【未完結】魔弾の狙撃手〜怪物ハンターは漏れなく殺そうとした美少女たちに溺愛されていきます!〜
第1話 オオカミ少女と銀人
新暦2322年 10月
ーーマラマタへ向かう道中
暗い森のなか。
「おい、生きてるか?」
煙くすぶる長銃を片手にもったまま、御者台の男の手首に、指先をあてる。
ダメだ、返事がない。
ただのしかばねのようだ。
つい今しがた馬車をおそった素早い影は、うたた寝をしていたまどろむ俺の視界で、まっさきに御者ーー馬車の前に乗ってる人ーーの胸を引き裂いていった。
足もとみたような代金を要求してくるクソ野郎だったが……ほんのちょっとだけ、罪悪感を感じる。
ただ、影が遠ざかるのを見逃さず、即応、運良く弾丸が込められていた、手もとの魔導狙撃銃オド・スペンサーで反撃することには成功した。
200年前に存命だったらしい『紅鉄の異端』スペンサーによって、「銀人」のためにつくられたらしい、今では再生産不可能な武器。
それがこの、狙撃手自身の魔力をもちいて、弾道を安定させる、奇怪な仕掛けの魔導具ーー魔導狙撃銃スペンサーだ。
特に俺のは数世代にわたって改造され、また適正化されたカスタム品ーーオド・スペンサーだ。
これなら弾を外すことはない。
深い森のなか、馬車の往来にならされた道の脇で、生いしげる木陰をみつめる。
今回も手応えはあった。
発砲と同時に「きゃん!?」って感じの声が聞こえたしな。
現に影は、あの木の裏に足を引きずって逃げさがり、そこから動いてはいない。
魔導狙撃銃の銃身の根本を、おり開き、役目をおえた巨大な薬莢を排出して、再度、手製の銀弾を薬室にこめる。
師匠に拾われ、はじめて教えてもらった頃は、それはそれは苦労したものだが、いまとなっては、この排莢作業もなれたものだ。
「さあ、出てこい。その傷は痛いだろう。お前の命はこのウィリアム・ジャックポットが狩りとってやる」
魔銃を油断なく構えながら、飛び掛かられないように、木陰を大きくまわりこむ。
暗闇にひそむ、されどしっかりとした気配に銃口をむける。
すると機をてらったように、雲の切れ目から、月明かりがのぞき始め、荒い息をする影の姿を照らしだした。
「来るな! それ以上近づいたら噛み砕く! ぐるるぅ、がうぅ!」
「っ……」
息を呑み、素っ頓狂に喉を鳴らしてしまう。
月明かりに照らされるのは醜い「魔物」か。
凶悪な牙と爪をたずさえる、人及ばぬ「怪物」か。
どちらも違った。
いや、牙っぽい犬歯を剥いて威嚇してきてるので、およそ後者は完全に違うとは言い切れない。
けれど、これは醜い怪物などではない。
どちらかと言うと、可愛い怪物か。
「そうかそうか、やるつもりだなっ! ならば掛かってこい! この牙を恐れぬなら、その珍妙な道具を捨てて尋常に立ち合うがいい! がるるるぅ!」
月の光をうける髪は藍色。
黄金の瞳は夜にも負けない輝きをもっている。
「さあ、さあ! 掛かってこい! がうう!」
「……」
野性味を感じさせる風態だが、これは人間だ。
歳は、前の街でみた少女と同じくらい、俺と近いはず。
服はボロボロで男のもの……旅人から奪ったのかも。
ふわふわの耳毛が溢れだす、挑戦的なモフ耳と、血溜まりでしんなりしてしまっているが、彼女のソレは、素晴らしいモフ尻尾だと言えるだろう。モフみ。
「? ど、どうした! 怖気付いて動けなくなったかっ! だったら、もう放っておいて欲しいからどっかいけぇえ! がうがうっ! ……あ、でも、あの人間はあたしが倒した獲物だ! あれは置いていけ! お腹が空いて死にそうだ!」
「……」
なんて可愛い声で吠えるのだ。
これが音に聞く、獣と人間の混血というやつ。
もふっとした毛並み、まるで大狼のごとし。
くそ、あんな毛並みをしておるからに。
これでは、とても殺すことなど出来るはずがない。
あまりにも、あまりにも愛らしすぎる。
しかし、されとてこのまま放置するわけにもいかない。
うむ、どうしたものか。
「お、おい、話聞いてるのか……? がう、がうだぞ……? おい、お前、人にこんな重傷負わせておいて、いったいどういう了見ーー」
「閃いた」
そうだ。
俺の欲望と、このオオカミ少女の両方にとって良い解決法を思いついた。やや俺よりだが、そこは殺生与奪をさきに獲得したとして、目をつむってもらおう。
「な、なんだよ、人間! 何を勝手に閃いてんだ、がうがう!」
「こほん。まず、お前には伝えなくちゃいけない事がある」
「……なんだ、聞いてやるぞ。がう」
「お前は今から死ぬ」
「……がう」
魔導狙撃銃で狙いをつけて、本気の殺気をはなつ。
オオカミ少女は耳をたれ、怯えるように負傷した足の隙間に尻尾をはさみこんだ。
「俺は、人に危害を加える獣を倒す専門家だ。お前を殺す方法なんて1万個思いついてるーーだいぶ盛ったーー。一方、ひとつ、お前には生き残る手段が残されている。……まずは、そうだな。お前の名前はなんという?」
「……? 名前……そんなものは、ないよ。がう。あたしは、あたし。それ以上でも、それ以下でもない。がう」
「ない? 無いって言ったのか? そんな取ってつけたように、語尾にがうがう言っておいて、名前がないっていうのか?」
「っ、う、うるせぇ! がうがう! ぶち殺されてのかぁ! かるるぅ! いつだって相手なってやるんぞ! がうぅう!」
ーーズドンッ
少女の頭の数センチ上に、魔銃で風穴をあける。
「きゃいん!? きゃああ?! 耳がぁああ! あたしのもふもふの耳ぃ! …………あ、まだ付いてる」
「次は耳を心配することすら出来なくなるぞ。話をきけ」
カクカクと頭をふり、オオカミ少女は了解をしめした。
「名前がない。それは呼びにくいな。……よし、わかった、それじゃ、お前には師匠の家にいた猟犬キナコの名をやろう。つまり、お前は今日からキナコ二世だ。名犬から勝手に襲名した名誉ある名だぞ。光栄に思うといい」
「なんで顔も知らないワンコロの名前なんか……いや、なにも言ってないよ。がう」
「よろしい。……俺は、これから残酷な事をおまえにつげる。キナコ二世、実質、お前はもう死んでいるんだ。何故だかわかるか。いや、答えるな。教えてやる。なぜなら、お前の命は、俺の指先ひとつに掛かってるからだーーリロードしてないから本当は撃てないーー。つまり、今この時よりお前の命は本来は存在しない。今、呼吸をし、肺を動かして生を実感していられるのは、ただ俺の優しさによるものだと知れ」
「っ、ひひぃっ! ぅぅぅ、がぅう、がう、がうぅぅう……! あたしは、あたしは死んでいる、がう……!」
滂沱のごとく、涙をながしはじめたキナコ二世。
見た感じアホだが、野性の厳しさをつねより知っているからこそ、俺の言葉の意味が、骨身に染みるほど恐ろしいことだと、理解できているのだろう。
「がう、がうぅ、死にたくない、がぅぅ……!」
「死なない方法はある。もし、キナコ二世が俺の配下となり、猟犬として懸命にはたらき、座れといったら座り、お手といったら前足をあげ、このウィリアム・ジャックポットの生涯をかけて果たすべき、究極の目的に前傾姿勢で協力して、そのついでとして毛並みとかモフらせてくれるのならな」
「がうがう! あたしは顔も知らぬ先代の名を継ぎ、キナコ二世としてご主人のために頑張りると誓うよ! がうがう! 偉大なるオオカミの誇りに誓うがうよ! だから、殺さないでほしいよ、がう……」
「よろしい。それじゃ、まず耳を触らせなさい。足はあとで霊薬をつかって治してあげるから」
「がう……誰にもさわらせた事なかったのに……あたしの初めて、がう」
「もふもふ(尖った耳の先をつまむ動き)」
やばいね、このモフみは。
それに、この毛並み、冬毛仕様になってるじゃないか。たまらない。
たくさんモフみを楽しんだ後、手持ちの治癒霊薬を使って、キナコ二世の傷口を癒す作業にはいる。
ただ、治療をおこなってる途中で、気づいた。
特殊な弾丸による銃槍ゆえに、おそらく手持ちの霊薬では回復しきれないことに。
「ぅぅ、まだ痛いがうぅ……これじゃ歩けない……」
クソ、美少女とわかっていれば銀弾でなど撃たなかったのに。
このままじゃ、せっかく仲間にいれたキナコ二世の命が危険だ。
「我慢しろよ、キナコ二世。すぐに霊薬をあびるようにかけてやるからな」
「それはちょっと……毛並みとか濡れた犬みたいになっちゃうよ……がぅ」
命を助けると決めた手前、死なせるわけにはいかない。
必要なのは霊薬だ、体を休められる場所。
一刻もはやく、目的の街マラマタへと向かわねば。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
・「魔物」
魔法生物たちの総称。
人間より強大な種ばかりだが、人間は国家と冒険者ギルドを設置して、彼らを積極的に倒しはじめた。
おもに冒険者ギルドの冒険者たちが討伐する対象。
・「怪物」
人が及ばない極めて強力な個体のこと。
英雄の存在意義。吸血鬼はこちらに含まれる。
おもに狩人協会の銀人たちが討伐する対象。
・「冒険者ギルド」
依頼者からの依頼を冒険者へとたくす仲介組織。
人間の存続のために、日夜、冒険者たちは魔物との戦いに身を投じている。
・「狩人協会」
表向きにはあまり知られない、冒険者ギルドの上位組織。英雄たちの秘密結社。
フリーランスの銀人たちへ情報・技術・武器をあたえ、一般人類には手のつけられない″怪物″を仕留めさせる。
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