神島古物商店の恋愛事変~その溺愛は呪いのせいです~

大江戸ウメコ

解けた呪いと恋の行方(3)


 病室で目を覚ましたとき、心にぽっかりと空白があるような妙な気分だった。
 自分がどうして病院にいるかも分からず、それどころか、今まで自分が何をしていたかも思い出せない。
 だけど、目が覚めた瞬間に三枝先輩が俺の手を握ってくれていて、それが妙に印象に残った。

 三枝立花は俺の職場の先輩だ。明るくて気さくで人柄は良いが、どこか抜けたところがあって、いま一つ頼りない。年上のはずなのにあまり年上という感じがしなくて、なんとなく危なっかしくて目が離せない。そんな印象の人だった。

 俺の働く神島古物商店は、古美術品だけじゃなくブランドバッグから貴金属まで、売れそうなものはなんでも買い取る、そういうスタンスの店だ。
 俺は焼き物や絵画といった古美術品が好きで、そういった部類に関してはいくらか知識があった。だけど、宝石や貴金属、特にブランド品にはまるで興味が持てなくて、そういった物品の買取りを苦手としていた。だからだろう。俺が苦手な分野に詳しい三枝先輩と組んで仕事に向かう機会が多かった。
 もしかしたら、俺が少しばかり扱いにくい新人だったから、人当たりの良い彼女が俺の担当として仕事を押し付けられていたのかもしれない。

 一緒に仕事をしていくうちに、三枝先輩は俺にとって気になる人になっていた。きっかけは、俺がべた褒めした中国絵画に彼女が否定的な言葉をむけたことだ。人の言葉や世間の価値観に左右されず、自分の意見を言える人なんだなって思った。三枝先輩は特にブランド品や宝飾品に詳しかったから、なんだか以外だった。中身なんかはどうでもよくて、高価なものは全部良いというようなタイプだと思っていたのだ。
 ガサツなようでいて、品物を丁寧に扱う姿にも好感が持てた。ブランド品が好きなんですか?って聞いたら、返ってきた言葉が印象的だった。

「品物がどうっていうより、その品物がどうしてウチに来たのかが気になるんだよ。もちろん、気軽に買う人もいるけど、高価な品って特別な贈り物だったりすることが多いでしょう? 売られた品が、行き場のなくした想いの果てだと思うと、切ないなって」

 それまで、俺はブランド品をどこか馬鹿にしたような気持ちがあった。そのブランドのタグがついていれば、中身がどうだろうと関係ない。自分を良く見せたい見栄で買われる品物だと。だけど、どんな品でも中古品には買った人の想いと、売られるに至ったドラマがあるのだ。
 そう思ってブランド品について調べてみると、やはり高い品には高いだけの理由やこだわりがあり、その価値を保つために色々な努力があるのだと知った。自分が狭い価値観で物事を見ていたのだと思って、ますます彼女に興味を持った。
 
 こんな風に、自分から誰かを好きだと思えたのは初めてだった。だけど、好きだと思えば思うほど、どう距離をつめて良いか分からなくなった。三枝先輩はまるで俺に興味を示さない。それどころか、なんとなく恋愛を避けている節すらある。下手に距離をつめて、嫌われてしまったらと思うと怖くなって、自分も興味がないみたいな態度で接することしかできなかった。

 それなのに、三枝先輩は俺の手を握っていて、今までとは明らかに雰囲気の違う様子で俺を見つめていたのだ。

「いったい、なにがどうなっているんだ……?」

 三枝先輩が出て行った病室のドアを、俺は茫然と眺めていた。
 先輩が言うには、俺は仕事の途中で簪に呪われて、ここ数日の記憶を失っているらしい。そんな馬鹿なと思ったが、確かに俺の記憶は先輩と一緒に群馬に向かった途中からすっぽりと抜け落ちている。

 呪いを解くために俺はなぜか先輩と夫婦として結婚式を挙げたというのだ。いったい、何がどうしてそんな事態になったのか詳しく聞きたかったのだけれど、先輩の表情を見て言葉を失った。

 三枝先輩はとても悲しそうな、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
 彼女のそんな表情を見るのは初めてで、思わず手を伸ばしたら、その手を叩き落とされてしまった。

「触らないで」

 それは、彼女からの明確な拒絶。
 面倒くさそうにされたことはあっても、そんなふうにあからさまに拒絶されたのは初めてで、心が乱される。そのまま俺が何かを言う前に、先輩は逃げるように部屋を出て行ってしまった。

 いったい何が起こっているのか、俺はまったく理解できなかった。
 だけどおそらく、記憶の無い間の俺が先輩に何かをしたのだろう。
 呪いを解くために結婚式を挙げたと言っていたが、もしかしたら、それが泣きたくなるほど嫌だったのかもしれない。

「……ああ、くそ!」

 俺はがしがしと頭をかいて、胸部に張りつけられたパッドをはがしてベッドを降りた。勝手なことをしてあとで医者に怒られるだろうが、それよりも今は先輩のことが気になる。どうしてあんな顔をしていたのか、俺が何かしてしまったのか。聞き出さないと気になって落ち着かない。

 俺は病室を飛び出して先輩を探した。ナースステーションを出た先輩が、エレベーターに乗っていくのが見える。追いかけようとした瞬間、エレベーターのドアが閉まった。ランプは一階へと降りていく。

「あ、保科さん! ダメですよ、勝手に病室を出ちゃ!」

 ナースステーションを出てきた看護婦さんが、俺を見とがめた。けれども俺はこのまま先輩を帰したくなかった。

「すみません、すぐに戻りますから!」

 看護婦さんにそう叫ぶと、俺は階段へと向かった。先輩が向かったであろう一階まで急いで駆け降りる。肩で息をしながらロビーに出て先輩を探すと、見慣れた後姿を玄関前に見つけた。

「せんぱ……」

声をかけようとして言葉が止まった。先輩の隣には店長がいて、俺がとても入り込めないような雰囲気で言葉を交わしていたからだ。俺が二人に声をかけられずにいると、店長は先輩の腕をとって、病院の外へと連れ出してしまった。

「もう、保科さん! 勝手なことをしないでください!」

 俺を追いかけてきた看護婦さんが、そう叱った後に俺の視線の先を見て、眉根を寄せた。

「もしかして、奥さんと喧嘩でもなさったんですか?」
「え?」
「結婚式が台無しになったのはお気の毒でしたけど、体調は仕方がないことですから」

 看護婦さんは、俺を慰めるようにそう言った。
 ああ、そういえば俺は先輩との偽の式の途中で倒れたんだったっけ?
 そのまま搬送されたので、どうやら病院では俺と先輩は夫婦扱いらしい。
 どう返事をすればいいか困っていると、看護婦さんは同情した目を俺に向けた。

「大丈夫ですよ。着替えを取りに戻るという伝言をもらっていますから。待っていれば、ちゃんと話をできます。だから、おとなしく病室に戻りましょう」
「そう……ですか」

 先輩と、後でちゃんと話ができるだろうか。
 振り返ると、先輩と店長の姿は見えなくなっていた。
 並んで歩く二人の姿は俺と違ってお似合いに見えて、胸のあたりが小さく疼いた。




コメント

  • 大江戸ウメコ

    瑠璃さん感想ありがとうございます!
    そうなんです。ここで、呪いが解けて急展開にしてみました。
    どうぞ、呪いが解けた二人の行く末を見守っていただけると嬉しいです✨

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