勇者パーティーを追い出された死霊魔術師はリッチになって魔王軍で大好きな研究ライフを送る

稲荷竜

26話 失敗した時に失敗を引きずって落ちこむか『次こそ成功する』と気合いを入れ直してすぐさま挑戦するかは個性だよね。まあ後者のほうがリッチはいいと思うけど回

「え、えっと、……い、生き返りたい、ですか?」


 遺跡内部。
 壁には等間隔にランプが提げられ、床や壁には補修のためだろう、組まれた木材で補強がなされている箇所が散見された。

 そこは古代技術によるゴーレムが眠る遺跡だった。

 人類は、かなりの力を入れてその遺跡を発掘していたらしい。
 リッチや深紅クリムゾンがこの遺跡をおとずれた時、何人もの学者や兵士の姿があった。

 今、遺跡には、それらの死体が五歩ぐらいの間隔で床に落ちている。

 深紅が語りかけている相手は、床に転がる死体――
 の、上に浮かぶ、青白い、不定形のカタマリだ。

 魂。

 死霊術により死者を蘇生する際に、声をかける存在であり――
 ヒトの蘇生は、『魂を説得する』というフェーズを飛ばしては成しえないのだ。

 が――


『ふざけるな……! 俺を殺しておいて、生き返りたいかだなんて……! ふざけるな、ふざけるなよ……!』


 魂から発せられる声は、怨嗟に満ちていた。
 重苦しい、男性の声――
 それは微妙なエコーを伴い、剥き出しの感情を蘇生者に――深紅に叩きつけている。


『お前のせいで、俺は死んだ! だというのに、蘇らせるだなんて、そんな、そんな……』

「ひっ!? ご、ごめんなさい……ごめんなさい……」


 深紅はすっかり萎縮してしまっている。
 その横で――

 ボロをまとい、杖を持った人骨……リッチは、首をかしげた。


「深紅、君はなぜ謝るの?」
「えっ? い、いえ、だって、そんな、すごく怒ってますし……殺したのはたしかにわたしたち……先生ですけど……向こうとしては、わたしたち二人の連帯責任っていうか……」
「だから?」
「……すいません先生、そこで『だから?』と質問を返すのは、常識的にアウトです」
「なん……だと……」


 リッチは眼窩を見開き、驚愕をあらわにした。
 表情豊かな骨だ。


「リッチにはわからない……深紅、君はなぜ、そんなに殺したことを気に病んでいるのだ」
「わたしは殺してないですからね!? ……いえまあ、さっきも言ったとおり、連帯責任っていうか……」
「…………待って。ちょっと考えさせて」
「いいですけど……」


 深紅はチラチラと蘇生半端状態で放置され、宙に浮く魂を見つめた。
 魂は沈黙し、ことの成り行きを見守っているようだ。
 もしくはリッチにただならぬ様子を感じて恐がっているのかもしれない。


「……あ、そうか。リッチは理解したね。完璧に理解した」


 イキリリッチである。


「つまり、深紅、君はこう思っているんだ。『殺人はいけないことだ』と」
「はいいいい!? そりゃそうでしょう!? 先生、まさかそんなところで悩んでいたんですか!?」
「ああ、ようやく君の『常識』に追いついたよ。まさかそんなところで価値観の違いがあっただなんて、リッチは一つ蒙が拓けたような気持ちだ」
「い、いえ、でも、殺人はいけないことですよね!?」
「こればっかりは『リッチが一方的におかしい』っていう話じゃないと思うんだけど、殺人はいけないことではないんだよ」
「なんで!? 蘇らせるからとかそういう!?」
「もちろんそれもある」
「あるんだ……」
「けど、一番大きな理由は、『今が戦争中で、リッチたちが人類側の領地に忍びこんでいる魔族である』ということだよ」
「……まあ、わたしも、魔族側なんですよね、今は……」
「そうだね。で、ここからが重要なのだけれど、もしリッチが彼らを殺さなければ、彼らはリッチたちを殺そうとした、ということなんだ」
「…………」
「リッチは物理や魔法に強い耐性があるから死なないけど、君は剣を刺されたらよくて大怪我、悪くて死ぬタイプの生き物だろう?」
「多くの生き物はそうですね」
「つまり今、『殺さなければ殺される』状況に、リッチたちはいるわけだ」
「はあ、まあ、そうかもしれませんけど……」
「自分を殺そうとしている相手を殺すのは、自衛だよ」
「……」
「君は戦場に立ったことがないから、そのあたりの感覚に疎かったんだね。ようやくわかったよ」
「…………わたし、殺されるところだったんですか?」
「リッチがなにもしなければそうなっていると思うよ。だいたい――君、忘れたの?」
「なにを、ですか?」
「君、戦争被害者じゃないか。リッチが蘇らせなかったら、戦争の余波で死んでたでしょ?」
「…………あ」
「まあ、前線そばとはいえ、村育ちだったみたいだからね。戦場以外の、特に閉鎖的な社会では、隣人に危害を加えるのは絶対にアウトだと思うし、君のそういった感覚はもっと早くに理解すべきだったね。これはリッチの不手際だ。ごめんね」
「……」


 深紅はうつむき、視線を泳がせる。
 今、常識の書き換え作業中なのだろう。


「だから深紅、別に、君があの兵隊さんを殺したのは、悪いことじゃないんだよ」
「先生! だからわたしが殺したって言うのやめてくれませんか!?」
「まだ常識が書き換わってないのか……殺しにくる相手を殺すのは自衛だよ。悪いことじゃない。少なくとも、戦争中という環境においてはね」
「か、簡単にはいきませんよ……だ、だって、ヒトを、そんな……命は、大事なんです。それを失わせていい環境だなんてそんな……」
「……リッチは何度でも問うけど、深紅、『命とはなにか』? 答えてごらん?」
「い、命とは……『肉体』『魂』『霊体』『記憶』……です、よね?」
「そうだね。だけれど、今、問われているのはそちらじゃない。君は、命というものを『失わせる』と表現したね。つまり、君の中に、『命とは一度失われれば戻らないもの』という『常識』が根付いている。その常識――『思いこみ』は、死霊術を学ぶ上で、余分だ」
「でも、命は重要でしょう? 失われてはいけない資源なんでしょう?」
「だから、こうして殺した人たちを蘇らせようとしている」
「……」
「死霊術ならば、蘇らせるという選択肢があるんだよ。死霊術において、『死』とは『魂が冥界に行って戻らなくなること』だ。肉体から魂が抜けた段階――一般的に言われる『死』は、死霊術における『死』ではない。つまり、今、君が『殺した』と表現したあの兵隊さんは、死霊術的な分類だと『殺されていない』んだ」
「……でも」
「それから、君は『命は貴重』という言葉の意味を取り違えているよ」
「……え?」
「一般的にも、死霊術的にも、命は貴重だ。けれど、一般で言う『命は貴重』という言葉には、『命はすべて違い、一つ一つオリジナリティがあり、複製不可能で、再現も不可能だし、一度失われれば戻らない。それゆえに失われてはならず、価値がある』という意味になる」
「そう、ですね」
「しかし死霊術的には、『人口的な意味でそう多くないから貴重な資源』という程度の意味なんだよ」
「……」
「もちろん、勇者や、巨人将軍レイラ、女王ランツァなどの、『特殊な魂』はある。それらは一般的に言われるのと同じ意味で、死霊術的にも『貴重な命』だ。ただ――」


 リッチは、中空に浮かぶ一般兵の魂を見上げた。
 青白く不定形のそれは、おびえるようにグニグニとおののく。


「――彼の魂には、あんまり興味がわかないな」
「……」
「もちろん、死霊術で消費すべき命の数はあまりにも多い。その深奥を極めるまでには、どれほどの資源が必要かわからない。だから、なるべく、命数は減らさないほうがいいだろう。けどね――」
「……けど?」
「彼は、君を殺す可能性があった。そして、自衛のために、彼を『殺した』。今、蘇生をおこなおうとしているのは、資源保護のためであり――彼にとっては、降ってわいた幸運なんだよ。だって、普通に殺されたら、『弱かったから負けた』で終わるからね」
「……」
「だから、よみがえろうとする魂に、必要以上にへりくだる必要はないと、リッチは考えているよ。君は力があって、蘇らせようとする意思がある。『死んでいる』彼には力がなくて、蘇りたければ幸運と厚意にすがるしかない。この関係性を誤認してはいけないよ」
「……先生は、死霊術士をどう思っているんですか? すべての生命の頂点に立つ、偉い存在だと思っているんですか?」
「そうじゃない。君がその考えにいたるのは、君が、まだ、『命の貴重さ』を一般的な意味で捉えているからだ。商人が金を握っているように、貴族が権力を握っているように、神殿が信仰を握っているように、我々は命を握っている。……いいかい、ヒトを『殺す』のは、誰だってできるんだ。金、権力、信仰。どれだって凶器になる。けれど、普通、その凶器を振りかざすことはない。我らもそうだ。簡単にヒトを殺せるからといって、簡単にヒトを殺してはならないし、殺していい理由にもなっていない。……ああ、『殺す』は死霊術的な意味でね」
「……ええと」
「難しいかな? リッチは説明が下手でね。なにせ、まともにヒトと会話することのない人生を送ってきたから」
「……」
「まあ、とにかく――この取り引きにおいて、優位にいるのは君だ。彼は蘇りたいなら君にお願いをすべき立場にいるし、君は蘇らせたくないと思うなら、蘇らせなくてもいい。……だからね、そう、これが言いたかったんだけれど……」
「……?」
「君は、ビクビクしなくていいんだよ。君は死霊術という学問を身につけた。もう、奪われるだけの弱者ではないんだから」


 リッチは噛んでふくめるように言い聞かせた。
 深紅は、それを聞いて――笑った。


「……先生は、やっぱり、コミュニケーションがうまくないんですね。わたし、先生の言ってること難しくて、あんまりよくわかりませんでした」
「……そうだね。悪かった。君の幼さを考慮すべきだったんだろうけれど、リッチはそういうのが苦手でね」
「でも、先生が優しいこと、ようやくわかった気がします」
「リッチは『優しい』という表現は好ましく思えないな。それは、利用しやすい相手を舞い上がらせるために使う、中身のない褒め言葉だ」
「先生、めんどくさい!」
「……そうかもしれない」
「わたしは、まっすぐに、優しいって思います。だいたい、先生を舞い上がらせてどうするんですか」
「わからない。リッチはヒトの意図がわからないし、ヒトの思惑も読めない。ただ――たくさん恥をかかされたり、たくさん不快な思いをさせられたり、たくさん傷ついたりした経験だけがあるんだよ」
「わたしは、しないです」
「……」
「殺されて、蘇らされて、変な研究を無理矢理学ばされたりもしたけど……生きたかったのは本当で、生き返らせてくれた先生には、感謝してるんですから。言いましたよね、前に」
「泣きながら言ってたね」
「それは忘れてください……と、とにかく、死霊術も楽しくなってきたので、先生にはこれからも色々教えてもらいたいと思っているんです。だから、先生のイヤがることは、しません。なるべく、しないよう気を付けます……」
「なぜ言い直したんだ」
「だって、先生、難しくて、なに考えてるかわからないし、どこに『傷つきポイント』があるかわかりにくいんですよ!」
「……反論の余地もない」
「でも、これだけは確信してるんですけど……」
「?」
「わたしが蘇生術うまくやったら、先生、嬉しいですよね?」
「そうだね」
「じゃあ、がんばります」


 深紅は宙に浮かぶ魂に向き合う。
 彼女の横顔に、もう、恐れやすくみはなかった。

 自信たっぷりに、生来の気質であろう、気の強さを感じさせる表情で――


「これから、あなたを蘇生します。でも、あなたが望まないなら、無理強いはしません」


 魂に、語りかけた。

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