神島古物商店の恋愛事変~その溺愛は呪いのせいです~

大江戸ウメコ

古民家に眠る、呪いの簪(2)


 嫌な予感は当たるというか、例の件の担当は私と保科くんに割り当てられた。今日は遺品整理と査定を行う日で、彼と二人でクライアントの母の家に向かう。
 目的の屋敷は群馬県にある。東京から高速を使って数時間、疲れる運転になりそうだ。神島古物商のロゴが入った軽トラのドアに手をかけると、保科くんが秀麗な眉を歪ませた。

「三枝先輩。鍵、貸してください。俺が運転しますんで」
「え、保科くん運転代ってくれるの?」

 ラッキーと思いながら軽トラの鍵を手渡すと、彼は冷たい目で私を見下ろす。

「三枝先輩の運転は乱暴なんで。隣に乗っていると酔うんです」
「は?」
「ブレーキ急だし、クラッチ揺れるし、よく免許取れましたよね」
「はぁ!?」

 保科くんは涼しい顔で嫌味を言うと、くるくるとキーを回しながら運転席へと乗り込んだ。怒りで震える私に構わず、さっさとキーを差し込んでエンジンを作動させる。
 確かに保科くんがいうような点もあるかもしれない。AT車ばかり乗っていた私は、この店に就職してから初めて行う軽トラの運転に戸惑った。教習所で練習した以来の久々のミッション操作だったからだ。けれども、流石にそろそろ慣れたし、他のメンバーに運転技術を指摘されたことはない。

 保科隼人、やっぱりムカつく!

 私はぐっと拳を握りしめてから、乱暴に助手席に座ってシートベルトを締める。じろりと保科くんを睨むが、彼は私などチラリとも見ずに涼しい顔で地図を確認していた。シートベルトを締めると、滑らかな操作で車を発進させる。
 まったく、文句をつけるだけあって私よりも上手いのがなお腹立たしい。

 保科くんが運転をしている間、私は鞄から今回の資料を取り出してチェックする。遺品整理の際に売らずに残しておきたいものや、クライアントの要望、事前に聞き取りを行った際の注意などがリストしてあるものだ。蔵の中身についてのヒアリング結果も書いてある。

「今回の依頼、先輩の出番ってあるんですかね」

 保科くんがぽつりと零した言葉に、私はぐっと押し黙る。買取りの仕事といっても、ウチはそれぞれのスタッフに得意、不得意がある。私はブランド品や時計、貴金属、毛皮、切手とかを広くこなすけれど、保科くんは骨董品や掛軸、絵画や書といった古美術品が専門だ。仕事のために知識を覚えた私と違って、保科くんはもともとそういった品が好きで、趣味で知識を蓄えていたらしい。

「荷物の整理とかは役に立つし。宝飾品とか貴金属があれば私の方が得意だし」
「宝飾品や貴金属はリストにありませんでしたけど」
「蔵の中身はちゃんと覚えてないって言ってたじゃん。そういうのもあるかもしんないでしょ。っていうか保科くん、もうちょっと柔らかく話せないの?」
「クライアント相手にはちゃんと取り繕っていますよ」

 保科くんの接客は何度も見たことがあるので、それは知っている。接客が出来ないわけでは無いのだ。だから、その気になればちゃんと私を年上の先輩として敬えるはず。

「私相手にも、もうちょっと取り繕うよ。これでもいちおう先輩だよ、三歳も年上だよ」
「知っていますよ。だから、敬語を使っているじゃないですか」
「敬語を使えば良いってもんでもないよね!?」

 私の小言など、どこ吹く風といった様子で保科くんはハンドルを握っている。まったくもって生意気な後輩である。店長でさえ真贋を迷う作品をあっさり言い当てたり、こと美術品に関しては思わず唸るほど知識があるくせに、ヒューマンスキルは全然だめだ。
 ちょっと顔が良いからと、周りに甘やかされて育ったのではないだろうか。しかし、彼ももう二十五歳だ。もうそろそろ、良い感じの社交性を身につけて欲しい。

「まったく。後輩が入ってきたらどーすんの。今はいないから良いけど、そんな調子で接したら泣いちゃうよ?」
「ちょっと強く言ったくらいで泣くような人間、相手にしたくありません」
「問題発言だよ、保科くん。もー、絶対に後輩の指導とか担当させられないじゃん!」
「俺、指導とか向いて無いんで。もし新人が入ったら三枝先輩お願いします」
「さりげなく仕事押しつけようとしないでよ。古美術希望だったら保科くんの方が適任なんだから」

 対人関係を円滑にしようという気はないのだろうか。いや、あったら問題児扱いされていないだろう。仕事のミスは少ないのに、みんな、保科くんと組むのは嫌がるのだ。でもって、なぜか私にお鉢が回ってくる。私だって、後輩にけちょんけちょんに言われるの、嫌なんだけど。

「クライアント相手には取り繕えるんだからさぁ。やればその毒舌を封印できるじゃん」
「言いたいことを言わず、俺にストレスを溜めろと?」
「保科くんのせいでこっちがストレスだよ!」
「大丈夫ですよ。ちゃんと言う相手は選んでますんで」
「選んでてそれなの? 私、保科くんの先輩なんだけど」
「三枝先輩って打たれ強いですよね。そのメンタルの強さ、尊敬するなぁ」

 やいのやいのと言い合いながら、高速道路を走って群馬県へと向かう。文句を言いながらも、なんだかんだで保科くんと会話を弾ませてしまうから、私が彼の面倒を見る羽目になるのかもしれない。






 三時間ほど車を走らせて到着したのは一軒の古民家だ。数寄屋すきやづくりの立派な門をくぐると、軒のついた大きな玄関が見える。長い縁側があり母屋と離れに別れているようだ。大きな家だが、あまり手入れされていないのか所々が荒れていた。変色した壁板は一部が剥がれ、庭には青々と雑草が茂っている。年老いたクライアントの母がひとりで管理していたらしいので、行き届かなかったのだろう。

「古くて立派な家ですね。これは期待が持てそうです」
「古美術品がたくさんあるといいね」
「ブランドバックはなさそうですね。残念、先輩」
「私、別にブランド品が好きってわけじゃないからね? 仕事だから覚えただけで」

 あと、ブランド品以外もちゃんと査定できるから。じろりと保科くんを睨むと、彼はふっと口元を歪めて屋敷の中へ入って行った。私は肩を竦めて彼の後を追う。今回依頼されたのは蔵の整理だけだ。母屋や離れは無視してまっすぐに蔵へと向かう。

「おお、なかなか立派な蔵じゃないの」

 経年でくすんだ白い壁には腰板が張られていて、明り取りの小さな窓の上には家紋の妻飾りがつけられている。
 私はデジカメで蔵を撮影した。今回はクライアントの立ち合いが無いので、私たちが触った場所が分かるように、現状の写真を撮影してからのチェックなのだ。
 クライアントから預かった鍵を錆びた金属に差し込むと、歪んだ木製のドアがギシギシと抵抗しながら開いた。籠った熱気と独特の埃の匂いが解放されて、思わず私は咳き込む。蔵の中は薄暗く、天井近い明り取りの小さな窓から差し込んだ光がキラキラと埃を反射していた。いちおう電気は通っているらしく、壁に張り付いた古めかしいスイッチを入れると、天井に張りついた白熱電球が遅れてチカチカと点灯する。

「毎度のことだけど、夏場の作業は嫌だね」
「先輩、熱中症で倒れるのは勘弁してくださいよ。俺、救急車とか呼ぶの嫌ですからね」
「保科くんもね。お宝に夢中になって水分補給忘れないでよ」
「分かってますよ」

 必要な写真を撮ってから、蔵の中身をひとつずつ見分していく。段ボールや木箱が積み重なっていて、奥には古めかしいアンティーク家具もあった。状態によってはあれも買取ができそうだ。
 私と保科くんは協力して蔵の中身を整理していく。古美術品が見つかれば保科くんに回し、それ以外の品は私が査定してリストにまとめていく。

「うわっ、これ良いなぁ。九谷焼の絵皿。この鮮やかな彩色が見事ですよね。この辺の緻密な感じとか好きだなぁ」

 保科くんは箱の中の絵皿にうっとりと見とれている。彼の場合、鑑定をしているのかただ見とれているのか分かり辛いのが難点だ。いや、裏印も確認しているし、ちゃんと仕事はしている。さらっと紙に査定を記入して、彼は楽しそうに口を開いた。

「絵皿、他にもあります? どんどん俺に回してくださいね」

 こんなにも暑いのに、楽しそうで何よりだ。絵皿の箱と一緒にペットボトルの水も差しだす。彼の場合、本当にのめりこんで水分補給を忘れそうだから怖い。続けざまに三点ほど鑑定を終えると、保科くんは次の大きな桐箱の蓋を開けた。

 蔵の扉は開け放しているが、熱気がこもってだらだらと滝のように汗が流れた。埃で汚れた手袋で何度も汗をぬぐう。

「はぁ、あっつい。なんか涼しくなるような話、ない?」
「なんですかいきなり。怪談でもしましょうか?」

 部屋の角に置かれた段ボールの中を確認しながら、保科くんが言った。

「怪談? 保科くん、オカルトとか好きなの?」
「好きですよ。俺が古美術品に興味を持ったのも、それが転じてみたいな感じですし」
「え、どういうこと?」
「古い品物って、それを作った人間や集めた人間のいわくがあったりするじゃないですか。中には次の持ち主を呪ったなんて言われる品もあって。ほら、持ち主が次々不幸に遭う絵画とか。そういうの、楽しくないですか?」

 保科くんは、切れ長の目を生き生きと輝やかせて箱を開封している。私はちょっと眉を顰めて、手元の古びた桐箱を見つめた。いやいや、呪いとかそんな、非現実的な。

「やめてよね。私達、まさにそういう品を扱う仕事なんだからさぁ」
「先輩、そういうワケありの品にあたった経験ってないんですか? 店長はあったって言っていましたよ。霊が憑いている時計で、鑑定したら気に入られて家までついてきたそうです。毎日金縛りにあって、お祓いにいってやっと普通に戻ったんだとか」
「は!? 聞いたことないんだけど。冗談よね?」
「先輩、心霊現象とかオカルトとか駄目そうですもんね。店長が気を使って言わなかったんじゃないですか?」

 保科くんは意地の悪い声でくつくつと笑った。私は顔を青くして周囲の品物を眺める。この蔵にあるのはまさに、そういった霊が出てもおかしくなさそうな古い品ばかりなのだ。

「保科くん、査定中にそういう話するの、酷くない!?」
「先輩が涼しくなる話はないかって聞いたんですよ」
「ゾクっとしただけで、体感温度は熱いままだよ。あ~、怪談とか嫌だ嫌だ」
「おっと。先輩、見て下さいよ。これとかかなりヤバめじゃないですか?」

 保科くんはそういうと、箱の中身を私に見せてくれた。小さな桐箱の中には、一枚の紙札かみふだと封筒、そして同じく古紙でぐるぐると梱包された何かの塊が入っている。保科くんが持ち上げた紙札は、茶色く変色した古いもので、なにかの御神札おふだのようにも見える。漢字に似ているが文字ではない、私には理解できない模様が描かれていた。

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