名無しの(仮)ヒーロー

海月三五

待てば海路の日和あり 5

  朝、カーテンの隙間から差し込む日差しで目覚めた。
 こんなに熟睡したのは、どのくらい前だったか……。
 少なくとも子供が産まれてからはこんなにしっかりと睡眠時間を確保した事はなかった。
 ベッドの上でモゾモゾと隣にいるはずの朝倉先生を探したけど、そこに居なくて少し寂しく思う。
 寝呆けた目を擦りながら起き上がる。すると、リビングルームから美優のはしゃぐ声が聞こえてくる。
「あっ、美優を見なくちゃ」
 慌てて飛び起き、リビングルームに入ると朝倉先生が美優に朝ごはんを食べさせている最中で、野菜のリゾットを美味しそうに頬張る美優の姿があった。

「おはようございます。美優に朝ごはんまで食べさせて頂いて、すみません」

 朝寝坊して子供の世話までしてもらって、有り難いやら情けないやら……。

「おはよう。よく眠れた?」

「ありがとうございます。こんなにぐっすり眠れたの久しぶりで、すっかり甘えてしまって……」

「甘えてくれた方が嬉しいよ」
 と朝倉先生が微笑んだ。

 朝からイケメンが眩しい。

「お風呂沸かしてあるから入ってきたら?」
 
「いいんですか? その間、美優のお世話もお願いすることになちゃいますが……」

「どうぞ、美優ちゃんと遊んでいるからバスタブにゆっくり浸かっておいで」
 
「ありがとうございます。お借りします」
 
 朝からお風呂なんて、スゴイ贅沢気分だ。
 それも一人でゆっくり入るのも久しぶり。
 ワンオペの育児では、眠る事もお風呂に入る事も子供の事を見ていないといけないからゆっくりとした時間が取れない。自分のために使う時間がこれほど贅沢なものとは、子供が出来るまで考えた事もなかった。

 脱衣室に入ってルームウェアを脱ぐと胸や首筋、お腹にキスマークをの痕が無数についているのが、洗面台の鏡に映った。
 普段、穏やかな朝倉先生があんなに情熱的になるなんて……。
 昨日の夜を思い出し、顔が赤くなる。

 そそくさと鏡の前から移動して浴室に入った。体を洗いバスタブのお湯に浸かる。広めのバスタブで手足を思いっきり伸ばした。
 「あ゛──っ、気持ちいい!」
 思わず口に出してしまった。でも、それぐらいゆったりとお風呂に浸かるなんて久しぶりの事だった。

 バスタブから上がって体を洗うとお腹にあるキスマークが目に入った。
 こんなところにまでキスマークを付けられるなんて……と恥ずかしくなったが、これは、もしや、私の腹肉がポヨポヨしているからなのか?

 一度膨らませた風船の空気を抜いても元の姿に戻らないように私のお腹も妊娠前と比べたらポヨポヨのタルタル。
 こんな姿を朝倉先生に晒してしまったかと思うとさっきまでの恥ずかしさとは、違った恥ずかしさが湧いてきた。

 カランを上げてシャワーを浴びシャンプーを借りて頭を洗った。
 シャワーから出てくるお湯も繊細でマッサージされているようで気持ちいい。
 サッパリとして、お風呂場から脱衣室に行くと裸の体が鏡に映った。

 以前と比べて丸みを帯びたシルエット、紗月に言われた通り、女をサボっていたなぁ、と反省。
 子供の事ばかりでなく自分にも少し気を回さないとダメだな。
 子供だって綺麗なママの方が嬉しいだろう。
 バスタオルで体を拭きながらそんなことを思った。
 

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