勇者パーティーを追い出された死霊魔術師はリッチになって魔王軍で大好きな研究ライフを送る

稲荷竜

35話 記憶はなにに宿るのかということへの興味を解消するためには経過観察もやむなしだと思うよね? 回

「う……わ、ワタシは……レイ……レイ……」


 金髪碧眼の猫耳獣人が、頭を抱えて苦しんでいた。

 その場にいる全員が固唾を呑んで見守る中、しっぽにつけた鈴をチリンと鳴らし、台の上の少女は言う。


「ワタシは……レイレイ!」


 ここに新たな生命が爆誕した。

 リッチは腕をくんで首をひねる。


「うーん、困ったぞ。レイラの記憶とドラゴン少女の記憶が半端に混ざって、新しい人格が生まれてしまったみたいだ」


 もしくはドラゴン少女の名前が『レイレイ』だった可能性もあるのだが、誰も彼女の名前を知らないので判断できなかった。

 記憶移し替えの術式だ。

 リッチは空っぽになったレイラの頭に、そのへんに落ちていたドラゴン少女の記憶を移し替えたのだった。
『移し替え』という行為自体は成功し、こうしてレイラの肉体にレイラではない記憶が宿った。
 しかし宿った記憶は混濁し、新しい人格となった。
 そうして生まれたのが、レイレイである。


「レイレイ、君はなにかな?」


 リッチはざっくりと問いかけた。
 もちろんリッチはその質問に様々な答えを期待したのだけれど、あいにくとコミュ力がないので、『相手に答えやすいように質問を用意する』なんていうことができないのだった。
 レイレイは頭を抱えてふらりとよろけ、


「ワタシはドラゴン族……いや、獣人族……ウッ……頭が……」


 今、レイレイの記憶があるレイラの体は、獣人だった。
 子供のような体格の女性である。
 頭の左右で結わえた金色の髪に、同じ色の毛がふわふわ生えた猫耳が特徴的だ。
 そしてレイラと向かい合ったことのある者全員を恐怖させる『鈴の音』――長く細いしっぽの先にくくりつけられた鈴が、ちょっとだけオシャレ。

 この体格で身の丈の五倍以上ある剣を軽々振り回す姿は見た者に物理法則のバグを感じさせる気がしないでもないのだが、レイラと立ち会ったことのある者はだいたいアホなので、『すごい、力持ち』ぐらいしか思わないようだった。

 そして――
 当たり前だが、腕力は『肉体』に付随する。

 つまり今のレイレイは、かつて『巨人殺し』と呼ばれ、今や巨人将軍におさまっているレイラの腕力をそっくりそのまま持ち合わせた新しい人格なのだ。

 ここでリッチの頭によぎったのは、非常に現実的な問題だった。

 魔族には――政治がある。

 巨人将軍であるレイラは政治的に重要な立場だし、ドラゴン族の少女もまた、なにかしてしまったことは問題になるだろう。
 巨人将軍レイラをうっかり殺してしまったところまでは、復活させれば『過失』ですむだろう。

 しかし記憶をいじったあたりはもう完全に言い逃れできないし、戻せないし、このままレイラ殺しとドラゴン少女の記憶いじりがバレたら、めんどうなことになりそうな予感がする。
 リッチは――研究以外のめんどうごとが嫌いだ。
 できたら避けたい。

 しかしリッチの専門は死霊術。
 人の命を扱う以上、必ずめんどうごとがついてまわり、そうして今や研究は人の『記憶』にまでいたり、さらにめんどうくさいことになりそうな予感がしていた。

 自由になる命と記憶がもっとほしい……そう思うことはあった。
 そしてリッチの力ならばそれも可能なのかもしれないが、生活能力も現実処理能力もないリッチには、魔王の庇護を離れて生徒たちを食べさせながら研究に打ち込める生活ができるビジョンがまったく浮かばない。

 つまり、魔王の機嫌を損ねない範囲でやっていく必要がある。

 生徒全員をリッチ化できれば『生徒を食べさせていく』という問題も解決するのだが、さすがにまだ成功率が低すぎて、いどむ気にはならない。

 ならば今、レイラ殺しとドラゴン族少女の記憶いじりを問題にしないためにすべきことはなんだろうか?
 リッチは考え、結論づけた。


「レイレイ、リッチが君を生み出した」
「……つまり、ワタシはリッチの子供カ?」
「そうとも言える。リッチは家父長制には反対で、家長の権力の強すぎるのに困らされてきた側ではあるのだけれど、君を生み出してしまった以上、君という生命はリッチが管理すべきだろうとは思っているよ」
「セイヤッ!」


 乗っていたテーブルを踏み砕き、レイレイの拳がリッチの顔面に突き刺さった。


「……ハッ!? り、リッチ……ワタシ、難しい話……殴る……」
「君にはたしかに英雄の面影がある……レイラはたしかに、君の中に生きているんだね」
「レイラ……懐かしい名前……ナゼダ、その名前、ワタシ、知ってる……まさか……レイラ、ワタシの、ママか!?」
「ある意味そうとも言えるかもしれない」
「じゃあリッチはパパ?」
「うーん……そうとは言えないかもしれない。むしろ君という人格に両親的な存在をあてはめるならば、母ないし父はレイラだし、同じく母ないし父は、そこに転がっているドラゴン族の少女とも言える」
「アイヤッ!」(殴る)
「リッチがパパでいいよ」


 リッチは説明を投げ捨てた。
 レイレイはリッチの周囲をぐるりとまわり、ニオイをふんふんと嗅いだ。


「……し、死んでル……?」
「リッチだからね。アンデッドはわかるかい?」
「知ってるル……アンデッド……もろい……よわい……なぐれないからムカつく……ウッ……あ、頭が……」
「君の中にレイラはいる。なるほど、これが『記憶を移す』ということか……」
「リッチサマ……ワタシ……私は……うあっ……うああっ……!」
「お、記憶が混濁しつつ安定はしていないのか。興味深いなあ……レイレイは新しい人格というよりは、二つの記憶を攪拌した時に生じる『渦』のようなもの、なのかもしれないね」
「リッチ……リッチサマ……おなか、すいた……」
「よし、ジャーキーをあげよう」
「わぁいジャーキー! レイラ、ジャーキーもらう! ……ハッ!? い、今のは……ワタシ、は、レイレ……レイ、ラ……?」
「……よし、経過観察をしよう。確実に戻す方法を開発しながら、君という人格を見ていくからね。それまで、よくリッチのいうことを聞くんだよ。いいね?」
「うっ……り、リッチサマ……負けたから、従ウ……!」


 ほんのりレイラが息づいている。
 リッチは満足げにうなずきながら、レイレイの経過を見ていた。

 その周囲で生徒たちがドン引きしていることには、気づかない……

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