名無しの(仮)ヒーロー
労多くして功少なし 8
ベッドに横になったお父さんを部屋に残し、私たちはリビングに戻った。
「お待たせ、ごめんね」
「TVのCMが微妙に違うし面白いね」
と退屈な待ち時間を楽しんでくれていた様子にホッとした。
「ねえ、スマホ持って行かなかったみたいだけど写真撮らなかったの?」
紗月に言われて初めて気が付いた。
せっかく来たのに美優と将嗣の御両親とで写真を撮っていないなんて失敗だった。将嗣を見ると将嗣もそうだという風に瞳を見開いていた。
「あら、そうね。お父さん、今、休んだところだから先に私が美優ちゃんと写真を撮ってもらいましょう」
とお母さんがニコニコと笑った。
紗月がカメラマン役を買ってくれて、撮影会が始まる。
将嗣のお母さんと美優で撮ったり、将嗣とお母さんと美優で撮ったり、その3人に私が加わって撮ったりもした。
「ほら、園原さんと夏希ちゃんと美優ちゃんとの三人の写真無いでしょ? 撮ってあげるよ」
紗月の声を掛けで、美優を真ん中に将嗣と私の三人での撮影がはじまり、複雑な思いで笑顔を作った。
その後、ラインのグループを作り、各自の携帯に送信される。
後で、現像して美優のアルバムに貼り、美優が大人になった時に話してあげる日がやって来るんだろうなぁっと、スマホの写真を確認しながら考えた。
こうやって、美優を中心に将嗣と過ごしていると将嗣との復縁を望まない自分は酷く我儘を言っているように思う。
けれど、朝倉先生に気持ちを残したまま、将嗣と結婚をしたとしても誰も幸せになれない気がする。
きっと、それは間違いではないはず。
ただ、将嗣の想いに触れると時折、気持ちが揺さぶられる自分を見つけ、複雑な気持ちになった。
将嗣がお父さんと話をしてくると言って席を外し、私は美優を紗月に見てもらい、将嗣のお母さんがお昼ご飯の準備を始めたので手伝わせてもらう。
すると、将嗣のお母さんは、私をジッと見つめ、言い淀みながら口を開いた。
「あの、夏希さん、変な事を聞いて悪いけど、将嗣の前の奥さんどんな人だったかご存じかしら?」
意外な質問に驚いたが、将嗣の別れた奥さんとは一度も会った事が無く、将嗣から聞いた話しでしか知らない。
「ごめんなさい。将嗣さんが既婚者だった事も知らなかったので、何も……」
「そうよね。ごめんなさい。前のお嫁さんの事、将嗣が何も教えてくれないのよ。お嫁さんに私たちも結納と結婚式でしか会った事がなかったから……。将嗣が浮気して、夏希さんに迷惑を掛けたって話を聞いて、どんな結婚生活を送っていたんだろうって。将嗣が浮気をしたのも将嗣だけが悪かったと思いたくなくって、親バカよね。ただね、普通、こんな田舎に来れないにしても電話で挨拶とかせめて年賀状とかあっても良さそうでしょう。それが一度も無くて、お金持ちのお嬢さんだか知らないけど、ちょっとね。変な事聞いてごめんなさい。将嗣には、内緒ね」
将嗣に聞いた話では、新婚旅行以降、元カレの所に家出状態になってそのまま離婚したとは言っていた。
その話は将嗣がご両親にしていないのなら私が話す事は出来ない。子供の幸せを願う親に中身の無い結婚生活の話をしたら心配を掛けるからで話せなかったのかもしれない。
ただ、子供を持つ親として自分の子供の結婚生活がおかしい事は、薄々気付いたに違いない。
 そして、将嗣のお母さんは私の手をとり真剣な眼差しを向けた。
「夏希さん、さっきはああ言ったけど、将嗣の事考えてもらえないかしら……」
その言葉を聞いて、思わず息を吞んだ。言われることを予想していたとはいえ、実際に言われると返事に詰まる。そして、将嗣のお母さんが言葉を続けた。
「夏希さんとの経緯は聞いているし、将嗣が悪かったのもわかっているの、だけれど……。将嗣にやり直しのチャンスを与えて欲しいの」
子供を心配する親の気持ちが伝わって胸が痛かった。
でも……。
「将嗣さんと別れた後に妊娠している事がわかって、とても不安でした。
当時、既婚者である将嗣さんに相談も出来ず、一人で出産する選択をしたんです。不安だらけの中、美優が産まれる時に手を握って励ましてくれた人を好きになりました。今、その人とお付き合いをしているんです。ごめんなさい」
美優の父親である将嗣やその御両親に復縁を望まれているのにそれを断る事が申し訳なくて、後半声が震えて涙が零れそうになった。でも、あやふやにして期待を持たせ、後で裏切るような真似はしてはいけない。
将嗣のお母さんに深く頭を下げた。
すると将嗣のお母さんは私の肩にそっと手を添え、言葉を掛けた。
「夏希さん。無理を言って悪かったわね。将嗣が夏希さんや美優ちゃんと嬉しそうに写真を撮ってもらっているのを見ていて、家族として3人で幸せになってもらいたいと思ってしまったの。美優ちゃんも本当に可愛くてね。親バカね。ごめんなさい」
顔を上げるとお母さんも目を赤くして今にも泣き出しそうな表情だった。
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