冥界からの帰還者

1話 冥界からの帰還者

 エスパーダ王国の北に位置する世界樹の大森林を超え、フロストドラゴンの住む氷の谷の更に向こう側、決して人が足を踏み入れる事のない氷で閉ざされた死の大地に一つの迷宮が存在した。
 その迷宮は人類の歴史が始まる前、神々の時代よりそこに在った。

 迷宮は地下深くへと繋がっており、その更に奥には冥界へと繋がる扉が存在した。

 神々すら忘れ去った冥界へ繋がる扉には、迷宮に住まう強力な魔物達でさえ近づく事は無い。
 扉からは冥界の負のエネルギーが漏れ出ており、触れるだけで存在を滅失されてしまうからだ。

 ギ、ギィイイイイ!

 しかし、その扉が軋み音を立てて開かれた。
 扉の向こう側、冥界から現れたのは1人の男だった。

 漆黒の髪は長く伸びきっており、顔は見えない。
 永く太陽の光を浴びていなかったからか、肌は病人の様に白い。
 服はボロボロの布を身体に巻いているだけの見窄らしい姿だ。
 素足でペタペタと歩きながら辺りをキョロキョロと見る。

 その光景を見ていた一体の魔物が男に近づいて行く。
 牛の頭に人間の身体を持つ魔物ミノタウロスは、鋼の様な肉体で身の丈を超える大斧を持ち男へと襲い掛かった。

 冥界の扉が開き、どんな怪物が現れるかと思ったら、出てきたのは弱そうな人間の男だ。
 ミノタウロスは、軽い気持ちで人間の男を殺そうと斧を振り上げた。
 当たれば人間など一撃でミンチにできる。

 ブォンッと風を切って斧の刃が男に振り下ろされた。

「・・・ブモ?」
 
 ミノタウロスは、全く手応えを感じず、違和感を覚えた。
 心なしか斧が軽くなった気がしたので、自分の武器えものを見ると、持ち手の部分より先、斧の先端部分が綺麗さっぱり消えていた。

 折れた?
 いや、折れたのなら衝撃を感じたはずだし、どこかに先端部分が転がっているはずだ。
 だが、この斧はまるで最初から先端が無かったかの様に綺麗に消されていた。

「ブモォオオ!」

 斧が無いなら素手で十分だと叫び、ミノタウロスが巨体でのし掛かる様に襲い掛かる。
 しかし、それは悪手だった。

 次の瞬間、ミノタウロスは消えた。
 まるで、最初からそこに居なかったかの様に跡形も無く消え去った。

「・・・やっと現世に帰ってこれたのか?」

 男は、枯れそうな声で呟いた。
 なにせ、言葉を発するのも数百年振りだ。
 
 男の名前はジン・クロード。
 かつて魔導王と呼ばれた最強の魔術師だった男は、今では魔力の欠片すら残ってはいない。
 代わりにあるのは、冥界で手に入れた負のオーラだ。
 魔術を失った代わりにあらゆるモノを消滅し吸収する負のエネルギーを自らの力へと変えた。

 かつて、魔術を極めたジンは神へ闘いを挑み、敗北した。
 その結果、神の怒りに触れ、生きたまま冥界へと堕とされた。
 それから1000年以上の時を冥界で過ごし、現世へと繋がる救済の塔を登り、やっと帰ってきたのだ。

「今度こそ・・・青春学生ライフをおくるぞ」

 ジン・クロードは、才能に恵まれ、世界最強の魔術師であり続けた。 
 故に重責を負い続け、常に戦いや研究に身を置かねばならず、魔術大学の学生生活もボッチだった。
 普通に青春を過ごしたかったのに、世界がそれを許してくれなかった。
 可愛い子とイチャイチャしたかったのに、戦争に駆り出されたり魔物の相手をさせられたり・・・自暴自棄になったジンは運命を呪い神に喧嘩を売った。

 その結果が今である。

 もう、あの様な過ちはしない。

 今度は平凡な青春学生ライフを過ごすんだ。

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