名無しの(仮)ヒーロー

海月三五

和を持って貴しとなす 2

 
 意識して口にするとムズムズとした気恥ずかしさがあって俯いてしまった。
 顔が火照っている感じがする。

「夏希さん」
 朝倉先生のイケボが耳元で聞こえ、甘い息がかかり、抱きしめられていた。

 まさか、到着早々この展開になるとは思っていなくて、顔が上げられずにドキドキしながら朝倉先生の柑橘系の香水の香りに包まれていると、耳にキスをされた。くすぐったいような、もどかしいようなその感覚に背筋をゾクゾクと甘い電気が走る。

 「翔也さん」
 と名前を呼ぶと、顎を持ち上げられ、唇にキスを落とされた。
 朝倉先生のもう片方の手が後頭部にまわり、逃れることもままならない。心臓が早鐘を打つ。

 朝倉先生との口づけは、お互いを味わうように少しずつ深くなり、リップ音がクチュクチュと部屋に響いた。
 
 トロンとした瞳で朝倉先生を見つめる。
 「夏希さんが、あまりに可愛くて……」
 と、耳に心地良い声が響く。
 「もう少し紳士でいる予定だったのに、抑えきれなくて、ごめん」

 朝倉先生は、そう言ってギュッと私を抱きしめた。朝倉先生の胸元に顔を埋め、ひそかに朝倉先生の体温や香りを堪能してしまった。
 もしかしたらという、期待をして今日は来てしまったけど、このまま先に進んでしまうのかしら?

 そんなことを思っていたら
 ” ピンポーン ”  
 不意にインターフォンが鳴り響いた。
 突然の音に眠っていた美優が驚いて泣き出す。

 二人して慌てて離れ、私は美優を抱き上げあやし、朝倉先生は「誰だろう?」と呟きながらインターフォンの対応に出る。
 「今、来客中だから困るよ」
という、朝倉先生の声が聞こえ、その慌てた様子に
 「あの、私、帰りましょうか?」と声を掛けた。

  朝倉先生は、私を見つめ首を横に振り、帰らなくていいよと訴えていた。
 二言三言対応して、インターフォンを切るとため息をつきながら、スイッチを押し、
 「ごめんね。姉が突然やってきて、少し寄るって言うんだ。直ぐに帰らせるから……」
 いきなりの話に驚いたが、既にまな板の上の鯉の状態。

 マザーズバックから化粧ポーチを取り出し、手鏡で口紅だけ直し、手櫛で髪を整えた。
 すると、タイミングを見計らったように玄関のチャイムが鳴った。
 
 朝倉先生のお身内に突然会う事になり緊張する。
 シングルマザーの私が、翔也さんの恋人として認めてもらえる事が出来るのだろうか?
 はぁーっと、深呼吸をした。



 

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