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名無しの(仮)ヒーロー

海月三五

沈む瀬あれば浮かぶ瀬あり

 
 人気作家 朝倉翔也の新刊の表紙依頼だなんて、私は夢を見ているのだろうか?
 何故、無名の自分に人気作家の表紙のオファーがきたのか不思議だった。イタズラメールかと一瞬疑ったが、なんと、朝倉翔也先生の担当編集から電話が掛ってきた。

 
「はい、ありがとうございます。ご希望に添うように精一杯頑張ります」

 と、電話を切った。

 「やったー! スゴイ、スゴイ! 私、スゴイ!」

 最愛の我が子を抱き上げ喜びの声を上げた。

 「美優ちゃん、ママやりましたでちゅよ!」

 両手をギュッと握り腕を縮めた赤ちゃんのポーズをとる娘を見て
 「ファイティングポーズベビー級、美優ママ頑張りまーす!」
 とテンションMAXではしゃいだ。
 
 この歓喜が、直ぐに後悔に変わるとはこの時は思わなかった。

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 入念な打ち合わせののち下絵を提出。
 下絵の段階で担当さんから連絡が入り、何度もリテイクをもらった。
 その度にもちろんやり直し、プロの仕事なのだから仕方がない。

 ただ、赤ちゃんのお世話に追われ、気持ちに余裕がないのか、今までこんなにリテイクを出された事は無かった。

 大きな依頼に舞い上がったけれど自分には荷が重い仕事だったのでは? と、自信まで無くなってきた。
 
 たくさんの線の中から一本の線を選んで一番きれいなラインを書き入れる。
細部にまで気を使って書いているつもりだけど、「気に入らない」の一言で終わり。それは、何時間掛けて書いたものであろうと気に入らなけばダメなのだ。

 カメの歩みでOKをもらう。
 下書きの絵を書き、細部に筆入れをしていく、この段階でもリテイクが出る。
 自分の至らなさで本の出版に影響が出たらどうしようと不安は募るばかりだった。
 そして、とうとう、ご本人様より直で電話が入った。


 人気作家、朝倉翔也様。憧れのご本人とお話をするのにこんなに憂鬱な気持ちでお話するなんて……トホホ。

 私は、携帯電話を持ちながら平身低頭の平謝り。
 しゃべっている事と言えば、
 「はい」「申し訳ございません」「わかりました」「すぐに」のローテーションで、電話の先の不機嫌な声が ”少しでもよくなりますように” としか、考えられない。
 緊張で、手汗をかきながら必死だった。

 たとえ、朝倉翔也様のリテイク内容が良く分からないものだとしても!

 「天使の羽根の角度がちょっとね、気に入らない」
   
 「はい、すぐに直します。ご希望ございますか?」

 「そんなのチャンといいようにしてくれ」

 「はあ、わかりました」

 「任せたよ、いいね、頼んだよ!」
 と、電話が切れた。
 もう、適当な事を言って!
 携帯電話をぶん投げたい衝動に駆られるが、携帯電話に罪はなく、そんな事をしたら自分が困るので思い留まり、代わりにクッションを思いっきり壁に向かって叩き付けた。

 「くーっ、やなヤツ!やなヤツ! ” チャンと ”って何?」

 せっかく書いても ” チョット ”  気に入らないの理由で何度もリテイクを掛けているから要望を聞いたのに ” 任せた ” って、それでリテイクを出すんだからちっとも任せていないし、チョットに何時間も掛けているコッチの苦労も考えて欲しいわ。

 この、天使の羽根だって8時間もかかった。そりゃあ、筆が遅いと言われたらそうかも知れないが、細部までこだわって丁寧に心を込めて描いたつもりだ。
 それを ” チョット、気に入らない ” って、なんなの?
 天使のイラストを依頼してくるアンタは、悪魔だ!!

 かと言って、この依頼は、私にとってビッグチャンスである事は変わりない。 
 個人の依頼を受け細々とやっていただけのイラストレーターから一気に人気作家の表紙を飾るチャンス。これが成功すれば、この先の仕事に繋がるだろう。
 でも、理不尽な内容でリテイク喰らうのは辛すぎる!
 
 赤ちゃんである娘の横で悪い言葉を吐くのもどうかと思い。
 娘の耳をそっと押さえて、朝倉翔也先生の既に発売された本の隅にある小さな作者の写真に毒を吐く。
 「くそぉー!お前の母さんでべそ!!」
 
 生後半年になったとはいえ、赤ちゃんはちょいちょい泣く。おむつ替え、ミルクも頻繫だ。離乳食も始まる。ハイハイの時期でもあり片時も目が離せない。連続した睡眠が取れないからいつも寝不足だし、その合間を縫っての作画作業はつらい。
もちろん、プロとしてお金を貰う以上、仕事はキッチリ、プライベートと分ける。

 でもね、でもね、大変なのもわかって欲しい。ケド、言えない。子供を言い訳に仕事がはかどらないなんて意地でも嫌だ。気合で頑張る。

 気合と意地で必死で直した。レイヤーの数は過去最高。100枚以上になるだろう。
 そして、提出。
 祈るような気持ちで送信ボタンをポチっと押した。
 どうせ、また、リテイクが、入るだろうけど自分の出来る所は頑張った。

 

          

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