勇者パーティーを追い出された死霊魔術師はリッチになって魔王軍で大好きな研究ライフを送る

稲荷竜

18話 世の中には色々な人がいて様々な行動原理があり他者から見れば理解できないこともある回

 負けられない戦いがそこにあった。


「はああああああああああああああ!」
「せえええええええええい!」


 意気を上げつつぶつかり合うのは二人の女性だ。

 一人は巨人将軍インゲ。
 ぴかぴかと輝くなめらかな石のような皮膚を持つ、天を衝くような巨大ヒトガタ生物。
 サイズから想像されるようにその腕力、質量はすさまじく、力をこめて足を踏み出すだけで大地はえぐれ、振るった拳が空を切るたびに風圧で山がえぐれる。


 もう一人は黄金の毛並みを持つ獣人――『巨人殺し』の戦士レイラ。
 獣人としても小柄な彼女だが、その力はすさまじい。やっぱり駆け抜けるたびに足で踏んだ大地はえぐれるし、拳を震えば拳圧で家々が崩れ、跳び蹴りだけで自分の十倍はサイズの大きい巨人インゲを吹き飛ばしたりしている。

 尻尾の先につけられた鈴がちりんちりんと鳴る。
 そのたび、周辺の――戦いの繰り広げられている巨人族居住区画の一般巨人たちは恐れおののき逃げ惑い、しかし逃げ切れず、レイラの攻撃の余波に巻きこまれたり、インゲの体に押しつぶされたりしながら死んでいった。

 リッチはそうやってまき散らされる死を蘇生術でなかったことにしながら二人の戦いを見守っていた。
 ちなみに、戦いが始まって三日経つ。
 巨人の居住区画はもうボロボロだ。


「早く終わってくれないかなあ。リッチは研究に戻りたいんですけどお」


 リッチなので不眠不休でも体調的にきつくはない。
 だが、戦いに興味がないのでそろそろ飽きていた。


「大丈夫よリッチ。今、終わらせるから」


 そう言うのはレイラ。
 ペッ、と血の混じったツバを地面に吐き捨てながら、生傷も痛々しい顔で真っ直ぐに敵をにらみつけている。


「ええ、その通りです。あんな小さな小娘、じきにひねりつぶせます」


 そう言うのは巨人インゲ。
 砕けた岩のような皮膚をこすって欠片をこぼしつつ、細い目でギロリと己よりはるかに小さな強敵をじっと見据えていた。


「私が勝って――『巨人の大剣』を取り戻すわ!」
「勝つのは私です。巨人族として、あなたのような小さき者には負けられない」
「いざ!」
「いざあ!!」


 二人の女戦士は地面を抉り、震動をあたりに響かせながらぶつかり合う。
 小さな獣人の拳と、大きな巨人の拳がぶつかり合い――

 ピシ、ピシ、ピシ、と。
 岩のような皮膚に覆われた巨人の拳が、砕け散った。


「やったああああああ! 勝ったああああああ!」
「くっ……」


 巨人インゲはがくりと膝をつく。
 うなだれるインゲ――それに向けて、レイラが左手を差し出した。


「やるわね」
「……あなたのような小さな生き物に勝てなかった。巨人たる私が、小さな獣人である、あなたに……!」
「……あんたの敗因はそれよ」
「どういう意味ですか?」
「いい? あんたはたしかに巨人よ。こうして近くで見れば体は大きいわ。でもね……遠くから見たら、それほどでもないのよ」
「……」
「地平の果てから私たちの今の勝負を見ている人がいたとしたら、その人にとって、体の大きさなんてどうでもいいはずよ」
「……なるほど」


 そばで話を聞いていたリッチは首をかしげた。
 なにを言っているのかよくわからないし、なにが『なるほど』なのかまったくわからない。

 しかし――
 レイラとインゲは、理解し合っているように、見つめ合っていた。


「戦士レイラよ……私は、心が小さかったのですね」
「そういうことよ」
「ふふ……たしかに、完敗です。大事なのは体の大きさではなかった……心の大きさだった……言われてみれば、たしかにその通り。心の大きさの前では、体の大きさなど、たしかに無意味。力は心で振るうものですからね」
「あー、えーと……うん。そういうことね」


 たぶんレイラわかってないよ。
 そう思ったが、リッチは自分が割って入って話が長くなることを嫌い、言わなかった。


「わかりました。小さな巨人レイラよ……巨人の大剣はあなたにたくしましょう。これからは、あなたが巨人将軍となり、我らを率いるのです」
「ええ。私に任せて。私が率いるからには、巨人を最強の種族にしてみせるわ」
「我らが将軍よ! ともに魔族に勝利を! 人類に死を!」
「人類に死を!」


 二人が拳をかかげて叫ぶ。
 周囲にいた巨人族(家が壊れて家に戻れない、一度巻きこまれて死んでいる者など含む)も片腕をあげて大声をあげた。


「……終わった?」


 騒ぎが終わりそうもないので、リッチはたずねる。
 レイラはほくほくした顔でうなずいた。


「ええ。これで巨人の大剣が戻ってくるわ。あれ、重さとかちょうどよくて好きだったのよね。どんなに乱暴に扱っても壊れないあたりが一番素敵! 巨人たちも熱くていい種族ね! 好き!」
「そう。リッチはノリについていけなくて、心がものすごくひとりぼっちだったよ」
「ええっ!? この熱い戦い! 種族を越えた友情! わからない? 血潮で結ばれた私たちの絆!」
「わからない……実数であらわしてくれない? 『熱い戦い』っていうのはようするに衝突時の熱量がどのぐらいの――」
「リッチ」
「……なに?」
「言葉はいらないの」
「……」
「雰囲気、感じて」
「そういうのよくないと思うよ。この『みんな盛り上がってるんだから盛り上がれないお前がおかしい』みたいな空気、リッチは嫌いだな」
「まあとにかく熱かったのよ」
「それはわかったよ。君がどう感じていようが自由だよ。リッチにはよくわからないだけで」
「そう。熱かったの。がんばって大剣を取り戻したのよ」
「巨人の大剣はもともと巨人の持ち物だし、『取り戻した』っていう表現は違うんじゃないかな」
「もー! そういう話をしたいんじゃないの!」
「リッチは君の言わんとすることが全然わからないよ。あと、周囲がものすごくうるさくて会話には不向きだし、もう帰っていい?」


 このかん、ずっと巨人たちは大声をあげ続けている。
 黙らせるのは簡単なのだけれど、『うるさい』というだけの理由で殺すほどリッチは傍若無人ではないのだ。
 このへん、死霊術の欠点である――最低でも『殺す』からスタートで、それより弱い他者への干渉方法がないのだ。


「……リッチ、あなた、本当にわかってないのね」
「なにが。あと会話ここでしなきゃだめ?」
「私は今、なにをしてたの?」
「戦ってたよ」
「そう。がんばって戦ってたのよ。ボロボロなのよ」
「わかったよ。治せばいいんだろ? リッチは治癒も得意だから今やるよ」
「そうじゃなくて、治癒より先にやることあるでしょ?」
「リッチは回りくどいの嫌いだよ。ハッキリ言って」
「褒めてよ!」
「……なんでリッチがレイラを褒めるの?」
「リッチ……あなた、わかってないのね」
「なにを」
「仕方ないわ……これ、あげる」


 そう言ってレイラがどこからか(ほんとにどこからなのだろう? リッチにはわからない)取り出したのは――
 一冊の、薄い本であった。


「これは?」
「表紙にあるとおりよ」
「……『レイラの取り扱い説明書』」
「読んでみて。三ページしかないから」
「君はたった三ページにおさまる条件で取り扱われることに不満はないの?」
「なにを言っているかわからないわ。難しい言い回しはやめてちょうだい。説明書にもそう書いてあるわ」
「読むよ。……『難しいことを言わないでください。すねます』『がんばったら褒めてください。喜びます』『ご飯をたくさんあげてください。従います』……えっ、これだけで巨人族の将軍を降すレベルの武力をもった君が従うの?」
「項目が一つ抜けているわ。表紙の下の方」
「……『注意! 私は強い人にしか従いません。弱い人にご飯をもらっても嬉しくないです』」
「わかった?」
「これ、君が書いたの?」
「ロザリーが書いたんだけれど、『たしかにそうだなあ』って思ったから、従う相手には見せるようにしてるわ」
「なるほど」
「これから、私はあんたに従うんだから、あんたはそこにある項目を守る必要があるのよ」
「従わなかったら?」
「ご飯くれないってこと?」
「まあ、従わないなら、そうなるかな」
「ご飯くれないなら、人族のほうに帰るわ。だってご飯がないと生きていけないし」
「そうだね」
「ご飯はくれるの?」
「あげるけど」
「じゃあ、そこにある注意点を守って私を取り扱ってね」
「うーん……魔王に任せていい?」
「魔王と一回勝負して、私が負けて生きていたら、私の世話をするの魔王でもいいわよ」


 なんでむやみに偉そうなのだろう……
 リッチには彼女の心がわからない。


「……まあ、わかったよ。リッチが世話する。魔王はパトロンだから、面倒を押しつけるのもなんだかなあって思うし」
「じゃあ早速がんばった私を褒めてもらおうかしら」
「えらいぞー」
「わあい!」


 レイラは無邪気に喜んだ。
 リッチは心に寒風が吹くのを感じる。


「リッチ不可解なんだけど、君はこれでいいの?」
「どういう意味?」
「なんていうか……今、リッチはたしかに褒めたけどさあ。やっつけっていうか……心はこもってないよ」
「心、いる?」
「普通は心をこめてほめてほしいものなんじゃないかな」
「でもねリッチ、私……人の心とか、考えとか、読むの苦手なの」
「……だから?」
「だったら、褒めてもらった時は、どんなに気が抜けた感じでも『心から褒めてもらった』と思うことにしたほうが得じゃない?」
「……合理的だ。たしかにそうだね」
「でしょう? だからいいのよ。どんなに気が抜けた感じでも。『がんばったら褒めてもらえる』ということがなにより重要なの。そこに心がこもってたら余計嬉しいのよ」
「なるほど」
「そして――ご飯は、誰がよこそうが、ご飯よ。心がこもってたら嬉しいし、おいしければもっと嬉しいけど、そこそこでも大丈夫よ。重要なのはただ一つ。『ご飯を食べたら生きていける。生きていたら戦える』っていうことよ」
「家とかは?」
「そのへんに穴を掘ったり、知らない人の家の軒先とかでも暮らせるわ」
「迷惑だからやめなよ。リッチの研究室で世話するから……」
「でもリッチ、私……家賃とか、敷金とか、そういうシステムがよくわからないの」
「無料でいいよ」
「……リッチ、ちょっといい人すぎない? 大丈夫? 騙されそうで心配だわ」


 リッチはあいまいにうなずいた。
 内心では『お前が言うな』と思っているが、あたりはうるさいし、レイラは会話の止めどころをくれないので、ここらで打ち切らないと延々叫び続ける巨人族の真ん中で意味不明な話に付き合わされそうな気がしたのだ。


「じゃあ、帰ろうか」
「でもねリッチ、私、そういうのイヤなの」
「どういうの」
「『帰ろう』って言われて帰るの、イヤなの。なんていうか……自由がいいのよ。帰りたければ帰るし、帰りたくなかったら帰らないわ」
「勇者はいったいどうやって君を御していたんだ」
「知らないわ。あ、でも、戦場には道に落ちてる食べ物を拾ってたらいつの間にか着いてることばっかりだったから、それかも」
「…………」
「勇者……ひどいヤツね! 私を騙して戦場に立たせるなんて!」
「そうだね」


 リッチはこれ以上なにも言いたくなかったので、さっさと帰ることにした。
 レイラはしばらく黙ってリッチのあとをついてきたけれど、いつの間にか消えていた。

 リッチは扱いにくい戦士を手に入れた。

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