神島古物商店の恋愛事変~その溺愛は呪いのせいです~

大江戸ウメコ

古民家に眠る、呪いの簪(5)

 十五分後、保科くんは私の家のリビングにいた。まさか、自分の家に保科くんを招くことになるとは思っていなかった。見られて不味いものはないはずと思いながら、私はざっとリビングを見回す。

 キッチンと一体になったリビングは、全体的に白とブルーでまとめてある。落ち着いたネイビーブルーのラグはお気に入りだ。家具は少なく、壁に飾り棚がある以外はソファーとローテーブル、食事用の小さなダイニングテーブルが置いてあるだけ。雨の日はリビングに洗濯物を部屋干ししているのだけれど、今日はそういったものも片付けてあってほっと息をはく。

「とりあえず、座ってよ」

 私がすすめると、保科くんは申し訳なさそうな様子で小さな二人掛けソファーに座った。所在なさげな保科くんをみて、どうしたものかと私も眉を下げる。

「まさか、簪だけじゃなくて、私から離れても気分が悪くなるなんてね」

 私を送ったあと自宅に帰ろうとした保科くんは、このマンションから離れるにつれてまた具合が悪くなったらしい。二度目の体験にこれはヤバイと感じて、慌てて私に電話してきたのだ。
 
「すみません、家に入れてもらって」
「うん。まぁ、放置もできないしね。しかし、どうしたものかな」

 簪と離れられないのはまだいい。よくはないが、持ち運びができるし、そこまで大きなものでもないので致命的に困ることはないだろう。だけど、私から離れられないというのは大問題だ。このままだと保科くんは家に帰ることすらできない。

「この簪の――呪いでいいんですかね? それをどうにか解かないとマズいですね」
「お祓いに行けばいいのかな。でも、お祓いって普通の神社でやってるもの?」

 厄払いの祈祷ならばともかく、こんなお祓いなんて普通の神社でやってくれるイメージがない。どこかにそういうことを得意としている場所があるといいけれど、インターネットで調べられるだろうか。店長も前に似たようなことがあったみたいだし、相談したら教えてくれるかもしれない。

「あとでお祓いをしてくれる場所がないか探してみます。けど、今日は……」
「ウチに泊るしかないよね。ちょっと寝にくいと思うけど、ソファーでもいい?」

 二人掛け用の小さなソファーなので、寝るにはちょっと厳しいと思う。ラグの上で寝るのとどちらがマシだろうか。
 私が悩んでいると、保科くんは驚いたように目を丸くした。

「泊って良いんですか?」
「そのつもりで来たんじゃないの? っていうか、今の状態じゃあそうするしかないよね」
「いや、そうですけど、そうなんですけど。先輩、ちょっと無防備過ぎません?」

 まさか頼ってきた相手に叱られて、私は肩をすくめた。
 そりゃあ確かに、一人暮らしの女が異性を気軽に家に泊めるのはいただけない。けれども流石に、今回ばかりは非常事態だと思うのだ。

「そうかもしれないけど、私が出て行けって言ったら保科くんはどうするの」
「家に帰る……のは無理そうなので、近くのコインパーキングで、軽トラの中で寝ますかね」

 なるほど。そういう手もあるのか。
 いやしかし、それだとゆっくり身体を休めることもできないだろう。ただでさえ色々なことが起きて、今日は疲れているはずなのに。

「近くのコインパーキングって、ここから五十メートルくらいだよね。それくらいなら、離れてもなんともないの?」
「少し不愉快な感じはしますが、耐えられないほどじゃありません」

 耐えられないほどじゃないってことは、言いかえれば、ちょっとは辛いってことだ。異性を家に泊めることが無防備と言われようが、保科くんにそんなのを強いることはできない。

「泊っていきなよ。保科くんのことは信用してるし、変なことをしたりしないでしょ?」
「俺を信用するのは止めて下さい。普段ならともかく、今はちょっと自信ないんですから」

 保科くんは困った顔で首を左右にふった。
 ああ、そうか。呪いの影響で私に触りたいとか、そういう欲求が起きているんだっけ。
 
「でもさ、昼間みたいに人格がおかしくなってはいないよね。意識は保科くんっぽいし」
「まあ、あの時ほど頭がイかれてはいませんけど」
「だったら大丈夫でしょ。保科くんが正気で私を襲うとか、想像できないし」

 私は言いながら、リビングから私室に移動してクローゼットを開けた。ハンガーにかかった、今は使っていない冬用のコートや衣服の足元をゴソゴソと漁る。確かこの辺に入れてあったはずだ。
 目的の紙袋を見つけて、私はそれを保科くんに向けて差し出した。

「はいこれ、貸してあげる」
「なんですかこれ。……男物のシャツ?」
「ズボンは私のを履いてもらうしかないんだけどね。保科くん細身だし、ウエストがゴムのやつならいけるよね」

 私は保科くんでも履けそうなズボンを探してベッド下の収納を漁る。だぼっとした作りのルームウェアなら彼でも履くことができるだろう。どう考えても丈は合わないだろうけど、そこは我慢してほしい。地味な紺色のスウェットがあったのでそれを差し出すと、保科くんはなぜか手元のシャツを険しい顔で睨んでいた。

「保科くん、どうしたの?」
「え……いえ。三枝先輩、彼氏いたんですか?」
「は? いや、いたら流石に保科くんを家に泊めたりしないけど」

 いくら非常事態とはいえ、彼氏がいるのに別の男を家に泊めたりは流石にしない。

「でも、この服は……もしかして、元カレの忘れものとか?」
「冗談じゃない。っていうか、もう彼氏なんて何年もいないわよ」

 元カレという言葉で嫌なことを思い出して、私は顔をしかめた。彼氏なんて特に欲しいとも思わない。今は仕事が楽しいし、毎日が充実しているからそれで充分だ。

「その服は弟のなんだよね。前に実家に帰ったときに、私の荷物に紛れちゃってて」

 母さんが洗濯をしてくれたときに私のと間違えて、私もそれに気がつかずに持って帰ってしまったのだ。今度会ったときに返そうと紙袋に入れたまま、数ヶ月ほど放置していた。弟の持ち物だけれど、非常事態だし勝手に貸してしまっても怒られないだろう。
 私が説明すると、保科くんは表情をやわらかくした。

「なんだ、弟さんの。先輩、弟がいたんですね」
「なかなか可愛いのよ。三つ年下だから、保科くんと同い年じゃないかな」

 生意気な子ほど可愛いというか、保科くんに散々嫌味を言われてもなんとなく上手くやれてしまうのは、同じ年の弟がいるせいかもしれない。
 保科くんは軽く唇を尖らせて、複雑そうな顔でシャツを観察している。趣味に合わなかったのだろうか。けれども、非常事態なので文句は言わないで欲しい。

「お風呂、私の後でも良い?」
「先輩の入った後ですか?」
「え、文句あるの? 誰かの残り湯とか許せない人?」
「そういう意味じゃありませんけど。……いえ、先輩が良いならいいんですが」

 保科くんはなぜか顔を赤くして、気まずそうに顔を反らした。今の会話のどこに照れる要素があったのだろうかと私は首をひねる。

「マンションのすぐ隣にコンビニがあるから。私がお風呂入ってる間に下着とか、必要なもの買っときなよ」

 多少具合が悪くなるかもしれないけれど、パーキングが大丈夫ならコンビニくらい行けるだろう。私がそういうと、保科くんは頷いて財布をポケットにつっこんだ。

「そうさせてもらいます。部屋で待つのも落ち着きませんし」



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