーレムたちは精強で、なおかつその囲いはあまりにも厚かった。
集まったリッチ軍は秒間三人は死ぬありさまで、リッチが蘇生し続けていなかったらとっくに崩壊している。
しかしリッチが無許可蘇生を繰り返しているため戦線はどうにか保たれている。
戦っている人たちからは『いっそ殺してくれ』と大不評だが、そこはまあ、きっと冷静になれば『生きててよかった』と思うようになることだろう。生命は尊いので。
そんなふうに毎秒死んで生き返っている軍団に確保させた空白地帯で、リッチはランツァに冷静さを取り戻させるべく語りかける。
「フレッシュゴーレムたちが『誘拐』なんていう手段をとった理由について」
ここで『理由なんかどうだっていい! 取り戻さなきゃ!』と叫ぶレベルにまで恐慌していた場合、リッチは冷静さの喚起をあきらめる。
しかしさすがはランツァ、混乱し、金髪を振り乱し、青い瞳には動揺が色濃かったけれど、それでもどうにか思考することを思い出したようだった。
「……誘き出された? で、でも、フレッシュゴーレムたちがそこまで……『人間心理』まで考慮してこちらを滅ぼそうとしたことなんか、今までなかったわ」
「今までなかったものが、これからもないとは限らないよ」
「…………そうね。つまり、わたしたちは、まんまと敵の包囲の真ん中に誘い込まれたってこと?」
「現状を見るにその可能性は高そうに思える。だいたい、君たちがフレッシュゴーレムの壁を突っ切ってここまで来ることができたのは、相手側が誘い込む意図を持っていたと考えるのが自然だよ。だって君たちは……まあ君は別として、義勇兵は弱いんだから」
五人で囲めばフレッシュゴーレム一体を倒せるというレベルだ。
しかもそれは、
・開けた土地で
・互いに冷静に連携し
・周囲に他のフレッシュゴーレムがおらず、相手側に救援が来ない
という状況でのみ達成される。
とてもではないが戦力に数えられるものではない。
リッチならまばたきする間に全員殺せる━━まあ、リッチの場合、まばたきするあいだに殺せるor全然殺せないという感じなので、そのへんはなんの指標にもならないのだが……
「そして、フレッシュゴーレムが人間心理を学習し、人間を観察し、効果的に精神に訴えかける作戦を立案・実行できる知性があると仮定しよう。リッチは、そんな連中が『死霊術』への対策を立てていないとは考えない」
考えにくいかどうかで言えば、考えにくい方に入るだろう。
ただ、考えにくいからといって思考を除外するほど、リッチは考察という行為を嫌っていない。
まず、死霊術による『死』の回避。
これについて『通じやすい・通じにくいという個人差がある』以上の考察をリッチはまだできていないが……
フレッシュゴーレムはこれを克服しているのだ。ならばリッチの持っていない情報を持って、対策を講じるところまではいっていると考えるべきだろう。
ただしそれは『ささやき』による死の回避までであり、たとえば他者の蘇生を妨害したりなどということは、おそらくできない。
なぜって、今、秒間三人ペースで死んだり蘇生したりしているから。
蘇生妨害が可能ならば、さっさとすべきだ。
そしてこの場におけるフレッシュゴーレムどもの勝利条件は『皆殺し』であろう。
ならば学習した彼女らはどうするか?
「フレッシュゴーレムたちは、死霊術による蘇生の、唯一絶対の弱点を突いてくる可能性が考えられる」
「……そんなもの、あったかしら」
「君はまだ冷静になっていないようだね。考えてごらん。今のリッチの姿を見て、なにか思い出さないかい?」
「今の、リッチ……」
ランツァが青い瞳を向けた先にいるのは、ロザリッチなのであった。
紫の髪に同じ色の瞳を持つ、手足のすらりと長い、腰の位置の高い、美女……
しなやかな四肢から繰り出される打撃はありえない威力をもって、ありえない現象を発生させた。
すなわち━━
「……死体損壊」
「そう。ロザリーは死体損壊の常習犯だ」
「やばい人だわ……」
「そうだね。粒子レベルにまで死体をぶち壊すことで、物理的に蘇生不可にするという力技をやってのける。そして、フレッシュゴーレムたちのある習慣について、君はアンデッドを率いて進軍した際に目撃しなかったかな?」
「……! フレッシュゴーレムは、死体を燃やす!」
「そう。ロザリーとフレッシュゴーレムの共通点は、死体損壊であり……これはともに、死霊術対策である可能性が高い。で、あれば、『人間』をこの場に集めた彼女らがなにを狙っているのか、だんだん想像できてこないか?」
「想像できたから言うけれど、現状、講義形式で質疑応答してる場合ではなかったと思うわ」
それはそう。
しかしリッチ、よくも悪くも慌てるということをしない性格の持ち主なのだ。
それより大事なことは、
「冷静さを取り戻せたようだね」
「……そうね」
「じゃあ言うけど、たぶんすでに、新生聖女は死んでると思うよ」
「今言わなくてもいいじゃない……」
「いや、いつ言おうかと思ってリッチなりに気はつかったんだけど……まあだから、今さら慌ててもしょうがない。それよりも現状を抜け出す方が先だ。たぶんそろそろ来ると思う」
なにが? とは問われなかった。
ランツァはリッチの言葉が終わる前には周囲を見回し、なにかを探していたからだ。
そして━━
「リッチ! 城の尖塔の上!」
発見したのは、ここからでは豆粒ぐらいの大きさにしか見えない、フレッシュゴーレムの一団。
火矢をつがえ、こちらに狙いを定めるそいつらと━━
「聖女様! 連中、奇妙な行動を!」
「見えてる」
ユングの叫びの理由━━
それは、唐突に囲いを広げ、バケツリレーで運ばれてきたなにかを頭からかぶるフレッシュゴーレム。
そのなにかとは……
「連中、ロザリーたちを焼き殺す気だね」
油、なのだった。
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