勇者パーティーを追い出された死霊魔術師はリッチになって魔王軍で大好きな研究ライフを送る

稲荷竜

43話 命の大事さを改めて認識する回

「……なるほど。記憶の喪失中に新たに記憶を獲得した場合、戻した記憶はそれに上乗せされて、なおかつ足した記憶のぶんだけ『過去のこと』と認識されるのか……」

「先生、わかりやすく……」

「つまり『幼いころクリムゾンに餌付けされていた』という偽りの記憶を持ったレイラが誕生した」

 ここに記憶術にかんする新しいサンプルが出来上がった。

 めでたしめでたし。

 このあと「いや、おかしくないですか!? 見た目! 年齢! どう甘めに見てもレイラさんとわたし、同い年ですけど! そのへんレイラさんはどうお考えなんでしょう!」というツッコミがクリムゾンから入ったが……

「いや、レイラはこう見えてクリムゾンよりけっこう歳上だよ」

 と言いながらリッチが研究室を退出したため、話はそれっきりとなった。

 リッチにはやることがあったのだ。
 俗に言うところの『急用を思い出した』というやつである。

 研究室を出たリッチが向かった先は、とりあえず静かそうなところであった。

 ぶっちゃけてしまうとどこでもいい。ただ、雑音があるとできない用事を済ませたかったのだ。

 そうしてたどり着いた場所は荒涼とした平原だった。

 草一本生えていないその広い土地は、かつて……まあ特になにも語れるようなエピソードもなく、ただ草一本生えていないだけだった。

 ただしここに誰も近寄らない理由だけはあって、それは、このだだっぴろい場所を発見したリッチが死霊術の中でも(知識のない人にとって)危険(に思える)なことをしていたせいで、普通の人が近寄らなくなってしまったのだった。

 主に記憶にかんする研究の実験場である。
 巨人族の記憶を抉ったりして赤ちゃん化させると、赤ちゃんの気持ちで暴れる巨人が完成する━━と言えば、その危険性がだいたいわかるだろうか。

 そのあたりの実験は約二年前に始めたものであり、現在は経過観察中で、記憶を抜き取られた面々も今は三歳〜六歳程度の人格を形成するにいたっている。

 人によってこの成長度合いにばらつきがあるのも非常に興味深い要素であり、これが人種ごとに分けられるような差異ではないこともあり、最近のリッチはまだ入物いれものとして確保できていない人種を見るたび『ところで記憶とか抜かない?』と聞いて回っているぐらいだ。

 さて、現在はただ荒凉としているだけの場所に立ったリッチは、先ほど思い出した急用を済ませることにした。

「アリス」

 呼びかけると、リッチの目の前でスゥッと姿を表す女性がいた。

 豊満な肉体(に見えるもの)を持つその半透明の女性こそ、魔王軍におけるアンデッド将軍アリスであった。

 彼女はかつてヒラゴースト時代にリッチに世話になったことがあるようで、勇者パーティーを追放されたばかりのリッチを魔王軍に勧誘し、このリッチにもよく懐いているが……
 かつて彼女が世話になったリッチと、今のリッチはたぶん別物である。

 ここで『たぶん』とあいまいさを残したのは研究者のさが・・であり、どのような可能性も検証なしに否定できないという職業意識によるもので、ぶっちゃけ絶対に別人と言ってしまいたい『たぶん』だった。

 なにせリッチがリッチ化したのはだいたい三年ほど前であり、リッチになる前は魔王軍の敵対者たる勇者パーティーに所属していたのだから。

 その勇者パーティーも、リッチが抜け、勇者が戦死し、レイラが裏切り、事実上解散となった。

 聖女ロザリーは最後まで人類側に残ったし、彼女を中心に『新勇者パーティー』なるものが組織された形跡もあったが、知名度・実力双方で元祖を抜けず、今はどうなっているのかわからない。
 そもそも人類側が今めちゃくちゃだし。

 そんなわけである意味において元祖勇者パーティー瓦解のきっかけとなったアリスであるが、リッチにはわりと煙たがられている。

 なぜなら……

「リッチ様、ついに予算の話を聞いてくださるのですね」

 現実的な話しかしないからだ。

「……リッチもわかっているんだよ。予算というのは重要だ。無視できない。それはわかっているし、アリスが別に予算の話が好きだから、リッチに予算の話を振ってくるのではないということも、わかっている」

「でしたら……」

「でも! 必要なのはわかるけど! それでも意識したくないんだ! リッチはね! 予算だの! 政治だの! そういう現実的な一切の問題にかかずらうことなく、研究だけに集中したいんだよ!」

「とはいえ、予算がなくては研究もできませんし……」

「わかってるけど、話を聞くには覚悟がいるんだ!」

「まあしかし、このタイミングで聞いてくださるのは、わりと間に合った感があると言いますか、とにかく、よかったです」

「……リッチの資産、やばいの?」

「やばいです」

 リッチの今はないぞうな内臓を突き上げるように、ヒヤリとした感覚が襲い来た。

 現実の、特に自分のリアル生命と研究者生命について危機的だと認識させられる時、こうした『ヒヤリ』がやってくるのだ。

 この『ヒヤリ』に一度襲われると、リッチの頭は完全にその働きを止めてしまい、ただ焦り、ただ慌て、しかしなにも現実的な解決手段を思いつけないし、行動もできないまま、いたずらに時間だけを浪費してしまう。
 時間を浪費した事実に気付くとさらなる焦りが追い討ちをかけてきて、もはやリッチは生ける屍も同然の無能と成り下がってしまうのだ。

「ど、どうしたらいい? リッチは勇者パーティーに入って出稼ぎとかした方がいい?」

「いえ、もう勇者パーティーはたくさんありすぎて、出稼ぎになりませんよ……」

「たくさんある? なんで?」

「聖女ロザリーが消息を絶ったとたんに、各地で『我こそが正当なる勇者パーティーの後継!』っていう連中がポコポコわいてきまして。今、人類領域では石を投げたら勇者にぶつかるみたいな状況です」

 もうダメだね、人類。

 リッチは落ち着いた。自分より大変な状況にいる連中の話を聞くと、冷静さが戻ってくるものだ。

「……まあ、勇者パーティーはいいや。で? なぜにリッチの資産がピンチなの?」

「リッチ様の主な収入は医療関係なのですが……医療を受ける人が減ってしまっているので……」

「どうして? フレッシュゴーレムたちがむしろケガ人を量産してると思うんだけど」

「量産されているのは死体なんですよ」

「魔王軍の死者はリッチが蘇生してるじゃん」

「いえ、人族の方の話です。さすがにリッチ様の活動拠点がこっちなので、人族側にまで手は回ってませんよね?」

「……まあ、そうだけれど」

「リッチ様には受け入れ難い話かもしれませんが……普通の生き物は、死んだら終わりなんです。死体に包帯を巻く人はいませんし、死体に治療薬を使う人も、いません」

「こういう時に枝葉が気になって本筋をないがしろにしてしまうのは、リッチも自分で悪い癖だと思うんだけれど……つまり、リッチの遺した医療技術は、主に人族の領地で使われてたってこと?」

「そうみたいですね。魔王様も『人族に卸してた食料の需要が減ってやばい』って言ってましたよ」

「……つまり人族は、魔王軍のリッチが遺した医療技術と、魔王が卸してる食料で生きてたってこと?」

「あ、そう言われるとそうなりますね」

「……いや、まあ、いいけどさ」

 つまり、人類対魔王軍の戦争は、そもそも茶番だったということだ。
 なにせ医療と食料を魔王軍が抑えているのだから。

 というか━━死者数の調整までされていた気配がある。

 フレッシュゴーレムの出現でリッチの資産を圧迫するまでにケガ人が減った(死人が増えた)ということは、戦争でそこまで死んでいなかったということになる。

 いくらフレッシュゴーレムどもが前線と関係ない市民の居住地に出現したと言ったって、そこまで戦争と死者数差があるのは、調整があったと見るべきだろう。

「……というか巨人族の戦場とか明らかに戦争ではなかったものな」

「それでリッチ様、資産がやばいというお話ですが……」

「……アリス。リッチが人命を貴重な資源だと認識しているのは、覚えているかい?」

「ええ、はい」

「それはあくまでも研究に使うためのリソースという意味合いなのだけれど……ここに来て、リッチは人命の新しい価値を認めざるを得ないようだ」

「はあ」

「人命は━━金を生むんだよ」

「まあ、はあ、そうですね」

「リッチが守護まもらねば……」

「それで、私はどうしたらいいでしょう? 魔王様にせっつかれていた資産やばい報告をようやくできたので、当面の仕事はないんですけど、なにかあります?」

 将軍の仕事量じゃない(少なすぎる)。

 だがまあ、基本的にアンデッドは糧食だの移動経路の算出だのも不要であり、アリスが呼び掛ければなんだか従うし、魔王軍は基本的に戦死者へのアフターケアもない。
 そう考えると将軍の仕事なんかほぼない……
 というか対人類に配置した魔族について、魔王は『維持コストの低さ』で選んでいた気配さえ感じられてしまう。

「ところで、この資産の話をなぜ毎回アリスが持ってくるのかな? 魔王からの知らせなら、魔王が会った時とかに言えばいいのに……いやまあ、なるべく会いたくないんだけども」

「魔王様は『話すとリッチが不機嫌になるから』という理由で私にお任せに……」

「今まで無視したり話の途中で不自然に席を立ったりしてごめんよ。これからもやるとは思うけれど……」

「やるんですか……」

「現実と向き合うには覚悟が必要なんだ。そしてリッチは覚悟がようやくできたよ」

「おお」

「━━おかねを救おう」

 リッチは激怒した。
 リッチは資産運用がわからぬ。しかし、自分が研究するための資金が減らされることについては、人一倍敏感であった。

「アリス、死霊将軍としてアンデッドを率いてほしい。魔王がなんかやるみたいだからそこの邪魔をしない範囲で、人の領域にいるフレッシュゴーレムを蹴散らすんだ」

「はい! ようやくリッチ様が死霊将軍としての自覚を……!」

「いや、リッチは死霊将軍ではないし、今後もそのポストには就きません」

「そもそも今の私が死霊将軍などやっているのは、リッチ様に『代わりにやっておいて』と言われたからで、代理なんですけど」

「じゃあ、もうしばらく代わって」

「まあそういうことなら……どのぐらいですか?」

「もうすぐにでも出よう。アリスはアンデッドたちを集めてくれ。南からぐるっと回るようにして進撃し、人類資金源を助けるぞ」

「あの、どのぐらい代理を続ければいいんですか!?」

「行くぞー!」

「リッチ様!? 私はどれぐらい代理でいれば━━!?」

 リッチは走り出した。

 その疾走はあまりにも速い。
 人類お金を助けようという強い意思が彼の足を動かす原動力になっているようでもあったし、嫌な話題から逃げようという気持ちが彼の背を押しているようでもあった……

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