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名無しの(仮)ヒーロー

海月三五

沈む瀬あれば浮かぶ瀬あり 5

 
 仕事の電話だ。娘の様子を伺うとフニャフニャ言いながらどうにか眠っている。その様子にホッとし、電話に出て変更点の打ち合わせを始めた。

 朝倉先生とも打ち解けて、今ではこうやって直接電話を貰う事も多くなっていた。
 そして、最初の頃に比べたらスムーズなやり取りできるようになっている。
 相手は、イラストが描けないから私に依頼をしてくれる。なので、リテイクを出されたら「どうしますか」ではなく「こうしてみたらどうでしょうか」と新たな提案を出してみる様にした。すると以前より変更後のイメージが掴みやすいのかリテイクが格段に減ったのである。

 アプローチの角度を少し変えるだけで、スムーズな意思疎通が図れるようになった。とは言え、少なくなっただけでリテイクは来る。
 作業台の上に置いてあるペンタブレットの前に移動しPC画面を確認しながら打合せをしていた。

 すると、フニャフニャ言いながら眠っていた娘が急に火がついたように泣き出してしまい、電話の声も途切れ途切れにしか聞こえず困り果ててしまう。
大泣きする娘に私はパニックに陥った。

 泣き出した娘の元に移動しながら「ごめんなさい。後で折り返し……」と言ったところで転がっていた娘のオモチャに足を取られる。
「きゃっー!」
 ガシャ、ガチャンと派手に転んでしまった。
「痛ぁー」
 大きな音にビックリした娘は泣きじゃくる。手にしていた携帯電話はどこにぶつけたのか画面が無残にもひび割れ真っ黒になったままウンともスンとも言わなくなってしまった。
 
「うそっ。どうしよう」

 と、言っても携帯電話が復活するでもないし、娘は怒鳴るがなるように泣き続ける。

「泣きたいのは、私の方だよ」
と、言うと涙がポロリと溢れ、本当に泣けてきた。

 壊れた携帯電話をチェストの上に置き、泣きながら娘を抱き上げ必死にあやした。
 
「美優ちゃんの泣き虫が移っちゃったよ。ママも泣き虫になっちゃった」

 娘と二人でわんわん泣いた、それだけ私は疲れていたのだ。
 やっと、落ち着いてきた娘を寝かし付けるとベビーベッドに寄りかかるようにいつの間にか眠ってしまった。



 ピンポーン、ピンポーン
 夢の中でインターフォンが鳴っている。
 ピンポーン、ピンポーン
 うーん、うるさい
 ピンポーン、ピンポーン
 ん  夢じゃない?
 ピンポーン、ピンポーン、ドンドンドンドン
「谷野さん!谷野さん!」
 
 えっ、誰? 怖い……。
 ドンドンドンドン
「谷野さん!大丈夫?」

 あれ? 心配されている……誰だろう……?

 私は、ノロノロと起き上がりインターフォンに向かって
「はーい、どなたですか?」っと、訊ねた。
「朝倉です」と、イケボが聞こえる。
「えッ。朝倉先生?」

 慌てて玄関を開けた。
 180センチの高身長、俳優でもやっていけそうなイケメン、切れ長の涼し気な目元、鼻筋の通った鼻梁、薄い唇、ザ・クール系男子。
見まごう事なき、朝倉先生が立っていた。

「谷野さん?」
「はい、谷野です」
と、返事をして気が付いた。
 上下スエット、ノーメイク、泣き腫らしたまま、顔も洗っていない。打ち上げの時に会った姿で80点、だとすると、今の私は、赤点どころかマイナスと言っても過言ではない程ヒドイ!

 しかし、天下の人気作家 朝倉翔也先生を玄関先に立たせて置く訳にも行かず、ましてや追い返す事も出来ず、「ドウゾ、オハイリクダサイ」と言った。
 そして、朝倉先生を案内したリビングを見て、もう一度後悔する。
 テーブルの上は、飲みかけのコーヒーカップ、床には、娘のオモチャが散乱、作業用のデスクもグチャグチャだ。サイアク!

「す、すいません」

「いや、おかまいなく、さっき電話の途中で悲鳴をあげて切れたし、その後、電話しても繋がらないから心配で顔を見に来ただけ」

 そうだった、朝倉先生と話していた時に娘が泣いて転んで電話を壊してしまったんだ。

「ご心配お掛けしてすいません、家の中で転んで携帯電話を壊してしまったんです」
 私は、ペコペコと朝倉先生にご迷惑をお掛けした事をお詫びした。

「そうだったんだ。無事で良かった。谷野さん、編集さんから独身だって聞いていたけど、子供がいたんだ」

「シングルマザーなんです。隠していたつもりはなかったのですが、わざわざ吹聴する事でもないので……」


  朝倉先生は、私がシングルマザーだった事を知らなかったのか。
 とても気まずい沈黙が降りた。

 子供が居る事で仕事に支障が起きるならと、仕事がもらえなくなったらどうしよう。
 不安に駆られて視線を泳がすと、チェストの上に置いた携帯電話が目に入った。

「あの、携帯電話がこんな事になってしまって……すいません」
 話題を変えるべく、チェストの上の壊れた携帯電話を手にして見せた。

 その時、朝倉先生は、見せた携帯電話に目もくれず、チェスト上を凝視していた。

「先生?」
 不思議に思いながら声を掛け、視線の先をたどると子供の写真が飾られたデザインフレームに注がれていた。
 2Lサイズの窓2つ、Lサイズの窓4つの中に飾られた娘・美優の写真。
その中には、お守りにしている産院で撮ってもらった、イケメンヒーローとの写真も含まれていた。

 朝倉先生は、手を口に当て呆然とデザインフレームを見ていた。
 そして、朝倉先生がボソッと呟く。

「まさかと思うけど去年の12月に駅前で産気付いて、知らない人とタクシーで浜病院に行った?」

「はい。神降臨かと思いましたよ。どうしてそんな……まさか」

「それ、私だよ」

「えっ!えええっ!!」


 
 
 

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