勇者パーティーを追い出された死霊魔術師はリッチになって魔王軍で大好きな研究ライフを送る

稲荷竜

7話 どうして研究ができる=勉強ができる=人に教えるのがうまいという勘違いが発生するのかという回

「うーむ……同時に進めたい研究が五つほどある……しかしリッチは一人……そうだ、弟子をとろう」


 真っ白い清潔なラボでリッチはつぶやいた。
 それに反応するのは、たぶん忙しいはずなのになぜか研究室に入り浸っている青肌透け透け豊満美女のアリスだ。


「弟子、ですか?」
「そうだ。リッチとともに死霊術を研究する、弟子がほしい。弟子っていうか助手がほしいし、同じ分野を研究するチームを結成したいっていうのが本音なんだけれど、死霊術の専門知識を持ってる人が少ないから、まずは弟子をとって育てるしかない……」
「……ええと」
「リッチは死霊術の先生をやるぞ」
「なるほど」


 アリスはうなずいた。
 彼女は賢そうに見えるのだけれど、アンデッドは基本アホなので、彼女もあまり難しいことは理解できないのだろう。


「そういえばアリスはリッチの研究所のヒラゴーストだったけど、研究には携わってないんだよな?」
「はい。今、ここにいるヒラゴーたちと同じで、掃除と整頓、それから小間使いが主な仕事でした」
「……そもそもアンデッド自体が『研究』に向かない種族なのかな」
「そうだと思います。アンデッド部隊を率いていても、『突撃』『防衛』『撤退』ぐらいのざっくりした命令でないと、みな、理解できない様子です。あまり難しいことを言うと、脳がかゆくなって、みな脳に指を突っこんで掻き始めます。もちろんスケルトンは例外ですが」
「なぜ?」
「脳が空っぽなので」
「なるほど。……じゃあ、連れて来た獣人の毛の源たちから、弟子をとるか……」
「つまり獣人ですか?」
「そうだ。獣人の毛の源は獣人だからな」
「なるほど」
「居住区にいる彼らの中から、何人か連れて来てほしい。……あ、できれば子供がいいな。たぶん死霊術を身につけるには長い時間がかかるし、幼い子供の方が頭が柔らかくて知識の吸収もしやすいだろうし」
「頭の柔らかさが重要なら、ゾンビもいますが。グズグズに腐っていますよ」
「そういう柔らかさではないんだ」
「わかりました。ところで『子供』とは、具体的には?」
「年齢が十五歳より下」
「わかりました」



 アリスに連れられて獣人の子供たちが、研究室に来た。
 平均年齢は十歳ほどだろうか。

 女が三人、男が二人の計五人。
 彼らは身を寄せ合うようにして、おびえた顔をしながらリッチを見ていた。


「リッチの研究室へようこそ。以前はスケルトンを名乗った気がするが、本当のところ、リッチはリッチだったのだ。騙してごめん」


 謝っても反応がない。
 しかしリッチは会話の際に相手の反応とかどうでもよくて、しゃべりたいことを勝手にしゃべるほうなので、かまわず続ける。


「君たちはこれから『死霊術』の勉強をして、立派なネクロマンサーとなり、リッチと一緒に死霊術の発展につとめるのだ」


 獣人の子供たちの緊張は解けない。
 中でも一番年上とみられる赤毛の少女は、敵意をむき出しにしてリッチを見ていた。


「……そこの赤いの、なにかリッチに意見が?」
「し、死霊術だなんて、神様への冒涜だわ! そんなこと、できません!」
「……まだ神の話、してるの?」
「あの時はみんなあなたに騙されたけど、やっぱり信仰をないがしろにするのはいけないことだわ」
「じゃあ死ぬ?」
「……え?」
「いや、リッチはこう見えて個性を大事にするほうなんだ。『生き返るなんて宗教上問題があるからイヤだ』っていうなら死なせてやってもいいと思ってる」
「い、いえ、その、でも……」
「リッチがほしい毛の色に『赤』はないし、別にいいよ」
「……」
「ほかの子も、生命より信仰をとるならかまわないよ。君たちがいなくなってもまだ二十五人いるし。子供のが教育しやすいかなあと思っただけで、大人でもまあ、素養があれば」
「あ、あなた、命をなんだと思ってるの!?」
「命は命だと思っている」
「……」
「死霊術を修めるにあたって大事なことは、『命は命であり、他のなにものでもない』という認識をすることだ。君がたとえ王族でも、お金持ちでも、死霊術的には『一つの命』でしかない。そして、君の命の所有者は、君だ。君がその命を手放したいと望むなら、こちらは『命が一つ減った』と認識する。それだけだ」
「……く……狂ってる……!。命は、そんな、ただの数みたいに扱っていいものじゃないわ! もっと大事なものなのよ!」
「『狂っている』という表現は嫌いだな。その表現は公正さを欠く。他者を狂人扱いする者は、常識を盾にして己の知識が及ばない議論を終わらせようとする愚か者だ。では冷静に検証してみよう」
「検証?」
「そう、君の主張の検証。『命は大事なもの』。……うん、まあ、そうだと思う。その意見に異論はないよ。で、命を冷静に数として見つめる死霊術士を『狂っている』と扱った君の主張はどうかな? 君は、君が一つしか持っていない貴重なものを、『背信だから』という理由で手放そうとしている。この行為はリッチから見て、よほど『狂っている』ように見えるのだけれど?」
「それは……」
「命は資源だ。そして資源というのはおしなべて数に限りがあるものだ。これを無為に減らす行為は、いかなる場合も正気を疑われるべきであり、『命より大事なものがある』と説きながら『命以上の価値を持つ具体的な資源』を挙げられない教えは、欺瞞であるとリッチは考えています」
「……」
「そしてリッチは『信仰』を『資源』とはとらえていません。だいたい、信仰が君のお腹を満たしてくれますか? 信仰により保証される君の幸福はいったいどのぐらいあるの?」
「……でも、空腹でも気高い気持ちになることができるわ」
「お腹を満たすより、空腹でも気高い気持ちでいるほうが大事なら、それは価値観が違いすぎてリッチにはわかんないな」
「……」
「まあいいや。ヒラゴー? ヒラゴー? 誰でもいいから、ナイフを。よく切れるの」
「……え?」
「死ぬんでしょ? 素手じゃやりにくいだろうから刃物を貸してあげようかなって」
「……え、あ、あの……」
「『自分で手をくだしたくないから殺してほしい』っていうのは受け入れられないよ。君が、君の持つ唯一の資源を手放そうとしている。それは君の責任によって行われるべきだ。本来は『死ぬためのエネルギー』は君がすべて支払うべきだと考えるのだけれど、この環境で武器を探し回ったら、魔族の人たちに殺されてしまう。それはよくない。それは責任の放棄だ。君は独力で死ぬべきなのに、他の者に力を借りることになってしまう。だから、ここで武器を貸してあげようと思って。まあリッチからの小粋なサービスだよ」


 白い半透明のヒラゴーが、「どうぞー」と幼子のような声とともに、リッチへナイフを差し出す。
 儀礼用らしく、そのナイフは大ぶりで、変わったかたちをしていた。


「手、出して」


 リッチは赤毛の獣人少女に言う。
 獣人少女は視線を泳がせつつ、震えながら、右手をリッチ側に出した。
 リッチは、少女の指先をナイフでわずかに切る。


「痛っ!?」
「ごめんね。実際に切れるものかたしかめたかったんだけど、リッチに物理攻撃はきかないし、他にこの研究室にいるのはゴーストだけで、属性の乗っていない物理攻撃は効かないんだ。だから、君の手で試すしかなかった」
「……」
「よく切れるみたいだよ。よかったね、はい」
「…………」
「受け取らないの?」
「う……うううう……ううううう!」


 赤毛の獣人少女が震えながら泣き出した。
 リッチは戸惑っている。


「え、なんで?」
「リッチ様! リッチ様、ちょっと!」


 実は今まですぐそばにいた(ゴースト系は存在感が薄い)アリスが、リッチの肩を叩く。
 リッチはそちらを振り返った。


「なんだいアリス」
「彼女はたぶん、『死ぬな』って言ってほしいんじゃないですか?」
「……死にたくないなら、そもそも『生き返るのは背信だ』とか言わなきゃいい話じゃないか」
「そうなんですけど……! いえ、もう、なんていうか……そういうところですよ、リッチ様!」
「そういうところ?」
「理詰めなところ! そんなにいっぱい言われたら、よくわからなくて泣いちゃいますよ!」
「でもリッチ、間違ったことは言ってないよ。リッチの理屈に脆弱性や欠陥があるなら指摘してくれればいいのに」
「リッチ様……私はアンデッドですので、命の大事さの話は正直よくわかっていませんが……」
「うん」
「私はアホなので、難しいことを淡々と言われると恐いなって思う気持ちはわかります」
「……」


 もうが啓けた気持ちだった。
 難しいことを淡々と言われると恐い――なるほど、思い返せばあの時もあの時も、それで会話相手がドン引きだったのかと思い当たる節がボロボロ出てくる。


「なるほど。リッチは難しいことを言っていたのか……当然のことしか言ってないつもりだったけれど」
「当然のことでも、難しいことはあるんです」
「なるほど」


 リッチは赤毛獣人少女に向き直る。
 彼女は涙を手の甲でぬぐいながら、それでも嗚咽をこらえるように歯を食いしばっていた。


「なんかすまなかった。リッチはあまりコミュニケーションが得意じゃないから」
「ちがっ、違う……違うの……! ほ、ほんとは、生き返れて嬉しかった……!」
「……」
「あ、ありがとう、ありがとうって、言いたかった。言いたかったのに、でも、アンデッドだし……! 魔族だし……! そもそも、わたしたちを殺したの、あんたたちだし……!」
「そういえばそうだった」
「年下の子たち、おびえてるし……! 一番お姉さんの、わたしが、守らなきゃって……! それで……!」


 赤毛の少女は、たしかに、呼び出された少年少女たちの中では、一番年上だ。
 それでも、十一歳とか、十二歳だ。

 もしリッチに人の気持ちがわかったら、彼女の心細さと、それでもリッチをにらみ返した心の強さに感服したことだろう。
 しかしリッチには人の気持ちがわからない。
 リッチだからな。
 いや、これにかんしては、リッチじゃないころもよくわかっていなかった。


「うーん、リッチ、よくわかんない……」
「……」
「まあ、死なないならいいや。君の命だ。君が使い方を決めたらいい。切った指先を治してあげよう」
「…………あ、ありがとう、ございます」
「リッチはこんなんだから、言いたいことあったらハッキリ言ったほうがいいよ。斟酌しんしゃくするの苦手だし。それで君たち、どうする? 死霊術を学ぶ?」
「……死霊術を学んだら、幸せになれますか?」
「死霊術を学んでも幸せにはなれないよ。死霊術は『キモい』とか『臭そう』とか言われるし、人族側だと禁忌扱いで、人気もないからね」
「……」
「でも、君たちが生き返ったことを喜んでいるなら、死霊術は君たちを多少は幸せにできたんじゃないかな。そうだとすれば、君たちを幸福にした死霊術で、君たちが誰かを幸福にすることは、できると思うよ」
「……誰かを幸福に」
「人が必ず持っている資源がある。それは『命』だ。……死霊術は、その命と向き合い、その価値を見つめる学問なんだよ」
「……わたし、やります。死霊術、教えてください」
「うん。後ろの子たちは?」


 リッチが問えば、おずおず、こわごわとだが、全員『やってみる』という意思を示した。

 こうしてリッチは弟子を五人手に入れた。

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