名無しの(仮)ヒーロー

海月三五

労多くして功少なし 10

「ごちそうさまでした。今日はありがとうございました」

 私と紗月が挨拶をしたあと、将嗣のお母さんは美優の手を取り目を潤ませながら「美優ちゃん、また来てね」と、名残惜しい様子で玄関先まで見送りに出てくれている。

 帰り際に挨拶に様嗣のお父さんのお部屋に伺った時には、お父さんは起きていらっしゃって、みんなで記念写真を撮る事が出来た。

「夏希さん、今日はありがとうね。また来てくれると嬉しいわ」

「はい、また、美優を連れて来ます」

「本当にありがとう。また来てね」

 将嗣のお母さんは、そう言って、私の手を両手でギュッと握る。
 その握られた手の熱さと強さに将嗣のお母さんの色々な思いが込められていて、有難いような申し訳ないような複雑な気持ちになりながら「はい」と返事をした。

「母さん、いい加減離してくれないと帰れないだろ」
 将嗣が助け舟を出してくれた。すると、お母さんは、私の手を放し将嗣の方に向き直り口を開いた。
「将嗣、しっかりしなさい! 父親になったんだから二人に責任があるのよ。いつまでもフラフラしていたらダメなんだからね」
 
「俺も頑張るから……。母さんも親父の事大変だけど頼んだよ。また、来るから」

「わかったわ、気を付けてね」

 そして、私たちは車に乗り込み、将嗣の実家を後にした。

「時間が少ないけど、この後、お城に行って宿に戻って、明日は、午前中にさざえ堂を観光してお昼に手打ちそば食べて帰ろうか。紗月ちゃん付き合わせたのにロクに観光も出来なくてごめんね」
将嗣がプランを出して私たちは頷いた。

「素敵な旅館に泊まれたし、美味しい物も食べれたし、十分ですよ。それより将嗣さん疲れているんじゃないですか?」

「ありがとう、大丈夫だよ」
 
 後ろの席でチャイルドシートに座る美優をあやしなら前の席に二人やり取りを聞いてホッとする。

 車は市街地を走り、鶴ヶ城がだんだんと近づいてきた。
 国道を緩やかな速度で順調に走っている。有名チェーン店が立ち並び着るものも食べるものも選び放題と言って良いほど国道沿いは充実している。駐車場へと出入りする車も頻繁だ。
 ドラックストアチェーン店の看板が見えてきて、確かに荷物多すぎたかなぁっと紗月に出発の時に荷物の多過ぎを指摘された事を思い出し苦笑いを浮かべた。

 大き目の交差点を右折する。一時停止の後、矢印が出て発進した時。
 直進の対向車が迫って来て、「あっ!」と思った瞬間には、衝撃を感じた。
 美優のチャイルドシートに手を伸ばし、三点シートベルトが体に食い込んで苦しくて、体の上に粒状に割れた窓ガラスが降り注いだところで意識が途絶えた。
 遠くで「夏希」と呼ぶ声と美優の泣き声が聞こえた気がする。

 

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