勇者パーティーを追い出された死霊魔術師はリッチになって魔王軍で大好きな研究ライフを送る

稲荷竜

55話 これはリソースの物語回

 現在の昼神教総本山にある神殿は、高い山中にあるとは思えないほど立派な石造の建物であった。

 しかも最近作られたとは思えない『歴史』を備えていることが一見しただけで感じられる。

 しばらく、ドーム状のつるりとした白亜の建物を観察していると、入り口の左右にそびえたその不思議な柱の様式には覚えがあることに思いいたる。

「……古代文明の遺跡か、これ」

 今現在世界をお騒がせしているフレッシュゴーレムの成立した年代と、ほぼ同時期のものと思われる様式だ。

 もともと神殿として建てられたというよりは、たまたまこの山中にあった遺跡がまだ使えそうなので、そこを利用した……という感じだろうか。

 ……この推測だと、昼神教筋肉過激派の人たちは、屋根のあてもなくこんな高い山にのぼって、偶然この神殿を発見したということになるが……
 なぜだろう、『連中ならやりそう』という感想しか浮かばない。
 少なくとも連中がもともと古代遺跡を目指してこの山に来たという推測より信憑性がありそうな気さえする。

 ともあれロザリッチは朝日に照らされたその古い建物の内部に想いを馳せた。

 もちろんリッチ専門は死霊術であるが、死霊術はもともと隠れ潜むように研鑽されてきた学問であり、しかも途中でその発展はすっぱり途切れている。
 必然、古代文明の資料を漁る以外に学習の方法がなく、そういうわけで、リッチと古代遺跡というのはなかなか関係が深い。

 学術的興味と切り離すことはできないが、初めて見る、しかもこれだけ保存状態のいい遺跡には、純粋な好奇心もあった。

 ロザリッチは柄にもなくわくわくしているのを感じながら、遺跡の内部に入る。

 すると、そこには……

 めちゃくちゃに破壊され、大きな一つの部屋にされた古代遺跡の残骸があった。

「は?」

 もとからこういうデザインだった、というわけではない。

 部屋と部屋を区切るパーテーションが雑に破壊されたあとが見てとれたし、半ばから砕けた柱などがそこらにあるのも見える。

 そしてトレーニング器具と思しきものがそこらに散乱している。

「お帰りなさいませ、聖女様!」

 ユングを先頭に、十名ちょっとの昼神教信徒が、平伏してロザリッチを迎える。

 ちょうどいいので質問してみることにした。

「ちょっとちょっと、この内部の荒れ果てた状況はどうなっているの? 外観を見る限り自然現象や時間経過によるものじゃないよね? なんで中だけこんな盗掘者もドン引きするような荒れようなの?」

 実際に盗掘者リッチがどん引きしているのだから間違いない。

 ユングはハゲ頭をぼんやり発光させながら言葉に詰まっていた。
 ロザリッチはうなずいて、言う。

「十五文字以上話すことを許可します」

「は! しからば! 拙僧なにやら聖女様がお怒りのこととお見受けしますが、これには深い、深いわけがございまして! そもそもこのようなことご説明申し上げるのも違和感がございま」

 許可した途端に話が激長げきながなのでうっかり殺してしまった。

 ロザリッチは視線を動かし、今はもう動かないユングのすぐ後ろにいた神官に説明を求めた。

 なにやら奇妙に言い訳くさい言い回しが多いのでその後も三人ほど亡くなったが、そのかいあってだんだん説明が洗練されていき、以下のようなことがわかった。

 この山中にある遺跡は偶然発見したものだった。

 神のお導きに違いないと思ったので、ここに住まうことにした。

 内部は細かい仕切りがたくさんある迷宮のような場所であった。

 ロザリーが言った。

『我らが賜るには少々手狭ですね。広くしましょう』

 壁などを殴って破壊し、広くした。

 できあがり。

「……いや、君たちさあ。これが貴重な、保存状態も良好で、人の出入りも現在までなかった遺跡だということを、一見してわからなかったのかい? というか文化に対する敬意がないと思うんだけど」

「リッチ、リッチ、もう誰も聞いてないわ」ランツァが言う。

「どうして」

「みんな死んでしまったから」

「…………しまった」

 説明を聞いているうちに、あんまりにも理解できなくて、やっちまったぜ☆
 久々のうっかり殺しである。うっかリッチ、ここに復活だ。

「まあいいや。全員死んだってことは、全員昼神教の教義に外れたってことだ。説得の手間がなくなって助かるんじゃないかな」

「わたしの中のロザリーは『蘇生などされた瞬間、信仰篤き者たちはみなそろって自害を選ぶことでしょう』って言ってるわ」

「なるほどね」

 ハゲ頭の人の笑顔が脳裏によぎった。
 なんというか━━発言が非常に丁寧な前フリになっている感じだ。

「じゃあ彼らに信仰を問うてみよう。よみがえれよみがえれ。強制バージョン」

 信徒たちががばっと起き上がる。

 ロザリッチはなんらかの口上を述べようとするが、うまく思いつかなかったので、ランツァに丸投げした。

 ランツァは苦笑してロザリッチより前に出た。

「えーっと。ごきげんよう。体調はいかが?」

 信徒たちはいきなり出てきた元女王に困惑している。

 ランツァは「ここから話を始めるの、なかなかないぐらいの無茶ぶりだわ」と小さくつぶやいて、

「そうね、手間だけれど、半分ずつ話を聞いてもらいましょうか。人類・・から見て左側にいるみなさん、右側をご覧ください。死んだお仲間がいますね」

 蘇生された信者たちではあったが、わかりやすい説明のためにもう一度殺されていた。
 ランツァは今度は左半分を殺して右半分を生き返らせ、同じことを言い、それから全員を生き返らせた。

「あなたたちは、あなたたちの仲間が死んでしまったのを見たと思います。そして、死んだ仲間が今、起き上がって、きょろきょろしているのも、見ていますね。そう! あなたたちは今、『死者の蘇生』という奇跡を体感したのです! ようするに、教義に反しました」

 ランツァがそう述べると、ようやく事態の理解が進んだようだった。

 信徒たちがまず見るのは自分たちに説明をしているランツァで、その後にちらりとうかがうのは、ランツァの後方で待機しているロザリッチだった。

 ランツァはゴン、と持っていた杖の石突で床を叩いて注目を集め、

「どうでしょう? 死者の蘇生というのは、素晴らしいものとは思いませんか? ……多くの人たちがフレッシュゴーレムによって死んでしまいました。けれど、その人たちは生きています。すべては救われなかったけれど、この死者の蘇生が、本来はおしまいだった人を救ったのです」

 信徒たちはまたよくわからない感じでぼんやりしている。

「死者蘇生はこの絶望的な世にあって、人を救う新たな光なのです。そう思いますよね? ……ああ、けれど、みなさんは昼神教の敬虔なる信徒。その中でも、聖女ロザリーをいただく、死者蘇生を厳禁とする派閥。自分に身に起こった『死んで、蘇生する』ということの罪深さに耐えかねる方もいらっしゃるかもしれないわ」

 ランツァはそこで優しく笑い、

「そういう方には、信仰を貫く選択も与えるべきでしょう。━━ロザリー、敬虔なる殉教者には、あなたから慈悲を与えてあげて」

 どうにも役割を持てたようなのでロザリッチは一歩前に出て、拳と拳をぶつけて打ち鳴らした。

 信徒たちの理解は一気に進み、みな、一様に顔を青ざめさせる。

 ランツァはその人たちの前にしゃがみこみ、たまたま先頭にいたユングの手を取って微笑んだ。

「けれどね、人類・・はあなたたちには生きて、使命を果たしてほしいと思っているのです。……世界に残された最後の信仰者たち。あなたたちが死んでしまえば、昼神教は潰えてしまいます。その教えを守るためにも、生きて、人類・・と共に人々を救いませんか?」

「え、好き……」

 ユングがつぶやく。

 ランツァはにっこりと笑顔をちょっと親しげなものに変えて、

「ロザリーは、死者蘇生を認めましたよ」

「……」

「それでも古い・・教義に殉じるというのなら、人類・・は目を背け、みなさんの意思を重んじる他にありません。……人類・・はあなたたちの信仰を奪える立場にないのです。けれど、もし、教義の解釈を少し・・だけ変えて、生きてくれるなら……」

 ランツァはそこで五秒ほど沈黙した。

 計算され尽くした沈黙だった。信徒たちの注目が完全に自分に集まり、早く言葉を続けてほしいという声が飛び出すギリギリの時間の沈黙だったのだ。

 ランツァは信徒たちの『焦れ』を完璧に理解したようなタイミングで口を開き、

わたし・・・たちは、ともに世界を救うことができるでしょう。教義に背いてでも人類生命の存続のために尽力する英雄として、あなたたちを迎えることができます」

「拙僧、やります!」

 ユングが声をあげると、その背後にいた人たちも次々に同調した。

 ロザリッチはその光景を見て震えた。

 いや、まあ、誰だって命は惜しいとは、思うけれど。
 それでもこんな山奥に隠遁してまで宗教にしがみついているような人たちなのだから、半分ぐらいは教義に殉じるものとリッチは考えていた。

 それが、誰も教義に殉じない。

 リッチは目の前の光景の意味がわからなかった。

 おそらく、なんらかの高度な人心掌握術がランツァの一連の言動にはあったのだろうことはわかるのだけれど、どれがどのように効果を発揮したのか読み取れるほどの適性がリッチにはないのだ。

 人心掌握メソッドについて、魔王領で更新の機会はなかったはずなので、人類領にいたころからランツァはこれ・・ができたことになる。

「こわいなー……」

 つい、つぶやく。

 同時にリッチは、ある人物のことを思い出していた。

 勇者。

 死霊術師リッチ聖女ロザリーバーサーカーレイラという、おおよそ同じパーティーには入れられないどころか、そもそも同じ目的を目指して戦わせることさえ不可能そうな三名を、うまいこと協力させ、同調させ、人魔の戦争の趨勢すうせいを変えた英雄。

 ランツァのヤバさは、そっち方面だ。

 勇者とともに戦っていたころのリッチは、それがヤバいということさえ気付けなかった、社会の中でもっとも強い、なんらかの力なのである。

 信徒たちが勝手に盛り上がる状態になったのでこちらに戻ってきたランツァに、ロザリッチはたずねる。

「君がいよいよ死ぬとなった時、魂を肉体ごと保管しておきたいんだけど、いいかな?」

 するとランツァは一瞬きょとんとしたけれど、すぐに笑った。

「リッチ、それは『永遠に一緒にいたい』みたいな意味になるわよ」

「君の魂もロザリーやレイラ同様に『特別ななにか』の可能性が見えてきた。というか、勇者の魂もだ。となればリッチとしては保存しておきたい。永遠については……どうだろう。無期限を永遠と呼ぶなら、そうかも」

「まあ。でもね、その理由ではお断りよ。だってわたしは生まれ持ったものが理由で評価されるのが嫌だもの」

「ふむ。……特別な魂は、ただそれを持って生まれただけで特別な能力を発揮する、という仮説だね? けれどそれは、明確に間違いだ」

「あら、なぜ?」

「ロザリーの例を思い出してごらん。彼女は成長した・・・・んだよ。持って生まれた瞬間から特別なら、そもそも、彼女は最初から死霊術を寄せ付けなかった。これは記憶……つまり思想や性分、そこから積もうと思った努力の成果だ」

「……」

「そもそも死霊術の訓練で君たちは知っているだろう? 魂は一つ一つ違う。絶対的に特別ではない魂はないんだ。それでも相対的に特別になる魂があるのは、その持ち主が人生の中で魂を磨いたからなんだよ。……まあ、抽象的表現だけれどね」

「……それならいいわ。でも、わたしはきっと死なない。だってリッチになるもの」

「死霊術の難しいところだね。扱うのが『人』である以上、それをリソースにしてしまうか、それとも人物として活動してもらうか、どちらがいいかというのには常に悩まされる。まあ、だから君には許可をもらおうと思ったわけだけれど」

「まあ、ただのリソースとして使えるなら、それでもいいかと思うこともあったんだけれど」

 ランツァは少しだけなにかを考えるように視線を左へ向けたあと、子供っぽい、無邪気な、整っていない笑顔を浮かべ、

「今は、生きるのが楽しいから」

「そうか。それはきっといいことだ」

 ロザリッチは無表情のままうなずいた。

 その様子があまりにもまじめくさっているように見えたからだろう、ランツァは吹き出すように笑った。

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