神島古物商店の恋愛事変~その溺愛は呪いのせいです~

大江戸ウメコ

古民家に眠る、呪いの簪(7)

 アラームの音で意識が覚醒する。音を止めようと手を伸ばしたところで、手のひらが温かい物にぶつかって私は慌てて目を覚ました。隣をみると、すぐ近くで全裸の保科くんが心地よさそうに眠っている。
 
 ああそうか。昨日、保科くんとヤっちゃったんだ。

 お互いに裸で同じブランケットに包まっているというこの状況が、なんだか妙に気恥しい。昨夜のことを思い出して、私はぶんぶんと首を左右に振った。

 もっとこう、欲望の消化といった行為を想像していたのだ。けれど、保科くんは性欲の解消というにはずいぶんと甘かった。私のことを可愛いだの好きだの言い始めて、甘く優しく抱いてくれたのだ。まるで恋人にするような言動を思い出して、私は大きく息を吐く。

 勘違いしないようにしないと。簪の呪いの影響で、保科くんは私への感情がおかしくなっているのだ。そもそも、昨日まで保科くんはそんな素振りを少しもみせなかった。私のことを好きだとかって言うのも、呪いの影響を受けているからに違いない。

 私はアラームを止めると、穏やかに眠る保科くんの顔を見下ろした。
 こうして眠っていると、なんだかとてもあどけなく見える。可愛いなと不覚にもキュンとしてしまい、慌てて感情を打ち消した。

「保科くん、朝だよ。起きて」
「うん……もう少し……」
「寝かせてあげたいけど、着替えも取りにいかなきゃでしょ? そろそろ起きないと」
「ん……?」

身体をゆさぶると保科くんはゆっくりと目を開ける。そうして私と目が合うと、とろけるような甘い目でぎゅっと私を抱きしめてきた。

「おはようございます、先輩」
「ちょっとほら、放してっ」
「先輩、冷たくないですか? 昨夜はあんなにも積極的にしがみついてくれたのに」
「あ~~っ、もう、そういうことを言わない! ほら、起きる!」

 私は顔を赤くしながら保科くんを引き剥がした。一線を越えてしまったことで、保科くんとの距離感がまだ掴めない。

 いつまでも裸でいるのは恥ずかしかったので、私は慌てて落ちていた服を着た。その間、保科くんはベッドの中でニヤニヤと笑っている。

「保科くんも早く着替えなよ」
「ん……もうちょっとだけ。なんか、良いですよね。朝起きたとき、先輩が近くにいてくれるって」

 まるで彼氏のように甘い台詞を履いて、保科くんは幸せそうに笑う。
その様子が一昨日までと全然違っていて、本当に調子が狂う。

「早く準備して。店に行く前に、保科くんの家に寄らなきゃなんだから」

 気恥しさを誤魔化すように私は早口でそう言った。洗面所に移動して、軽く化粧を済まし手早く身なりを整えると、保科くんはキッチンにあったコーヒーを淹れて私を待ってくれていた。

「コーヒー、勝手に借りましたよ」

 そう言うと、保科くんはダイニングテーブルにマグカップと袋に包まれたサンドイッチを置く。

「どうぞ。昨日、コンビニで買ったものですけど」
「ありがと」

 袋からサンドイッチを取り出して口に含む。タマゴとサラダの組み合わせは好きだ。保科くんは私が身支度をしている間に食べ終わったのか、コーヒーを飲みながらにこにこと食事をする私を見つめていた。

「見てて楽しい? あんまり見られると食べにくいんだけど」
「先輩を見ているのは楽しいですよ。できればずっと眺めていたい」

 保科くんから放たれる空気が甘い。呪いが強くなっているんじゃないだろうかと不安になる。とんでもない居心地の悪さを感じて、私はほとんど噛まずに手早くサンドイッチを食べ、コーヒーを流し込む。

「保科くん。できればそういうのやめて欲しいんだけど」
「そういうのとは?」
「なんていうか、私を好きみたいな感じに言うの」

 保科くんは不思議そうに目を瞬いた。

「昨夜も言いましたが、俺は今、先輩が可愛く見えて仕方がないんです」
「呪いのせいでそうなっているのは分かってる。でも、本当に調子が狂う」
「諦めて下さい。色々と言葉を我慢するほうが辛いんですよ。人前では気をつけますから」
「本当に気をつけてよ?」

 呪いのせいでこんな感じになっているが、私たちは恋人というわけではないのだ。周囲に誤解されたくないし、何より職場でこんな甘い空気を出されてはたまらない。

「職場では我慢しますから。二人のときくらいは、くっつかせてください」

 保科くんはそういうと、懇願するように私の手を掴んで、その甲にちゅっとキスをする。私は赤くなってしまった顔を誤魔化すように、大きく咳払いをした。

「保科くん。私、保科くんの彼女じゃあないんだけど」
「今だけで良いって言ったじゃないですか。呪いが解けるまでの間だけ、俺につき合って下さい」

 そうなのだ。昨夜、保科くんとそういう約束をした。
 保科くんは呪いのせいで、私のことが好きという感情が溢れて止まらないらしい。私から離れると体調が悪くなって倒れてしまうし、逆に私に引っ付いていると精神が落ち着いて元気が出てくるのだとか。
 そういうこともあって、保科くんの呪いが解けるまでの間、期間限定で恋人のような役回りをすることを約束させられたのだ。

「私の心臓が持たないんだよ。保科くんのことを好きになっちゃったらどうしてくれるの」
「その時は責任をもって彼女にしますから、安心してください」

 保科くんは楽しそうにそんな提案をする。けれども私はちっとも安心なんて出来なかった。なにせ保科くんは、呪いで感情がおかしくなっているのだ。今は私を好きで彼女にしたいなんて思っていたとしても、呪いが解けたらもとに戻るに決まっている。
 そんな相手を好きになってしまったら、悲惨ではないか。

 絶対に絆されないように気をつけようとかたく誓って、私は保科くんと家を出た。


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