記憶をなくした超転生者:地球を追放された超能力者は、ハードモードな異世界を成りあがる!
第139話 剣、教えましょうか?
ドラゴンクラン大魔術学院の新年度が始まろうとしていたある日のこと。
俺は内職のピヨコ仕分けを、悪魔と少女の3人で片づけ、ようやく自分の時間を手に入れていた。
魔術の勉学に、剣の稽古、冒険者として仕事、そして屋敷の近くにあるピヨコ仕分けの内職……と、
コートニーは超多忙な身であるがゆえに、屋敷にはいない。
また彼女の兄もいまは冒険に出てるらしく全然帰ってこないので、実質的に屋敷にいるのは俺だけだ。
なんかホームステイの形として色々間違ってる気がしなくもないが、
コートニーといると、いつも睨みつけられてる気がして病みそうになるので、俺としては助かってはいる。
この家の留守率の高さに気づくまえは、なるべく家にいないようにするため、街を歩き回っていたおかげで、王都にもそれなりに詳しくはなった。
まずこの都市は全5階層からなる段層構造を取っており、この街で暮らすとなると上下の移動が激しい事に慣れなければいけない。
山のふもとや段層の下の方には、主に商業区画や居住区画が構えられており、
段層の上に近づくに連れて街は綺麗に、住む者たちも華やかな衣装を纏うようになっていく。
ちなみに言うとクラーク邸があるのは、ふもとから1つ上がった段の1段層目。
ドラゴンクラン大魔術学院があるのは3、4段層。
上と横への増築の結果、3段層に収まらなくなったので、段層をまたいじゃったらしい。豪快すぎる。
しかし、まぁ標高8000メートルの山岳に沿って建設されているため、1段層離れるだけでも距離的にそれなりにキツイ物がある。
今までのように寝坊したからと言って、全力疾走で10秒登校とは行かなそうだ。
どこかの寝坊魔のよう、この「早朝」のアルドレアの足を引っ張らないためにも、コートニー・クラークにはストイックに早起きをして貰わなくてはな。
ー
コートニーに貸し出された部屋より、拝虞ーー狼姫刀とカルイ刀を肩に担いで修行にむかう。
この都市アーケストレスでは、住み慣れた王都レトレシアでの生活と色々と勝手が違う。
実力面ではまだまだ狩人として至らない俺なので、この3ヶ月間はクレアさんや、
自宅で暇そうにしていた、エースカロリの女狩人エレナを捕まえて、修行に付き合ってもらったりしていた。
けれどもここには彼女らはいない。
俺はひとりで刀をふり続ける事しか出来ないのだ。
そうした状況に陥ったとき、俺は自分自身の特性において、意外な性質を見つけることに成功した。
そう、「部活動の法則」が顔をだしたのでる。
狩人になるまでは、アヴォンに「狩人の試練」の脱落制度を聞かされていたり、定期的な襲撃の話があったので、常に緊張感を持って過ごす事ができていた。
狩人になってからもクレアさんの地獄のようなしごきのおかげで、日々強くなり、殺されないようにしないと行けなかったせいで、無理にでも時間を作って俺は修行をしていた。
だが、アーケストレスに来てからはどうだ。
正直に言おう。
俺はこの街に来てからほとんど剣を振っていない。
アーケストレスの修行でやった事と言えば、鎧圧を纏った刀を居合して、「斬撃」飛ばして遊んだくらい。
もうとっくに克服できたと勘違いしていたが、どうやら俺は真の意味で、ひとりで剣の修行を頑張れないダメな奴らしい。
ゆえに俺は今日こそは絶対に修行しようと思う。
この数日は時間があったのに、大魔術学院の図書館で魔道書を読む以外なんにもしなかった。
さすがに留学よりも1年間の剣修行ロスの方が、大きい損出になってしまうのは勿体ないし、
なにより弱くなってレトレシアに戻ったら、アヴォンやエレナ、クレアさんに失望されそうで怖い。
そろそろ本気を出さないとな。
ー
明日から学校が始まる。
ーーカチッ
時刻は6時00分。
「では、私は朝の稽古に行ってくる。昼には戻る。時間があるのなら昼食の支度を頼んでもいいか?」
日々増えていく雑務の量に、もはやどっちが家の主人がわからなくなってきたを
だが、まぁホームステイさせて貰ってるし、彼女がめちゃくちゃ忙しいのは知ってるので、俺はただ黙ってうなづいてあげるしかない。
「ありがとう。……思ったよりお前は義理堅い奴だ。雑用係としてホームステイに招いて正解だったと、私は思っているぞ」
「今、雑用って言ったよね?」
1ミリも本心を隠す事なく、詫びれもせず、気にもせず、そそくさと出掛けていくコートニー。
俺は彼女の消えるドアの隙間をぼーっと見つめ……なんとなしに声をかけた。
「コートニーさんってどこで剣習ってるんですか?」
閉じ切る直前で止まるドア。
「なぜそんな事を聞く?」
「いや、なんとなくですよ」
「暇ならついてくるか?」
「そちらが構わないのなら、是非」
何気なく聞いただけだったが……まぁいい、彼女がどんな剣を習ってるのか、この道の先輩として見てやるか。
ー
コートニーと共にやってきた道場。
そこには壁も天井もなかった。
あるのは芝生の生い茂る広い空間と、木陰を作る木々、池、ベンチなどが設置された庭があるだけの青空道場。
まだ日がのぼらない朝焼けの中、半袖長ズボンのコートニーが木剣を両手で握り、掛け声とともに真面目に素振りをする覇気ある光景。
俺はベンチ腰掛けて、ボーッとそれを眺めていた。
「体験見学に来てくれて、ありがとうございます」
俺の隣に腰を下ろしながら、若い男が話しかけて来た。
「私の名前はトミー。この道場の師範をやっています剣術の本場グンタネフ王国で、騎士学校の教官をやっていた事もあるベテランの剣士なんですよ」
「僕はアーカム・アルドレアです。ローレシア魔法王国の、レトレシア魔術大学からきた留学生です」
満面の笑みをたたえる男と握手を交わし、軽く自己紹介をおえる。
その時、ふと、俺は男の手を握り違和感を覚えた。
この人の手……ずいぶんとーー。
「それでアーカム君は今日はどういった用で、ここへ来たのかな?」
「……あぁ、いえ、実は大した用はないんです。魔法魔術大国のアーケストレスで、
剣術なんか教える変わり者ってどんな人なのかなーって思って見に来ただけで」
「なるほど。たしかにアーカム君の言うとおり、アーケストレスでの剣術の需要は轟くほどに低いね。
アーカム君もレトレシア魔術大学から来たって事は剣術を見るのも初めてだろう。
どうだい、今回は特別に剣を振らせてあげるからやって見ないかい?」
ニコニコと笑うトミーは、そう言ってベンチに立て掛けてあった木剣を手に取り、俺に差し出して来た。
俺は左手の白手袋をギュッとはめ直し、とりあえず受け取ってみる事にした。
「おめでとう、ペンと杖しか握ったことの無い同級生に差をつけたね。
それじゃ両手で握ってこんな風に振ってごらん。まずは剣の修行の基本中の基本、素振りからだよ」
トミーがお手本としてみせる、上段からの素振りを観察。
一振り。
「ほら、こんな風にね!」
二振り。
「さぁ、真似してごらん!」
満面の笑みで額の汗をぬぐい、剣を振るようにさとしてくるトミー。
……うん、確信した。
コイツ全然、剣士でもなんでもないわ。
なにその振り方、3歳の頃の俺じゃん。
「ほら、どうしたの! 剣の修行は素振りからだよ。留学に行って剣を覚えて帰ってきたら、みんな驚くこと間違いなしだよ!」
まっすぐ振り下ろせてすらいない素人の素振り。
あのキレ者で聡明で堅物な、秀才魔術師コートニー・クラークは、一体全体この男からなにを学ぼうとしているのだろうか。目的がみえないな。
「″ねぇ、こいつバカなんじゃないの? このレザー流狩猟術の継承者たる超エリート狩人の私たちに、
剣を教えようなんてさ……900億飛んで1000兆年早いわッ! おら、おら、おらぁーっ!″」
「″んぅう〜! この男からは他者をおとしいれて、アウトウィットしようとする、姑息で狡猾で、みにくい人間の芳醇な香りがただよっていますねぇえ〜!″」
トミーの顔面に完全霊体でエアボクシング繰り返すアーカムと、彼の後頭部から顔面を突っ込み、頭の中をのぞき見る悪魔ソロモン。
まったくもって霊体コンビの言うとおりだ。
この男、剣の知識がないのをいいことに、コートニーを騙している。
それに、被害の対象はおそらく彼女だけじゃない……。
「剣って楽しそうですね。いくらくらいで教えてくれるんですか?」
「っ、やる気になりましたか! 大丈夫です、学生さんに厳しくないよう、初回の月に限り銀貨3枚から入門できますよ。
剣は体と一緒に心も鍛えられますから魔術にはない、精神面の強さもーー」
ペラペラと語りはじめたトミーが止まらない。
というかやっぱり、かなりの額ふんだくっていやがった。
銀貨3枚……この世界で生きてきた、俺の感覚から言わせてもらえば、だいたい日本円で3万円弱くらいの価値はあるだろう。
まったく学生に優しくないだろう。
てか、俺のピヨコ仕分けした金がこんな事に使われるなんて絶対にいやだ。
やっぱり俺も被害者だったよ。
「トミーさん、僕の今の実力を見るために決闘しませんかー?」
俺はつとめて微笑をくずさないように言った。
「む、それはまだ早いと思うよ。師範と手合わせ出来るのは、免許皆伝を貰えるくらい修行してからだと、古来より決まっていてーー」
うだうだ言ってるトミーへ、とりあえず木剣を振り下ろす。
ーーカコンっ
たやすく受けられた。
「おっと、はは、危ない危ない。仕方ないから相手になってあげよう。だがね、アーカム君、その程度の太刀筋では、このグンタネフの鬼教官と呼ばれたトミーには当てられないよ!」
「わーお、とみーさんーつおーい」
「″アーカム! はやく、はやくぶっ殺すんだよ!″」
「″さぁこの下等で醜い生物の臓物がばら撒かれる瞬間を見せてくださいぃいィィィイー!″」
霊体化してるやつらが物騒すぎる。
ーーカコンカコン
「″もう私が殺そうかな!?″」
「″いいえ、マスター。ここは我輩がやりましょう。悪魔の秘術、6式≪アルマ・ガラ・グリレシアスーー″」
「″だめぇー! ここは私がスカッとさせるんだよ! 私の下僕は下がってろー!″」
悪党の殺人権をもとめて乱闘をはじめるふたり。
ーーカコンカコンっ
うるさいギャラリーと、木と木がぶつかり合う呑気な音が庭に響いてく。
「む、アーカム、貴様、師範に向かってなにをしている。師範は、ゲオニエス王国で筆頭騎士団長をしていたほどの腕前の持ち主。貴様ごときでどうこうなる相手ではないぞ」
こちらに気づき、自信満々に自分の師匠を紹介してくれるコートニーさん。
さっき俺に言われた経歴と違う気がするけど、もうこの際そんな事どうでもいい。
とりあえず、そろそろ、こいつをぶっ倒そうか。
「アーカム君、まだ君には無理だよ。はは、それじゃ、そろそろおしまいにしよう。
さぁさぁ、アーカム君、きみも私の様な剣士になりたければ毎日素振りをしてだねーー」
剣に剣圧を纏わせる。
ーーバギャンッ
トミーの木剣がたまらずへし折れて、弾けた先端がどこかへ飛んでいく。
「……は?」
唖然とするトミーは2、3秒硬直した後、ゆっくりと俺の顔を見上げてきた。
「…………っ!」
そして知識の片隅で、俺がなにをしたのかさとったのか、彼はその顔色を、急に血の気の引いた青白い顔へと変えてしまった。
「い、ぃいい、いや、いや! 違う、違うんだ! お、おかしい、なぁぁ、普段は、こんなはずはーー」
「もう喋らなくていい」
俺はそれだけ告げ、足を持ち上げ腰をひねる。
その瞬間、俺の体にスッと戻ってくる少女と悪魔。
全身に力がみなぎる……がこんな力で蹴れば死んでしまう。まったく血の気の多い奴らだ。
隙をついて俺に殺人させようとしてやがる。
「その手には乗らねぇぇえ!」
剣圧を全カット。俺は純粋な筋力のみで、上段回し蹴りを詐欺師の側頭部に叩き込んだ。
ーービキッ
一言も発さず、嫌な音とともに吹き飛んだ男は、池石に頭をぶつけ、水の中へと飛沫をあげて沈んでいってしまった。
残された弟子に視線をやれば、彼女は感情のない顔でただ池を見つめていた。
やがて、コートニーはゆっくりとこちらへ顔を向けてきた。
「もしかして……私は騙されていたのか……?」
「はい……ていうか、なんで気づかないんすか。普段はあんなに切れ者なのに……」
俺の肯定に、コートニーはウェアを汗ぐっしょり濡らしたまま、しゃがみこむ。
酷く落ち込んでいるようだ。
強く凛々しいと言っても、彼女もまだ子どもなのだ。
中身が27歳だったりしない限りは年頃の少女、
他人にだまされたことにショックを受けるのは当たりまえだ。
俺になにかしてあげられればいいが……ん、待てよ、そうかーー。
「あの、コートニーさん、内職やらなくていいなら、僕が、剣、教えましょうか?」
論理的な取引りだ。
俺の提案に、芝上のコートニーが顔を上げる。
瞳に涙を浮かべるその顔は、普段の彼女から想像できないくらいに、弱々しく不覚にも庇護欲を掻き立てられた。
やがてコートニーは、小さくその首を縦に振った。
こうして俺はピヨコ仕分けに代わる仕事を見つけた。
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