名無しの(仮)ヒーロー

海月三五

一難去ってまた一難 7

「温かい……」

 唇が離れると朝倉先生が小さく呟いた。
 その言葉の意味を考えると、朝倉先生をどれだけ不安にさせていたのだろう。私の頬に添えられた手が、私の顔の輪郭を撫でる。
 それは、私を確認しているようにも思えた。

「翔也さん、遠くまで来させちゃってごめんなさい。本当は翔也さんに連絡したかった。声を聞きたかったし、会いたかったの。だから来てくれて嬉しい」

 私が言葉を紡ぐと、朝倉先生は、もう一度キスを落とした。
 さっきのキスより深く熱いキス。
 そして、唇が離れると私の耳元に朝倉先生が囁くような言葉が聞こえた。

「私も夏希さんに会いたかった。声を聞きたかった。また会えて良かった。夏希さんの顔を見るまで不安で不安で……本当は、このまま、家に連れ去ってしまいたい」

 朝倉先生の不安を吐露する声が心に沁みて、その不安を拭うようにギュッと抱きしめたいと思っているのに満足に動かせない腕がもどかしい。

「私、早く怪我を治して、翔也さんのお家に遊びに行きます」

「ああ、ずっと居て欲しい」

 朝倉先生の優しい瞳が私を見つめている。

「ふふっ、ずっとですか?」

 この優しい瞳にずっと写っていたいと思った。

「退院したらウチに来て欲しい。夏希さんの仕事部屋も作るよ」

「あっ! 仕事! 朝倉先生のイラストの納期が間に合わないんです。ご迷惑をお掛けして、すいません」

 そうだった。仕事の事でも迷惑掛けているんだ。作品のイラストを他の人が引き受ける事になったらしい。凄く悔しいけど仕方ない。
 
「今回は残念だったけど、無理しないで早く治して、またお願いするからね。右手が無事で良かったよ」

「本当に、右手が無事で本当に良かった」
 点滴の針が刺さった右手の指先をグーパーと動かしながら、また描く事が出来るんだとホッと息を吐く。
 
「午後から検査だよね。私も宿を取ってまた後で顔を出すよ。要るものあったら買って来るよ」

 宿まで取ってまた来てれることを嬉しく思いながら、午前中にいとこの紗月が色々と用意してくれたので今の所大丈夫だと返事をする。
 朝倉先生は、軽くキスをして「また後で」と病室から出て行った。

 連絡も取れずにいた朝倉先生が、まさか来てくれるなんて思っていなかったから嬉しくって、キスの余韻にニヤニヤと浸っていたら、コンコンとノック音が聞こえた。

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