神島古物商店の恋愛事変~その溺愛は呪いのせいです~

大江戸ウメコ

京都にて(3)

 簪の入った布袋に素手でふれようとした門崎さんを見て、私は思わずまったをかける。

「すみません、できれば素手で品物に触れるのはちょっと」

 簪はお客様の品物だ。皮脂で汚してしまうのは忍びない。せっかく手袋を持っているのだから、できればそれをつけて触って欲しい。

「ああ、ごめん。でも、素手で触らないと情報が見れないんだ」
「そうなんですか?」
「簪にさわれば門崎さんも呪われる可能性があるのでは?」

 横から心配そうに保科くんが声をかけた。そうか、その懸念もあったのだ。

「その点はたぶん大丈夫。で、素手で触れても良いかな?」

 門崎さんはなぜか自信ありげにそういって、私たちに許可を求めてきた。素手で触れる必要があるというなら仕方がない。あとでちゃんと拭き取れば問題無いだろう。

 頷いて許可を出すと、門崎さんは袋を開いて慎重に簪を取り出した。あめ色の美しい簪が少しだけその姿を見せる。その瞬間、門崎さんは軽く眉を寄せて、それからすぐに簪を袋ごとデーブルに置いた。

「もういいよ」

 どうやら触るのはほんの一瞬で良いらしい。私は保科くんに目配せをして繋いでいた手を離すと、鞄から手袋とクロスを取り出した。手袋を嵌め、クロスを使って簪についた皮脂汚れを丁寧にふき取ってから、再び布袋にしまって古紙で包む。
 きちんと紙でくるむとモヤはまた小さくなる。ちらりと横目で保科くんを見るが、特に異常はなさそうだった。私はほっと息を吐く。

「何か分かりましたか?」
「この簪には、かなり強い思念がこめられてるね」
「思念ですか?」
「ああ。おそらくこちらの手紙を書いた人物と同じ人だと思う。とても強い後悔の念だ」

 簪を箱につめて、元通りの形に戻しながら門崎さんの話を聞く。

「二十代半ばの男性に見えたよ。軍服を着ていたから、軍属だったんじゃないかな。彼にはとても愛している婚約者がいたらしい。けれども、彼らが結婚することはなかった。その手紙を書いてすぐに送り主だった男性は、戦争に行って死んでしまったからだ」

 すらすらと断言されて私は目を丸くした。だって、門崎さんは手紙に触れただけで中を読んでいないのだ。それなのに、戦争に行く前に婚約者に向けて送った手紙であることを簡単に言い当てている。

「彼の死後、この簪は婚約者の元には届かなかったらしい。手紙に行き違いがあったのか、はたまた何かの事故があったのか、そこは読み取れなかったけれど。とにかく、贈りたかった相手に届かなったのは間違いない」
「触っただけで、それだけのことが分かるんですか?」
「誰かを呪えてしまうくらい強い思いだったからね。そういうのが得意だから、この仕事をしている」

 私は感心した気持ちで門崎さんを見た。一緒に入っていた手紙の内容は店長にも伝えていない。だから、店長から内容を聞いたってこともないだろう。

「それで、どうすれば呪いは解けるんですか?」
「俺が知ってるやり方は、霊――この場合は送り主の男性だね。彼の未練を断ち切ってやる方法だ」

 保科くんの問いかけに門崎さんはそう答えて、休憩するように珈琲をひとくち飲んでから説明を再開する。

「彼の心残りは、愛する人と結ばれなかったことだ。死ぬ前に贈ったこの簪も彼女の元へは届かなかった。その霊の強い後悔が簪に宿って呪いになっている」
「なるほど。この簪のいきさつは分かりました。でも、霊の未練なんてどうやって断ち切るんです? この簪の送り主も、その婚約者だった彼女ももう死んでいるはずだ」

 結婚したいほど好きな人がいたのに、その人を残して死んでしまったのか。切なくて可愛そうだなと思ってしまう。もし霊の未練を断ち切れるならば協力してあげたい。

「婚約者の墓があれば、そこに簪を供えてやるのが良いとおもう。あるいは、彼女の血をひく人間に簪を送るか――とにかく、霊が納得して成仏できるきっかけを与えてやるんだ」
「霊が納得、難題ですね」

 私は思わずうなった。どうすれば霊が納得できるかなんて想像もつかない。お墓に簪を供えるにしても、この手紙の送り主の婚約者のお墓なんてどうやって探せばいいのか。

「他の方法は無いんですか? お祓いとか」
「力づくで霊を消し去る方法もあるが、俺は出来ない。できる人間を紹介することは不可能じゃないが……あまりおすすめしないかな」
「どうしてでしょうか?」
「そういうのは反発がすごいんだ。失敗したら余計に呪いが強くなったり、呪いがおかしな風に変質してしまうケースもある。危険を伴うから、最後の手段にした方が良い」

 なるほど。危険だからやめた方が良いってことか。

「簪を壊したらどうなりますか?」
「それもおすすめできない。壊した人間が呪われる可能性があるし、そもそも壊せるかもわからない」
「壊せるかわからない?」
「ああ。霊が憑りついたような品は、変な力が働いて破壊できなかったりするんだ。その簪だって古い品物のはずなのに綺麗なものだろう?」

 指摘されて私は頷いた。桐箱に入れてあったとはいえ、あんな風に紙でぐるぐると巻いて保管されていたのだ。湿気で劣化していて当然な気がするのに、簪は異常なほど質がよかった。

「一番穏便なのが、霊の未練を解く方法なんですね」

 門崎さんに会えばすぐに呪いは解けるのかと思っていたけれど、なかなか道のりは遠そうだ。

「ところで、さっき門崎さんは簪に触っていましたが、呪われませんでしたね。呪われない自信がありそうでしたが、呪われる理由って分かるんでしょうか」

 保科くんは簪に触れた瞬間に呪われてしまったが、私が触っても呪われなかったし、門崎さんにも異変が起きた様子がない。簪に触った人間のうち、保科くんだけが呪われてしまったことになる。

「俺はまぁ特殊な体質だから、そういうものへの抵抗が強いっていうのもある。だけど、手紙に触れたとき、あの霊はだれかれ構わず呪うという感じじゃあないと思った。保科さんには霊が同調しやすい何かがあったんだと思う」
「同調しやすい何か?」
「この霊はちょうど保科さんと同じくらいの年に亡くなってるだろう? そのせいかもしれないし、他にも何か保科さんに共感するところがあったんじゃないかな」

 門崎さんがそういうと、保科くんは何か思うところがあったのか、難しい顔をして黙り込んだ。
 
「とにかく、俺が分かるのはここまでだ。いちおう、簪から読み取れた情報はまとめて後でメールさせてもらうよ。百年ちかく前のことだから、簪の送り先の情報をあんた達が自力で探すってのは難しいだろう? もしよかったら、そういう調査が上手いヤツのところに俺から依頼を出してもいいが……どうする?」
「とりあえず、あとで見積を送ってもらって構いませんか? 店長と相談してみます」
「ん。それがいいだろう」

 ひとまず話はこれで終わりらしい。門崎さんは挨拶だけをして、喫茶店を引き上げていった。残された私と保科くんの間に重い空気が落ちる。
 わざわざ京都まで来たというのに、呪いを解くことができなかった。
 ぬるくなったコーヒーを口に含んで、保科くんは小さく息を吐く。

「これからどうします?」
「どうするって、呪いを解くために、婚約者さんのお墓を探すしかないんじゃない?」
「探せると思いますか? 百年以上も前の人物ですよ。それも、ただの一般人だ。俺達は探偵じゃないんですよ。そんな調査、できるはずがない」

 保科くんの気持ちもわかる。百年前の人物を少ない手掛かりで探せって言われても、何から始めて良いかさっぱりだ。

「でも、どうにかしないと。保科くん、ずっと呪われたままになっちゃうよ」
「俺はもう、それでも良いような気がしてるんですけどね」

 保科くんはそういうと、そっと私の手をとって距離をつめた。

「ねぇ先輩。呪いは解けなかったってことにして、一生、俺の側にいませんか?」

 すがるような声で囁かれて心臓がはねる。

「そりゃあ、不便なことは多いと思いますよ。でも、後悔させないくらい先輩を幸せにします。だから、一生俺の側にいて下さいよ」

 なんという台詞を言うのだろうか。こんなの、まるでプロポーズだ。

 ずっと保科くんと一緒の生活を想像してみる。保科くんは休みの日になったら美術館なんかに出かけたがって、私がそれにつきあったりするのだろう。で、帰りに映画を見たい私が無理に保科くんを引っぱっていって、感想を言い合うんだけど、きっと保科くんは映像の背景に写った美術品の美しさなんかを語りだして、話がかみあわなかったりするのだ。あるいは今の保科くんなら映画中に私の手なんか握ってきたりして、私は映画に集中できなかったりするかもしれない。

 保科くんとの生活も案外楽しそうなんて思いかけて、私は気持ちを落ち着けるために大きく深呼吸をした。そもそも、ずっと離れられないなんて不便すぎるし、なにより、一緒にいたいと言ってくれている保科くんの言葉は、呪いの影響を受けているからなのだ。
 一生私の側にいたいなんて、そんなの、保科くんの本心ではない。

 そこまで考えて、何故かつきんと胸が痛んだ。

「ダメだよ。こんな関係、ダメにきまってる。一時的でも問題なのに、ずっとなんて絶対にダメ」

 私は自分にいい聞かせるようにそう言った。
 もしこれが、呪いなんて関係なくて保科くんの本心だったら。そんな風に考えてしまった自分が嫌になる。

「そう……ですか。分かりました。先輩がそういうなら、呪いを解く努力をしましょう」

 私に断られて、保科くんは悲しそうに目をふせる。けれどもすぐさま顔を上げて、私に触れる手にぎゅっと力を込めた。

「努力はします。だけど、俺が呪われている間は、俺のものでいてください」
「保科くん」
「……今だけで良いので。ちゃんと、分かっていますから」
「うん。呪いが解けるまでの間、ね?」

 私は絞り出すようにそう言って、無理に笑顔を作って見せた。


コメント

  • 大江戸ウメコ

    ありがとうございます!
    今回は説明回でした〜京都の喫茶店に行きたいです。
    明日はもうちょい恋愛よりの話になりそうです

    1
  • 瑠璃

    今日の更新分も、とっても面白かった。
    レトロな喫茶店で2人の距離が近づいたり離れたり。
    う〜ん焦ったい(๑˃̵ᴗ˂̵)
    けど、その焦ったい感じも好き!

    1
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