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名無しの(仮)ヒーロー

海月三五

案ずるより産むがやすし

 
 おかしい、なんでこんなに痛いんだろう。
 私は病院帰りで、先生の見立てでは「あと3日は大丈夫だから家に帰ってね」と言われた帰宅途中にこの痛み。

 これ、やばいんじゃない?

 街路樹に縋るようにもたれ掛かり、肩で息をする。
 街は、クリスマスイルミネーションが煌びやかに揺らめき、どこか浮かれた様子で皆楽しそう。そんな中、一人で置き去りにされたように痛みに耐えている。時折吹く冷たい風が私をあざ笑うかのように撫でて行く。たっぷりとしたコートの襟を立て体を冷やさないようにした。

 木にもたれ掛かった人なんて、酔っ払いにしか見えないのかも。
 家まであと少し、だけど、やっぱり、病院に行った方が良い気がする。
 病院に電話を入れ、これから行くことを伝えた。
 タクシーを拾わなきゃ。

 痛みで朦朧もうろうとしながらボストンバッグを持ち直し、フラフラとガードレールの間を抜け、車道に踏み出した。

 「危ない! 大丈夫ですか」

 イケボが聞こえ、たくましい腕が私を支える。
 だけど、痛みがツラくって、イケボの顔を拝む余裕は無い。

「車道に出たら危ないですよ」

 再びイケボが聞こえたが、痛みせいで俯いたまま返事をした。

「すみません。病院に行きたいので、タクシーを拾いたくて」
と、肩で息をしながら言い訳をする。
 
 あまりの辛そうな様子に見かねたのかイケボが、私を支えながら言った。
「代わりにタクシーを拾いますよ」

 優しい申し出に頷く事しか出来なかったが、イケボは私を支えながらタクシーを拾ってくれた。
 ありがとうございました。と、お礼を言ってタクシーに乗り込むとイケボもタクシーに乗り込んできた。

「このままだと心配だから病院で看護師さんに引き渡すまで面倒見るよ」

 ヤバイ!神降臨か!!
 痛みを堪え顔を見上げると、イケボに負けないぐらいのイケメン。

 はー。尊い。
 と、思った瞬間、腰骨がミシミシと音を立て痛みが走る。

「いたっ! いたたたっ!」

 顔を歪ませ、痛みを逃がそうと苦しい息を吐く、そんな私を心配そうにイケメンが支えてくれた。それでも押し寄せる波のように痛みが私を襲う。見ず知らずのイケメンの腕にすがった。

「大丈夫ですか? もう少しで病院だから」

「だめ! もう、産まれるっ!!」

「ええっ! 産まれる? 妊婦なの? コートで隠れて気が付かなかった。もう少し我慢して!」
 
「ううっ……」


 病院に着くと連絡を入れていたせいか、看護師さんがストレッチャーで待ち構えていて、タクシーが付くなりストレッチャーに乗せられた。

「はい、パパさんは荷物を持ってついて来て」

「えっ? ああ」

 痛みが辛いながらもイケメンに迷惑を掛けられないと思い、荷物を受け取ろうと手を伸ばす。すると、イケメンはその手を握り返し励ましの言葉をくれる。

「大丈夫か? がんばれ!」

 マジ、神か 
 ああ、尊い!尊すぎるー!!
 一瞬、痛みが飛んで行く尊さだ!
 でも、痛い……。

「あー、意外と早く進んじゃったのね。あと3日は掛かると思ったのに」

と、助産婦さんの暢気な声が聞こえた。

 そうよ! さっき来た時に入院させてくれれば良かったのにと恨みの籠った目で睨もうと思ったけど、痛みでそれどころじゃない。

 
「うーっ。ううっっ」

 骨盤の割れるような痛みに耐えかねて、うめき声をあげるた。

「あー、まだ、いきんじゃ、ダメよ。あっ、パパは、こっちで消毒してエプロンとマスク、キャップを付けてね」

「えっ?」

 イケメンの驚く声が聞こえたが、もう、それどころじゃない!

「ほら、産まれちゃうわよ。早くして!」

「えええっ?」

 イケメンはオロオロしているみたいだが、痛みで声も出せない。
 ごめん、イケメン。

「大変、早くしないと産まれちゃうわ! パパ 急いで!」

「ええええっつつ!!」

 イケメン、マジ、ごめん!

看護師さんのテキパキとした指示に誰も異議を唱えられる雰囲気ではなかった。

「分娩室に急いでください」

ガラガラとストレッチャーが走り、分娩室に到着。
待ち構えていた助産師さんの指示が飛ぶ。

「パパさん手を握ってあげて!」

「はい、もう大丈夫ですよ。いきんで」


    おぎゃ──!!
 
「産まれました。元気な女の子よ。おめでとうございます」

 助産師さんは手際よく生まれたばかりの赤ちゃんを産湯で洗い、小さな体に小さな産着を着せた。

「はい、抱っこして、パパとママと赤ちゃん、家族三人の記念写真を撮りますよー」

      パシャ!!



◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 あれから半年、この写真を見るとついあの時の事を思い出して笑みがこぼれる。
 巻き添えで出産に立ち会いパパにさせられた、どこの誰だかわからない名無しのヒーロー。

 あの後、後産あとざんでイケボのイケメンは廊下に出されてしまった。その時に帰ってしまったようだ。連絡先もわからず、お世話になるだけなってお礼も言えていない。

 写真は、エプロンにマスク、キャップを付けているし、タクシーの中で見た彼の顔は、痛みで朦朧としていたせいかイケメンだった事ぐらいしか記憶に無い。

 きっと、道ですれ違っても気が付かないかも、それに私も痛みでずーっと顔をしかめたままで、どんだけ不細工になっていたかと思うと気が付かないでいて欲しいぐらいだ。

 そして、病院で撮ってもらった写真は宝物になった。
 どこの誰かもわからないヒーローとの記念写真。
 その写真をデザインフレームに入れてチェストの上に飾った。

 おぎゃーおぎゃー

「はいはい、お腹が空いたのかな?」

 可愛い我が子に母乳をあげる。母親としての至福の時だ。
 
 可愛い我が子であるが、不誠実だったこの子の父親を思い出すとイラッとする。既婚者だった癖に独身とウソをついていた。まんまと騙された事に腹立たしくもあり、三下り半を突き付けた。その後に妊娠が発覚。28歳という年齢を考えれば、産んでおくべきだと思った。

 幸い私には、両親の残した土地があり、それを担保にアパートを建てた。
銀行から借りた建築費のローンとアパートの収益の差額が、毎月一定額入ってくる。

 出産を期に退社、フリーのイラストレーターとして独立し、子育てを優先しながらの生活を選んだ。
 仕事の方は、順調とはいえない。WebにイラストをUPしてそれをダウンロードしてもらうと売り上げになったり、個人に依頼されて書く事もある。
 まあ、ぼちぼち……。

 ある日、有名出版社の編集からメールが届いた。
 人気作家・朝倉翔也の新刊の表紙依頼だった。



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