神島古物商店の恋愛事変~その溺愛は呪いのせいです~

大江戸ウメコ

古民家に眠る、呪いの簪(1)

 ことの起こりは、我が神島古物商店かみしまこぶつしょうてんに寄せられた一件の依頼だった。

 その日、私は店でカウンター業務を担当していた。うちの店は買取り専門ということもあって、お客様が頻繁に来るわけでは無い。平日の昼過ぎともなればそれは顕著だ。そういうときは、買い取った品物の手入れや、商品用の写真撮影などを行う。

 私はつい先ほど買い取った指輪の清掃を行っていた。売りに来たのはまだ二十代の女性で、別れた恋人に貰った思い出の品だと言っていた。自分で持っているのが辛いので、未練を断ち切るために売って前を向きたいのだそうだ。
 有名なブランドのプラチナ製だったので、それなりの値段で買い取ることができた。結婚指輪にも使われる、Pt900の高品質なプラチナ素材だ。
 プラチナは皮脂汚れに強く、ずっと身に着けていても痛みにくい金属だ。特別な日にだけつけるのでは無く、恋人の印として日常的に身につけていて欲しい。きっと、元々はそういう気持ちで贈られた指輪なのだろう。

 洗浄液を綿棒につけて、少しだけついた汚れを丁寧に拭き取る。買い取った品を綺麗にしていくこの作業が私は好きだった。この品物が刻んできた歴史、前の持ち主の思い出。そういうものを洗い流して、できるだけまっさらな状態で新しい持ち主の元へと品物を届ける準備をする。

 軽く洗浄をすませ、仕上げに柔らかいクロスで指輪を拭うとジュエリーケースにしまう。次は売られずに最後までご主人様のところにいられるといいね。そんな風に思いながら、指輪をジュエリー類の分類ケースへと収納した。

 カランと店のドアにつけられたベルが鳴る。次のお客さんがやってきたようだ。

「いらっしゃいませ」

 笑顔をつくって声をかけると、入ってきたのは品の良いスーツを着た四十代の女性だった。彼女はこういった店に慣れないのか、不安げに店内を見回したあとに、おずおずとカウンターへと近づいてくる。

「あの、こういったお店で遺品整理を行ってくださると聞いたのですけど」

 遺品整理のご相談と聞いて、私はちょっと背筋を伸ばした。相談内容にもよるが、遺品整理は大口の買取りになりやすい。

「どうぞ、おかけください」

 お客様に席を進めて、私はカウンター越しに彼女と向き合った。女性が座ってひと呼吸ついたのを見計らって口を開く。

「遺品整理のご相談、ありがとうございます。どういった品を買い取り希望されているのでしょうか」
「それが、色々あって私もあまり把握できていないんです。掛軸とかお皿とかが何枚も。あとは、昔からずっとある古い家具だとか、もうゴミみたいなものもあるんですけど、とにかく、蔵の中にたくさん」
「蔵ですか?」
「ええ。群馬に住んでいた実母の家なんですけど、私以外に誰も受け継ぐ人がいなくて。だけど私も東京に家族がいますから、家ごと処分してしまおうかと考えているんです。ただ、私の祖父が骨董品とかが好きな人で、色々と集めたものが整理もされずに蔵の中に押し込まれている状態でして。とにかくものが多いので、捨てる前に、売れるものがあれば売ってしまいたいと思いましてね」

 なるほどと私は頷いた。これはやはり、大口の案件になりそうだ。

「そうですが、ご相談いただきありがとうございます。できればゆっくりとお話を伺いたいのですが、お時間は大丈夫でしょうか?」
「はい。今日でしたら、三時くらいまでなら」
「十分です。よければ、こちらの相談室でお話をお伺いさせていただければと。――保科くん」

 私は店の隅にある相談室を指してから、カウンターの奥にある事務所のデスクで鑑定業務をしていた後輩を呼んだ。
 彼はゆっくりと立ち上がるとカウンターへ来て、切れ長な目で私を見る。

「先輩、呼びました?」
「私はお客様と相談室に入るから、カウンターお願い」
「わかりました」

 保科くんはほんの少しだけ嫌そうに顔をしかめてから頷いた。

 彼は名前を保科隼人ほしな はやとといって、二年前にうちの店にきた私の後輩だ。背が高く、どこかの俳優かと思うくらいに整った容姿をしている。少し細い切れ長の目は冷たげで、なんとなく人を寄せ付けない空気があった。
 容姿が良いのでカウンターに立つとお客様に喜ばれるのだが、興味のない買取りだと接客が少しおざなりになるのが難点だ。まぁ、おざなりになるといっても、良く知っている人間でなければ気づかない程度なので、問題を起こしたことはないのだが。
 
 保科くんにカウンターを任せて、私はお客様と相談室へと向かう。
 ちょっとした個室になった相談室は、革張りのソファーとマホガニーのテーブル、観葉植物が置かれた、落ち着いた雰囲気の空間だ。お客様にソファーをすすめると、珈琲をお出ししてからヒアリングに入る。

「本日担当させていただきます、三枝立花さえぐさ りっかと申します。よろしくお願いいたします」

まずはそう挨拶をして、私は名刺をお客様にお渡しする。

「ご依頼は、遺品の整理――蔵の片づけということでよろしいでしょうか」
「はい。可能なら、買い取れないものも全部引き取っていただきたくて。どうせあとは処分するだけなので、全部片づけてくれると助かるのですけれど」
「はい。別料金になることもあるのですが、こちらで不用品を処分することも可能です」

 質問に返答しながら、私はヒアリングシートを埋めていく。

「まず、売れるものがあるか、いくらくらいになるか、実際に母の家に来て見ていただくことって出来るんでしょうか?」
「出張買取も行っておりますので問題ございません。査定中に現金や権利書などの貴重品が出てくることもございますので、そういった品物は分類してお客様にお渡しすることになっております」

 蔵の片づけと遺品の分類は有料だ。その中で買い取りができる品があれば、かかった費用をそこから差し引いていく。買取り品が多ければお客様に代金をお支払いするが、査定の結果、買い取れるものが無ければお客様に遺品整理費用を支払ってもらうケースもある。そういった説明を行って、まずは遺品整理にかかる費用の見積もりを出した。

「現地におもむき遺品整理を行いましたら、買取り可能な品物の見積もりとリストをお渡しいたします。もちろん、その中に売りたくない品や価格に納得できない品があれば省いていただいても構いません。処分品についても同様です。きちんとご納得いただいた上でのお品物の引き取りとなっております」

 一通りの説明を終えてから、お客様の返事を待った。彼女は私が出した見積をしばらく眺めてから、お願いしますと頷いたのだった。
 


 依頼が決まってからもヒアリングは続く。分かる範囲での蔵の大きさや、蔵の中にある品物について聞き出してからシートを埋めていく。

 基本的に査定や買取りのときはクライアントに立ち合いをしてもらうのだが、今回は彼女が東京に住んでいることや、査定に時間がかかりそうなこと、クライアントに仕事があってあまり休めないことなどから立ち合いなしの査定となった。従業員のスケジュールなどを考えながら、査定の候補日をいくつか決めたら相談は終わりだ。

 お客様を店の出口まで見送ると、肩の力を抜いてふうっと大きく息を吐きだした。


「三枝先輩、お疲れ様です」
「保科くんも、カンウターありがとうね。買取りあった?」
「二件ありましたよ。ハズレばかりです」

そういう保科くんの席の隣には、ブランド物のバッグと時計が置かれていた。

「ハズレとか言わないの。保科くんの趣味とは違うだろうけど、古美術品よりもこういう品の方が買い取った後にすぐさばけるんだからね」

 彼は重度の古美術品好きで、その知識に関してはベテランの店長さえも唸るほどだ。古美術品の鑑定では頼りになるが、それ以外の仕事になると途端にやる気がなくなる問題児でもある。
 そもそも、今どき古美術品を売りに来る客の方が珍しいのだ。彼のそういった品への知識は尊敬するが、このムラっ気は扱いづらくて仕方がない。

「苦手なんですよ、こういう品の買取り」
「やる気がないだけでしょ。どう考えても古美術品の買取りより覚えること少ないよ。いちおう、チェックするから明細みせて」

 保科くんが出した査定額を見てから、買い取った品物を再チェックする。商品の状態や品質、現在の相場など。どれも問題なく査定出来ているではないか。

「ちゃんと出来てるじゃん」
「どっちも、よく買取りがあるから覚えとけって、先輩が前に言っていた品じゃないですか」

 保科くんは口を尖らせてそういうと、はぁと小さく息を吐いた。

「もうデスク戻っても良いですか? 写真鑑定中の依頼品に斉白石さい はくせきの魚図があったんですよ。先輩も見ます? 簡素ながらも、力強く繊細な筆の運び。滅茶苦茶興奮しますよ」
「申し訳ないけど、私には中国絵画の良さはさっぱりだから」

 私が言うと保科くんは愕然とした顔をした。専門分野が違うのだ。そう言う話題は店長にでもふってほしい。

「ああ、でも今回の依頼は保科くんが喜びそうだよ。蔵の整理だって」
「蔵ですか、内容は?」
「掛け軸や焼き物が数十点。数はクライアントも把握してないって。おじいさんの趣味だったらしいよ」
「あ、俺行きます。メンバー入れて下さい」

 案の定、保科くんがすぐさま食いついてきて私は笑う。

「私に言わないでよ、スケジュール決めるのは店長だし。でもまあ、保科くんになる確率が高いんじゃないかな」

 古美術品は鑑定できるメンバーが限られているのだ。保科くんが担当になる確率は高いだろう。大体はペアを組んで現場に向かうから、もう一人は保科くんの苦手分野をカバーできる人物になりそうだ。

 そう考えてから、私が担当させられる気がしてちょっとだけ息を吐いたのだった。

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