シュガーレス・レモネード

umekob.

第24話 へんなひと

「いんや〜、ごめんごめーん! まっさかアヤヤが可愛い女の子連れ込んどーとは思わんでさ〜! 俺っちびっくり! びっくりきんとん! 女の子ちゃん、邪魔してごめんねっ! 栗きんとん!」
「……は、はあ……栗きんとん……」
「わっはー! それにしても超ウケるタイミングで帰ってきてしもーたねえ! アヤヤ拗ねとーし! 気にせずヤッてくれて構わんのに~俺ちゃまそういうの寛容よ」
「ふざけんな、脳みそ煮崩れアホ雷蔵らいぞう。お前がいんのに出来るわけないじゃん。つーか帰ってくるなら連絡しろよバカ。マジお前バカ。バカ雷蔵」
「いやーん、アヤヤ拗ねんでっ! 俺ちゃまがおらんやったけん寂しかったとぉ? おー、よしよし! チュッチュ!」
「抱きつくな暑苦しい」
〝アヤヤ〟こと綾人くんは心底辟易した顔で冷たくあしらい、抱きついてくる男の人を引き剥がす。賑やかに喋り倒している彼──名前はライゾウというらしい──は、どうやら綾人くんが以前話していたルームメイトらしかった。
 まさか、こんなに賑やかな人だとは思わなかったけれど……。
「あっは! サワディークラップどうもこんばんは、女の子ちゃん! うるさいっしょ、俺!」
「あ……い、いえ……」
「あははっ、えーのえーの、正直に言って! だってまさか、あのアヤヤが家に女の子連れ込むようになっとーとは思わんやったけんなぁ! 俺ちゃまってば、驚きのあまり感激しすぎて胸がゲンゴロウなわけよ!」
「げ、ゲンゴロウ……?」
 独特な訛りと感性に首を傾げていると、綾人くんが呆れた顔で「コイツの発言は八割方意味わかんないから、真面目に聞かなくていいよ」と耳打ちする。
 確かに、九州っぽい訛りも関西っぽい訛りもある彼のイントネーションは独創的だし、発言も全く意味がわからない。本人は楽しそうに喋り倒しているわけだが。
「……つーか雷蔵、お前今度はどこに行ってたわけ? また変な方言とか訛り増えてるし」
「俺ちゃま、今回はタイにおったの! ついでに九州もぶらり旅!  サワディ~、アヤヤ!」
「あー、だからそれね……サワディー……」
 タイ語の挨拶を口にした雷蔵くんは、「ところでさ! ところでさ!」と興味津々に私を見た。その瞳はキラキラと輝きに満ちており、溢れんばかりの好奇心を感じる。
「いつから!? いつから二人は付き合っとんの!? お名前は何ちゃん!? ところでアヤヤのどこが好き!? よく付き合ってくれたねコイツ! 初恋の女の子以外に興味無さすぎて素人童貞こじらせとったのにグエエェ!」
「あーーっっ! もう黙ってろ雷蔵!! お前マジで何でもペラペラ喋るなよ殴るぞ!!」
「ウグエェェ!! 参った! 参りました! ギブアップ! But yet ネバーギブアップ!!」
「どっちだお前! マジ殴るからな!!」
 騒ぐ雷蔵くんを締め上げ、頬を赤くして憤慨する綾人くん。普段こんな彼の姿を見る事は滅多にないため、私はきょとんと目を丸めていた。
 綾人くん、こんな風に自然と表情が動く事あるんだ。初めて見た。
(ルームメイトとは波長が合う……って前に言ってたし、多分仲はいいのかな? 中身は正反対だけど……)
 怒った顔の綾人くんから首を締め上げられ、更には関節技のようなものまで掛けられている雷蔵くん。ぎゃあぎゃあと喚く彼らは一見喧嘩しているようにも見えるけれど、そういえば中学時代の男子のじゃれ合いって大体こんな感じだったような気がする……と、どこか冷静に彼らの姿を傍観していた。
 やがて雷蔵くんはぺちぺちと床をタップし、ようやく綾人くんは彼を解放する。
「ぐえ~……死ぬかと思った……」
「お前が余計な事言うのが悪い」
「ベリーベリーWhy!? 名前聞いただけやん!」
「いや余計な事言った。あとお前の英語、絶対使い方おかしい」
「雰囲気だけで生きとーけんね! タイでもサワディーあいさつコップンカーありがとうのみで生き抜いた!」
「何で得意げなんだよバカ」
 はあ、と肩を竦めて溜息混じりにこぼしながらも、「……まあ、おかえり」と綾人くんは小さく声を掛けた。すると雷蔵くんは嬉しそうに破顔する。
「うん! ただいまー、アヤヤ!」
「……」
「ところで! 女の子ちゃん、お名前教えてよー。俺ちゃまライゾー! よろしゅーな! コップンカー!」
「え、あ……えっと、六藤といいます……」
「え? ムトウ?」
 素直に名乗れば、雷蔵くんはぽかんと呆気に取られる。ややあって「苗字が同じて……もしかして付き合うどころか結婚したん? アヤヤ……」と口元を押さえて涙ぐむ彼に、私は慌てて首を振った。
「あっ、ち、違います! あの、私たち苗字がたまたま同じで……あ、でも字は違うんです! 私は数字の『六』に『藤』って書いて〝六藤〟で……!」
「……? 数字の六の、ムトウさん……?」
「そうです! 私、六藤 結衣といいま──」
「六藤 結衣!?」
 突然身を乗り出した雷蔵くんは、私が自己紹介を言い切る前に大声でそれを遮る。同時に強く肩を掴まれ、思わず「ひいっ!?」と震え上がった私にずいと顔を近付けた彼は大きな瞳を輝かせた。
「六藤 結衣! 今、六藤 結衣って言った!? 嘘、マジ!? じゃあキミ、本物の〝檸檬ちゃん〟なん!?」
「……へ? 檸檬ちゃ……?」
「ちょっ、おい雷蔵! お前ほんとにちょっと黙れって!」
 雷蔵くんの不可解な呼び方に首を傾げた刹那、焦った表情で綾人くんは口を挟んだ。しかし雷蔵くんは聞いてもいないのか、すっかり興奮しきった様子で「うお~!! すげ〜!!」と雄叫びを上げて奇抜な長髪を振り乱す。
「うっそー!! マジか! すごない!? なあ、本物!? だとしたらすごいよな、アヤヤ!」
「う……っ」
「って事は何!? まさかのまさかのもしかして、アヤヤが長年こじらせてた子供の頃の初恋は苦節十数年の末についに実ったって事──」
 ──ガボォッ!
 雷蔵くんが興奮気味に語っていた最中、いよいよ我慢が限界に達したのか頬を赤らめた綾人くんが勢いよく彼の口を押さえ付けた。更にはもう片方の腕で雷蔵くんの目元を覆い隠し、そのままギチギチと強めに彼を拘束する。
 するとまるでスイッチが切れるかのように、雷蔵くんは静かになって床に転がった。
「えっ、ええ!?」
「……このバカ蔵が……余計な事をペラペラと……」
「ちょっ……大丈夫!? 雷蔵くん動かなくなっちゃったよ!?」
「大丈夫、寝てるだけだから。こいつ視界が真っ暗になると秒で寝れるの」
「そうなのっ!?」
 どこまでも規格外な雷蔵くんに戸惑う私だったが、彼は床に転がりながらも確かに幸せそうな表情で眠りこけていた。まるで嵐のような人だ……と私は逆に感心してしまう。
「す、すごいね……本物の変な人だね……」
「はあ……一応、毛布はかけてやろうか。バカも風邪は引くかもしれないし」
「え、このまま床で寝せるの?」
「だって俺の部屋にしかベッドないじゃん。大丈夫だよ、こいつ野宿とか慣れてるから。屋根があるだけマシ~とか思ってんじゃない? 知らんけど」
 雑に結論を出し、綾人くんはクローゼットから毛布を取り出して雷蔵くんに投げつける。そしてすぐに私の手を引いた。
「わっ……!?」
「……バカも寝たし、俺の部屋でさっきの続きしよ」
「えっ……! つ、続きって……!」
「雷蔵に邪魔されたから」
 不服げに呟いて自室に入り、扉を閉めた彼はカチリと鍵を施錠した。相変わらず電気は付けたまま問答無用でベッドに押し倒され、先程付け直したばかりの下着を容易く剥ぎ取られて胸元に口付けられる。
「……っ」
「覚悟してね、六藤さん」
「や……綾人くん……」
「俺、さっきお預け食らったせいで溜まってるから」
 ──今夜は激しめでもいいよね。
 妖艶に囁き、不敵に上がる口角。私は視線を泳がせ、些か返答に迷いながらも、やがてこくんと頷いたのだった。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品