視線が絡んで、熱になる

夜桜 ゆーり

episode2-5

…―…


タクシーで柊の自宅まで向かい、到着する頃には今朝のことが嫌でも思い出されて複雑な心境だった。
腕時計を返してもらったらすぐに帰ろう。
そう思って高いマンションを見上げてからマンション内に入る。
柊に続くようにしてエレベーターに乗り込んだ。

エレベーターで二人っきりになるだけで緊張してしまうのは琴葉に男性の免疫がないからだだろう。チラチラと彼を確認する。

「お邪魔します…」

玄関に入り靴を脱ぐ。今朝は急いで家を出たから玄関周辺はあまり見ていなかったが改めて視線をやるとガラス細工の小物が置いてあったり絵画も飾ってあった。お洒落な雰囲気はリビングと同じだと感じた。
…彼女、いないのかな。
それとなく辺りを確認するが女性の影はなかった。
そんなことを確認しても仕方がないのに気になってしまうのは何故だろう。

「夕飯は?どうする?」
「いや、腕時計を…」

記憶に新しいリビングルームで柊がネクタイを緩めながらそう訊くが琴葉としては早く目的を果たして帰りたかった。
それを目で訴えるが簡単に無視をされる。

「腹減ってないのか?」
「それは…少しだけ」
「じゃあ、出前とるか」

腕時計のことは一切触れずに、夕食の話題になりこれまた強引に出前を取る。
振り回されているような気がするのは気のせいではないはずだ。
ワイシャツのボタンを外しながらそう言った柊の視線は冷たいようで色気がある。暫し見つめられるとそれだけで心臓が早鐘を打つから琴葉はすぐに目を逸す。

「洗濯するか?」
「へ…」
「家政婦に家の掃除は頼んでるから洗濯機はあるがほぼ使用していない。だから適当に使ってくれ」
「家政婦に頼んでるんですか?」
「そうだ。何か問題でも?」
「いえ…」
「今日は泊まるんだから今着ているもの洗濯したらどうだ。乾燥機もついてる」
「と、泊まりませんよ!何言ってるんですか」
「いいからつべこべ言わず脱げ、洗濯してこい」
「…何なんですか!私はっ…―」

と、急に柊が琴葉の目の前まで来るとぐっと腕を掴む。突然のことに慌てる琴葉とは対照的に相変わらず変わらない威圧的な態度を見せる。

「いいから、今日は泊まっていけ」
「…だって…」
「ほら、これ着てろ。ついでにシャワーも浴びてこい」

柊はそう言って琴葉に明らかに大きい男性用のTシャツと部屋着用のハーフパンツを手渡す。わかりました、と言って洗面所に向かう。
強引な彼に流されるように従っていいのだろうか。
今朝も使用した空間に入ると一息ついた。と言っても広すぎるこの場所はまるで高級ホテルのような内装で本来ならば落ち着かないのだろうが柊が入ってこないとわかっているから安堵の息が漏れたのだ。全面鏡の洗面脱衣室にはお洒落な洗濯機と小さめの冷蔵庫もあった。
お風呂場はさらに奥に進みドアを挟んだところにある。
シャワーを浴びるために服を脱いでいく。ブラウスのボタンを外している最中ドアが開いた。悲鳴にも似た声が響き渡る。

ドアを開けた犯人が誰なのかはもちろんわかっているがまさか開けられるとは思ってもいなかった琴葉は腰を抜かしてしまう。

「ちょ、ちょっと…何するんですか…」

既にスカートは脱いでいた。胸元も開けていて咄嗟に外気に触れる部分を腕で隠すが下は隠せない。

「シャワー浴びる前に、言っておきたいことがあったんだ。ていうか何で腰抜かしてるんだよ」
「だ、だって…今私脱いでる途中ですよ?!いい加減に…―」
「じゃあ立たせてやる」

柊が琴葉の腕を掴み、無理やり立たせる。泣きそうになるのを必死に堪えた。

琴葉を立たせるとニヤリ、不敵な笑みを浮かべる柊が今度は鏡の方を向くように指示する。
鏡は昔から好きではなかった。
自分の中身に自信を持つことはできても、外見で自信を持つことはできなかったからだ。咄嗟に目を閉じていたが、柊のちゃんと見ろ、という言葉にゆっくりと瞼を開ける。

そこには…―。

「…あ、」
「ほら。いい女だろ」

琴葉と柊は鏡越しに目が合っていた。それだけではない。上気した頬に、メイクのせいで普段よりもぷっくりした唇、妖艶な目元、どれも“女性らしさ”があった。
先ほどカウンターで見た姿とは少しだけ違う。その“少し”は柊が琴葉の背後にぴったりくっついているせいで女の顔をしていることだ。
柊は、ふっと軽く笑うと琴葉の後頭部にキスをする。

「ひぃ…っ」
「情けない声出すなよ。綺麗だよ、琴葉は」

すると、柊は琴葉の体に腕を回し、首筋を撫でる。撫でられる自分の姿を鏡越しで見ているというドラマのようなシチュエーションに眩暈がする。
立っていられないほどに胸が圧迫される。少しでも撫でられるだけで体が大きく跳ねた。
そんな琴葉の様子にクツクツと喉を鳴らす柊に気絶しそうになった。

「ほら、色っぽいだろ。ちゃんと見ておけよ」
「や、や…めてください…」
「気持ちよさそうな顔してるくせに、よく言うよ」
「…気持ちよくなんかないっ…」

じんわりと体の芯が熱くなるが、それを柊に言えるわけなどない。
無骨な指が、琴葉の首から徐々に降りていく。
指先が琴葉の胸元を撫でる。鏡に映る自分は柊の言う通り女の顔をしていたし、妖艶に映っていた。
“彼”に触れられるたび、琴葉の体はいやらしく反応し、それを柊が満足そうに見下ろす。

「わかったか、お前はちゃんと女の顔が出来るんだよ」
「わかった、から…やめて、」

これ以上されたらどうにかなってしまう、そう確信した琴葉は懇願するように言った。
すると柊は琴葉から手を離し、「じゃあ、俺はリビングで待ってる」と言ってその場を離れた。床に座り込んだ琴葉は浅くなっている呼吸を整えるように胸に手を当てる。
心臓は彼の存在を証明するようにバクバクと大きな音を立てていた。

「…不破、柊…」

何度考えても彼は琴葉の過去には存在しない。それなのに彼は琴葉を知っていた。
もう一度何とか立ち上がって鏡を見た。
そこにいるのは、やはり以前の自分ではなかった。





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