勇者パーティーを追い出された死霊魔術師はリッチになって魔王軍で大好きな研究ライフを送る
34話 『新しい私』! というキャッチコピーはポジティブな意味で捉えられるけど本当に新しい私になりたいと思う? 回
「では、ここにドラゴン族を一人用意しました」
白を基調とした清潔な空間。
ここはリッチの研究室だ。
様々な実験器具の置かれた棚が壁に沿って設置されている。
いくつかのテーブルを並べて確保されたスペースには、二人の少女が拘束され、寝かされていた。
一人は『巨人将軍』レイラ。
金髪をツインテールにした獣人の少女である。
子供のように(実年齢は子供ではないと思うのだが、リッチは興味がないことを覚えられない)小さな体をしているものの、その腕力は巨人と殴り合うことができる。
というか、巨人との殴り合いで勝利し、今は巨人将軍なのだ。
レイラは普段から知性に乏しい少女だが――
今、彼女は赤ん坊のように泣きわめいている。
そこには知性はおろか意思さえも見当たらない。よく言えば無垢で、悪く言えば野生という感じだ。
彼女の泣きわめく声は『音の暴力』で、この場にいる全員(リッチの生徒たち他一名だ)に聴覚保護と衝撃防壁を張っていなければ、すべて粉々に砕けて消えてしまうだろう衝撃をともなっていた。
そして――
レイラの横に、一人のドラゴン族が寝かされている。
ドラゴン族と一口に言ってもその見た目は様々で、わかりやすい巨大な四足歩行の翼付き爬虫類もいれば、水棲の蛇のような見た目の者もいる。
寝かされている少女は『ドラゴンレイス』とか『ドラゴニュート』とか呼ばれる、人型の竜族であった。
そのドラゴン成分は翼と牙と角と尻尾ぐらいなもので、他はほぼ人だ。
拳法着のようなものをまとい寝かされている小柄な少女は、夢でも見ているのか、寝息を立てながら笑ったりぐずったりしていた。
「レイラの『記憶を奪った』ことは言ったと思うのだけれど、その時、なりゆきで一緒に記憶を奪ったのが、彼女です」
「なりゆきってなんですか……?」
遠慮がちに声をあげたのは、生徒の一人。
深紅の毛並みが特徴的な獣人の少女だ。
通名は深紅で、他にもちろん本名があるのだけれど――
最近は『わたしの名前深紅じゃないです』と否定しても誰も聞いてくれないので、あきらめて深紅と呼ばれるのを受け入れている。
ともあれ、リッチは回想する。
つい先ほどのことなのに、もう数ヶ月前のことのようで、記憶が薄れかけているのだけれど……
ドラゴン族が『新勇者の死体を確保した』と言ったので、リッチは引き取りに行ったのだ。
ところが、なぜか新勇者の死体引き取りをレイラがはばんだ。
もともとやる気にとぼしかったリッチは『もういいや』ってなったのだけれど、レイラが『殺し合いたい』とうるさいので――
うっかり殺してしまった。
まあ死体は蘇生すればいいのだが、はたと思い立ったリッチは、レイラを使って『記憶』にまつわる術を試すことにした。
その時にうっかり記憶をゴソッとやりすぎて、レイラは赤ん坊帰りしてしまったのだ。
ドラゴン族の少女はその時近場にいたので、ついでにやられたわけである。
「なりゆきはなりゆきだね」
リッチは説明が面倒なのでそれですませた。
「レイラは赤ん坊になっても地殻破壊クラスの打撃をしてくるので、ドラゴンの彼女を一緒に背負ってくることはできなかったんだけれど……誰も『レイラの記憶を受け入れてみたい』ってならなかったから、仕方なく受け皿として連れてきたよ」
正確には、ランツァが興味を示した。
しかし深紅の強硬な反対により、しぶしぶあきらめたわけである。
「さて、記憶の移し替えの実験で大事なのは、『移された以前と以降で、本人の言動にどれほどの差異が見られるか?』また、『その差異を本人は認識できるのか』ニアリーイコール、『移した記憶を移された記憶だという認識は維持できるのか?』ということの観測だね。ところが、ドラゴン族の少女に協力してもらうと、『差異の観測』ができない。なぜって、リッチたちはこの女の子のことをなに一つ知らないからね」
生徒たちはみんなしてうなずいた。
そう、みんな、ドラゴン族の彼女のことをなんにも知らないのだ。
たまに伝令で来る、ちょっとしゃべり方がカタコトっぽい、元気な女の子――
家族構成とか、人生とか、普段なにしてるのとか、なんにも知らない。
「だから、これから行うのは、なるほど『記憶』を見るにはやや不適切な実験だ。では、なぜするのか? それはね、はっきり言ってしまえば、リッチが『記憶の移し替え』というものをしてみたくて、たまたまそこに落ちてた教材が彼女だったからだよ」
「外道じゃないですか!?」
深紅が叫ぶ。
リッチはうなずく。
「『魂』『記憶』――『命』。これらを取り扱い、時に操る死霊術士は、『倫理にもとる』『外道』というそしりを受けてきたし、そういう目で見られるのは、避けられないことだと思う。けれどね深紅、リッチはそれでもいいと、今は思っている。誰になんと言われようと、いいと、思っているんだよ」
「開き直りじゃないですか!」
「そうだけど、そうじゃない。……いいかい深紅、リッチにも道徳はある」
「えっ!?」
「あるんだよ。少し、世間一般とわかちあえないだけで。……リッチには死霊術を修める強い意思があるんだ。最近ちょっとおとろえてたけど、強い情熱があるんだよ。……さて、これからおこなうのは『記憶の移し替え』という行為で、なるほどこれは、失敗するかもしれない。失敗したら、どうなると思う?」
「記憶が……えっと、大変なことになるんじゃないですか?」
「『大変』というのは実に主観的な表現だ。時に主観も大事なのだけれど、もっと客観的にあらわす努力をしてみよう」
「客観的って言われても……え、えっと、『記憶が混ざってしまう』とか、『とられた記憶が戻ってこなくなる』とか、ですか?」
「そう! ご褒美にジャーキーをあげよう」
「あ、ありがとうございます……?」
「君の述べたことをまとめると、『不可逆の変化が起こる』ということだ。実験により、被検体に取り返しのつかない変容をもたらしてしまう……『死』が世間で忌避されるのも、死が『不可逆の変化』だという常識が世の中にあるからだね」
「はあ……」
「だけれど、死霊術なら、世間で『不可逆』と思われていることを、『逆』にできる」
「……」
「記憶にまつわる術を用いて、リッチはレイラを赤ん坊に還してしまった。そして、これからドラゴン族の少女に記憶を移しても、うまくできないかもしれない……けれどね、リッチはこれらを『技術の進歩のための仕方のない犠牲』にするつもりはないよ。必ず、彼女たちの記憶を戻してみせる。何百年、何千年かかっても」
「……先生……」
「思い出したんだ。情熱を……リッチがこうして不死身になった理由を……それは、恵まれた環境で実験を続けるためだけではなく、優秀な生徒たちを教育するためでもない……『たった一人でも、何千年かけても、必ず死霊術の深淵をのぞくため』だったんだ」
「先生……」
「リッチは――ボッチだったからね」
そう、理解者も協力者もいなかった。
勇者とは仲良しだと思っていた時期もないではなかったが……
彼も、死霊術関係の話は露骨に避けていたので、研究者としては、ずっと、一人きりだったことに変わりはない。
そんな環境でリッチがリッチになったのは、『無限の寿命』と『衣食住を必要としない強靱さ』を欲したからだ。
すべては『たった一人でも、死霊術を修めるため』。
協力者を想定せず、後継者を想定せず、世の中からの弾圧と戦い続けることを描いていたがゆえの、最強存在への生まれ変わりだったのである。
「リッチは、何年かかっても彼女たちの記憶をもとに戻してみせる覚悟があるんだよ」
「……あの、先生……先生には無限の時間があっても、レイラさんたちは老いて死ぬと思うんですけど……」
「いざとなったらアンデッドにするよ。方法の開発もふくめて研究しよう」
「ダメじゃないですかね、それ!」
「アンデッド化がダメなら、アンデッドになった人類をもとに戻す方法を考えようと思う」
「……」
「いいかい深紅、死霊術は常識にとらわれてはいけない。『世間では不可逆と思われることも、さかしまにできるんじゃないか?』――そう疑い、そのための方法を模索することこそ、死霊術発生の原因だったんじゃないかなって、リッチは予想するよ」
「いえ、その、先生……先生、それはちょっと違うと思います」
「まあ予想だからね。エビデンスはないよ」
「そっちじゃなくて……『戻せばいい』っていう話じゃないんじゃないかなって」
「深紅」
「はい」
「君はリッチと違って、『一般的な感覚』について詳しい」
「詳しいっていうか……えっと……まあ、その……はい……」
「なるほど君の感覚は尊重するし、リッチは君を『一般常識』の師と見ている……これはリッチの周囲にいる、あらゆる生命にできない役割だ」
「ありがとうございます、って言いたくない……」
「その君に問いたいのだけれど、『戻せばいい』という話じゃないなら、どうしたらいいんだろう?」
「……いえ、その……いじらなきゃいいんじゃないでしょうか……記憶を……」
「ふむ……なるほど。君の述べようということについて、判断がついたよ」
「本当……?」
「うん。考慮の必要がないことがわかった」
「ええええ……!?」
「だって、すでにいじってある記憶を『いじっていない』状態に戻すには、リッチが述べた方法をとる以外にないよね?」
「え、ええっと……! そうじゃなくって……! そもそもいじったことが間違いだったっていうか……!」
「すでに『いじってある』のに『いじったことが間違いだ』と言われても、『なるほど、間違っていたんだな』と理解はできるけど、それは『いじったらどうしたらいいか?』の解たりえないよね?」
「そうですけども!」
「やはり『いじっていない』状態に戻すためには、前進するしかない。なぜって、死霊術は時間遡行を可能にする学問ではないからね」
「~~~!」
深紅が熱い物でも食べたみたいにジタバタしている。
舌でも噛んだのだろうか?
リッチにはわからない。
「では、記憶の移し替えを始めよう」
深紅がまたなにか言いたそうな顔をしたが、なにも言わなかった。
なので、レイラの記憶をドラゴン少女に移す試みは始まった。
白を基調とした清潔な空間。
ここはリッチの研究室だ。
様々な実験器具の置かれた棚が壁に沿って設置されている。
いくつかのテーブルを並べて確保されたスペースには、二人の少女が拘束され、寝かされていた。
一人は『巨人将軍』レイラ。
金髪をツインテールにした獣人の少女である。
子供のように(実年齢は子供ではないと思うのだが、リッチは興味がないことを覚えられない)小さな体をしているものの、その腕力は巨人と殴り合うことができる。
というか、巨人との殴り合いで勝利し、今は巨人将軍なのだ。
レイラは普段から知性に乏しい少女だが――
今、彼女は赤ん坊のように泣きわめいている。
そこには知性はおろか意思さえも見当たらない。よく言えば無垢で、悪く言えば野生という感じだ。
彼女の泣きわめく声は『音の暴力』で、この場にいる全員(リッチの生徒たち他一名だ)に聴覚保護と衝撃防壁を張っていなければ、すべて粉々に砕けて消えてしまうだろう衝撃をともなっていた。
そして――
レイラの横に、一人のドラゴン族が寝かされている。
ドラゴン族と一口に言ってもその見た目は様々で、わかりやすい巨大な四足歩行の翼付き爬虫類もいれば、水棲の蛇のような見た目の者もいる。
寝かされている少女は『ドラゴンレイス』とか『ドラゴニュート』とか呼ばれる、人型の竜族であった。
そのドラゴン成分は翼と牙と角と尻尾ぐらいなもので、他はほぼ人だ。
拳法着のようなものをまとい寝かされている小柄な少女は、夢でも見ているのか、寝息を立てながら笑ったりぐずったりしていた。
「レイラの『記憶を奪った』ことは言ったと思うのだけれど、その時、なりゆきで一緒に記憶を奪ったのが、彼女です」
「なりゆきってなんですか……?」
遠慮がちに声をあげたのは、生徒の一人。
深紅の毛並みが特徴的な獣人の少女だ。
通名は深紅で、他にもちろん本名があるのだけれど――
最近は『わたしの名前深紅じゃないです』と否定しても誰も聞いてくれないので、あきらめて深紅と呼ばれるのを受け入れている。
ともあれ、リッチは回想する。
つい先ほどのことなのに、もう数ヶ月前のことのようで、記憶が薄れかけているのだけれど……
ドラゴン族が『新勇者の死体を確保した』と言ったので、リッチは引き取りに行ったのだ。
ところが、なぜか新勇者の死体引き取りをレイラがはばんだ。
もともとやる気にとぼしかったリッチは『もういいや』ってなったのだけれど、レイラが『殺し合いたい』とうるさいので――
うっかり殺してしまった。
まあ死体は蘇生すればいいのだが、はたと思い立ったリッチは、レイラを使って『記憶』にまつわる術を試すことにした。
その時にうっかり記憶をゴソッとやりすぎて、レイラは赤ん坊帰りしてしまったのだ。
ドラゴン族の少女はその時近場にいたので、ついでにやられたわけである。
「なりゆきはなりゆきだね」
リッチは説明が面倒なのでそれですませた。
「レイラは赤ん坊になっても地殻破壊クラスの打撃をしてくるので、ドラゴンの彼女を一緒に背負ってくることはできなかったんだけれど……誰も『レイラの記憶を受け入れてみたい』ってならなかったから、仕方なく受け皿として連れてきたよ」
正確には、ランツァが興味を示した。
しかし深紅の強硬な反対により、しぶしぶあきらめたわけである。
「さて、記憶の移し替えの実験で大事なのは、『移された以前と以降で、本人の言動にどれほどの差異が見られるか?』また、『その差異を本人は認識できるのか』ニアリーイコール、『移した記憶を移された記憶だという認識は維持できるのか?』ということの観測だね。ところが、ドラゴン族の少女に協力してもらうと、『差異の観測』ができない。なぜって、リッチたちはこの女の子のことをなに一つ知らないからね」
生徒たちはみんなしてうなずいた。
そう、みんな、ドラゴン族の彼女のことをなんにも知らないのだ。
たまに伝令で来る、ちょっとしゃべり方がカタコトっぽい、元気な女の子――
家族構成とか、人生とか、普段なにしてるのとか、なんにも知らない。
「だから、これから行うのは、なるほど『記憶』を見るにはやや不適切な実験だ。では、なぜするのか? それはね、はっきり言ってしまえば、リッチが『記憶の移し替え』というものをしてみたくて、たまたまそこに落ちてた教材が彼女だったからだよ」
「外道じゃないですか!?」
深紅が叫ぶ。
リッチはうなずく。
「『魂』『記憶』――『命』。これらを取り扱い、時に操る死霊術士は、『倫理にもとる』『外道』というそしりを受けてきたし、そういう目で見られるのは、避けられないことだと思う。けれどね深紅、リッチはそれでもいいと、今は思っている。誰になんと言われようと、いいと、思っているんだよ」
「開き直りじゃないですか!」
「そうだけど、そうじゃない。……いいかい深紅、リッチにも道徳はある」
「えっ!?」
「あるんだよ。少し、世間一般とわかちあえないだけで。……リッチには死霊術を修める強い意思があるんだ。最近ちょっとおとろえてたけど、強い情熱があるんだよ。……さて、これからおこなうのは『記憶の移し替え』という行為で、なるほどこれは、失敗するかもしれない。失敗したら、どうなると思う?」
「記憶が……えっと、大変なことになるんじゃないですか?」
「『大変』というのは実に主観的な表現だ。時に主観も大事なのだけれど、もっと客観的にあらわす努力をしてみよう」
「客観的って言われても……え、えっと、『記憶が混ざってしまう』とか、『とられた記憶が戻ってこなくなる』とか、ですか?」
「そう! ご褒美にジャーキーをあげよう」
「あ、ありがとうございます……?」
「君の述べたことをまとめると、『不可逆の変化が起こる』ということだ。実験により、被検体に取り返しのつかない変容をもたらしてしまう……『死』が世間で忌避されるのも、死が『不可逆の変化』だという常識が世の中にあるからだね」
「はあ……」
「だけれど、死霊術なら、世間で『不可逆』と思われていることを、『逆』にできる」
「……」
「記憶にまつわる術を用いて、リッチはレイラを赤ん坊に還してしまった。そして、これからドラゴン族の少女に記憶を移しても、うまくできないかもしれない……けれどね、リッチはこれらを『技術の進歩のための仕方のない犠牲』にするつもりはないよ。必ず、彼女たちの記憶を戻してみせる。何百年、何千年かかっても」
「……先生……」
「思い出したんだ。情熱を……リッチがこうして不死身になった理由を……それは、恵まれた環境で実験を続けるためだけではなく、優秀な生徒たちを教育するためでもない……『たった一人でも、何千年かけても、必ず死霊術の深淵をのぞくため』だったんだ」
「先生……」
「リッチは――ボッチだったからね」
そう、理解者も協力者もいなかった。
勇者とは仲良しだと思っていた時期もないではなかったが……
彼も、死霊術関係の話は露骨に避けていたので、研究者としては、ずっと、一人きりだったことに変わりはない。
そんな環境でリッチがリッチになったのは、『無限の寿命』と『衣食住を必要としない強靱さ』を欲したからだ。
すべては『たった一人でも、死霊術を修めるため』。
協力者を想定せず、後継者を想定せず、世の中からの弾圧と戦い続けることを描いていたがゆえの、最強存在への生まれ変わりだったのである。
「リッチは、何年かかっても彼女たちの記憶をもとに戻してみせる覚悟があるんだよ」
「……あの、先生……先生には無限の時間があっても、レイラさんたちは老いて死ぬと思うんですけど……」
「いざとなったらアンデッドにするよ。方法の開発もふくめて研究しよう」
「ダメじゃないですかね、それ!」
「アンデッド化がダメなら、アンデッドになった人類をもとに戻す方法を考えようと思う」
「……」
「いいかい深紅、死霊術は常識にとらわれてはいけない。『世間では不可逆と思われることも、さかしまにできるんじゃないか?』――そう疑い、そのための方法を模索することこそ、死霊術発生の原因だったんじゃないかなって、リッチは予想するよ」
「いえ、その、先生……先生、それはちょっと違うと思います」
「まあ予想だからね。エビデンスはないよ」
「そっちじゃなくて……『戻せばいい』っていう話じゃないんじゃないかなって」
「深紅」
「はい」
「君はリッチと違って、『一般的な感覚』について詳しい」
「詳しいっていうか……えっと……まあ、その……はい……」
「なるほど君の感覚は尊重するし、リッチは君を『一般常識』の師と見ている……これはリッチの周囲にいる、あらゆる生命にできない役割だ」
「ありがとうございます、って言いたくない……」
「その君に問いたいのだけれど、『戻せばいい』という話じゃないなら、どうしたらいいんだろう?」
「……いえ、その……いじらなきゃいいんじゃないでしょうか……記憶を……」
「ふむ……なるほど。君の述べようということについて、判断がついたよ」
「本当……?」
「うん。考慮の必要がないことがわかった」
「ええええ……!?」
「だって、すでにいじってある記憶を『いじっていない』状態に戻すには、リッチが述べた方法をとる以外にないよね?」
「え、ええっと……! そうじゃなくって……! そもそもいじったことが間違いだったっていうか……!」
「すでに『いじってある』のに『いじったことが間違いだ』と言われても、『なるほど、間違っていたんだな』と理解はできるけど、それは『いじったらどうしたらいいか?』の解たりえないよね?」
「そうですけども!」
「やはり『いじっていない』状態に戻すためには、前進するしかない。なぜって、死霊術は時間遡行を可能にする学問ではないからね」
「~~~!」
深紅が熱い物でも食べたみたいにジタバタしている。
舌でも噛んだのだろうか?
リッチにはわからない。
「では、記憶の移し替えを始めよう」
深紅がまたなにか言いたそうな顔をしたが、なにも言わなかった。
なので、レイラの記憶をドラゴン少女に移す試みは始まった。
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