勇者パーティーを追い出された死霊魔術師はリッチになって魔王軍で大好きな研究ライフを送る

稲荷竜

41話 違った分野の人たちがそれぞれの専門分野を尊重できるのは素晴らしいと思います回

「というわけで、フレッシュゴーレムの活動分布から生産ラインがありそうな位置を割り出しました。これから潰しに行こうと思ってるよ」

 研究のために必要なものが三つある。

 環境。

 設備。

 そして、お金パトロンだ。

 魔王の間とか玉座の間とか謁見の間とか呼ばれる、このむやみに広い場所をリッチが訪れた理由がまさにお金パトロンで、ある意味リッチの生命を握る唯一の存在と言ってもいいお金パトロンは、大きすぎる玉座に脚を組んで腰掛けていた。

 もしも監察が入ったら真っ先に無駄だと切り捨てられそうなサイズの玉座に座っているのは、小さな少女だ。

 ただしそれは椅子に比して小さいというだけで、その人物が玉座から跳ねるように飛び降り、リッチの目の前まで来ると、せいぜい十五、六歳ぐらいの人間サイズであることがわかる。

 頭の左右にねじくれた角を生やした褐色肌の少女は『魔王』と呼ばれる存在で……

 今でこそこんなんだが、普段は身の丈の十倍ぐらいの『影』をまとい、他者の強弱を物理的なサイズでしか判断できない人にもわかるように威厳を振りまいている、できる上司なのだった。

 リッチの前では必要ないとわかっているのか影をまとわず人間大となった、ちょっと露出度高めのその人は、リッチの持ってきた地図を、なぜかリッチの横にくっつくようにしてのぞきこむ。

 その地図は菱形の大陸がざっくりと記されていて、かつての人類対魔王軍の前線があったらへんに三つほど、大陸西部に一つ、合計四つの赤黒い点が打ってあった。

「……いや、大雑把!」

 縮尺の問題であまり『詳細な位置が記されている』とは言えない地図を見た魔王の発言はもっともだった。

 なのでリッチは『こんなこともあろうかと』とボロのローブの懐から、もうちょっと詳細な地図を四枚取り出した。

 今度の地図の縮尺だと周辺地形まで細かく描かれており、点を打った位置が先ほどよりだいぶ詳細にわかる。

 その四つの点は『北の竜族の戦場』『中央の巨人族の戦場』『南のアンデッドの戦場』に一つずつあり、最後の一つが人類王都のあった位置に打たれていた。

 魔王は地図を受け取ってながめ、ふんふんうなずいてから、

「なるほどねー! 最近リッチがめっちゃ戦場に出てると思ったら、フレッシュゴーレムの生産拠点の位置を調べてたんだ」

「いや、リッチが戦場に出てたのは君の命令だよ。戦場に何度も出させられるうちに、いい加減にしてほしかったのと、ちょっとした目標ができたから、こうしてフィールドワークで生産拠点の位置を割り出すことにしたんだ。因果関係を歪めた認識はよろしくない」

「あはー」

 魔王は八重歯が素敵な笑顔を見せてごまかした。

 地図を顔から近付けたり離したりしつつ検めて、

「んで、地図をうちに見せたのは、どういう相談?」

 魔王の目が輝く。

 口もとには相変わらず頭のゆるそうな笑みが浮かんでいるのだが、その目にはお金持ちパトロン特有の、『で、この実験がどういう利益を生むのかね?』みたいなイヤな真剣さがあった。

 リッチは今はなき胃が痛むのを感じる(リッチ化した時に内臓はないぞうになった)。

 出資をする人はどうにも自分が金を出した研究が近い将来(だいたい五年とか)で確実に利益を生むものと思うようなのだが……

 まず、研究というのは、利益のために行うものではない。

 もちろん現実問題として、利益が出ない研究には出資もされない。
 それはわかってはいるのだが、研究というものの本来あるべき姿はそうではないとリッチは思っている。

 だからなんていうのだろう、成果を約束させられそうな空気というのか、なんらかの(研究について知識のほとんどない)出資者を納得させるための、経済的ロジックを示さなければならない状況というか……

 そういうのはイヤだった。

 嫌がりッチは過度なプレッシャーから声を低くし、魔王の問いかけに応じる。

「……これは、攻略していいものなのかをたずねに来た」

 魔王は魔族の守護者である。
 が、『この魔王』はどうにも、それ以外の使命というか、目的を持って活動しているふしがある。

 なのでなにが魔王おさいふの機嫌を損ねるのかわからないリッチは、なにかしらの大きそうな計画を進める場合、魔王におうかがいを立てることにしていた。

 今回、フレッシュゴーレムの生産拠点攻略の前に魔王のところに来たのも、そういった配慮からだ。

 本来であれば出資者おさいふにはお金だけ出してもらって、永遠に言葉さえ交わさないでいたいというのがリッチの願いである。

 このへんの渉外活動は元女王ランツァあたりに任せたいなと最近すごく思うのだけれど……

 自分がパトロンとの交渉が超嫌いなので、後進の研究者にはなるべくこういう苦労をさせたくないなと思い、しょうがなく自分がこうやってお財布のご機嫌うかがいをしている状態なのだった。

 すると魔王は二パーっと笑って、

「それだけ?」

「うん?」

「だから、フレッシュゴーレムを駆逐していいかっていうおうかがいを立てに来ただけ?」

「……えーっと……なにか抜けがあったかな。そういう試すような言い方はいたずらに不安になるのでやめてほしいとリッチは思っているよ」

「教育機関の初期投資はいいの?」

「ああ…………」

 そうか、それもお金がかかるんだ……
 リッチはその程度の認識だった。

 そりゃあ設備を作って人を集めて、となるとお金がかかる。

 そんなのは考えるまでもなくわかって当然かもしれないのだが、なるべくお金のことを考えずに生きていきたいリッチにしてみると、目に入ってても意識に入らない問題なのだった。

 というか、どこから漏れたんだろう、その話。

 大・学問時代開拓のための施設、略して大学は戦場でランツァとちょっと話してそれっきりだった話だ。
 秘密にしていたというわけではないのだが、とりあえずフレッシュゴーレムを倒し切るまでは話題にする理由もなかったので、結果としてリッチとランツァ以外は誰も知らないはずだ。

「こないだランツァとお茶した時に根回しされたんだけど」

「……ヒエッ」

「え? なに? どしたん?」

「……いや」

 リッチはコミュニケーション能力がないので、パトロンとお茶会だとか、お茶会にかこつけた根回しだとか、そういう社会のしっかりした部分を見せつけられると、怯えてしまうのだった。

「というか、魔王とランツァはお茶会とかするのか」

「まあぼちぼち? フレッシュゴーレ出始めたあたりかなー。いや、ってかさ、ってかさ! 『人族の領地を救ったら統治のためのお力になれると思います』とか言われたんだけど! あの子ヤバくね? どこまで先々を見通してんの?」

「リッチにはその『ヤバさ』がよくわからないけれど、まあ、なんとなくはわかる。ランツァはヤバいよ」

「たしかに人族の領地はちょっと西すぎるしさあ。距離的にも首都をおくべき位置的にもあたしの他に代理の統治者が欲しいじゃん? でも魔族はアレじゃん?」

 アレ。

 リッチの脳裏に様々な思い出がよぎった。

『声のでかさが誠意のでかさ』『戦争は一対一で行う』。巨人族。

『脳が腐っていますから』『脳がスカスカですから』『難しいことは考えられません』。アンデッド族。

 よく知らないがたぶんアホ。ドラゴン族。

 魔族はその他三種族三将軍がいるはずなのだが、それらの姿どころか話さえ聞いたことがなく、つまり総体としての魔族は『アホ』と断言してしまって問題がない。

「頭のいい連中は東側の防備に回してるしねー」

「……いるのか、頭のいい魔族」

「いるよ! 人類との戦争はタフさが必要だったけど、ちゃんと考えるタイプもいるんだってば。そういう連中は外海そとうみを見させてるんだけどねー」

「……外海は渡れないし、なにも渡ってこないと思うんだけど」

「古代文明ご存知?」

「まあ、多少は」

「んならわかんない? マジでヤバい連中がいるとしたら、それは、外海を渡ってこの大陸に来るような連中っしょ?」

 いるかもしれないが、いないかもしれない。
 が、たしかに、いたとしたら『ヤバい』。

 どうにも魔王は『頭のいい連中』をそちらの対策に回しているようだった。

「んでんで、話戻すけどさ。フレッシュゴーレム潰しは、あたし的におっけーなわけ。だって敵が『アレ』じゃあ、戦争摩擦による発展も促せないしねー」

「戦争を継続させたかったのは、外海の向こうへの対策だったのか」

「そ。外海から来る連中は、技術的に間違いなくこっちを上回ってるとしてー……それに対抗するには、強い個人を育てるしかなくない?」

 だいぶん乱暴な理屈というか、『弓矢が放たれますが、避けて走って殴って一撃で殺せるなら素手でも勝てます』みたいな気合い論だが……

 聖女ロザリー、戦士レイラあたりを見ていると、その方法論には一定の成果が見込めて、なおかつ技術力という通常ひっくり返せない力の差をひっくり返せる可能性はたしかに感じるのだった。

「で、もしも外海から敵対的ななにかが来るとして、我が大陸の希望の一端であるレイラちゃんどしたん? 最近見ないけど」

「…………………………昼寝では?」

「二年半も?」

「とととととにかく、リッチはフレッシュゴーレムの拠点を潰します。いいですねッ!」

「いや、いいけどさ。なに、一人でやる気?」

「……リッチがこの世でもっとも面倒だと思うことが三つある。そのうち一つが『話を聞けない連中に話をすること』だ」

 そのうち一つにはパトロンのご機嫌うかがいが入るのだが、さすがにそれをパトロンの目の前で言わないぐらいの社会性はリッチにもあった。

 魔王パトロンは「なるほどね」とうなずき、

「まあでも、せっかくだから『魔王軍の大陸奪還作戦』とかにしちゃいたいなーってあたしは思うわけ。ほら、散り散りになった人類を吸収していかないといけないわけじゃん? 国民感情的にもここらで『魔王軍に助けられた』と思わせたいっていうか。ランツァにもそうお願いされてるし」

「ランツァのお願いを聞く気なの?」

「え? 大・学問時代思想はリッチの発案なんじゃないの?」

「そうだけど……ランツァからのお願いを聞くっていう体裁ていさいでしょ? ランツァは魔王になにかを要求できるほどのものは、なにも持っていないと思って」

「ああ、そんならだいじょぶ。将来に向けての投資だから」

 リッチは投資がわからぬが、魔王が納得しているならいいかと思った。

 専門外のことには口を出さないのが、人から嫌われないコツだとリッチは身をもって知っている。
 なぜなら知りもしない研究内容に口を出してくる無知な出資者こそ、リッチがもっとも嫌う人種の一つだからだ。

「……まあとにかく、リッチは魔王の方針に従います。ただ……それでリッチが魔族に説明したり、魔族を指揮したりは嫌です。だって話が通じないから」

「っていうかリッチ、アンデッド将軍にめっちゃ推されてんだけど。マジでウケる量の嘆願をもらってんの。やんない?」

「絶対に嫌」

「現アンデッド将軍が週一でよこすんだけど」

「絶対に嫌」

「なんで?」

「そもそもリッチは研究者なので、それが一足飛びで軍人の指揮官になるのがおかしいと思うんですけど」

「……ま、武官、文官の指揮系統の分離もやんなきゃねー。人類を吸収してくんなら、制度も合わせて作り上げないと。問題が起こるたびに殴り合って決めるわけにもいけないからねー」

「大変そうだけどがんばってほしいと思う」

「いや、大変そうだって言うなら手伝えやーい!」

 と、じゃれるようなツッコミをもらって、会話は終わったようだった。

 その後すぐに「んじゃまた。計画が実行段階になったらみんな集めるんで、ちゃんと来てよね」と念押しされて解散になった。

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