名無しの(仮)ヒーロー

海月三五

待てば海路の日和あり 2


手放したくないなら変に隠さず、伝えて置かないと後で拗れる原因になるから 言わないと。
 自分自身を奮い起こして話をした。

「あの、翔也さん。先日お話した、美優の認知の手続きが終わりました」

 私が、告げると朝倉先生は少し表情を曇らせ美優を見つめた。
 
「美優ちゃんの権利だからね。本音を言うと少し寂しいかな」

 こんな時、なんて言ったらいいのか……。
 返事に詰まってしまった。
 
 「夏希さん、おいで」
 朝倉先生は美優を右手で抱いて、左手を広げた。
 私は、その左手に吸い寄せられるように身を預け、朝倉先生の腕の中に納まった。
 朝倉先生の胸の中に私と美優が包まれている。
 多くを語らなくても 、大切にされている事が腕の温もりから伝わってきた。
「ごめんなさい」
 先にこの言葉が出た。
「来月、美優を連れて園原の実家に行く事になりました。いとこの紗月も一緒に行ってもらいます」

 朝倉先生は「そう」と言って、私を抱いている方の手に力が籠った。

「ごめんなさい」

「夏希さんが、謝ることはないよ」

「でも、先日忠告してもらったのに結局、園原の実家に行く事を決めてしまって、ごめんなさい」

「美優ちゃんにとっては、おじいちゃんおばあちゃんになるんだから仕方がないよ」

 朝倉先生は言ってくれたけれど、自分がもし反対の立場だったら気が気でないだろう。
 反対の腕に抱かれてご機嫌な美優を見ていると園原の両親に会わせるのは正しい事に思えるし、視線を上げて朝倉先生を見ると間違っている事に思えた。
 
「美優ちゃんの幸せが一番だから夏希さんは間違っていないよ。私が、夏希さんと美優ちゃんを独り占めにしたいだけだから」
と朝倉先生は、いたずらっぽく笑った。

 私の不安をくみ取ってくれて、優しい言葉をくれる朝倉先生。

「翔也さん、優し過ぎます」

「じゃあ、次回の表紙の依頼は厳しく行こうかな?」

「えー、そ、それは……」

 二人で顔を見合わせて笑うと、美優もつられて笑っていた。
 窓から差し込む日差しのように温かな空気に包まれている。
 
 
  つかまり立ちが出来るようになった美優はいたずらを探しては、ハイハイとつかまり立ちを駆使して移動している。朝倉先生と私の間を行ったり来たり「スゴイ、スゴイ」と声を掛けられ得意げな表情を見せていた。

 すると、つかまり立ちをしていた美優が両手を放し、朝倉先生に向かって、一歩二歩と歩みを進めた。
 グラッとよろけて朝倉先生が美優を支える。
「すごい! 一人で歩いた!」
 美優が初めて一人で歩いた瞬間に思わず声を上げた。
「初めて?」
 朝倉先生も目を見開いた。
「はい、初めてです。一人で立ったのは今までありましたけど、足が出たのは初めてです。今、生後10ヶ月だから早い方かもしれません」

「美優ちゃんは、凄いな。優秀だ」

 美優は、朝倉先生に高い高いをしてもらって、キャッキャッとはしゃいでいた。

「美優ちゃんには、いつも力をもらうな」

「翔也さんのところに行きたかったんですね」

「嬉しいな。嫁にはやらんって、言う気持ちになるよ」
 二人でまたクスクスと笑った。
 

 

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