名無しの(仮)ヒーロー
沈む瀬あれば浮かぶ瀬あり 8
” 夕飯を家で ”と、お礼を兼ねて誘ってみたものの、母子家庭の冷蔵庫には大したものなど入っていない。
帰りの車の中でコッソリ何かデリバリーサービス注文をしてしまおうと思っていた。が、携帯電話が新しくなった事を失念していた。
家に帰ってWi-Fiがある所で、今までデータアプリのダウンロードから始め、設定をしなければならないのだった。
ググって電話という手もあるが、それではコッソリとはいかず、返って気を遣わせる事態に陥りかねない。
ヤバイ、家にある材料で何が出来るだろう?
使いかけのキャベツとタマネギ、ニンジン、ジャガイモ、ベーコンと、鶏肉もあった。けど、どうしよう。
カレー? ダメだ。カレー粉が無い。
シチュー? って、おかずじゃないよね。スープだよね。パンが無いし。
うーん。
自分のレパートリーの少なさを呪いたくなった。
鶏肉焼く?ごはん炊いて、付け合わせどうする?
もう、グルグルと頭の中で食材が回っている。
ぷしゅーっ!と、湯気が出そう。どこかで、お弁当買ってしまいたい。
グルグルしている間に無情にも自宅に到着。チャイルドシートから娘を抱き上げ抱っこすると、胸に痛みが走った。
そう、母乳が溜まって胸がパンパンに張っている。母乳パットにも漏れて出ている。
どうする? 私……。
何一つ思い通りにいかない。どうしよう。
これは、もう、開き直るしかない。
「朝倉先生、すいません。出前取ってもいいですか? 注文したお料理が来るまで、美優にお乳あげたくて……」
「赤ちゃん優先でいいよ。谷野さんが大変ならお暇するし」
こんなに色々してもらった恩人を何もしないで帰らせるなんて出来ない。
「朝倉先生、食事が終わったらイラスト確認して頂きたいのですが」
朝倉先生は、「そういう事なら」と残ってくれることになった。
そして、お乳をあげる段階になって気が付く、ここで私はまた、ミスを犯していた。
” お乳をあげる ” と、いう行為についてだ。
お姉さんがいて、甥っ子姪っ子の子守の経験のある朝倉先生はきっと予想がついていたのだろう。だから「谷野さんが大変ならお暇するし」と言ってくれたのだ。それを無理やり引き留めたのは私。
さあ、覚悟を決めろ。
「失礼します」
と言って、朝倉先生に背中を向けバスタオルを肩から当て、パンパンに張ったおっぱいを出しオシボリウェッティで拭き、娘の口に含ませた。
娘は、んっく、んっく、と、飲んでくれている。
ヤバイ、気まずい。引き止めて授乳シーンを見せるってどうなの?
まって、私、出産シーンも見せている。
朝倉先生にどんだけの仕打ちをしているんだ。
あああぁああー!(心の叫び)
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