名無しの(仮)ヒーロー

海月三五

地獄で仏 4

 「はい、頑張ったわね。おっぱい触って見て」
 と言われ、右胸に手を当てるとさっきまでの痛みが噓のように引いて、柔らかな感触があった。

「もう、大丈夫だけれど、今日、明日はお風呂に入っちゃダメよ。断乳なんでしょう。何回か来るといいわよ」

「はい、通わせて頂きます」

 衣類を身に着け立ち上がると、まだ、立ち眩みがして壁に手を付いた。

「元は、退治したけど、まだ、無理は禁物よ!」
と滝沢さんに注意された。

 その通り、熱は、まだありそうだ。
滝沢さんが大きな声で「終わったわよ」と声を掛けると、朝倉先生が美優を抱いて入ってきた。

「少し顔色が良くなった」
朝倉先生は、ホッとした表情で私を見つめる。優しくて温かな瞳に私が映り、私は、ずっと、その中に留まっていたくなる。
 
「朝倉先生ありがとうございました。美優の世話までして頂いてすいません」

「病人は遠慮しないで甘えていいんだよ」
 ふわりと柔らかい微笑みを浮かべた。

 尊い……。

「滝沢さん、急にお願いしてすいません。助かりました」
 
「朝倉さんとは、長い付き合いですもの気にしないで、お姉さんたちのお子さんが大きくなってしまったけど、まだあなたが居たわね」

 滝沢さんが、大らかに笑いながら朝倉先生の肩をポンポンを叩いた。
 そして、「いつの間に結婚したの?」と訊ねた。
  
「あの、結婚していません。朝倉先生とは、お仕事をご一緒させて頂いているんです」

 私は、慌てて朝倉先生の名誉のために口を挟んだ。
 すると、滝沢さんが朝倉先生に向かって言う。

「なにやっているの! だめじゃない! 女手一つなんて大変なんだから サッサと観念して結婚しておしまいなさい」
 
 あちゃ~。やめて~。

「滝沢さんには、敵わないなあ」
 朝倉先生は、ニコッと笑い返事をした。

 うっっ! いたたまれない。今の返しで収まって欲しい。

「いつまでも過去の事を引き摺っていないで、落ちて来た幸せを見逃しちゃダメよ。幸せになるのよ。いい? わかった?」

 えっ? 朝倉先生の過去?

「はい、はい、わかりました。もう、勘弁してくださいよ。滝沢さん」
 朝倉先生は、笑いながら受け流していた。

 私にだって、将嗣との過去があるように。この年になれば、いくつかの恋愛の過去ぐらい誰にだってある。
 良く考えたら、私、朝倉先生にお姉さんたちがいる事ぐらいしか知らないんだ。
 幾度も助けてもらっていて、私が朝倉先生に恋心を抱いたとしても朝倉先生から見たら私は、ただの仕事相手。人の良い朝倉先生は親切で手を貸してくれているだけで、特別でもなんでもない。

 まあ、いつもボロボロで、マイナス得点の時にしか会っていないから女としてどうよ? って、話よね。
 ザ・パーフェクトの朝倉先生の恋人になんて相応しくない事ぐらい、わきまえないといけない。
 はぁ、自分がもっと、要領が良かったら見込みのない恋心なんてサッサと捨てて自分にとって有利な道を選択できるのに……。

 自分の心なのに自分でままならない恋心とは厄介な病だ。
 

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