勇者パーティーを追い出された死霊魔術師はリッチになって魔王軍で大好きな研究ライフを送る

稲荷竜

51話 死人に口なしとは言うけれど回

「取り乱してないところを見るに成功だと思われるけれど、一応、誰何すいかしておこうか。━━君は、どっち・・・だい?」

「ランツァよ、リッチ」

 というわけで、ランツァの肉体にロザリーを入れ、なおかつ肉体の主導権をランツァが握るという試みは成功した。

「ふぅむ。客観的に観測した限りだと、やはり二つの魂が肉体にある状態だというのに、主導権争いの上でどちらが優勢でどちらが劣勢なのかというのは観測しにくい━━」

「その前にリッチ、やるべきことがあるわ」

「なんだい?」

「あなたは聖女なのよ」

 と、言われてリッチはようやく、周囲の状況を思い出した。

 とっくに日は落ちてあたりには夜の暗闇が満ちている。

 あたりにはたくさんのオーディエンス。
 彼らは聖女の第一説法ファースト・ライブの聴講におとずれた観客たちだが、その視線はライトアップされた舞台にはなかった。

 というか、舞台がライトアップされていなかった。

 ゴーストスタッフによる移動式照明は今、聖女ッチとランツァ、そして倒れて動かないロザリーの肉体を照らし出しており……

 オーディエンスは固唾を飲んでその三者を見守っている。

 ランツァは聖女ッチに身を寄せて、ささやきかける。

「お客さんが引いてるわ。どうにかしないと」

「……いや、まあ、通常の倫理観と胆力なら、引いてもしかたないと思うよ」

 なにせ、色々あったし。

 お客さんの視点だと……

 ただ噂の聖女の説法ライブを聞いていたと思ったら、旧聖女が乱入してきて━━
 なぜか旧聖女が殴りかかってきて━━
 元女王と新聖女が旧聖女を倒した。

 旧聖女は死んでいる。

 そういう状況だ。

 混乱し、戸惑うのも無理はないと言えた。

「ねぇリッチ、このまま帰すのはまずいわ。せっかく成功で終わりそうだった説法ライブの印象が全部ロザリーに持っていかれてるもの」

「しかしリッチはそんな状況さすがに想定してないよ。君の方がこういうの、うまく収められるんじゃないか?」

「……まず、説法ライブで死人が出たのがまずいわ」

「生きてるよ」

「たしかに、わたしの中に生きてるけど」

 元聖女の思い出がそこにあるかのように、ランツァは最近とみにふくらんでいる胸に手を当てた。
 しかしそこにあるのは思い出ではない。ロザリーの魂である。

「リッチ、そうじゃなくてね、死体が転がってるのがまずいのよ。死霊術をやっていると忘れがちだけど、どんなに楽しい一日を過ごしても、ちょっと目の前で人が死んだら、全部の記憶がそれに上書きされちゃうぐらいの大事件なのよ」

「なん……だと……」

「だから、ロザリーの死体をどうにか生きてる感じにできない? あとついでに聖女を正式にあなたに引き継がせたりできない? ロザリーが手放しであなたを認めたみたいな流れにできたらいいんだけど」

「君は注文が多いやつだなあ……まあ、いいけど。一つだけ条件がある」

「なに?」

「リッチはこの肉体から出るよ」

「そうなるわよね。……まあ、この子なら大丈夫だと思うわ」

「じゃあ、リッチはロザリーの肉体をどうにかします」

「わたしは、その子のメンタルケアをします」

 二人の話はこうしてまとまり、リッチは幼女の体からぬぽんと飛び出した。

 そうして、倒れたロザリーの体に入り込む。

 例のよくわからない力で弾かれたりするかもなと覚悟していたのだが、そんなことにはならず、通常の肉体にできるように、簡単に憑依は済んだ。

 ロザリッチとなったリッチはむくりと立ち上がる。

 するとオーディエンスがどよめき、二歩ほど遠ざかるのが見えた。

 ランツァが幼女の両肩をつかんで話しかけるのも見えた。

 しばらく、ロザリッチは周囲を見回してから、

「諸君、落ち着いて聞いてほしい」

「リッチ、口調。口調がまったくロザリーじゃないわ」

 ランツァが小声で叫ぶ。

 しかしリッチは困った……ロザリーっぽい口調とか言われてもわからない。
 たくさん言葉は交わしたのだが、いざ思い返そうとすると、一人称さえ浮かばないのだ。

『らしい』憑依をしたいならもっと憑依先を観察したりすべきなのだろうが……
 どうにも人間に興味を持つという才能が自分にはないのだとリッチはいちいち思い知らされる感じだし、改善のためのモチベーションもない。

 ロザリー。ロザリー。
 どういう感じだっけ。

 ……考えていくと、二つほど、ロザリーの言動について思い出せることがあった。

 リッチは握りしめた拳をかかげ、叫ぶ。

「信仰ォォォォ!! うわっ、声でかっ」

 突然の大音声にオーディエンスたちは強風を受けたかのように上体をのけぞらせた。
 リッチ自身ものけぞった。……どうにも、ちょっと力を入れただけのつもりで、だいぶ強い力が出てしまう。この肉体は使うのに訓練が必要そうだ。

 リッチは咳払いして、なるべくロザリーっぽさを意識しながら語る。

「みなさん、落ち着いてください。混乱するのも無理はありません。とりあえず、混乱した者は、スクワットをして気を鎮めましょう。いやもう全員やりましょう。スクワット。はい、いーち、にーい。ほら! スクワットしろ!」

 ロザリーの圧に押されてオーディエンスたちがスクワットを始める。

 こうして時間を稼いでロザリッチは考える。

 考えがまとまったころ、スクワットは百ほど回数を重ねており、群衆の中には筋肉が限界を迎えて倒れ伏す者までいた。
 やめりゃいいのに……と思ったが、さっきまで自分たちをぶん殴ってチリにしようとしてきたやつがいきなりスクワットを強要してきたのだ。
 へたにやめたらなにをされるかわからないと恐怖するのは、無理ないだろう。

 ロザリッチは「やめていいですよ」と述べ(この肉体、五十回程度のスクワットでは息も上がらない)、

「えー……こいつ一人称なんだったかな……ロザリーはですね」自分のことを名前で呼ぶ大人の女が誕生した。「そう、ロザリーは少々暴力的な思考しかできず、みなさんを不当に怖がらせてしまったかもしれませんが、本当はみなさんに危害を加えるつもりはなく、ただ、新しい聖女を試したかっただけなのです」

 スクワットを強要されて立っていられない者もいるオーディエンスをぐるりと見回し、害意のなさと安全性をアピールするために笑顔を浮かべた。

 オーディエンスたちはさらに一歩ロザリッチから遠のいた。なぜ。

「ロザリーは以前、聖女と呼ばれていました。しかしこれを引退したつもりもないのに、新生聖女なる者が生まれていて、ちょっとショックだったのです。だから襲名式というか、一発ぐらい殴らないと気が済まなかっただけで、新生聖女のことは超認めてるんだよ。ね!」

 ロザリッチが笑顔で新生聖女に呼びかけると、新生聖女は顔を真っ青にして尻餅をつきそうになった。

 そこを横に控えていたランツァが支えて微笑み、代わりに口を開く。

「新しい聖女は、さすがに色々ありすぎて疲れているようです。……先代聖女ロザリー。あなたたちの仕えた王国のもとの主人として、人類・・が質問します。よろしいですね」

「そうだね。その形式がいいと思う」

「では、大事な一つ目の質問を。あなたは、新生聖女を認めますか?」

「認めます」

「あなたは、今後、人類救済のために、その武力を尽くしてフレッシュゴーレム退治に尽力してくださいますか?」

「ええ……この肉体での活動予定はない……あ、いえ。やります。やるよ」

「……では、最後に。あなたは昼神教の非常に敬虔な信徒であり、夜の眷属たる魔王領の者たちを排斥する派閥の過激派ですが……あなたは、魔王領の者たちとの共存を認めますか?」

「認めます」

「先代聖女ロザリー。人類・・は元の女王として、あなたを人類の下に仕えさせることとします。あなたは人類の拳となるのです。よろしいですね?」

「よろしいですよ」

「みなさん! 先代聖女と新生聖女は和解し、元勇者パーティーの聖女ロザリーもまた、我らの味方となりました!」

 オーディエンスは一瞬、言葉の意味をつかみかねているようだった。
 だが、すぐにワッと湧いた。

 一方でリッチはランツァが死霊術入門(という名前ではない)に憑依術にかんすることを記さないように言った意味を、ようやく理解しようとしていた。

 憑依術は死霊術の中ではおまけというのか、魂や霊体を見て操作する過程で行わなければならない訓練、みたいな位置付けのものなのだが……

『誰かになりすませる』というのは、思っていた以上に強い力だ。

 ……これは広め方をしっかり検討しないとよからぬ影響が出そうだ。

 とはいえ死霊術の中では先に述べた通り訓練術的なものなので、これを広めず死霊術を広めるというのも難しい。

 もしも、ランツァや魔王が憑依術が広まることの危険性を重大視し、これをあまりにも弾圧するようなら━━

 ……まあ、その時に考えればいいだろう。

 リッチは学術の発展に興味はあるのだが、それが社会にもたらす影響については、さほど興味がないのだ。
 そのあたりの操作は有識者の意見を聞きながら、協力できる範囲で協力すればいいだろう。

 湧き上がるオーディエンスを見て、リッチはぼんやりそんなことを考える。

 ところでこれ、放っておいてさっさと帰ったりしちゃいけない感じ? 感じなんだろうなあ。

 リッチは帰りたかった。
 なんていうか、しばらく離れていたせいで……

 今はとても、研究をしたい。

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