名無しの(仮)ヒーロー

海月三五

一難去ってまた一難 13

 
 怒りと恐怖で小刻みに震える手を伸ばす。
 点滴が外れるとか、縫った傷口が開くとか、考える余裕も無く、痛む体を捻り、ベッドの横にあるチェストの引き出しをかき混ぜてスマホを取り出した。
 スマホの中の電話帳を開き、その名前をタップする。呼び出し音が鳴ると2コールで相手が出た。

「どうしたの?」
 相手の都合も考える余裕など無かった。

 泣きながら声を振り絞る。
「翔也さん、助けて! 美優が取られちゃう!」
 それだけ言うと涙がブワッとあふれ出し嗚咽に変わった。

「直ぐに行くから、夏希さん、落ち着いて」

「うん、ごめん……なさい」
 
 通話を切るとスマホを握りしめたまま、泣き続けていた。

 ” 美優をないがしろにして ” なんて、ひどい。
 美優が、お腹にいる事がわかった時は、将嗣と別れた後だったし、将嗣は既婚者だったから連絡も出来なくて……。
 凄く悩んで、それでも産みたくて、シングルマザーの道を選んだ。
 大きくなるお腹を愛おしく擦りながら日々すごしたのに……。
 産まれてからも夜寝れない日も続いて仕事との両立も大変だったけど、頑張って育てて来たのに、大事に育てて来たのに……。
 
 どのくらいの時間が立ったのだろうか? パタパタと足音が聞こえドアが開いた。

「夏希さん、どうしたんですか?」

「翔也さん……」
 朝倉先生は、肩で息をし、急いで駆けつけて来てくれたのがわかる。顔を見た瞬間に安堵の思いに再び涙があふれ出した。
 
「何があったんですか? 美優ちゃんは?」
 
「美優が……。将嗣のお母さんが、親権を……」
 しゃくりを上げながら上手く話せず、さっきあった事を要領が悪い状態で説明した。
 朝倉先生は、私が上手く話せなくても、急かすことなく、ゆっくりと頷きながら聞いてくれた。
 
「夏希さん、もしも園原さんが弁護士を立て来たならこちらも弁護士を立てて闘いましょう。大丈夫です」

 朝倉先生に ” 大丈夫 ”と言われると本当に大丈夫な気がする。

「でも、園原さんが夏希さんから美優ちゃんを奪う様な事をするとは思えないのですが……。それより、看護師さんを呼んで手当をしないと……」
 朝倉先生が、眉を寄せて、呼び出しのスイッチを押した。

 言われて初めて、点滴を差した右手は液漏れを起こし腫れあがり、縫合した左手は包帯に血が滲んでいた。
 看護師さんが、やって来てムチャをした事を注意され、小さくなっているところに コンコンとノック音がして、美優を抱いた将嗣が入って来た。

 「美優……」
 美優を見て、また涙が出て、看護師さんに「鎮静剤を追加します」と言われてしまった。
 

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