視線が絡んで、熱になる
episode9-3
その日、仕事を早く終えることが出来て珍しく定時にパソコンの電源をおとした。首から下げている社員証を取ると業務終了の合図だ。
今日は午前中から、シャイン本社に行ってまさかの元カレと再会するという最悪な状況だったからか午後の校正の仕事もはかどらなかった。
納期に影響するような業務はとりあえずはないようだから、お疲れ様でした、と言ってフロアを出る。
エレベーターに乗っていると、ちょうど総務の女性たちと一緒に乗り合わせる。
彼女たちは琴葉に目もくれずに楽しそうにお喋りをしていた。
どっと疲れが押し寄せながら聞こうとも思っていないのに彼女たちの会話が耳に入ってくる。
「聞いた?不破マネージャーの話」
「え、何々?」
柊の名前が出たことにより、強制的に耳が彼女たちに向く。
「何か誰かと交際しているらしいよ。相手はうちの会社の社員じゃないかって」
「え?!そうなの?!智恵さんじゃない?」
「それは元カノでしょ?今はだって確か新しい彼氏いたと思う。ほら、だって野崎さんが智恵さんがめちゃくちゃイケメンの男とデートしてるの見たって言ってたし」
「ええ、じゃあ誰?ていうかどうして不破マネージャーに彼女がいるってわかったの?」
「一年目の子が告白したらしいの。営業5部?の子かな。そうしたら彼女がいるからって断られたって!」
「え!そうなの?何よそれ。彼女出来ちゃったの?でもうちの会社に目を見張るほどの美女なんているかな」
「…うーん、じゃあ別の会社かな?告白した子が、うちの社員ですかって聞いたらしいよ。そうしたらそうだ、って言われたんだって」
「えぇ、ちょっとショック~。目の保養だったのに彼女いるのね?」
「らしいよ。今じゃ、彼女が社内にいるっていう噂を信じて誰なのかみんな捜してるって!ていうか、あなた旦那いるじゃない」
「いいのよ。目の保養は別!」
ちょうどエレベーターのドアが開いて二人が先に下りていく。
二人が完全にエレベーターから姿を消してようやく琴葉は息を吸った。
まさに二人が今していた会話は自分のことだった。心臓がとてつもない速さで動き出すから呼吸もまともにできなかった。
「…探してるんだ」
柊の彼女探しがどれほど浸透しているのかは不明だ。それに彼女だということがバレたとしても社内恋愛は禁止ではないし何も隠すことはない。
でも柊の彼女は智恵のような美人であると皆が思っていることを知る。
もっと綺麗になりたい。
もっと綺麗になる努力をしたい。そうすれば、柊の隣を歩いても恥ずかしくはない。
いつの間にかそう思えるようになっている自分が好きだった。
♢♢♢
今日は柊の自宅へ泊まる日だ。
今日は柊の帰宅が遅いらしく事前に連絡があった。
意外に連絡などがマメでそのお陰で安心することが出来ている。
夕飯を作りながら、何度もため息を溢していた。
それは、春樹のことだった。金曜日に個人的に会う約束をするべきではないことは理解している。しかし取引先であるわけだし、春樹がどうして再度琴葉に会いたいのかその理由も気になっていた。
電話番号の書かれてあるメモは、まだジャケットのポケットの中にあった。
「ただいま」
「おかえりなさい」
柊が帰宅した。社内での仏頂面とは反対の優しい笑みが琴葉に注がれる。
「夕飯ちょうどできたところです。食べましょう」
「そうだな」
今日はキーマカレーを作っていた。柊のリクエストだったから作った。
ダイニングテーブルにそれらを並べて着替えてきた柊と一緒に夕食を食べた。
今日のことは彼には内緒にする予定だった。
――…
…
夕食後、二人ともお風呂も終えて柊がリビングで本を読んでいるのを確認しながら琴葉は寝室へ向かった。
普段よりも疲れているのは、春樹との件があるからだ。
どうしようか、ずっと悩んでいた。
ベッドの縁に腰かけて、そろそろ寝ようかと思っていると寝室のドアが開く。
柊が琴葉に近づく。
「今日は、どうだった?」
「…今日?仕事の話ですよね」
「そうだ」
「あぁ、えっと…大丈夫です。だんだん慣れてきたというか、」
「そうか。俺はお前のことならなんでもわかると自負している」
琴葉の口から小さな声が漏れた。柊が琴葉の隣に腰を下ろす。ふんわり、優しい香りが鼻孔を擽る。
「今日、様子がおかしかった。今も、だ」
「……」
「何かあるんじゃないのか」
琴葉は確信していた。
柊はわかっていて聞いている。今日の午前中、シャインに行って元カレに再会したことを彼は知っていると思った。そうでなければ、柊のこのすべてを見透かしたような目が自分に向くはずがないし、こんな質問をしない。
「…ごめんなさい。実は、」
パジャマの裾を握り、ゆっくりと話す。
柊は終始無言だった。黙って琴葉の話を聞く。ようやく話し終えると、琴葉は安堵から瞳を潤ませていた。
「そうか。すまない。実は知っていた。今日お前の様子がおかしいから新木を呼び出して訊いた。上司として部下に何かあったら困るからな。シャインの担当者が琴葉の元カレだったとは知らなかった。仕事で挨拶をしたことは一度だけあったが、向こうも気づいていないようだな。まぁ…学生時代、一発ぶん殴ろうとした先輩のことなど印象には残っていても顔までは覚えていないだろう。接点などなかったから。とにかく、そういうことは出来るだけ相談すること」
「…はい。すみません。相談しようかと思いましたが、個人的なやり取りだったので躊躇しました。それに、私のトラウマの相手なので余計に…」
「わかっている。ただし、個人的に会いに行くのはやめてほしい。上司としてでもあるが、俺個人が行ってほしくない」
「…え、」
「いくらトラウマがあれど、昔の男に会いにいかれるのは、ムカつくんだよ。でも、気になるんだろ?どうして自分とコンタクトを取りたいのか」
柊の発言にドキドキしながら、頷いた。
「だったら俺も一緒に行こう。もちろん上司としてではない。琴葉の彼氏として、だ」
「…はい」
「ようやく笑った。家に帰ってきてからずっと暗い顔をしていた」
柊はそう言って琴葉の顎を掬った。
顔が近づき、軽いキスをされる。至近距離で熱い目を向けられると緊張するしドキドキもするのに、それを逸らすと柊が嫌がるから逸らせない。
そうして、流されるように柊にトン、と肩を押されてベッドに体が沈む。
今日は嫌じゃないか聞かないようだ。
嫌ではないことが彼に伝わっているのだろうか。
「元カレ、か」
「…柊さん?」
柊の手が琴葉のパジャマを脱がせていく。ほんのりと赤みを帯びた体が照明に照らされる。すぐに琴葉が露になる胸元を手で隠そうとするとそれを柊が阻止する。片手で琴葉の両手首を掴み、琴葉の頭上に固定する。
そのままキスをされると、今度は舌が琴葉の頬、首筋へと移動する。
「過去は変えられない。でも塗り替えることは可能だと思っている。琴葉の過去をすべて俺が塗り替えたい」
「…は、いっ…」
呼吸が浅くなっていくのを感じながら必死に彼の愛撫を受け止める。普段以上の激しいセックスに抑えたくても声が漏れていく。
琴葉はくたりと体を脱力させ、無抵抗のまま柊に抱かれた。
今日は午前中から、シャイン本社に行ってまさかの元カレと再会するという最悪な状況だったからか午後の校正の仕事もはかどらなかった。
納期に影響するような業務はとりあえずはないようだから、お疲れ様でした、と言ってフロアを出る。
エレベーターに乗っていると、ちょうど総務の女性たちと一緒に乗り合わせる。
彼女たちは琴葉に目もくれずに楽しそうにお喋りをしていた。
どっと疲れが押し寄せながら聞こうとも思っていないのに彼女たちの会話が耳に入ってくる。
「聞いた?不破マネージャーの話」
「え、何々?」
柊の名前が出たことにより、強制的に耳が彼女たちに向く。
「何か誰かと交際しているらしいよ。相手はうちの会社の社員じゃないかって」
「え?!そうなの?!智恵さんじゃない?」
「それは元カノでしょ?今はだって確か新しい彼氏いたと思う。ほら、だって野崎さんが智恵さんがめちゃくちゃイケメンの男とデートしてるの見たって言ってたし」
「ええ、じゃあ誰?ていうかどうして不破マネージャーに彼女がいるってわかったの?」
「一年目の子が告白したらしいの。営業5部?の子かな。そうしたら彼女がいるからって断られたって!」
「え!そうなの?何よそれ。彼女出来ちゃったの?でもうちの会社に目を見張るほどの美女なんているかな」
「…うーん、じゃあ別の会社かな?告白した子が、うちの社員ですかって聞いたらしいよ。そうしたらそうだ、って言われたんだって」
「えぇ、ちょっとショック~。目の保養だったのに彼女いるのね?」
「らしいよ。今じゃ、彼女が社内にいるっていう噂を信じて誰なのかみんな捜してるって!ていうか、あなた旦那いるじゃない」
「いいのよ。目の保養は別!」
ちょうどエレベーターのドアが開いて二人が先に下りていく。
二人が完全にエレベーターから姿を消してようやく琴葉は息を吸った。
まさに二人が今していた会話は自分のことだった。心臓がとてつもない速さで動き出すから呼吸もまともにできなかった。
「…探してるんだ」
柊の彼女探しがどれほど浸透しているのかは不明だ。それに彼女だということがバレたとしても社内恋愛は禁止ではないし何も隠すことはない。
でも柊の彼女は智恵のような美人であると皆が思っていることを知る。
もっと綺麗になりたい。
もっと綺麗になる努力をしたい。そうすれば、柊の隣を歩いても恥ずかしくはない。
いつの間にかそう思えるようになっている自分が好きだった。
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今日は柊の自宅へ泊まる日だ。
今日は柊の帰宅が遅いらしく事前に連絡があった。
意外に連絡などがマメでそのお陰で安心することが出来ている。
夕飯を作りながら、何度もため息を溢していた。
それは、春樹のことだった。金曜日に個人的に会う約束をするべきではないことは理解している。しかし取引先であるわけだし、春樹がどうして再度琴葉に会いたいのかその理由も気になっていた。
電話番号の書かれてあるメモは、まだジャケットのポケットの中にあった。
「ただいま」
「おかえりなさい」
柊が帰宅した。社内での仏頂面とは反対の優しい笑みが琴葉に注がれる。
「夕飯ちょうどできたところです。食べましょう」
「そうだな」
今日はキーマカレーを作っていた。柊のリクエストだったから作った。
ダイニングテーブルにそれらを並べて着替えてきた柊と一緒に夕食を食べた。
今日のことは彼には内緒にする予定だった。
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普段よりも疲れているのは、春樹との件があるからだ。
どうしようか、ずっと悩んでいた。
ベッドの縁に腰かけて、そろそろ寝ようかと思っていると寝室のドアが開く。
柊が琴葉に近づく。
「今日は、どうだった?」
「…今日?仕事の話ですよね」
「そうだ」
「あぁ、えっと…大丈夫です。だんだん慣れてきたというか、」
「そうか。俺はお前のことならなんでもわかると自負している」
琴葉の口から小さな声が漏れた。柊が琴葉の隣に腰を下ろす。ふんわり、優しい香りが鼻孔を擽る。
「今日、様子がおかしかった。今も、だ」
「……」
「何かあるんじゃないのか」
琴葉は確信していた。
柊はわかっていて聞いている。今日の午前中、シャインに行って元カレに再会したことを彼は知っていると思った。そうでなければ、柊のこのすべてを見透かしたような目が自分に向くはずがないし、こんな質問をしない。
「…ごめんなさい。実は、」
パジャマの裾を握り、ゆっくりと話す。
柊は終始無言だった。黙って琴葉の話を聞く。ようやく話し終えると、琴葉は安堵から瞳を潤ませていた。
「そうか。すまない。実は知っていた。今日お前の様子がおかしいから新木を呼び出して訊いた。上司として部下に何かあったら困るからな。シャインの担当者が琴葉の元カレだったとは知らなかった。仕事で挨拶をしたことは一度だけあったが、向こうも気づいていないようだな。まぁ…学生時代、一発ぶん殴ろうとした先輩のことなど印象には残っていても顔までは覚えていないだろう。接点などなかったから。とにかく、そういうことは出来るだけ相談すること」
「…はい。すみません。相談しようかと思いましたが、個人的なやり取りだったので躊躇しました。それに、私のトラウマの相手なので余計に…」
「わかっている。ただし、個人的に会いに行くのはやめてほしい。上司としてでもあるが、俺個人が行ってほしくない」
「…え、」
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「だったら俺も一緒に行こう。もちろん上司としてではない。琴葉の彼氏として、だ」
「…はい」
「ようやく笑った。家に帰ってきてからずっと暗い顔をしていた」
柊はそう言って琴葉の顎を掬った。
顔が近づき、軽いキスをされる。至近距離で熱い目を向けられると緊張するしドキドキもするのに、それを逸らすと柊が嫌がるから逸らせない。
そうして、流されるように柊にトン、と肩を押されてベッドに体が沈む。
今日は嫌じゃないか聞かないようだ。
嫌ではないことが彼に伝わっているのだろうか。
「元カレ、か」
「…柊さん?」
柊の手が琴葉のパジャマを脱がせていく。ほんのりと赤みを帯びた体が照明に照らされる。すぐに琴葉が露になる胸元を手で隠そうとするとそれを柊が阻止する。片手で琴葉の両手首を掴み、琴葉の頭上に固定する。
そのままキスをされると、今度は舌が琴葉の頬、首筋へと移動する。
「過去は変えられない。でも塗り替えることは可能だと思っている。琴葉の過去をすべて俺が塗り替えたい」
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