記憶をなくした超転生者:地球を追放された超能力者は、ハードモードな異世界を成りあがる!
第204話 弱い人間、一息の安寧
総勢で5体の悪魔が俺のまえに立っている。
体の痛みの熱が、絶望の冷たさに緩和される。
悪夢でも見てるのか、俺は。
自分の不幸、今日という日が人生で最悪の日になるなんて思いもよらなかった。
今まで何度も死にかけて、なんとか生きてこれた。
怪物だって、吸血鬼の王だって、狼たちにだって殺されるような絶望も、生存の諦めを何度も突きつけられた。
今までが、まるで生やさしい、まだ何とかなるかもしれない状況だったと、痛感させられる。
これは、どうにもならない。
俺、何したんだろう。
こんなに酷い目に遭うほど、悪いことを前世で犯してきてしまったのだろうか。
虚な目を目のまえで、何か話し合っている悪魔たちにむける、
怪物狩りの正義の秘密結社……俺は狩人なはずなのに……殺さないといけない怪物が目のまえにいるのに、何もできない。
死を覚悟したとき、俺はもう二度と負けないように強くなろうと心に固く誓ってきた。
だが、誓いが守られる事はなかった。
超越なチカラを誇る怪物と戦うなかで、俺はいつも考えてしまっているのだ。
楽な戦いなんて一度もなかった。
俺は、こんな苦労して、九死に一生を拾うような戦いがしたいから、幼い頃から頑張ってきたんじゃないんだ。
悪い奴、気に入らない奴を簡単に打ち負かす。
それこそ、指を軽く鳴らすだけで、すべてを解決するような、圧倒的な無双になりたかったんだ。
なのに、なのに、俺は、なれない……。
努力して、強くなって、何度も痛い目を見て、頑張って、頑張り続けて、ようやく怪物と戦う″選択肢″にたどり着く。
そんなのおかしい、理不尽だ。割りに合わない。
そう思うから、俺は努力できない。
だって、ズルイだろ、こいつら。
すべてを掛けて、やっと五分。
師匠やアヴォンは、こんな世界で戦って、何を思ってるんだろう。
俺のような無力感、徒労感、卑しい妬みを、彼らも抱くんだろうか。
それを目のまえにした時、彼らはどうしたんだろうか。
あぁ、鍛え方や剣の振り方よりも、精神の方を教えてもらうんだった。
そうすれば、こんなくだらない、無双の英雄願望が果たされない、なんて子供みたいな癇癪にも耐え忍んでいけたかもしれないのに。
「ぅ、ぁ、まけ、た、くない……ぅ……っ」
悔しい、悔しい、悔しい。
終わりたくない、終わらせなくないのに!
そうならない為に、努力出来なかった自分にも腹がたつ!
頼むよ、神様……!
本気で努力したなら、どんな怪物だって一撃で倒せる最強になれるって保証してくれよ!
俺は、弱いから、耐えられないんだよ!
「ぅ、ぁ、……」
最強がいい。
最強になりたかったんだよ、俺は……ーー。
怠惰の言い訳。
保証されない結果。
他人が乗り越える壁に、文句を垂れる自分に失望して、これまでの積み重ねが無に還っていく。
そんな自分が作りだした煉獄のなか、俺はふと、悪魔たちの姿の奥に強烈な光を発見する。
「っ」
悪魔たちは、すぐにそれに気がつき回避。
だが、俺は避けられない。
一瞬だけ、猛烈な熱を感じた。
「ぁ、ぁ……?」
しかして、不思議なことが起こった。
体すべては溶けてしまったというのに。
俺の視界は蒼穹がひろがる空をとらえていた。
喉の痛みの形がかわる。
刺さっていた黒い杭がなくなっている。
吹き抜ける風に、新しい熱を感じて、俺の意識は活性した。
血の魔術で傷口を止血して、寝ている状態から、腹筋のチカラだけで起きあがる。
喉の傷、両腕はない。
ゆえに、これは悪夢からの目覚めではない。
まわりを見渡すと、見覚えのあるものが見えた。
俺の住むクラーク邸だ。
繊細な彫刻に飾られる家紋が、ありし日には栄えていたことを教える、礼節大好きな少女が住む屋敷。
死の淵から、もっとも尊い日常の世界に環境か変わったんだ。
恐怖で流れていた涙が、別の性質への変化して勢いをましてあふれだす。
「ぁ、ああ、ぁああ……!」
自分が死んで天国に来たゆえか。
それとも死の恐怖に頭がいかれたのか。
はたまた、神の奇跡で地獄から生還したのか。
わからずに泣きじゃくっていると、すぐ横に気配が出現するのを察知した。
クラーク邸の庭。
コートニーに剣の稽古をつける芝生のうえに、彼女と、チューリ、シェリーの3人が現れた。
「わふわふ!」
「ぁ、し、ば、」
市場でもらい食いしてきたのか、幸せそうに笑顔をうかべるシヴァが、クラーク邸へ帰ってくるなり、俺の顔をペロペロと舐めはじめる。
わからない。
何が、起こり、俺はあの地獄で何をしていたのか。
堪えられない涙を呑みながら、俺は今この時の安息を噛みしめる。
「もし? アナタがアーカム・アルドレア、でいいのかな?」
「っ、……」
背後から掛けられる女性の声に、ふりかえり、そこに経つ少女を見上げる。
最初の印象はふわふわしたものだった。
暖色を基調としたオレンジ色の魔術師のローブに、黄色と緑色のグラデーションが輪郭を不安定に、その姿を飾る。
まるっこい紅瞳と、頭の側面から生える巻き角だけは、やたら主張してくるなかで、胸もまけじと目線を集める。
不思議な少女、が総評として妥当だと思われた。
どうして、俺の腕がないことに言及しないのか。
喉に穴が空いて、こんな酷いケガを負っているのに、わりと平気な俺に何で驚かないのか。
いろいろ妙な違和感はあったが、少女の自己紹介で、俺は諸々が納得できるようになった。
「ここに現れると思ったんだ。アタシの名前はビジョンパルス。翡翠の竜にして、アナタにとっては三番目の古代竜となるのかな。気軽にパルスお姉ちゃんって呼んでね」
少女は明るく微笑み、俺の頭を撫でてきた。
そうか、この人が″未来を視る賢竜″か。
俺は涙を流しながら、一息の安寧に戻ってこれたと確信し、力なくうなだれた。
俺は、また負けたんだ。
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