視線が絡んで、熱になる

夜桜 ゆーり

episode3-1

シャワーを浴びている最中、先ほど柊に抱きしめられた感覚や香りを忘れるように何度も体を流した。しかし、それでも先ほどの感覚を洗い流すことはできなかった。
あの熱い視線に男らしい指、そして声。どれも琴葉の思考回路を停止させるには十分だった。シャワーを終えて、気づいたことがあった。
それは、今日購入した下着類も一緒に洗濯をしているから洗濯機の乾燥が終わるまでブラもパンツも着ないで過ごさなければいけないということだ。
乾燥が終えるまでここで待機しようかとも思ったが、そうなると柊がシャワーを浴びることが出来ない。
やはり腕時計だけ返してもらってさっさと帰宅すればよかったのだ。
琴葉は後悔のため息を吐いた。しかし、柊と接すれば接するほど自身の感情が大きく揺れ動いていることもまた、事実だった。
あの手に、指に触れられると全身の感覚が研ぎ澄まされそれは彼の息がかかるだけでも敏感に反応する。
そのような感覚は初めてだった。
…いや、違う。あれは…―。

「おい、まだか」
「あ、もう上がりました!」
「だったらさっさと髪乾かしてこっちにこい。夕飯食べてないだろ」
「わかりました」

職場では上司だからこそ、急に声を掛けられると無意識に部下としての反応が出てしまう。急いで髪を乾かして、ゆっくりとそこを出る。

「洗濯はまだか」
「もう少しです…あの、バスローブ的なのはありませんか」
「あるが、大きいと思う」
「結構です。それ貸していただけると…」
「わかった」

胸元を手で不自然に隠して柊がバスローブを取りにいっている間も気が気ではなかった。下はどうにでもなるが、問題は上だった。Tシャツ一枚はさすがにノーブラだとわかってしまうだろう。付き合ってもいない男性の前でノーブラだとわかるような恰好をすることは流石にできない。
借りたバスローブも男性用で琴葉にとっては非常に大きいサイズだがTシャツよりはマシだと思い我慢した。

リビングルームに戻ると既にホワイト大理石のダイニングテーブルの上にお寿司が置かれていた。シャワーを浴びている間に注文してくれていたようだ。
気を張っていたからお腹が空いていることを一瞬忘れていた。

「食べるぞ」
「はい」

既に化粧を落としてスッピンだ。普段化粧をすることはないくせに妙に恥ずかしく感じるのは何故だろうか。お互いテーブルを挟んで夕食を取る。
テレビの音もしない無音の空間で、上司と上司の部屋で食事をするのも苦痛だ。チラチラと彼を確認しながら寿司を口に運ぶ。結局お互い無言で夕食を終えた。


柊がシャワーを浴びている最中、ソファの上で足を抱えるようにして座る。
バスローブからはふんわりと優しい香りがした。テーブル横に無造作に置かれた化粧品の入った紙袋を見る。
…明日から、せっかく買ってもらったのだから少しだけ化粧をしよう。ただ、それはあくまでも業務上必要だからだ。
柊がバスルームから出てきたようでリビングのドアを開けて琴葉がいるのを確認する。上半身裸で平然と琴葉に近づいてくるから視線をどこに向けていいのか迷ってしまう。

「なんですか」
「いや、逃げたんじゃないかと思って」
「逃げませんよ…下着の乾燥終わってないですし」
「もう終わってるぞ。持ってきた」
「え?!」

確かに柊の片手に見たことのある下着類があって琴葉は慌てて立ち上がる。
すぐさまそれを奪い取ると顔を赤らめて「勝手に持ってこないでください!」と声を上げる。
柊は「何をそんなに怒ってるんだ」と、首を傾げて冷蔵庫へ向かう。
女性ものの下着など見慣れているのかもしれないが、その態度にイラっとしてしまう。
今日は本当に、このまま泊まってしまうのだろうか。


時刻は既に22時になろうとしていた。
終電までまだあるし、帰ろうと思えば帰れる。一人暮らしには大きすぎる500ミリリットル以上の容量があるであろう冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出す柊の背中に声を掛ける。

「あの、私のことどうして知っているんですか?」

別に過去のことを知っているのは仕方がない。あの“黒歴史”を知っているとしても、琴葉にはどうすることもできないのだ。
柊がまだ少し濡れた髪の間から精悍な目つきで琴葉を見る。
…この色気はどこから来るのだろう。

「何度も言ってるだろ。同じ大学だった。学部もな」

ミネラルウォーターを一本、琴葉にも差し出す。頭を下げてそれを受け取った。

「でも、私の記憶にはありません」
「…そうだろうな。何度か喋ったことはあるけど」
「え?そうなんですか」
「あるよ。お前はどこかの誰かに夢中だったみたいだから」
「…っ」

柊の話すどこかの誰かとは、春樹のことだろう。すぐに蘇ってくるあの苦い記憶に顔を歪ませる。そんな琴葉の心情を知ってか知らずか、柊は続けた。

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